あきのとみはる

 始まりは何だったんだろう。私がいじめられたことか。


 小学校の頃だったかに、私のことをいじめてきた奴がいた理由は多分、私が勉強ができたからとかそんなだ。友達2・3人と協力して私に対して、嫌がらせをしてきた。ただ、そいつはあほだったから、速攻で教師にばれて以降、クラス内でつるし上げを食らった。教師からも疎まれ、クラス中から蔑まれた。


 少しして、気が付いた。私と同じような目にあった子は実は少しだけいたのに、そちらには日の目が当たらなかった。あくまで助けられたのは私だけ。理由は簡単だった。私はそこそこ、周りから信用があった。教師から、クラスメイトから。ほかの子はあまり信用がなかった。そういう子に対するいじめは明るみに出づらいのだろう。


 この件で私が学んだのは、悪は裁かれるとか、倫理がどうとかでなく、自分の身を守るのに必要なのは「信用」と「数」だということ。女子は集団を作りやすい「数」を保つために、人気取りや足の引っ張り合いに必死になる「信用」を取り合うために。ある意味、現代社会の本質的な「強さ」をよく理解しているのだろう。


 私は勉強はできたし、自分でいうのもなんだけれど、ものを見る目が合った。なにがやばいか、どうすればいいのかというのはよくわかった。それもあって、私の周りには比較的人が集まった。ただ、数が多くなってくると、それぞれの個性が多少ばらけだす。臆病なの、目ざといの、あけっぴろげなの、おとなしいの、そしてそういった性格の違いは、おおかれ少なかれ衝突を産む、私はそれぞれの子に合わせて対応を変えて付き合えたけど、他の子たちはそうもいかないらしく少しずつ集団内でいらいらをため始めた。最初は私を中心にしていたから、私をに対して、集団内の悪口を言うやつがいた。そうやってストレスを解消しているのだろう、一度始まると、それらは手をつけられなくなり、誰かのストレス解消がまた集団内で不満を生み出していった。仕方ないので、私は話を最初、教師の悪口にすり替えた。集団内の空気が少しましになった。ニュースの悪口に切り替えた、あまり反応が良くなかった。昔の知り合いの悪口に切り替えた、知っている子だけは笑った、後発で入った子は少し不機嫌そうにしている。


 クラス内の子に対象を切り替えた。集団がにわかにざわついた。


 待ってましたとばかりに。


 それ以降、集団の空気はだいぶましになった。


 代わりにクラスの一人の顔はずいぶんと曇るようになった。必要な犠牲、とも思わない、ろくでもない話だろう。ただ、その子には信用と数がなかった。


 そんなことを何度か繰り返した。ただ、教師に目をつけられたり、証拠は残らないよう集団の中で厳しく釘を刺した。それだけは避けなくちゃならない、信用も数も両方失いかねない。


 そうして行った何度目かの犠牲になった女子は私の机にカッターを突き立てると数週間ほど失踪し、帰ってくるなり私をファミレスに誘い、友達になろうと宣言していた。・・・・・なんなんだ、こいつ。


 「なんなのよ、あんた・・・」


 「あ、私、川瀬 美春カワセ ミハル。知ってたっけ?」


 そういうことを聞いてるんじゃない。でも、こいつは私がそんなことを聞いてるんじゃないのを知っていて、わざととぼけている、質が悪い。


 「というか、あなた名前何なの?」


 「なんてそんなことこの流れで答えなきゃいけないのよ・・・」


 「ちぇ、知ってるけどね。坂シモ 秋埜アキノでしょ」


 「坂上よ・・・」


 憎々しげに訂正してやると、対面のにやにやとした笑いがひどくなる。わざと間違えて、訂正させたなこいつ。


 「やっと、答えてくれた」


 「うっさい」


 気を紛らわすために、紅茶をすする。まずい、終始こいつのペースだ。カッター突き立て辺りからやばいやつだというのはわかっていたけれど、思っていたより大概だった。


 「・・・・そんで、なんでよ?」


 「何が?」


 「なんで、私があんたの友達にならなきゃいけないの?って言ってんのよ」


 「え?友達になるのに理由なんているの?」


 きょとんとした顔でそいつは、川瀬は首を傾げた。また、とぼけているのかと思って睨むけれど、表情には驚くほど邪気がない。本気で言ってんのこいつ。


 「しいて言えば、あんたが一番、頭よさそうで友達になったら楽しそうかなーって。私、大学いいとこ行きたいから、勉強教えてくれる子が友達になってくれると嬉しいんだよね」


 「私のメリットを聞いてるんだけど・・・・」


 「え?メリットなんてあるかなあ・・・?友達なんて、メリットなんておまけくらいに考えとくもんじゃないの?」


 「あんたねえ・・・」


 「うーん、あ、あったわメリット。もし私がいじめられても、もう犯人として疑われない」


 「・・・・・」


 眼は無邪気なままだ、ただどことなく意地の悪い雰囲気滲みだしている。


 「・・・もう、そんなことしないわよ」


 「あきのは、でしょそれ。ほかの子はどうなの?多分、あの子たちやりすぎるよ?」


 ----ああ、本当に踊らされている。でも、こいつの言う通りではある。あのままだと、残りの集団の子たちは、暴走する。確実かはわからないけれど、多分、結構な確率で、こいつにいいようにされたストレスと、元の不満が爆発する。そこまで行くと、私の制止も届くかわからない。そうなったら、まあ主犯扱いされるのは多分、私だ。なにせ言い出しっぺだからね。


 「ま、そんなメリットもあったりするけど、それはそれとして私個人としてあんたに興味があるの!


 だから、友達になろう!」


 川瀬はにっこりと笑った。私は目頭を抑えて、ため息をつく邪気がないまま笑顔で契約を進めてくる。悪魔みたいなやつだった。


 「ていうか、あきのは多分、私といたほうが楽しいよ」


 「・・・はあ?」


 「いや、シンプルにさ、なんかあそこにいても楽しくなさそうっていうかーーー」


 川瀬はそこで初めて自信なさげに口をどもらせた。なんとなくだけどねーと、少し曖昧に。楽しくないって、結構長い付き合いだ、そんなわけ・・・・・・。


 「-----あるか」


 「ん?」


 「楽しくないよ、正直ね。あそこは最近ぎすぎすしっぱなしだし。でもさ、あそこにいれば信用と数がちゃんと保てるの。そうすれば、誰かに攻撃された時、ちゃんと自分の身を守れる」


 「ふうん、そうなんだ」


 川瀬は食い下がってくるかもと思ったが、意外と素直に話を聞いている。


 「なによ、その反応?」


 「ん?まあ、人の考えはそれぞれだから、頭ごなしに否定しちゃ悪いし、私の考えとは違うけど、さ」


 ちょうど、店員が来てサラダやポテトを置いていく、私たちは軽く会釈してからそれらをつまみ出す。


 「信用も数も大事だと思うけど、私は正直に喋れる人のほうが大事だと思うってだけだよ」


 「あんた、友達いないでしょうが」


 私がそういうと、川瀬はにゃははと笑った、邪気も嘘もないそんな笑みだった。その笑みを見て、決してほだされたわけではないけれど、私は緊張していた肩ひじを張るのを止めた。料理も来始めたことことだし、川瀬の奴も言いたいことは言い切った様子だった。


 手を合わせて、食事を始める。最中、黙っているのものあれなのでくだらない話をする。毒にも薬にもならないような話。


 つーか、あんた何してたのよこの数週間。え?家出してた。カッター刺した日に親と大喧嘩しちゃってさ。そのまま、全財産使って、知らない町まで旅したの。・・・はあ?ご飯とかどうしたのよ。たまたま、着いた街でなつめさんってひとに助けてもらって、あ、その人も苗字、坂上っていうんだ、あきの親戚だったりする?なつめ・・・?いや、しらないわよ。そっか、そのなつめさんが優しくてさ、そのまま一昨日まで居候しちゃって。大迷惑ね・・・・それ。いや、ほんとね。私もちょっと反省してる。だから、また恩返ししにいかなきゃなんだ。あんたみたいなのが、居候なんて想像したくもないわ。そう?私はあきのの家遊びに行きたいけどなー。くんな。勉強会とかしたい。あんた、結構、人の話聞かないわね。え、わざと聞き流してるんだよ?それくらい顔見ればわかるわよ、空気読めないんじゃなくて、読めてるくせに無視してんのが質悪いのよ。んー、でも言いたいことは言った方がいいじゃん、後々自分がしんどいよ。独り身は自分のことだけ見てればいいからお気楽ねえ。あきのが他人を抱えすぎなんだと思うけどねえ。ばーか、ちょっと増えたらそれに便乗して集まってくるものなの。それ結構、余分なの混じってるってことじゃん。ほんとの友達あの中の何人よ?・・・・3人、いや2人かな?だいぶすくねー。それあの子たちじゃないの、私がカッター出したときに真っ先におびえてた二人。ああそうね、かなとまり、あの子ら悪口とかも苦手だから。しかし、あんたクラスメイトの顔くらい覚えないよ、そういうとこが信用に関わんのよ。いや、あんま関わりない子が大半じゃん、脳が反応しなくて・・・。今から、反応させなさい。かなとまり、覚えた?うーい、覚えた覚えた、小動物二人組ね。ほんとにわかってんのかしら・・・。



 一通り、パフェまで食べ終わって私たちは一息ついた。食べきれないかもと思っていたが、思いのほか、食べきれた。ただ、満腹感で少し頭がぼーっとしている。


 「そういや、あきのって実際、賢いの?」


 問われたので、さっき店員さんが持ってきた伝票を指ではじいて渡した。


 「・・・税込みぴったり四千円?」


 「得意科目は英語と数学ね。前の順位は学年8位とかだっけ」


 「わーお・・・」


 川瀬は苦笑いでその伝票を眺めている。さんざんいいようにやられていたので、少し鼻が明かせて満足だった。


 私たちは店を出た、いつのまにやら夜もすっかり更けこんでいる。だいぶ、話し込んでしまったみたいだ。


 帰り道が一緒だったので、歩きながら話した。


 「返事がはっきりしなかったからいうけど、あんたの友達にはなんない」


 「ありゃ、そっか」


 「でも、もういじめには関わんないから。あと、かなとまりが巻き込まれそうになったら何とかしてあげて。私もなんとかするけど」


 「んー?いいよ」


 「---いいの?友達にはならないけれど、私らだけ助かろうって言ってんのよ?」


 「んー、あきのが友達じゃないつもりでも、私的にはもう友達だから、いいかなって」


 「---あんた、しまいに都合よく利用されるわよ」


 「大丈夫、信頼できる人かどうかくらいは見分けがつくから」


 軽くため息をついた。


 じゃ、私こっちだから、また明日ねー。川瀬はそういって別の道を歩いていく。


 私は軽く手を振って、あいつを見送った。こうやっている時点で、大分絆されかけているのだろうという自覚はあった。


 そういえば、何も気遣わずにあんなに話をしたのはいつぶりだろう。


 息を吸って、吐いた。


 困ったことに、家族以外で一番、正直な私を知っているのがあいつになってしまっていた。

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