第18話

 友人とお風呂を一緒に入る。高校生にもなると、かなり違和感を感じるものだ。そして、それがシャワーとなれば尚更だった。しかし、芽衣めいは気にした様子もなく、ウキウキと雨に湿って服を脱いだ。

 シャワーといえども、芽衣には銭湯や温泉の感覚かもしれない。しかし、アメリカに住んでいた幸彩さちにとっては、どちらも馴染みのない文化だった。プールで水着になるには抵抗はなくとも、友達とは言え、人前で裸になるのには抵抗を感じてしまう幸彩だった。


「幸彩ちゃんはいいなぁ」

「ち、ちょ!」


 芽衣は幸彩の身体をじっくりと舐め回すように見る。そして、目を見開くと、芽衣は自身の体へとスッと視線を下げるなんで私だけ、同じぐらいの身長なのに……なんで私だけ、芽衣はそう深いため息をつく。


「もう早く!」


 その芽衣の声はお風呂場に響いた。まだ温まっていない冷水に身体をびくつかせる。そうして、二人はゆっくりとシャワーを浴びていた。



 その頃、海威かいは落ち着いてジャージに着替えると、食事の準備を始める。カフェでケーキを食べたとはいえ、昼食を抜いたために、夕食を早めることにしたのだ。幸彩に関しては朝ごはんから何も食べていないのだ。


「何がいいかな?」


 冷蔵庫をそっと開くと、さまざまな中はがらんとしていた。外に買いに行こうにも雨の中は億劫だ。海威はそう考えると、残り物で何か作れないかと、冷蔵庫から無造作に食材を取り出し始めた。

 二条家では、柚美と幸彩が来る以前から、帰りが遅い誠治の代わりに海威が食事を作っていた。そして、幸彩らが来てからも、それは変わることはなかった。柚美の帰りは誠治よりも遅くなることがあるほどで家にはいないのだ。そして、幸彩に関しては、食事はからっきしらしく、アメリカでは基本的に外食かデリバリーだったと聞いた。

 しかし、人数が増えたと言え、海威が食事を作ることに違いはなかった。


「あれにするか……」


 海威はため息をつくと、チルド室から取り出した野菜を洗い始める。お母さんとはなんだろうか、想像していた母親像と柚美の違いが海威の脳裏に浮かび上がる。帰ると、おかえりを言ってくれるお母さん。海威は首を横に振ると、幻想の母親を頭から消した。



「気持ちよかった〜」

「――ねっ」


 そうして、芽衣と幸彩はシャワーを浴び終わって、タオルで身体を拭いている。芽衣は幸彩の髪に顔を近づけると、匂いを嗅いだ。


「ちょっと!」

「だって海威みたいな匂いがするんだもん」


 芽衣は嬉しそうにいったが、幸彩は少し引き気味に反応した。なんで、海威の使っている安物のシャップーなんかを、という思いが本心だったのだ。


「でも、あれはびっくりだったね」


 芽衣がそういったのは、お風呂場の床に落ちていた石鹸の話だった。その洗顔石鹸はいかにも高級そうなハーブの良い香りがしたのだ。そして、その匂いの正体はかなり有名なブランド石鹸だったことに芽衣が気づく。


「海威もああ言うの使うんだね」

「そ、そうだね」


 幸彩は笑顔で笑って見せたが、事実その石鹸は柚美の愛用の石鹸だった。あまりに焦った海威は落ちたことに気がつかなかったのだ。疑うことを知らない芽衣に、幸彩は安堵の息をついた。

 ドライヤーを済ませた、さっぱりした様子で二人が洗面の扉を開く。すると、濃密な中華だしの薫りが二人の鼻腔を膨らませた。


「良い香りだね」

「今日はなにかな?」

「なにそのその言い方。幸彩ちゃんが毎日食べにきてるみたいじゃん」


 芽衣は小馬鹿にするようにクスッと笑っていったが、ハッと気づいた幸彩はまたふぅと息をついた。


「お先〜」


デパートで購入した部屋着を来た二人が現れる。夏らしいお揃いの半袖半ズボンのルームウェアで、涼しげだが女の子らしい可愛らしさがあった。


「可愛いでしょ」

「あぁ、すっごい可愛い。それより食事を始めて!」


 海威はちらっと二人に目を向けると、顔を隠すように背ける。海威のそれよりという言葉に頬をぷっくらと膨らます芽衣だったが、幸彩は気にしない様子で、箸や皿の準備を始めた。


「幸彩ちゃん、凄いてきぱきしてるね」

「えぇ……」

「ほら、さっきから食器の位置を知ってるみたいだし」

「まぁ、偶然だよ偶然!」

「いやいや偶然でも凄いよ!」


 幸彩と海威は横目にお互いを見合うと、目をパチパチとさせる。数日前からとはいえ、もう癖になっていたのだ。しかし、芽衣は相変わらず、疑う様子を見せ方ない。

 幸彩と海威はゆっくりと息をついた。



 芽衣は海威の正面に、幸彩は芽衣の隣に座っている。三人が囲むのは、あっさり味のご飯が進むしお麻婆豆腐の大皿だ。芽衣と幸彩は舌鼓を打つ。海威も思いの外上出来だったため、頷きながら旨い美味いと食べていた。


「美味しい!」

「そうだよ、海威は凄いんだから!」


 幸彩は大袈裟なリアクションで、口で手を覆い隠すように、海威の手料理を褒める。幸彩の一世一代の大パフォーマンスだ。すると、なぜか芽衣が誇らしげに胸を張って、海威を語っていた。


「なんで芽衣が偉そうにしてんだよ」


 海威がそう言って、芽衣の方へ顔を向ける。すると、彼女の部屋着からうっすらと見てはいけないものが見える。海威は口を押さえると、とっさに顔を逸らした。


「どうしたの?」


 芽衣は心配するように立ち上がると、海威の方へと身体を寄せた。すると、緩めのルームウェアの襟元からさらに見えてしまいそうになる。海威は蒸発するほどに顔を赤らめると、腹痛だといって、トイレへと逃げていった。


「俺は悪くない。俺は何もみてない」


 海威は必死に深呼吸をする。心と身体を落ち着けるために。



 海威が戻ってからも、ゆっくりと話しながら食事をとった。海威が食器を洗っている間も、二人はソファでゆっくりしていた。そして、だんだんと時間が過ぎていった。扇風機を向けて干しておいて服も、かなり乾き、外もすっかり雨は止んでいる。


「そろそろ帰る?」

「あぁ、うん」


 芽衣に言われて、二人は洗面で乾いた服に着替え直す。そして、別れを告げると、二条家から二人仲良く出ていった。芽衣はどこか名残惜しそうに、二条家を去っていく。



「ただいま」

「幸彩、お帰り」

「うん」


 疲れた姿で幸彩はソファに倒れ込む。苦戦はしたものの、バレることもなく。うまく芽衣を撒けたのだ。そして、幸彩の様子を見た海威も、ようやく張り詰めた気が抜ける。そして、もう一つのソファにぐたっと倒れ込んだ。


「「疲れた〜」」

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