あきのとみはる つづき
「もうあいつに、ちょっかいかけないようほうがいい。あれはね、絡んだらめんどくさい手合いだった」
川瀬 美春と話した翌日の昼休み。いつものメンバーで集まっているときにそう口にした。
一応、当の川瀬が席を外しているのを見計らったタイミングでだけど。
はあ?あきのあんた、何があったのよ。
何があったと聞くのは当然だけど、聞かれても正直困る。言葉通りの意味なのだ、根拠は直感による部分が大きい。
何か言われたの?それか先生にチクられたとか?
「別にそういうんじゃない、ただ、あいつは目立つからこれ以上やると明るみにでるよ。そしたらやばいのは私たちだから」
何人かがうめくように下を向く。かなとまりはどことなくほっとしたような顔をしていた。まあ、この二人はそもそもこういったことが向いていないし、当然だろう。
じゃあさ、次は誰を狙う?
沈黙もつかの間、集団の中の一人が嬉々として言葉を紡ぐ。少し前まではこういった雰囲気になると、私が誰かを提示していた。信用と数が少なさそうな、誰かを。そうすることで、どことなく安心できたみんなも私の判断を信用していた。でも、今はなんとなく、そうなんとなくそんな気分になれなかった。
「さあ、誰でもいいんじゃない?」
言葉尻が少し投げやりになったことで、集団内の空気が少し緊張する、私の投げやりさに多分みんな困惑している。そこで、私はこの場所の居心地の悪さを改めて自覚する。この場所は私の発言の影響力が大きすぎるんだ。
私がリーダーで監視役で中心だから、みんな私の機嫌を損ねないようにしている。私の意見に流される、自分の身を守るために。それを意識してしまうから、私自身も発言に気を遣う。一歩間違えれば、集団を敵に回して裏切られるのは私なのだから。
「ていうか、あきのは多分、私といたほうが楽しいよ」
そこまで整理できた時点で、あいつの言葉頭に浮かんできてしまった。あいつなら、私の言葉にどんな返答をするだろう、少なくとも、いちいち緊張したり、顔色を窺ったりはしない気がした。私のやり方はそれはそれでいい、と言い切ってしまいそうだった。
「ごめん、ちょっと気分悪いから風に当たってくる」
いたたまれなくなって、席を立つ。大丈夫?と、かなが心配そうに見るけれど、軽く手を振ってそこから離れる。気分が悪いのは嘘だよ、なんとなくここにいたくなくなっただけ。
適当に歩いて、渡り廊下で窓から顔を出して、ぼーっとする。昼休みももうそんなにないのでここで時間をつぶせば終わるだろう。落ち着いたら戻ろう。
「あきのじゃん!何してんの?」
後ろから声がした。今、最もややこしい立場にいる奴の声が。ため息をつく。
「話しかけないでくんない、友達かって誤解されるでしょ」
振り返らないけれど返事をする。川瀬は私の言葉を無視して近づいてくると私の隣に並んで窓の外を眺めだした。
「ほら、誤解から始まる友情もあるじゃん?」
「誤解で決裂することもあるわね」
「あははは、残念ながら一度成立した相手じゃないと決裂しないのだ」
「うっさい」
適当な言葉を返すと、適当に返ってくる。痛みも利害もない、ただ隣にいるだけ。意味があるのか、意味がないのか。少なくとも、しんどくはないのか。
「荒れてますなあ」
「あんたのせいだっての」
ほんと、最近の心の乱れは大体こいつのせいだ。川瀬はそっかーと言って、けらけら笑っていた。
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その後の一週間ほどは何事もなく過ごした。嘘だ。何事もなかったのは表面上だけ、集団内の不満はみるみる溜まっていく、誰かへの悪口で形成されていたストレス発散が消失し、行く当てもない不安と苛立ちだけが溜まっていく。集団内での悪口に発展しかけていたのがいたから、そこは釘を刺しておいた。ただ、それでどうにもなるものでもない。
いつごろからか、グループラインでの一部メンバーの発言が少し減った。かなとまりが私たちだけのグループライン作らない?と言い出したあたりで大体の趨勢は決まってしまったいることを感じる。つまるところ、そう分裂を始めている。今頃、向こうのグループラインでは私への批判祭りだろう、それか川瀬への暴言祭りだ。それでも昼間はいつも通り過ごすただ、それぞれの心の内では分かたれ始めている。ため息が止まらなかったが、はっきりしたので逆にあきらめはついた。
もう、この集団が修復することはない。仮に修復できても、常に内で争いを抱える羽目になる。もう、そこまでの面倒はごめんだった、なにより信用と数の感情に入れられない。あとは、どう終わらせるか。どう、次への信用と数を引き継ぐか。
私がそんなふうに思案していたが、それも大体無駄に終わった。
まあ、大体あいつのせいだ。
ある日、いつものメンバーで集まろうというときに、かなとまりしかいなかった。もう結構、分裂は始まっていたので、そんなもんかと思って適当に三人で話しながらだべる。次のテストのこと、好きなドラマのこと、誰かの恋バナ、なんてことはない話題。
叫び声がした。----どこかで聞いたことのある声。違う、川瀬の声。
あまりに異様な声に、私たち以外にも残っていた生徒が反応する。何だ今の。叫び声?どこ?3階?トイレっぽい?ざわざわと波紋が広がりだす。私は嫌な予感とともに走る。かなとまりも慌てたように、私の後をついてこようとしたので、かなとまりは担任呼んできて!と付け加える。これで、この子らは巻き込まれない。走る私を見て、何人か状況が呑み込めていない生徒たちが、私の後についてくる、いいか悪いか、考えたがどうにもできるものでもなかった。
場所は三階の女子トイレ。まだ大声で言い争っている。私は女子トイレのドアを勢いよく開ける。
大方、予想通り、ただあまり予想したくなかった光景が広がっていた。
川瀬 美春とかつて私と同じ集団にいた子たち。川瀬はずぶ濡れで顔に薄く切り傷があって、集団の中の一人の足にしがみついている、そしてそれを囲むように集団で川瀬を蹴っている何人かの子、一人の手にはカッターがある。それであの傷をつけたのだろう。
私がドアを開けた瞬間に全員の動きが止まる。私を見て幾人かは顔が青ざめる。
「あ、あきのじゃんハロー」
一番、やばいはずの川瀬が私をみて軽く手を振る。あほなのだろうか。少なくとも、ずぶ濡れで顔に切り傷を作って複数人に足蹴にされながらいうセリフではない。
囲んでた連中の一人がへたれこんだ。慌てたやつが私を見ながら口を開く。
な、なああきの、先生が来ないように・・・・。
「なにやってんのアンタら」
え・・・?
「暴力沙汰なんて、ただじゃすまないわよ。もう、先生も来る」
最も、私が何かしなくても手遅れなことに変わりはなかった。川瀬が大声を出したから、周りは人だらけで、しかもかなとまりがほどなくして担任を連れてきた。
担任は最初、状況が呑み込めないようだったが、私が、「叫び声を聞いて集まりました、ドアを開けたらこんな状態で・・・」と補足すると、状況を理解したみたいで深く息を吐いて、そこにいる全員職員室まできなさいと、静かに告げた。
騒ぎを聞きつけた他の先生が来て、野次馬に集まった子たちを解散させていく。
お前たちも、別室で話を聞かせてくれるか?と担任が言ってくる、心の中でため息をついてからうなずいた。
私とかなとまりは、別室で待機させられしばらく時間を過ごした。結構して担任が現れ私たちに話を聞く、かなとまりには担任が来る前に、軽く釘を刺しておいた。下手に嘘をつかずに、正直に話すこと。話に他の人が突っ込むようなところを作らないこと。
私たちは当初、川瀬に悪口を言っている集団に入っていた。日々のストレス発散の結果だった。ただ、やりすぎていると感じた私たちは、集団と仲たがいをはじめ、今日のことを発見するに至る。
単純に言ってしまえば、それだけの話だ。
担任は困ったように目線を下に向けながら、どうしてそんなことになったのかを事細かに聞いていた。愁傷な態度をとってもよかったが、あまり被害者ヅラをしたり傍観者ぶっても仕方ないので、そのままを答えた。かなとまりも起こったことそのままを答える。普段なら、こういった場面ではどう取り繕うかを考えてしまうので、事実そのままを述べるのは非常に楽だった。緊張しているのに、心の奥は落ち着いている不思議な感じだ。
担任は少し、ため息をついた。わかった、お前たちが言うならそうなんだろう。いじめていた連中はお前に言われてやったていうんだが、川瀬はお前たちは関係ないっていたからな。そういうことなんだろう、周りからもお前たちが真っ先に現場に駆け付けたって聞いてる。
・・・・あいつ、本当に約束を守ったんだ。
あいつらしい、かもしれない。利害もなく約束を守るとことか、いやあいつにとっては意味はあるのかな、友達だからか。
そして少し質問された後に、悪口を言っていた件で反省文を出すよう言われて私たちは帰された。
当事者たちは親を呼んでもう少し、話があるようだ。帰り際に慌てたような誰かの父親とすれ違った。
誰だろう、心配そうだったから川瀬の父親かな。
ふう、と息を吐いた。なんだか、一気にいろいろなものを失った気がする。
かなが大変だったねと言った。本当にそう。
まりがでもこれでよかったのかもねと言った。本当に、そうかな、そうなのかもしれない。
みはるだっけ、いい子だったのかな。わるいことしちゃったかな。かなとまりが言った、それは結構、疑問の残るところだ。いい子、という器じゃないだろうあいつ、今回の件も多少狙ってた節があるし。
しかし友達、ねえ。そんなつもりはないのだけれど、一応のお礼くらいはしといたほうがいいんだろうな、あんなやつでも信用というのは大事だし。
さて、何が良かったんだっけ。あいつしてほしいことがあるとか言っていたような。
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「あんた勉強教えてほしいんだっけ、教えてあげようか?」
翌日、私がそういうと、みはるはひどくうれしそうに笑った。私は軽く苦笑いをして、かなとまりが後ろでどことなくうれしそうに笑っていた。
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