第14話

「な、なんで二人がいるんだ?」

「それウチのセリフ!」

「えぇ……」


 水曜日の午前九時、実家の最寄り駅にて。

 照らし合わせたように集まったのは、湊人みなと芽衣めい、そして海威かいだった。口を半分に開いたままの湊人、目をパチパチと素早く全く芽衣、そして悟ったように頭を抱える海威。


「お、俺は幸彩さちちゃんに買い物の荷物持ちをしてくれって……」

「えぇそんな! 幸彩ちゃんはウチとショッピングに行くんだよ」

「――俺は……」


 海威は言いかけた言葉を止めると、重いため息をつく。そして、湊人と芽衣も気づいたように、ため息をついた。幸彩はちゃんとあの柚美ゆみの娘なのだと、海威は実感したように頷いた。

 それから三人は、ぎこちない会話を始めた。それぞれが自然に振る舞おうとするが故に、却って不自然だったのだ。そして、ときどき言葉に詰まると、湊人と芽衣は決まって幸彩が来ていないかを見渡すように、視線を巡らせた。


「幸彩ちゃん、遅いな」

「そうだね」

「……な」


 また言葉に詰まる。

 海威はふと湊人の服装に目を寄せた。ネイビーのキーネックの半袖に、デニムスキニー、首筋に見える高そうなネックレスのチェーン。今まで見たことない着こなしに海威は驚きつつ、ゆっくりと自分の身体に視線を下げる。そして、海威は小さくため息をつく。

 続いて、海威は芽衣のコーディネートへと視線を移した。左肩の肌を覗かせるカットの入ったTシャツには色っぽさが、ベルトのついたワイドパンツには大人っぽさが伝わってくる。芽衣をどこか幼くみてしまう海威だったが、改めて彼女の大人らしい可愛さに心を奪われてかけた。



 そうして9時15分になったとき、ようやく海威の後ろから地面を蹴る足音が響いてくる。振り返った先には、ロングスカートを風になびかせて走る幸彩の姿があった。


「おっはよう! みんな、お待たせ〜」


 文句でも言おうと考えていた三人だったが、彼女の何事もないかのような爽快感のある笑顔に、そっと言葉をしまい込んだ。そして、幸彩と芽衣はハイテンションに出発だと、駅のプラットフォームに歩み出した。

 


 到着したのは、デパートが集まるナゴヤ駅だ。四人はこれからどうしようかと周りを見渡した。すると、幸彩が提案したのは、二人ずつのグループになって、合計三回に渡って楽しもうと言い出した。

 実際、真に詰まる話をする上でも、二人の方が話しやすい。そう思って、三人は了承をした。そして、最初のグループは、幸彩と湊人、海威と芽衣になった。湊人は幸彩を案内すると言って、真っ先に買って出た結果だ。結局全員と回るのだからと、特別反対意見もなく、それぞれ二人ずつになって、人混みに消えていった。


「海威? ウチら、どうする?」

「芽衣はどこか行くところあるのか?」

「う〜ん、お金もないしいいかな」

「じゃあ、カフェででも時間を潰そっか」


 海威の言葉に、笑顔で応える芽衣。芽衣の姿に、またも目を奪われる海威であった。二人は芽衣が行きたいと思っていたケーキ屋さんに足を踏み入れる。

 お洒落な雰囲気の小さなカフェ。ショーウィンドウには、色鮮やかな綺麗なケーキが並んでいる。甘いもの好きな芽衣は目を輝かせた。そして、二人は窓辺の向かい合った二人用のテーブルに腰をかけた。


「いい感じの店だね」

「でしょでしょ! ずっと行きたいと思ってたんだ〜」

「でも俺となんかでいいのか……」


 海威はぎこちなく笑って見せる。本当は湊人と来たかっただろうと、どこか申し訳なく海威は感じていた。


「いいの!」


 海威の方へと少し顔を寄せて、頬を膨らませると、芽衣はそう言った。


「なんか芽衣、今日可愛いな」

「えぇ……」

「服とかさ、すごく大人っぽいかも」

「……」


 海威はただ思ったままにさらっと言った言葉だったが、芽衣は頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに顔を手で隠した。恥ずかしさと同時に、芽衣の胸には叫び出したい喜びが込み上がっていた。


「そういう海威は……普通だね」

「まぁな」

「でも湊人はしっかり決めてきたたね〜」

「カッコよかったよな!」

「うん、なんだか雰囲気が違った」


 海威は頷きながら、話を弾ませる。そして、テーブルにようやくケーキと紅茶が届けられた。


「なんかこういうのもいいな」

「ね! あんまり街中に出ることなかったし」

「これってデートみたいだな」

「えぇ……」


 芽衣はまた頬を紅く染めると、ケーキを見下げるように俯いた。海威はその反応を見て、言ってしまったと後悔する。俺となんかはいやだよな、そう海威は思いながらも、ケーキにフォークを進めた。

 しかし、実際に、二人の姿はデートをしている高校生そのものだった。二人で笑い合って会話をして、ときにお互いのケーキを交換する。親友として、幼なじみとしての当たり前が、ほんのり甘い雰囲気を醸し出す。



「美味しかったな〜」

「うん、来て正解だった!」

「今度は湊人を連れてこいよ。あいつ絶対喜ぶって」


 約束の時間が迫ってくる。二人はようやく紅茶の最後の一滴までを堪能した。しかし、海威の言葉に、芽衣は浮かない表情をして、唇を少し噛んだ。


「海威、違うの!」

「なんだ、どうかしたか?」

「ウチ、海威のこと好き!!」


 芽衣は必死に言葉を絞り出した。そして、ようやく昔年の想いを言い出すことができたのだ。突然の言葉に海威も驚いた表情をしたが、芽衣に微笑みかけると、海威は返答した。


「もちろん俺も芽衣のこと好きだよ!」

「……」

「そうやって湊人にも正直になれたら良いのにな〜」

「えっ――あぁ……うん」


 思わぬ海威のストレートな言葉に、飛び上がりたいほどの喜びを感じた芽衣。しかし、その後の言葉で、あくまで友達としての好意だと思い知った。そして、せっかくの告白も伝わらないまま、芽衣はなにも言い出せなかった。



「海威のバカっ……」


 芽衣は静かにそう呟いた。しかし、海威に聞こえることはない。寂しげに俯く芽衣と周りを見渡す海威。二人は時計塔のしたで、幸彩と湊人を待っている。

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