第1話 始まり

「うーん・・・・」


寝心地のいまいち悪いベッドの上で俺は目を覚ました。どうやら安価な宿屋のベッドの上のようだが、ここでずいぶん長いこと寝ていたようで、意識がなかなか覚醒してくれない。


「あっ!旦那!・・・気が付いたです?」


身体の怠さで俺が起き上がれずにいると、いたいけな少女の心配そうな顔が寝たきりの俺の視界を塞いだ。記憶が曖昧な俺だったが、不思議な力を得られる場所へとたどり着くために俺が雇ったリーンという情報屋であることは覚えていた。


「旦那・・・大丈夫っすか?・・・身体起こせます・・・?」

(やけに深刻そうに気遣ってくるガキだ・・・俺になにかあったってのか・・?)


意識を失う前の記憶が曖昧な俺は、リーンの深刻そうな表情に疑問を覚えながら怠い身体に鞭を打って何とか上体を起こす。肌に、無数の違和感が俺の全身から湧き上がってきた。


「えっ・・・へっ!?・・・なっ・・・・」


視界を塞ぐ青黒い艶のある髪の毛。鬘かなにかだと思い取ろうとそれを掴んだ手は白く透き通た肌をしており、飴細工のように細く長い指先になっている。俺の筋張った骨太の手とあまりに違うために自分の手だと認識できず、俺は困惑するばかりだった。


「こえがっ・・・・ひゃっ・・・む・・・むねもっ・・・!」


驚いて出た咽び声は聞き心地のよい高音になっている。のどを抑えようと上げた腕の肘のあたりが自分の胸にあたると、ひりひりとするようなくすぐったいような未知の感覚が湧き上がってくる。恐る恐る視点を下に下げると、そこにあったのは鍛えぬいた胸板ではないく、ピンと上を向いたピンク色の乳首と妖艶な曲線を描く乳房であった。


「まっ・・・まさかぁ・・・」


おそるおそる折れそうな指を下腹部に伸ばす。薄いタオルケットの上から触った股間に長い時を共に過ごしたはずの自慢の男根はなく、平坦になった恥丘に指を添わせることしかできなかった。


「なくなってる・・・なっ・・・なんでぇ・・・」


自分の身体を確認し、元の身体の面影が微塵もないことを確認する俺。丸太のように固くふとかった脚はすべすべつるつるした肌とむちむちした肉感に代わり、鍛え上げた腹筋は見る影もなく、真ん中に一本線が入ったような細くスレンダーの腰回りになってしまっていうる。


「すみません旦那っ!・・・私の所為っす・・・筋のない情報を売っちゃって・・・」

「その通りだこの野郎っ!・・・お前・・・どうしてくれるんだ!!」


精一杯の恫喝をしたつもりだったが、俺の喉を通る声は柔らかく高すぎず低すぎない優しい響きを内包したか細い声だった。


「どうすればもとに戻れるんだ!・・・ちゃんとわかってるんだろうな!?」

「い・・・いえ・・・でも必ず・・・方法みつけますんで!!」

「ふざけるな!・・・っけほ!・・・っくそ!・・・もういい!・・・とっとと出てけ!」


怒りをぶつけるように精一杯の叫び声をあげるが、細い喉はそれに耐えきれず、俺の声は次第にかすれていく。涙目で何度も謝るリーンだったが、俺の煮えくり返ったはらわたは収まるわけはなかった。


「ほんとに・・・ほんとにすみません!・・・ぜったいたすけますから!」

「うるせぇ!・・・もう・・・出て行ってくれ・・・」


必死に許しを乞うてくるリーンだったが、俺はそれを冷たく突き放す。今はとにかく、この情けない姿を誰かに見られているのが屈辱で仕方がなかった。


「・・・わかり・・・ました・・・っひぐ!・・・ほんとに・・・すみませんです・・・」



しばらくこんなやり取りが続いたあと、リーンはついに折れ、涙目を擦りながらリュックを背負い部屋を出る準備を始める。


「ほんとにご迷惑おかけしました・・・ひぐっ・・・この部屋は・・・明日の朝まで借りてあるんで・・・」


俺以上に悲しそうな表情を浮かべながら、リーンは部屋を後にした。

―――――――――――――――――――――――


静寂が訪れた部屋に俺は少しだけ安堵する。冷静でない頭で状況を整理しようとするが、自分の身体が女になってしまったこと以外何もわからない。


「うわっ・・・た・・・立ちづらい・・・」


ベッドから起き上がって立ち上がってみると、足元がふらついておぼつかない。膝関節の位置や足骨の感覚が男の時とかなり違っており、いつもの感覚で立とうとしてもうまくいかない。


「くそっ・・・じゃまだ・・・」


何とか安定した姿勢を探そうと身体をひねるが、そのたびに豊満な胸がぷるぷると揺れてしまう。スレンダーな身体にしては若干サイズが大きめだ。それが胸元で暴れられると余計に重心がぶれてしまううえ、自分が女になっていることを自覚させているようで情けなくなる。

なんとか内またの姿勢で安定して立ち止まると、視界がかなり低くなっていることに気づく。まるで世界のすべてが大きくなったかのようだ。


「とりあえず服だ・・・」


目の前で小刻みに揺れる双丘や、風通しがよくなり異様に頼りなくなった下腹部を隠したい。とにかく、自分が女になってしまったことをこれ以上自覚したくない。そんな思いに駆られた俺。

部屋を見渡すと、俺が身に付けていた鎧や武具が綺麗に整備されて置いてあるのを発見した。その片割れには、鎧の下にまとっていたインナーもキレイに畳まれておいてあった。


「これをきて・・・うわっ・・・そでが・・」


いつも通りに搬送で黒いアンダーシャツを着こんでみるが、どこに袖があるのかも分からない。じたばたと短くなった手を使って暗闇の出口を探るように袖をがしてなんとか手を通すと、あまりに今の身体とサイズが違いすぎる。袖口が肘先まで来ており、下は裾で膝上まで隠れている。まるでテルテル坊主だ。


「んっ・・くそっ・・・こんなんじゃ・・・」


こんな格好ではまるで悪趣味な貴族たちを喜ばせる娼館の宣伝だ。とても冒険者ジークとして人前に出ることなどできない。


自分はもう男ではない。ベテランの冒険者ジークでもない。その事実を認めたくない一心で、立てかけてある大きな重量級の両手剣を見つめる。長い鍛錬と冒険を共にした相棒で、大した成果は出せていなくても俺の数十年の旅の象徴だ。こいつを扱えるなら、こんな身体でもきっと冒険者として戦っていける。


「いくぞっ・・・はぁっ!!・・・ってうわぁ!?」


その柄を半分も袖から出ていない両手で握り、持ち上げる。しかし、あまりに細くなった四肢でそれを支えられるはずもなく、俺は剣と一緒に床に思いっきり倒れこんでしまう。

今まで当たり前のように振り回していた剣。それを持ち上げることすら出来なかった。

力強い男の身体も、ジークという冒険者が築き上げてきた経験も功績も、すべてを失ったのだと、俺はこの一瞬で実感した。


「くそっ・・・くそっ・・・・なんでぇ・・・」


数年ぶりに涙を流しながら、俺は失ったものの大きさを嘆く。これからどう生きればいい?それどころか、こんな格好ではこの宿屋から出ることすら出来ない。心の内からあふれ出る不安と恐怖。感情をコントロールできず、情けなくぽろぽろと涙が真っ白な頬を伝う。


絶望に打ちひしがれ、身体を動かす気力も出ないほどに泣きじゃぐった。何時間たったのかも分からない。のどが渇き腹も減った。しかし、その欲求を満たす術を持ち合わせていない。


もう死んでしまおうか。そう思った時、トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。


「だ・・・だんな・・・・開けてもらえるっすか?」


リーンの声だった。あれだけ冷たくあしらったにもかかわらず、戻ってきてくれたのだ。


「・・・なんだよ・・・」


嬉しいのか悲しいのか情けなさで恥ずかしいのか、自分の感情を理解できぬまま、俺はドア越しに枯れた声で返答する。


「あのっ・・・服とか装備とか・・・いろいろ買ってきたっす!旦那・・・困ってると思って!」


その一言を聞いて俺は心から安心する。

ぐちゃぐちゃになった心だったが、俺は彼女が戻ってきて嬉しいと思ってしまった。

それに気づいた俺は、観念しドアを開けると、ぱぁっと明るい表情のリーンが服やら胸当てやらを抱えて立っていた。


俺は安堵した表情をリーンに悟られないように、部屋へと招き入れるのだった。

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ベテラン冒険者が性転換して最速の女剣士になる話 Taso @TsfTaso

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