第3章

第12話 フレルライト洞窟

 二人がフレルライト洞窟に着いたのは教会を出て二日後だった。平原を歩き、その先の森を抜け、再び平原を行ったところにそびえ立つ断崖絶壁。そこに大きな穴がぽっかりと空いていた。暗闇を内包した穴は二人の背丈の二、三倍はあり、そのせいか異様な威圧感を放っている。


 旅と野営に慣れていない二人は思いのほか進行に時間が掛かってしまった。幸い、道中では魔族や盗賊などに出くわすことなく、平穏そのものだった。


 たまたま出くわした行商人にフレルライト洞窟のことを尋ね、奥底で剣を守る怪物の正体を知った。


 石造りの巨人(ゴーレム)と呼ばれるその魔物は、土が固まって出来たもので、硬質な身体のために倒すにも一苦労だという。だが、その魔物の真価はその防御力ではなく、核を壊さない限り何度でも再生するという不死性にある。数々の戦士や魔法使いが挑んだが、核を見つけることができずに諦めてきたそうだ。


 二人は道中も暇があれば魔法の鍛錬をした。進みながらのため、今までより鍛錬の時間が減ってしまったものの、その分、質を高めることにした。しかしながら、未だ拳サイズにまで圧縮できるには至っていない。


「石造りの巨人以外は雑魚ばかりのようだから、実戦のいい練習になるわね」


 洞窟に入って少し進むと日の光が完全に届かなくなった。だが、真っ暗にはならない。洞窟内の壁が仄かに光を放っており、薄暗いものの十分に視野を取れた。


 それは輝苔(ムスルクス)と呼ばれる苔のおかげだ。彼らは日光の届かない場所にのみ生息し、自らの身体を発光させる。淡い緑色の光を放つ輝苔が密集している場所の眺めは絶景なのだとか。そのため、ランタンや松明がなくても十分に見通すことができる。


 シャノンたち以外に人の気配はなく、それどころか生きものの気配すら感じない。


 二人は手を繋いだ状態で奥に進んでいく。


「静かだね」


「馬鹿なのかしら? 待ち伏せているに決まっているじゃない。洞窟に入った時点で奴らは私たちに気づいているわ。力のない魔物ほど狡猾になるのだから、暢気に観光気分でいると死ぬわよ?」


 シャノンは気を引き締めて、周囲に目を配らせる。そこで、気になるものが目に付いた。


「街の外に出るのに、角と尻尾は付けなくてよかったの?」


「魔族たちの前でお前にもぎ取られたのだもの。付けている方が不自然だわ」


「そうなんだ。まあ確かに、付けてると滑稽だよね」


「そうね。けれど、こればっかりは仕方がないことだわ。昔は魔人にも普通に角と尻尾が生えていたらしいのだけれど、もうほとんど生える者はいなくなったわ。人間との間に子孫を設ける度に退化していったのね。けれど、私たちが人間に近づいているなんて魔族に知れたら、反乱が起きかねないわ。だから、私たち魔人は必ず角と尻尾を付けて、自分たちが変わらず魔族を束ねる一族なのだと知らしめているのよ」


 ファリレは自らの少し尖った耳を触り、自嘲気味に笑みを浮かべた。


「この耳も、あと何代かすれば丸くなる。皮肉なものよね。世代を重ねるごとに敵の姿に近づいていくなんて」


「そっか。じゃあ、俺たちの子供は人間かもしれないね」


「ど、どうしてお前はそうやってすぐに未来のことを語るのかしら!? 大体、魔人と人間がこうやって手を繋いで歩いていること自体おかしいのよ! 人間の中でもお前は相当に変わり者ね」


「ありがとう」


「褒めてないわよ。馬鹿なのかしら?」


 徐に足を止め、ファリレはシャノンに向き直る。


「お前の魔法を固定魔法と名付けたわ」


「話の流れぶった切り過ぎじゃない?」


「うるさいわね! 次から次へとお前が喋るから、言うタイミングが分からなくなったのよ!」


「俺専用の魔法って、なんかカッコいいね」


「どうでもいいわよ……」


 ファリレは頭痛に苦しむようにこめかみを押さえた。息を吐いて、仕切り直す。


「もう一度確認するけれど、この魔法は魔力を物質として空間に固定させるものだと推測しているわ。今までの鍛錬の結果から、武器として使えることが分かっている。今は玉しか作らせていないけれど、他の形も作れるはずよ。ただ、剣などの武器を作ったところでお前の身体では宝の持ち腐れでしかないわ」


「ねえ、いちいち俺のこと貶すのやめない?」


「ふんっ。仕方ないでしょう? 欠点ばかり目立つのだから。…………な、何かしら」


「別にー。それで?」


「接近戦が駄目なら、遠距離で戦えばいいのよ。つまり、魔力を弾丸として打ち出すの」


 得意げにふんぞり返るファリレ。だが、シャノンの表情が難しくなる。


「どうやって?」


「そんなの私が知るわけないじゃない。私が知っている限り、空属性はお前しか使えないのだから、誰もやり方なんて知らないわよ。……まあ、これはすべての魔法に言えることだけれど、イメージが大切よ。とりあえず、作った玉を弾丸として発射する感じでいいんじゃないかしら?」


「適当だね……」


 そう言いつつ、シャノンは言われた通りにやってみる。現状、魔法関連で一番頼りになるのはファリレだけだ。


 シャノンは右手を銃の形にして、輝苔の生えていない壁に指先を向ける。繋がれた左手から少し温かいくらいの熱が流れ込んでくる。魔力の感覚だ。それが身体の中を巡って右手に流れていくようにイメージをする。


 右手に熱が溜まり、それを指先から放出する。一気に出すのではなく、小さな点に徐々に魔力を集め、圧縮させながら大きくしていく。このやり方が、巨大な玉から小さくしていくよりも安全で速い。鍛錬で分かったことだ。


 そうして出来たのは、やはり人の頭くらいの玉だった。大きすぎる。だが、今回の目的は圧縮させることではなく、これを発射させることだ。


 ファリレの言った通りイメージする。


 銃の知識は多少あった。薬莢と弾丸の間に火薬があり、雷管に衝撃を与えることで爆発。その力を利用して弾丸が発射される。まったく同じ仕組みを再現することはできないので、火薬が爆発して弾丸が発射される部分を膨らませる。


 固定魔法は魔力を物質として固定する魔法だとファリレは言った。物質化したそれは純粋な力としての役割を果たす。なら、玉の後ろの部分を破裂させて、それ推進力に変えれば、玉は前に飛んでいくはずだ。


 言うは易く行うは難し。圧縮さえ完璧にできない自分に、到底できるとは思えない。それでも、シャノンはとりあえずやってみることにした。何事もやってみなければ分からない。


 それはファリレが最初に教えてくれたことだった。


 玉の後方が破裂。それを推進力にして前に進む。そのベクトルを維持して玉は加速し、壁に衝突。爆発音を立てた後には穴が穿たれている。


 そこまでの詳細なイメージを作り上げ、シャノンはそれ通り実行に移した。照準を再度合わせて、高速で発射させる。


 瞬間、蒼玉は一直線に壁へ向かって行った。辛うじて目で追える速度のそれは、すぐに壁に衝突する。直後、小さな爆発音が響き渡った。

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