エピローグ4 なつめとみはる

 みはると一緒に暮らすってどんな感じだろう?


 そんなことを考える。


 家出していた時の一か月、その後幾度かあった泊り、それからこの前の受験日。


 経験はいくつかあるけれど、ちゃんとした意味で一緒に暮らすっていうのは多分初めてだ。


 少し大きめのベッドを買った。私の私物を片づけて、みはるが自分のものを置けるスペースを作る。あと食器をいくつか買い足す。


 大丈夫かな、ちゃんとできるかな。


 少し、心配。でも準備できることはしたから、あとはどうにかなるだろってそう思うしかない。


 ふー、と息を吐く、幸せなことだと思うのに少し緊張している。


 期待が半分、不安が半分。よく考えれば、ここまで大きな人生の変化なんてここ数年なかったんだ。一通り掃除を終えて、ぼーっとする。


 「みはる、早く来ないかなあ」


 そんな時だった、ぶーっと携帯が鳴る。なにごとかと見てみると、みはるの受験の時に交換していた番号からの電話だった。なんだろう、と思いながら、通話ボタンを押した。


 「もしもし、なつめさん、あきのです。今、大丈夫ですか?」


 「うん、大丈夫だよ、どうしたの?」


 「いえ、ちょっとお話したかっただけです」


 あきのは言葉通り、他愛のない話をした。最近の近況、卒業式のこと、大学の入学準備、あきののこと、みふゆのこと、みはるのこと。


 「あの、それでなんですけど」


 「うん、どうしたの?」


 「あいつのこと、お願いしますね。ぼんくらで、要領悪くて、多分これから失敗だらけだろうけど」


 「うん、大丈夫。でも私もみはるに散々助けられたからねえ、そんなにしっかり助けられるかわかんないけど」


 「なつめさんなら大丈夫ですよ、多分、なつめさんが思っているよりあなたは強いです。だから、本当にあのバカのこと、みはるのことお願いします」


 そういって、あきのの電話は切れた。友達思いだね、とは言い損ねた。しばらく電話を見てくすっと来てから、電源を切る。


 「さあて、準備しますか」


 かわいいかわいい、恋人を向かい入れるために。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「いやあ、あいつやばいです」


 「やばい・・・の?ところでみふゆの単位は?」


 「そっちもやばいです、さすがに物書く時間とりすぎて親にしこたま怒られました。いや、まあそれはそれでいいとして」


 「いいのかな・・・・。小説はまた今度見せてね」


 数日後に今度はみふゆから電話がかかってきた。なんならその前にみはるのお父さんからも電話が来た。みんながみんなみはるの近況を丁寧に解説してくれる。いやあ大丈夫かな、ほんと。


 「合格決まって、なつめさんに報告したのがピークでしたね。一年半燃え続けた燃料がぱったり切れて、なんか最近一日中ぼーっとしてます」


 「おお・・・・、見事に燃え尽き症候群だね」


 「はい、最終回のボクサーかってくらい燃え尽きてます。口を開けば大丈夫かな、勝手に押しかけてなつめさんに嫌われないかなって。この一年半のポジティブさはどこに置いてきたってくらいのネガティブっぷりですよ」


 「ははは、みはるから言い出したのにね」


 「ほんとにね。やっと目的がかなったってのにぼーっとしてます。時々、あきのや友達と遊びに行っているみたいですけど、夜になったらまたぼーっとしてます。そういえば、最近あいつから連絡来ました?」


 「いや、あんまり来てない。引っ越しの準備とかで忙しいのかなって」


 「いや、引っ越しの準備は両親が最後の世話だとか言ってはりきってやってるんで、あいつほとんどすることがないはずですよ。シンプルに連絡するのを避けてるだけですね」


 「あー・・・」


 「うちの親も過保護というか過干渉は治ってないのでねえ・・・。あんなの自分でやらせればいいんですけど」


 「そだねえ、やることあったら、もうちょっと気分的にましになるのにね」


 「そうなんですよねえ、言っても聞かないし・・・。なつめさん、またあいつに連絡してやってくれませんか?」


 「うん、わかった。伝えてくれて、ありがと。おねえちゃん」


 「ぶっ・・・・さては、年上におねえちゃん呼ばわりされるギャップを知りませんね、あなた?」


 「ごめん、今のはわざとやった。引かないでね?」


 「いえ、むしろご褒美、というかいいネタが浮かんだのでこれで失礼します」


 「はいはーい、頑張ってー」


 電話を切って、しばしスマホを眺める。しかし、やること、やることかあ。あるといいよねえ、やること。暇は不安を連れてくる。


 あ、ちょっとだけいいこと思いついた。


 そのまま、みはるの電話番号を押す。


 結構長いコールの後に電話がつながる。


 「なつめさん・・・・?」


 「もしもし、うん、みはる元気?」


 「元気・・・ですよー」


 「うん、どう聞いても元気じゃないよね」


 「そんなこと、ないです?元気ですよ?」


 「みはる、ダウト。自分に嘘つかないって言ったのみはるでしょ」


 「・・・・・・」


 つくところをついても、反応は鈍いままだ。どうやら本当に参っているらしい。


 「どしたの?最近、元気ないってみんなから連絡来るよ」


 「そ、そうですか・・・いや、そんなことないんですけど」


 「うーん・・・珍しく、素直じゃないね」


 「え、えーとちょっとあれです。気が抜けたと言いますか、休んでるだけですよ」


 「そこまで、誤魔化すか。つまり、私にも秘密にしたいってことで、おっけー?」


 「うう・・・そういうわけじゃ。・・・・ごめんなさい」


 「まあ、かわいいから許そう。ではそんな、人に散々言っといて自分の気持ちも正直にしゃべれなくなっちゃったみはるちゃんに質問です」


 「ふぇ・・・・?」


 「今、やりたいことある?」


 「うえ・・・えーと、なつめさんと一緒に暮らす、です」


 「それ以外」


 「え?」


 「例えばー・・・・、大学入ったら何の授業とるの?サークルはどこにするの?それか、なんか他の活動とか趣味とかしてみる?今のはやりだと動画とか投稿する?」


 「え、えーと」


 「どんな人が友達がいい?どんな教授のところで講義うけたい?二十歳になったらなにしたい?お酒はいけるかな?飲み会とかいっぱいあるし慣れないとね。休みの日は何がしたい?どっか行きたいところは?ここら辺、結構観光地あるしそこ回ったりするのも楽しいかも?」


 「あ、あのなつめさん、私はなつめさんと一緒が・・・」


 「うん、私もそうしたいよ、みはると一緒がいい。だからみはるのしたいこと教えて?」


 「え、だから、私はなつめさんのしたいことがしたい・・・・です」


 「だめ」


 「え」


 「私には私のしたいことがある、でも、おんなじようにみはるにはみはるのしたいことがきっとある。それをどっちがいいかな、どうするのが楽しいかなって考えるのが、二人で一緒にいる意味だと私は思うの」


 「・・・・・」


 「だからね、教えて。みはるのしたいこと。私も言うから」


 「・・・・・・・・・・・・さぃ」


 「みはる?」


 「・・・・ごめんなさい、わかんないんです。なつめさんと一緒にいたいってずっと考えてたけれど、そればっかで、そっから先が私にはわかんなくて、どうしたいって聞かれても全然出てこないんです」


 「ふうん、そっか」


 「・・・・・・」


 「じゃあ宿題だね」


 「え?」


 「私に会うまでに考えといてね。コツはちゃんとみはるの心に正直になること、あと怖がらないこと。意外とやりはじめたら楽しかったことなんていっぱいあるからさ。大丈夫、みはるならできるよ」


 「は・・・・はあ」


 「とりあえず、私に関連しない『みはるのやりたいこと』を一個見つけて、やってみること。それができなかったらーーーー」


 「・・・・できなかったら?」


 「エッチしません」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


 「だから、それがちゃんとできるまで、しません。初体験はやっぱり納得のいく状態でしたいよね」


 「・・・・・・・はい!!はい!!できました!!いま、やりたいこと!!なつめさんとエッチしたいです!!」


 「私関連なしって言ったでしょ、じゃ、頑張ってね」


 「な、なつめさーん!!」


 電話を切った。最後の慌てっぷりでくすっと来てしまう。ちょっとは元気出たかな?まあ、これであの子に少しでも火が付けばいいのだけれど。こればっかりは、私にはどうしようもない。みはるの、誰よりもみはる自身の問題なのだから。


 「がんばれ、みはる」


 きっとみんなが君の幸せを願っているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る