繋ぐ右手と

小鞠

第1章 稲妻

「……!」目の前に一筋の光が落ちた。まるで流れ星のように。そしてその光が地面に落ちるとそこから大きな光が広がった。その光が弾けた瞬間、一面の暗闇が僕を支配した。


 「……」暗闇の中で身体は動かない。それでも意識は薄らとある。微かな物音が耳を掠め、さらに意識を目覚めさせようとする。真っ暗な目の前にわずかな光が見えてきた。あと一歩踏み出せばこの暗闇から解放される。そのことが感覚的にわかった。


 これが生き物の本能なのだろうか。あと一歩。わかっているはずなのに、その一歩がとてつもなく遠く感じる。また意識を手放そうとした時、追い風を感じた。その風に背中を押され、右足を踏み出した。途端、あたり一面が白い光に包まれた。

 目も開けられないほどの強い光を感じて目を閉じる。眩しさが消え、ゆっくりと目を開けた。辺りはまだ暗い。しかしながらさっきよりも明るくなった。


 ピッピッピッ。機械的な冷たい音が刻みこまれる。手に何か雫のようなものが落ちる。目を開けると何人かの顔が上から僕を囲っていた。

 「よかった……」女の人がハンカチを握りしめ、自分の胸を押さえながら、嗚咽混じりにそう言った。

 その声を皮切りに周りが慌ただしくなる。さっきまでの機械音は気にならないくらいだった。白衣姿の人が押しかけてくる。

 みんなが僕に向かって色々話しかけてくるが、それを理解するほど頭は回転していなかった。意識だけが僕の斜め上からこの様子を伺っているようだ。僕に向かって何か話しかけているなと冷静にそれを見ていた。


 ただ右手に鈍い痛みを感じる。何かに強く掴まれているようだ。身体はまだ動かない。上体を寝かしたまま、唯一動く目だけをそちらに向けると、ハンカチを持つ女の人の両手がずっとずっと右手をきつく握りしめていた。僕の目覚めに安心して握る力を弱めたのか、それとも僕が痛みを感じなくなったのか、その痛みは次第に引いていった。白衣の人達が頭の上でずっと話しかけている中、朦朧とする意識の中で僕が考えたのは、先ほどまでの光景だった。


 どこまでも続く暗闇。僕は暗闇に包まれていた。右も左もわからないようなそこで、足元はくるぶし位まで水が張っていた。冷たい水が僕の体温を奪い取っていく。感覚もほとんどない。それなのに心臓だけはどくどくと脈を打つ。その音が響きそうなほど辺りは静かだ。地面がどこまで続いているのかわからない。それはまるで一歩踏み出せば落ちてしまいそうな断崖絶壁の孤島に一人たたずむようだった。そしてそのずっとずっと先に見える光。光を掴もうと手を伸ばす。


 そこまで思い出して、僕はまた意識を手放してしまった。

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