第11話

「まずは技術室まで行きたい。調べられる範囲で最適なルートを出してくれ」

「それは構わないけれど……どうして技術室?村雨先生の救出に向かうのよね?だとしたら保健室じゃないかしら」

「ああ、それは――」


 俺は金属バットを手に取って言う。

「武器を調達しに行きたいからだ」

「はい? 今手にしているものは違うってこと?」


「一見、武器に向いていそうだが、バットってのは耐久性がない。ゾンビを退けるために何度か殴打すればすぐに凹んでしまう。瀬奈の言う通り、これから村雨先生の救出に向かうわけだが、映像を見て確信した。想像以上に感染スピードが速い。ミイラ取りがミイラ――いや、この場合はミイラ取りがゾンビか、になってしまっては元も子もないからな」


「なるほど。思惑は理解したわ。技術室ってことはチェーンソーが狙い?」

瀬奈の何気ない呟きに色々と思案する。

まあ普通はそういう発想になるか。


 危険を顧みずに武器を調達してに行くんだ。少しでも強力なもの――すなわちチェーンソーという単純な思考故の発言だろう。

 とはいえ、この状況でそれを使用することは愚かとしか言いようがない。


 たしかにチェーンソーは無敵に思えるだろう。ゾンビ映画などでは鉄板だ。高速で回転した刃の威力は申し分ない。

 だが、これは難がある道具だ。


 まず厄介なのがキックバック。

 刃が材料に挟まったり、石や金属などの硬いものに触れてしまったときなど、作業者に工具が跳ね返ってくる現象だ。

 ゾンビ単体ならまだしも複数で襲われたときに刃が跳ね返って自滅してしまう恐れがある。


 さらに武器として使う場合、当然ゾンビを斬りつける形となるが返り血による感染の恐れもある。高速で刃が回転している分、吹き上がる血しぶきも相当のものだろう。

 エンジン稼働による騒音はゾンビを引き寄せ、重量がある上に燃料の問題もある。実用は現実的じゃない。まさしく諸刃の剣と言える。


 もちろん瀬奈は深く考えずに思いついた武器を口にしただけのことだろう。

 ここでその工具を選ぶ愚かさを説く必要などない。むしろそれこそ空気が読めていない。

 だからこそ俺は時間がない中でもできるかぎり自然にバイオハザードで生きる術を伝えていくことにした。


 俺が傍にいるときはいいが、万が一別行動を取らなければいけない状況に追い込まれるかもしれないからだ。

 そのとき俺の言葉を思い出すことができれば瀬奈の独断よりも生存率は大きく変わってくるだろう。なにせ彼女の順応性は高い。記憶力も決して悪くない。


「いや、俺が欲しいのはバール。金梃かなてこだよ」

「バール? えっ、バールを取りにいくためだけに危険を犯しに行くの? 金属バットと変わらない気がするのだけれど」

「いいか。武器で大切なことは三つ。①女でも取り扱うことができる簡単なものか、②入手が困難ではないか、③耐久性、だ。チェーンソーは①が厳しい。ちなみにバールは先端が湾曲し尖っているだろ?」


「ええ」

「一撃で眼窩がんかを貫通し、そのまま脳を破壊できるわけだ。これを何本か入手したいわけだ」

「秋葉くんの発言の裏には色んな思考の末ということね。私なんかが着いて行けるかしら」


「安心しろ。この環境下だ。嫌でも生き延びる術が身に付くはずだ」

さて、と。そう言って準備体操を始める。

俺がいま所持しているスマホやイヤホンなどを取り出して、


「瀬奈。お前のチカラを貸してくれ。これだけの物でどれだけのことができる?」

 ここから先は彼女の専門だ。

 オペレートと言ってもそのための道具や使い方を共有できなければ意味がない。


「そうね。まずは――」

 瀬奈は俺の携帯を取り出し、迷うことなくパスワードを解除する。

「えっ、ちょっ、えっ⁉︎」


 スマートフォンはセキュリティの高いソフトウェアを導入しているパソコンよりも侵入しやすいことは聞いたことがある。だが、まさか手動で解除されるとは思っていなかった。

 ほら、解除するにも色々あるじゃない?


 アダプタにスマホを差し込んで、それをパソコンに接続、ソフトウェアを使って暗証番号を一つずつ潰していく、みたいな。

 いや俺もこっちは専門外だからよく知らないわけだが、それにしたって手入力はないだろ手入力は!

 さすがの俺も驚きを隠せない。


「あの……瀬奈さん?」

 さっきまでの威勢はどこへやら。気がつけば、さん付けだ。

「なにかしら?」


「どうして俺の暗証番号を知っているので?」

「ふっ」

 いや、鼻で笑わずに答えて欲しいんですけど?


「席が隣なのよ? そんなの秋葉くんの手の動きを見ていればだいたい察しがつくわ。まあ、さすがの警戒心ね。頻繁にパスワードを変更しているのが、私的にはポイントが高いわ」

 あらやだ。奥さん聞きました? いつも青空を眺めていると思っていた隣のクラスメイトが実は私の手の動きを盗み見ていたんですって。それも頻繁に!


 ……怖えよ!


「はい。これでよしっと」

「いや、ちょっと待って。急いで救出に向かいたいのは山々なんだけどまだ質問終わってない」

「秋葉くんのスマホに私の連絡先を入れておいたわ」


「人の話聞いてる?」

 というか鬼の速さでタップしているなと思ったらそれだけかよ。

 なんかもっとすごいことしているのかと期待したじゃねえか。

 自作のアプリを導入してオペレートを支援する、とかそういうの。


「ええっと……ヘッドセットは……うわっ、いつの時代のよ。周辺機器ぐらいケチらずにもっといいのを購入しなさいよ」

 瀬奈は周辺機器を漁り始めるとコールセンターでオペレーターが付けているヘッドセットを着用する。


「あの瀬奈さん?」

「質問の返事がまだだったわね。これだけの物でどれだけのことができるか、だけど――まずはこれを見てもらえるかしら」


 そう言って瀬奈はパソコンの画面を覗くように仰いでくる。

 と同時に。

 生徒用のパソコンの電源が一気に稼働した。その数およそ二十台。遠隔で瀬奈が操作したことは間違いない。


「この高校に設置されている監視カメラは二十台。つまり私が覗くことができるのは二十箇所。当然だけれど東西南北に棟があるバカでかい高校の隅々を視認することは無理よ」


 いつの間にか完全にスイッチが入っている瀬奈。

 目が完全にハッカーになっている。

「つまり瀬奈が確認できるこの二十箇所とそれぞれの位置を頭に入れろ、そういう理解でいいんだな?」


「ビンゴ」

 瀬奈はいつの間にか口に含んでいた新しい棒付きキャンディを出して俺の方に向けてくる。

 唇に艶が帯びている。


「それともう一つ。当たり前のことを言っていいかしら?」

「ああ」


 なるほど。たしかに当たり前だ。

 瀬奈が言いたいことはこうだ。

 二十台もある監視カメラを同時に見ることはできない。

 故に一瞬しか映り込まなかった村雨先生や霧島先輩を見逃してしまうかもしれない、と。


 まして俺をオペレートしながら、他の画面まで確認する余裕はないだろう。女は男に比べてマルチタスク脳とはいえ限界がある。


「何度も言うが見落としたところで俺は瀬奈を責めるつもりもないし、資格もない」

「それとこれを」

 瀬奈が取り出してきたのは片耳タイプのマイク付きイヤホン。


 周囲の音も聞こえるよう片耳というのが俺的にポイントが高い。これが意識的なら瀬奈はやはりできる。


「さっき連絡先を入れたついでに自作アプリを入れておいたわ」

 やっぱり入れてんのかよ。というか、なんでついでなんだ。そっちが本命だろうが。


「このイヤホンと秋葉くんのスマホを無線通信で接続したの。これで貴方の位置が分かる上に、監視カメラの近くに差し当たったときに私に通知が来るようになっているから、映像越しの情報を参考に音声で伝えるようにするわ。反対に私に調べて欲しいことがあればイヤホンを付けたまま話してもらえればいいから。ちなみに私の声は聞こえるかしら」


 瀬奈は距離を取るように手を払う。

 それなりに離れた先でもイヤホン越しで声が聞こえてくる。

 反対に俺の声が届くかも念のため確認しておく。


「聞こえるか」

「良好よ」

 これで双方向の通信は完了と。


「最長でオペレートは何時間いける?」

「位置情報をオンにしている関係でバッテリーの消耗は思いの外激しいでしょうね。秋葉くんのスマホそれは最新機種だからそれなりに保つだろうけど――二時間ってところかしら」


「十分だ。それじゃ俺が出たあとすぐにバリケードを貼り直してからオペレートに当たってくれ。それと念のためバリケードこれが破られたときだが緊急避難先を伝えておく。校舎側の左端の窓。あそこから排水溝の管をつたって地上まで降りろ。その後の安全は保障できないが、さっき連絡先を入れてもらっただろ。連絡を入れてくれれば後で救出に向かう。もしもの場合はそれを使え」

「了解よ。それじゃ私からも最後に伝えておいてもいいかしら?」


「ん?」

「必ず生きて私の元に帰ってくること。私が生存率が最も低い女だということを忘れないでもらえると助かるわ」

 なるほど。それを逆手に取るか。


「承知した。必ず約束は守ろう」

 こうして俺はオペレーターの協力の元、村雨先生と霧島先輩の救出に向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る