三話

「西宮ってさ、東雲さんと何かあったのか?」


 次の日の朝、前席の葉山はやまが、登校してきて早々そんなことを言ってきた。

 

 葉山はやま叶助きょうすけ

 バスケ部の絶対的エース。

 そう聞けば、まず第一に彼の名が挙がる。

 この学校で一番有名な男子生徒といっても過言ではない。

 無名だったこの高校の弱小バスケ部を、わずか一年足らずで県筆頭にまで押し上げた張本人。

 残念ながら、全国大会は二回戦敗退に終わったものの、その活躍っぷりは高校バスケ界に強い衝撃を与えたことだろう。 


 まさに才能に恵まれた期待の大型新人。

 中学時代から抜群の運動神経で猛威もういを振るっていたと、風の噂で聞いたことがある。

 そのくせ全然気取っておらず、温厚な性格のため男女ともにしたわれているように思える。


 唯一抜け目があるとするなら、細かいことを全然気にしなかったり、色々と詰めが甘かったり、時折大雑把な性格が垣間かいま見れることくらい。


 葉山とは高校ニ年のときに知り合った。

 葉山が携帯電話を落とした現場に僕が偶然居合わせ、一緒になって探してあげたことがきっかけだった。

 

 それからというもの、恩義を感じているのか、友達のいない僕に日常的に話しかけてくれている。


「なんの話?」

「いや、昨日二人が仲むつまじそうに話してるところを見たって奴がいてさ」


 仲睦まじそうに?

 昨日の場面、どこをどう切り取ったらそう解釈できたんだろうか。


 明らかに話が誇張されているので訂正しておく必要がある。

 学年中によからぬ噂が蔓延まんえんしては面倒な事態に成りかねない。

 火事になる前に、小さな火種は消しておくべきだ。

 

「東雲さんに話しかけられただけだよ。別に何かあったわけじゃない」

「もしかして、お前に気があるんじゃね?」

「絶対にそれはない」

「なんでそう言い切れる?」

「僕には魅力が無いから・・・・・・」


 僕が悲観的に言うと、葉山は肩をすくめて言った。


「もう少し自分に自信持てよ。魅力は自分で決めるもんじゃないんだぜ」

「自分を肯定するのはしょうに合わないんだよ、僕は・・・・・・」

「とことんお前らしいな」


 葉山はあきれ気味に言うと、机に突っ伏して寝てしまった。


 僕は寝ている姿勢の葉山を尻目に、人知れぬ違和感を消し去るよう天をあおいだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 今日はやたらと自習が多い一日だった。

 一時限目の自習から始まり、二時限目はとどこおりなくいつも通りに進んだ。


 そして、三時限目と四時限目を迎える。

 授業は二時限連続の現代文。


 現代文担当は、もちろん担任の朝比奈先生だ。


急遽きゅうきょ、隣町の高校に出張で行かなくてはならなくなりました。今日の現代文なのですが、プリント学習にしようと思います。 それが終わった人から自由時間とします。 予習復習、読書をする等、時間を有効に使ってください。 ただし、現代文と関係のないことはしないように。 ふざけたり、騒ぐような真似をしないのであれば、多少の立ち歩きも許可します」


 朝比奈先生にとっても、出張は突然の出来事だったのだろう。

 その口調は若干のあせりをびているようで、少し早口に聞こえた。

 普段から冷静さをかもしだしていた朝比奈先生にしては大変希少だった。

 

 チャイムが鳴ると、教室内はまたたく間に静まり返った。

 しばらくして、シャーペンを走らせる無機質な音だけが僕の耳に届く。


 僕は図書館特有の物静かな空間が好きだった。

 学校の施設で唯一、心の底から安らぎを感じることができた。

 現在の教室は、そんな図書館の雰囲気にどこか似ている。

 とても心地が良かった。


 黒鉛が奏でる癒やしの音を堪能しつつ、目の前のプリントを順調に解いていく。

 さしあたって、途中でつまづくような問題はほとんどなかった。


 すると今日は珍しく真面目にプリントと対峙たいじしていると思っていた葉山が、だるそうな表情をたずさえて後ろを振り返る。


「どうかした?」


 とりあえず、声をかける。


「あのさ、日本人に現代文って必要ないと思うんだけど、西宮はどう思う?人間の感性って人それぞれなわけだろ。第一、心情の捉えかたで点数つけるのって理不尽だと思うんだ」


 葉山は勉強に嫌気が差した中学生が口にしそうな、めちゃくちゃくだらないことを言ってきた。


「日本人にだって現代文は必要だと思うけど」


 僕は至って普通に答えた。


「そのこころは?」

「日本人として生きていくため」

「続けて・・・・・・そのこころは?」

「コミュニケーションをするうえで、現代文は必要不可欠だから」

「さらにさらに・・・・・・そのこころは?」

「全ての教科の原点が現代文だから」

「なるほど。それは一理あるな」


 僕にそれほど説得力のある発言をした覚えはない。

 だけど、葉山は妙に納得した様子で数回うなずいた。


「西宮は現代文が好きか?」


 そして、葉山は何かを確かめるように言った。


「嫌いじゃない」


 僕は現代文の記述問題に苦手意識はあったけど、とりわけ嫌いというわけではなかった。


 僕の趣味は読書だ。

 幼少期から文章を読むのは好きだったし、現代文が嫌いで趣味が読書というのは、それもそれでおかしな話だと思う。


 葉山は笑いながら「そっか」と言うと、そのまま前に向き直って大きな背伸びをした。


 僕は全くもって腑に落ちなかった。

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