第20話

「「ふんっ」」

 火花を散らしていた瀬奈と霧島先輩は互いにそっぽを向く。

 口汚い罵り合いにひとまずの決着がついたのだろう。


 俺はようやく本題に入ることにした。

「早速で悪いが村雨先生の救出、並びに脱出の作戦会議を開きたい」

「「はぁ⁉︎」」


 ありえない。そんな眼光が俺の胸を突き刺す。

 いやいや。二人には最初から伝えていただろ。なんだよその反応は。


「瀬奈くん……もしかしてこの男はバカなのか?」

 おっと、突然の罵倒⁉︎それもあの霧島先輩が⁉︎

「ようやく気が付いたのかしら。彼はこのことに関しては本当に馬鹿なのよ」

 続いて瀬奈。なんとこちらも悪口だ。


 えっ、ええー。理不尽にもほどがないか。

「「……はぁ」」

 しかも重たいため息。それも息ぴったりのタイミングである。もしかして二人は息が合うんじゃないか?


「君の苦労がようやく理解できた気がするよ」

「そうね。私もだわ霧島先輩」

「えっと……意気投合したところ悪いがそろそろ本当にいいか?」


 俺の切り出しにギンッと効果音付きの視線を送ってくる二人だったが、何を言っても無駄だと思ったのか。ようやく俺の言葉に耳を傾けてくれた。


「ちなみに村雨先生の居場所はわかっているのか?この状況下で闇雲に探し回るのは危険過ぎると思うのだが」

「その問題は解決済です。瀬奈がやってくれました」

 その回答に瀬奈はピース。勝ち誇った顔を霧島先輩に向けていた。


「村雨先生の居場所は特定したのだけれど……厄介な問題があるの」

 瀬奈の言葉に訝しげな霧島先輩。

「これを見てもらえるかしら」


 瀬奈はすかさずスクリーンを美術室の映像に切り替える。

 俺もいよいよ覚悟を決めなければいけないときがきたようだ。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!彼は――秋葉の兄は一体何をして――!」


 切り替わった映像は秋葉傑が次の生贄を美術室から放り出しているところだった。

 さすがの俺も吐き気を覚えてしまう。

「カメラを設置した生徒に外の状況を確認させているんでしょう。兄はその映像を見て美術室を抜け出すチャンスを伺っているんです」

「外道が……!」


 霧島先輩の顔が醜く歪む。

 兄がすみません、と言う資格は俺にはない。

 


 これから二度と兄と会わなくなるのだとしてもケジメをつける必要はある。

「まずは全体の流れを説明します。それから細部を詰めていきましょう。瀬奈と霧島先輩にはそれぞれの見地から忌憚のない意見を期待しています」

「了解よ」「心得た」


「まずは体制です。救出には俺と先輩の二人一組ツーマンセルで向かいます。瀬奈、もう一つイヤホンマイクはあるか?」

「ええ。先に渡しておくわ」

「ちなみに三人同時の複数会話は――」


「――問題ない。すぐに設定しておくわ」

「よし。それじゃ瀬奈は村雨先生を救出するまでOA室で待機。オペレートによる支援に徹してくれ」


「相変わらず人使いが荒いわ」

「今度何でもお願いを聞いてやるから我慢してくれ」

「にゃんでも⁉︎」「なっ……!」


 よだれを垂らす瀬奈と目を剥き驚きを隠せない様子の霧島先輩。

 全く予想していない反応に俺は戸惑いを隠せない。

「なっ、ななな……なんでもいいのね?」


 瀬奈は鼻息を荒くして再確認してくる。おっ、落ち着けよ……。

「あっ、ああ……できることならな。もちろん良識の範囲内でだぞ」

「そういうことは感心しないな」


 咎めるように言う先輩。えっ、ちょっと何?

 さっきまで作戦会議の全体像を話していたところですよね。話の腰を折ってまでする必要があることですか?


「もちろん報酬は霧島先輩にもお支払いします。作戦が成功した暁には僭越ながら刀の稽古をつけさせていただきます。俺で務まるかはわかりませんが」

「いや、刀の稽古については決定事項だ。音楽室での一件を忘れたわけではあるまい」


 ちゃっかり覚えていたか。

 さすがの俺も壁走りウォールランでピンチを救ってくれた人物を無下にはできない。

 先輩にも大きな恩がある。


「ということは稽古以外にも何か?」

「……うっ、うむ。ダメ……だろうか」

 いつもの凛とした態度から一転。急にしおらしくなる。

 そのギャップは凄まじく素直にドキリとさせられてしまう。特に目に毒なのが胸部。恥ずかしそうに腕を組むものだから豊かなそれがさらに強調されている。これを天然でやっているのだから恐ろしい。


「――バギィッ!」

 そして瀬奈。お前は飴を噛み過ぎだ。バカの一つ覚えかよ。

「良識の範囲内。俺にできることであればお受けいたします」


「秋葉ぁっ!」

 ひまわりが咲いたような笑顔を浮かべる霧島先輩。

 世界が週末に向かう中、一体何をさせられるのだろうか。


「その代わりと言ってはなんですが、二人にはそれなりの労働を強いることになります」

「今さらね」「瀬奈くんの言う通りだ。覚悟はできている」

「そう言っていただけると助かります。では話を戻します。俺と先輩で美術室に突入、室内の生徒を解放しつつ、村雨先生の確保します」


「解放された生徒は自然体でいいのね?」

「残念だが俺たちに生存者を守れるほどの余裕はない。こればかりは自己責任と割り切らせえてもらう」

「やむを得んな」


「美術室退出後のリスクを軽減するため、瀬奈には警報措置を起動してもらう。その音で感染者をおびき寄せ数をさばくつもりだ。生存者にはその情報を伝えることで解放後の避難先を各自で判断してもらう」


「良案だと思うわ」

「ありがとう。先生を確保した後は霧島先輩に頑張っていただくことになりますが、まずは率直な意見を聞かせてください」


「なんだね?」

「瀬奈のオペレート付きで先生を庇いながら保健室、場合によっては職員室を巡ることの可否です」

「……ほう」


 目を細める霧島先輩。腑に落ちない点がありそうだ。

「可否を答える前に確認したいことがある」

「どうぞ」


?是非は置いておくとして、私と君で先に制圧するべきではないか?そうすれば村雨先生を確保したあと三人で行動できる。私一人で彼女を庇いながら合流するよりも安全で確実だと思うのだが」


 まあそう思うよな当然。


「彼は――秋葉傑は――俺の実兄です」

「もちろん知っているとも」

「これは完全なわがままです。反対いただいても文句は言えませんが――最後の兄弟ケンカは二人きりでしたいんです」


 瀬奈と霧島先輩二人の目を見据える。

 考えてみれば最低だ。兄と、傑と二人きりになりたいためだけに二人のチカラを借り、リスクを背負わせるのだから。俺のわがままに関してなんのリターンもない。


「……決着をつけたい。そういう解釈でいいだろうか」

「はい」

 やがて霧島先輩はしばし考えたそぶりを見せたあと、


「私は彼のわがままに付き合ってもいいと考えているが瀬奈くんはどうだ?秋葉と行動を別にするということは君の負担が倍増する。私だけでは決められない」


「……私は二人が危険な目にあっているときに安全な場所で情報を伝えるだけよ。そんなものは負担とは言わない。むしろ村雨先生を守りながら合流を課せられた方が大変だと思うのだけれど。それを是と承認したなら私が反対を示す理由はないわ」


 瀬奈と霧島先輩は互いに顔を合わし、

「決まりね」「決まりだな」


 なんとまさかの承認である。

 どうやらいよいよ腹をくくる必要があるようだ。報酬は二倍にして返そう。


「恩に着ます」


 頭を垂れて短く告げる。長い言葉は要らない。感謝の想いを伝えることが大切だ。


「では全体像を再開します。村雨先生の所持品で霧島先輩の行動パターンが分岐します」

「と言うと?」

「車のキーを所有しているかどうかです」


「たしか村雨先生って車通勤だったわね」

「そうだ。だから先生がすでに身につけていた場合、職員室をルートから外す」

「なるほど。反対に持っていなかった場合は職員室で物色するわけか」


 高校から脱出するに当たって考えられる手段は三つ。

 ①徒歩

 ②自転車

 ③車


 俺の中で①は論外だ。

 十分な武器が確保できているならともなく、木刀とバールだけでは厳しい事態が想定される。なにより敵になりうるのは感染者だけじゃない。頭のネジが外れた人間も警戒しなければならない。近付かないことはもちろん、すぐに距離が取れる乗り物があれば気が楽になる。


 次に騒音がなく小回りが利くという点では②だろう。

 しかし校内でこの有様だ。

 街に出れば強引に通り抜けられないところもあるだろう。

 状況によっては自転車を途中で手放さなければいけないかもしれない。そうなると強制的に①を強いられることになる。


 その点③は騒音こそ問題があれど安全性は高い。なにより日没までにどうしても行きたいところがある。その目的を果たすためにも車は必須だ。


「はい。もちろん職員室の状況次第では物色どころじゃないでしょう。あそこには思考を停止させた人間が集まります。地獄絵図が広がっている可能性が高い。その場合は保健室に移ってください。村雨先生の判断で今後の生活に役立ちそうなものを持ち出してもらいます。もちろん保健室に寄ることができない状況であれば無理しないでください」


「承知した」


「残念ながら職員室と保健室には監視カメラはないわ。その周辺で拾える情報は廊下の状況ぐらいね。あとは周辺の警報措置を起動させることぐらいかしら」

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