第12話

 技術室へ向かう途中、安全を確保した上で感染者に関する情報を集めていた。

 校内は間違いなく死屍累々に向かっていた。そうなるのも本当に時間の問題だろう。

 俺が感染者について気になっていることは主に三つ。


 運動能力、習性、知性だ。

 俺たちはいま現実離れした環境に身を置いている。

 まさしくゾンビ映画のような展開だ。


 だが、の正体が俺たちが知っている存在とかけ離れている場合、これからの対策が変わって来る。

 例えば――、


 進行方向とは反対――階段のある廊下に向かって小銭を投げつける。

 石床に落ちたそれは騒がしい金属音が鳴り響かせる。

 周囲全体に気を配りながら、小銭の先に注意していると、


「あー」「うー」


 呻き声をあげながら、鈍い動きで小銭に駆け寄ってきた。

 その様子はどこからどう見てものろま。ときには転げ落ちて這うようにして集まってくる。

 ――スローゾンビ。


 脳がウイルスに侵食されて運動機能や平衡感覚が機能しなくなったと見ていいだろう。

 もちろん感染から時間が経過し、飢餓感に襲われた感染者が獰猛になり動作が加速する――なんて展開も十分にありえる。

 いずれにせよ油断はできないが走って逃げられる存在ではあるってことか。


 音に敏感なのは映画のままだな。

 あとは思考と能力だが、これも微塵も感じられない。

 極端な話、人間としての知性が残っている場合、感染者の中にも一種のヒエラルキーが生まれ、リーダーの指示により手下が人間を襲ってくるんじゃないか、というところまでは考えていた。


 さすがにそうなってくると難易度が大きく変わってくる。

 奴らの認識をゾンビからゴブリン寄りにする必要があった。

 だが今のところ道具はおろか歩くことさえままならないところを見るにその線は薄そうだろう。


 何一つ環境は変わっていないが、自然と口元が綻んでしまう。

 ――ぬるいな、と。

 一体この程度の環境の変化で何に慌てふためくことがあるのだろうか。

 余裕にもほどがある。


 ☆


 技術室にはおよそ半時間でたどり着いていた。

 もはや言うまでもないことだが、できるかぎり戦闘は避けてきた。

 音に吸い寄せられる習性と武器の耐久性の問題があるからだ。


 身を隠してはゾンビが過ぎ去るのを息を潜めて待ち、必要によっては小銭を投げつけ道を開けさせてきた。とはいえそれで技術室にたどり着けるようなら苦労はしない。

 俺はすでに何人かの元生徒を殴打した。その証拠に金属バットが凹んでいる。


 使い物にならなくなるのも時間の問題だ。早く新しい武器を調達しなければ。

 そう思いながら技術室の扉を開けようとしたのだが、

「……ちっ」


 運の悪いことに施錠されている。

 しかも、

『……秋葉くん。すぐに避難しなさい。感染者が迫っているわ。それも技術室を挟み撃ちするように』


「了解だ」

 イヤホンマイクに手を当てながら言う。

 さてどうするか。技術室はすぐ目の前。しかし施錠されている。


 もちろん職員室まで鍵を取りに行くのは論外。

 金属バットが保たない上に職員室はいま最も地獄に近い場所と化しているはず。


 技術室を見渡す。扉は前後に二つ。上には小窓がありギリギリ人が入れる大きさだ。なぜか扉は施錠されているのに開いているという現実。技術室は可能性が高いな。

 なるほど。これはいるな。中に生存者が。


 扉の間にあるガラスは頑丈な構造だ。金属バットで破壊すれば挟み撃ちするように進行している感染者を行進させてしまうことになるだろう。それは避けたい。中にいる生存者にまで迷惑がかかってしまう。


 だが、引き返すのを是と承認しない自分がいる。もちろん命がかかっている状況だ。安全第一は言うまでもない。だが、ここで退いて感染者が引くのを待つのは時間がかかりすぎる。

 これ以上のタイムロスは村雨先生の生存率を大きく減少させていくはず。


 ――二回目の賭けに出るか。


 自分でもずいぶんと危ない橋を渡っていると思う。

 一度だけならいざ知らず、またリスクの高い行動に出ようとしているんだから。

だがこれ以上迷っている時間はない。俺は扉から離れて屈伸する。その間もぞろぞろとゾンビが迫ってきている状況でだ。


『秋葉くん?さっきから全然位置情報が動いていないのだけれど何をしているのかしら?』


 そういえば俺が持っているスマホが発信機の代わりをしているんだったな。

感染者に挟まれている情報を伝えたにも拘らず、動きがなければ不安にもなるか。


「瀬奈……お前にお願いしたいことがある」


 なんかそればっかだな俺。これは無事にチーム全員で脱出した暁には美味しいもんでも振る舞う必要がありそうだ。タダ働きってのは士気を下げちまう。


『私でできることなら何でもするわ。だから早く離れて』

「いや、技術室にはこのまま突入する」

『はぁっ⁉︎』


「ただし、すぐに取っ組み合いになるかもしれない。もし遠隔地から操作できるなら技術室の電気を着けてもらいたい」

『ちょっ、取っ組み合いってどういうこと⁉︎』

「説明するしている暇はない。頼んだぞ瀬奈!」


 俺は瀬奈に無茶ぶりをするのと同時、扉に向かって全力疾走。

 気分は東京フレ◯ドパークのそれ。

 勢いよく駆けて踏み切りと同時に真上に翔ぶ。


 小窓の窪みに手を入れて腕力だけで身体を持ち上げて行く。

 感染者はもう目と鼻の先。餌を逃すまいと手を伸ばしてくる。

 脚をすかさず引き上げ小窓にかけ、勢いを殺さずにそのまま中に飛び降りる。


 と同時にすぐに人の気配を察知する。

 やはり中に生存者がいたか。

 しかしこの状況でパニックに陥っているのだろう。


「出て行けええええええっー‼︎」

 着地したばかりの俺の頭に鈍器を振り下ろす何者か。

 こんなこともあろうかと受け身を取っていた俺はある程度こうなるであろうことは予測していた。だからこそ瞬時に身体をひねって鈍器から身を躱す。


 薄暗い技術室。混乱状態の生存者。狂気と凶器。

 ため息をこぼしたくなるような状況だが、その一つが解消されるまでに時間はかからなかった。突然技術室の電気が点いたんだ。相変わらず仕事が早い女だな瀬奈は。


『言っておくけれどハラハラさせた分、利子は高いわよ』


「心積もりしておくよ」


 ゆっくりと立ち上がり生存者と対峙する俺。

 視線の先には兄の取り巻きである男子、平石健吾がいた。

 大勢で俺をボコるときの威勢の良さはなく、ところどころ身体が震えている。


 さて、どうしたもんかねこれは。

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