第15話

「荷物持ちにしてはカッコよく決めてきてくれたね〜」

「ま、まぁ……」

「私、彼氏いるよ〜」

「そんなんわかってるよ!」


 幸彩さち湊人みなとの反応を楽しむように、悪戯な笑みを浮かべて湊人の顔を覗きこむ。幸彩の顔が近づき、頬を赤らめた湊人は顔を逸らすように明後日の方向を向いた。

 そんなカップルに見える美男美女の二人を、歩行者たちはつい視線で追ってしまっていた。


「幸彩ちゃん、どこか行ってみたいとこある?」

「えぇどこも知らないし、湊人くんが行きたいところに連れてって!」

「――そうだな……じゃあちょっと距離あるけど、公園にいこっか」

「オッケー」


 湊人は落ち着いて二人の時間をとりたいと公園を選択した。二人は人混みを避けつつ、公園に向かう。

 そうして、到着したのは、街中の一角にある緑が生茂るオアシスだった。散歩中の仲良しな夫婦、走り回る子どもたち、そして彼らを見守る母親の姿。街中とは思えないほどに、ゆっくりと時間が過ぎていく。


「なんか、私たちカップルみたいだね」

「……思ってないことを言うなよ」

「バレた?」


 幸彩はまた、悪戯な笑みを浮かべた。しかし、彼女の微笑みは湊人を魅了する。彼氏がいることを理解していても、抗えないほどに湊人は彼女を見つめてしまったいた。


「今ごろ、海威かい芽衣めいちゃん楽しんでるかな?」

「――まぁ海威だからなぁ〜」

「ほんとね。海威はほんと自分で一度決めちゃうと揺るぎないんだよね」


 幸彩はそっと呟く。彼女の呟きは、二、三回話しただけの相手を話す言葉としては違和感が存在していた。また、幸彩はいつから『海威』と呼んでいたのか、湊人はふと疑問に思いながらも、賛同するように深く頷いた。


「湊人くんはさ、海威と芽衣ちゃんをどうしたいの?」

「――そりゃ、まぁ……もちろん、くっついてくれるといいけど」


 自分にもわからない、その本心を語らず、湊人は風にそよぐ木々の緑をスッと見上げた。そして、大きくゆっくりと深呼吸をする。


「湊人くんって、芽衣ちゃんのこと好きだったでしょ?」

「えぇ……」


 驚いた表情をする湊人。しかし、事実そうであった。しかし、湊人は芽衣に踏み込もうとするほどに、海威の存在の大きさを感じざるを得なかったのだ。


「でも、芽衣がああだからな」

「もう海威しか目にないよね。いつからああなったの?」

「俺は中学生からだと思ってたけど、聞いたら小学生の頃からだって……」


 そう寂しげに呟いた湊人は、慌てて口を押さえた。湊人はつい、あのデートの日の話を、幸彩に語ってしまったのだった。幸彩は目尻を下げて、にこりと微笑んだ。湊人はひとつ、大きなため息をついた。



「――湊人くん、ごめんね……」


 幸彩が突然言ったその言葉。彼女は俯いて歩いている。今日の嘘のことかと思ったが、湊人が見た彼女の表情はそれ以上に深刻そうだった。


「何がだよ」

「すべてだよ――気まずくなっちゃったのとかさ……」

「……」


 気まずいと聞いて、湊人はハッと心当たりが見つける。幸彩の送った写真だ。あの写真は、前日のデートで夏海なつみと幸彩が出会わなければ、存在しなかった。つまり、海威と夏海別れることもなかったのだろう。

 また、幸彩は湊人ではなく、海威に直接送っていたら、二人は別れたかもしれない。しかし、湊人はしっかりと夏海のメッセージを海威に伝えられたはずだった。嘘をついて、気まずくなることもなかったのだ。考え出してみると、湊人はすべての元凶が幸彩のように思えてきた。


「あのさ、幸彩ちゃんって、何をどこまで知ってんの?」

「私? 何も知らないよ。でも、夏海先輩と話した感じ、海威にゾッコンだったからね。さすがに二股とかはないかなって」

「まぁそうか」

「だからこそ、湊人くんに送っちゃったんだよ」

「――幸彩ちゃん……」


 湊人は突然足を止めると、スマホを取り出して開いた。そして、あの夏海からのメッセージを幸彩に見せたのだ。幸彩は体を寄せるように、湊人に近づくと、彼女の華やかな甘い薔薇の香りが湊人の鼻翼をくすぐった。

 必要以上に意識する湊人を置き去りにして、幸彩はスマホの画面を覗きこむようにして、素早く読み進めていった。


「うわぁ、やっちゃったね!」


 幸彩は想像以上の状況、そして湊人の嘘に声を大にして驚く。しかし、彼女の口角はほんのりと上がっており、楽しんでいる様子もあった。


「誰のせいだよ」

「だから、ごめんってば。だけど、これは気まずいね……」

「なっ!」


 二人はしばらく黙って公園を散策する。ときどき涼しい風が二人を突き抜けて、気持ちいいねと二人は囁いた。のんびりと二人は公園の中を歩いていった。

 しかし、ゆったりとした二人の間を流れる時間とは違い、現実の時間は足早にすぎていく。集合時間が迫っていることに、二人は遅れながらにしてい気づいたのだ。

 湊人は自然に幸彩の手を取ると、駆け足で走り出した。もう少し一緒にいたいという誘惑にも誘われながらも、遅れてはいけない、そんな律儀さが彼を突き動かした。しかし、幸彩も初めて、そんな必死で真っ直ぐな湊人の姿に、頬を赤らめていたことを、湊人は知ることはなかった。



「「お、お待たせ」」


 息を切らして走ってきた二人は、ようやく約束の時計塔の下にやってきた。幸彩の手を握っていたことをハッと気がついた湊人。幸彩はすかさず振り払うように、手を後ろへと回した。


「「こ、これは違うから!」」


 焦ったようにハモった湊人と幸彩。海威は吹き出しそうになったが、そっと芽衣に視線を向けると、感情が消えていった。芽衣はどこか残念そうに俯いていたのだ。


「じゃあ、次は芽衣ちゃんと私でいいかな?」

「あぁ、うん」


 呼吸を落ち着けた幸彩だったが、まだ頬はほんのりと赤みがかあっている。四人が次の約束の時間と場所を決めると、幸彩と芽衣はスキップをして人混みへと姿を消した。



「で、俺たちはどうする?」

「スタボで時間、潰そ?」


 湊人はスターボックスの看板を指さした。


「実はさっき芽衣とカフェにな……」

「そっか……良し、いいこと思いついた!」


 湊人は周りを、そして海威を舐めるようにして見て、何かを思いついたように手をついた。しかし、その真相を語らずして、ひとりスターボックスの方へと駆け出していく。


「ちょっと喉渇いたから、コーヒーだけ買ってくるわ!」

「おぅ」


 爽やかな笑顔でそう言った湊人は、スターボックスへと入っていった。海威はどこか違和感を感じる湊人の言動に戸惑いながらも、だんだん減っていった湊人との時間へ期待を寄せていた。

 海威は拳を強く握りしめる。あのことを話そう、そう海威は心に決めた。

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