10_COURSE TO PEACE

 それはゲームが無い日だった。

 今日も天気は晴れ。籠の壁の見えない採光窓から柔らかな日差しが入り込み、滑らかな砂の表面を照らす。そんな疎らな光の中にコウの姿があった。

 勿論、ゲームが無い日はバージェストは外されている。


 白い髪に白い服。そんな彼女は足を投げ出して砂地に座っている。

 体を揺らしながら不思議な歌を歌っていた。


 キャラクターが生み出すコンテンツがあるとしたら、この歌くらいだろう。基本的にそれぞれの籠の彼女達は何もしようとしない。

 ただぼんやりと存在するだけだ。

 キャラクター全てが声帯を持っているのに、他のキャラクターが声を上げることは無い。唯一言葉を発するコウだけが歌う。

 ならば、キャラクターの中で唯一のクリエイターはコウとなる。

 それ以外は俺と同じ消費者コンシューマーという訳だ。


「どうしてコウは歌うんだ?」

「よく分からない……。けど」


 コウは暫くぼんやりとした後に答えた。


「こうした方が正しいような気がするの」

「正しい……ね」


 それから、コウは再び歌い始めた。

 

 正しい。となれば歌えないキャラクターは正しくないのだろうか。

 この世界でコンテンツを生み出せないものは社会にとっての損失であり、お荷物だと言われる。コロッセオが出現する前。コンテンツが枯渇し始めた頃の名残だ。

 あの頃は世界はどこか殺伐として、クリエイターですら苦しみながらコンテンツを作り出し、そのストレスで何人もロストしていった。

 あの奇妙なスパムアンケートがばら撒かれたのもコロッセオ出現前だった。

 『世界平和アンケート』というタイトルで送られてきたそのメールは、平和維持連盟との関係性を疑われたが、連盟側は否定をし、証拠は見つからなかった。

 おそらく、政府が国民の感情を平和維持連盟という分かりやすい相手に誘導するために行ったものだろうという説が有力だ。


「へぇ。上手いもんじゃないか」

「ああ、そうだな……」


 真偽が自室から出てきたようだ。彼は仕事が無い時間のほとんどを、繰り返し日記を読むことに費やしている。ここに来る前にニアロストを発症しているから、自分の知らない自身の記憶について書かれた日記を読むのが面白いらしい。


 彼は俺と同じように普通の囚人と違って訳ありだ。ここに居なければならない期間は短い。だからといって、籠での生活は退屈で今にもロストしてしまいそうだ。

 そんな生活の中で時折聞こえるコウの歌を、俺は結構気に入っていた。

 彼女がただ歌って過ごせる世界であれと。

 俺は、そう願った。

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