第10話 最初に歌う人

 叫びたかった。

 相手に触れるだけで、他人の感情が分かる。そのぶん、多くの人間の機微が分かってしまう。しかし、自分の感情は手を握っても他者に伝えることはできない。

 だから、多くの人間の前で自分の感情を叫んでも許される職に就きたかった。シンガーソングライターしかない。

 親を説得させるために、勉強を毎日欠かさずやって良い成績を取り続けた。大学に入って独り立ちして、遂に歌を作って歌いはじめて、努力して、苦心して、なんとか歌手になった。大学は中退。一曲だけ『長い髪と眼鏡』というヒット曲ができたので食うには困らないが、もともと売れるためではなく自分の感情を吐き出すために歌手になった。だから、永遠に、歌を作り、歌い続ける。

「こんな感じ」

「へええ」

「普通の人生だろ。お前と違って」

「うん。つまんないね」

「そうだな」

「でも、いいな。うらやましい」

「何がだ」

「だってさ、叫びたいぐらいの感情があるってことでしょ。私なにもないもん」

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