第49話 面白い学園生活を、メルシー・ヴレモン♡

『学園 殿方争奪バトル!!』も無事に終わり……日暮れが近付いてきた。


 その一部始終を――文化祭のメインイベントを振り返り、映像してくれているのは放送部だろう。

 今日のハイライト映像をである。

 映し映されて、繰り返されているその映像を――学園構内の8Kテレビのモニターから見つめていた、彼女。

「――ミスさくら先生も。まったくゲンキンなんだから」

 髪をパサっと左手でなびかせたのは――新城・ジャンヌ・ダルクだ。

「ミスさくらも――あんなに燥ぐなんて、マリー・クレメンス理事長から聞いていた通りに、お若いことでーす♡」


 ふふっ……


 周囲の生徒達に分からないように、口元に手を当てて、そっと笑う新城・ジャンヌ・ダルクであった。

「ダーリン勇太ちゃんも、モテモテ感全開じゃない?」

 相変わらず、フランス人の日本語達者ぶりに敬服します――

「――あんなにラノベ部の部員達にモテモテ感があるなんて、一目合ったその日から、このダーリンには何か一癖二癖あるなって勘繰ってはいたけれど――やっぱしビンゴでしたね」

 また日本語達者ぶりな表現を使って……勘繰ってて、女子高生が使う言葉じゃないよね?

 本当に、何処で覚えてきたんだか、新城・ジャンヌ・ダルクさん?


 ……ああ、ダーリン勇太ちゃんでしたね。


「――神殿も、見学で部室に行った時に、私が気が付いた気持ち……ビンゴでしたね! ――あなた、ダーリンに恋寄せてるんじゃね?」

 したり顔を――勿論、周囲の生徒達に分からないように、クククッ……ほくそ笑む。

「ああ、そういうことですか?」

 新城・ジャンヌ・ダルクが、何やら気付いた様だ。

 どういうことですか?

「――あなたが生徒会長になったのって、実は実は……ダーリンに気に入られたいからでーすね?」

 グイッと親指を立てて、それをモニターに映る神殿愛に向けた。

 その新城・ジャンヌ・ダルクのポーズと、したり顔を見つめてる周囲の生徒達が、一斉に引いちゃった。

 そして、生徒達は彼女に対して、垂直に一歩後ずさったのだ。


「……………」

 キョロキョロとその違和感に気が付いた新城・ジャンヌ・ダルクは、

「……あはは。これは……ごめんあそばせ」

 ジャパン流にペコリしたのであった。



「どうしました? 新城・ジャンヌ・ダルクさん」

 その声――

「ああ! マリー・クレメンス理事長でーす」

 珍しく、聖ジャンヌ・ブレアル学園の本館にあるマリー・クレメンス理事長室ではなく、一般教室がある別館に姿を見せたマリー・クレメンス理事長。

「――マリー・クレメンス理事長、ごきげんあそばせ」

 本場? 新城・ジャンヌ・ダルクはスカートの裾を両手で摘んでの“カーテシー”で、マリー・クレメンス理事長に向かって挨拶した。

「はい。ごきげんよう……です」

 マリー・クレメンス理事長は、軽い会釈で新城の挨拶に応えた。


「――ところで、どうしました?」

 マリー・クレメンス理事長も同じくモニターを見つめる。

「ああ! 放送部はもうピックアップ映像を放送しているのですね。明日のお昼に流すって聞いていましたけれど。こんなに早く……映像の進歩は凄いものですね」

 口元を緩めて、モニターに映る生徒達の文化祭での活動ぶりを見ているマリー・クレメンス理事長。


「はい。マリー・クレメンス理事長! 私、この文化祭をモニターでずっと見ていました。『学園 殿方争奪バトル!!』もでーす。とってもアクティブエンジョイ感が丸出しで楽しかったです」

 思い出し笑い、クククッとほくそ笑み掛けた新城・ジャンヌ・ダルク。

 けれど、理事長の手前、口元を手で覆い隠してこらえる。

「……丸出しですか?」

 彼女が肩を揺らしている様に、目を見入っているマリー・クレメンス理事長。

「特に! ミスさくら先生のアクティブ感なんかすんごーい。ミスさくらって、とっても魅力的なプロフェッサー・デ・リセです」


「すんご〜い? ……ですか」


 その時、丁度大美和さくら先生の姿が8Kテレビのモニターに映し出された。

 ――そう、聖ジャンヌ・ブレアル教会の中で、ドローン撮影していたあのシーン。

 忍海勇太に迫り狂う? 先生の熱狂ぶりがである。

「……このシーンですか?」

「はいな! ミスさくら先生アクティブ感すごいです。私、ジャパンがこんなに恋愛にアクティブになるなんて、初めて知りました」

 モニターを見つめ、目の中をキラキラ輝かせている新城・ジャンヌ・ダルク。

 でも、大美和さくら先生がジャパンの恋愛表現代表になっているのは……如何なものでしょう?

「……まあ、多分。半分は演技でしょうけれどね」

 眉間に指を当てて、マリー・クレメンス理事長は半ば呆れながら呟いた。

「まったく……。大美和さくらはいつも元気でしたから――学生時代もね。懐かしかったのでしょう」

「……懐かしかった? マリー・クレメンス理事長、どういうことですか?」

 はにゃ?

 理事長の顔を覗き込みて、そう尋ねる。


「いえ……。なんでもありませんよ。新城さん」

「……そうですか」

 首を左右に振って返したマリー・クレメンス理事長を見つめ、新城・ジャンヌ・ダルクは呟いた。


「……そう! そうそうです。それから!!」

 新城が両手をパチンと合わせる。

「新子の驚きようって、私すっごくアクティブに感じました!」

「新子さん……ですか?」

 モニター画面を指差している新城・ジャンヌ・ダルク。

 マリー・クレメンス理事長もモニターを見上げた――


 そこには円形型シアターで、今まさに大美和さくら先生が、忍海勇太をグイグイと引っ張っていく『学園 殿方争奪バトル!!』の最初の場面が映し出されていた。

「ああ……」

 またしても、マリー・クレメンス理事長が頭を抱える。


(学園運営、お察しします)


「新子のこの驚きようって、もう何だか変すぎでーす」

 あははっ……と、また大笑いしようとする新城・ジャンヌ・ダルクだった……けれど、


「新城・ジャンヌ・ダルクさん? 何がおかしいのですか?」

 モニターから視線を外して、見つめる先は新城・ジャンヌ・ダルクの目である。

「……マリー・クレメンス理事長?」

 キョトンとした表情を見せる彼女。

「言っておきましょうか? 新城・ジャンヌ・ダルクさん」

 身体も彼女に向けて、

「マリー・クレメンス理事長――」

「この演目はね。聖人ジャンヌ・ダルクさまが、わずか若19歳で火刑に処された悲運を悲しんで、慈しんで。聖人さまに少しでも恋愛の姿を届けたいと、聖ジャンヌ・ブレアル学園のかつての生徒が企画した……」

 

「企画した……」


 そこまで言うとマリー・クレメンス理事長は、何かに気が付いて口籠ってしまった。

 何に気がついたのか――



(ああ……。あなただったわね。企画の発案者は……)

 マリー・クレメンス理事長。新城・ジャンヌ・ダルクに向けていた視線を、今度は天を……正確には天井に向けて仰ぎ見た。



「まあ、そういうことですよ。新城・ジャンヌ・ダルクさん。あなたは聖人ジャンヌ・ダルクさまと同姓同名なのですから……これからの学園生活でしっかりと聖人さまのお気持ちを察して、勉強に励んでくださいね……」

 なんだか、ソワソワし始めたマリー・クレメンス理事長である。

「……………」

 その姿を、じーと見つめている新城・ジャンヌ・ダルク。


「……では、私はこれで」

 と言うと、軽く会釈してからマリー・クレメンス理事長は足を動かす。

 でも、なんだか後ろ髪引かれる感を出して、そそくさと足早にこの場から去って行こうとするマリー・クレメンス理事長である。

「ちょ! ちょいな! マリー・クレメンス理事長!! まだ……お話の続きを」

 左手をおもむろに差し出して、理事長を呼び止めようと新城・ジャンヌ・ダルクは試みたけれど。


「マリー・クレメンス理事長……」


 行っちゃった。

『学園 殿方争奪バトル!!』が大美和さくらプロデュースだなんて、理事長の立場から言っちゃったら……進学校であり神学校でもある“聖ジャンヌ・ブレアル学園”に、傷が付くと思ったのだろう。

 永年に渡り当学園で生徒として学び、そして教師として学業に携わっている人物が、実は文化祭のメインイベントの生みの親であり――更には、主役感丸出しでイベントをエンジョイしているなんて――


 マリー・クレメンス理事長も、聖人ジャンヌ・ダルクさまの名を出して説明しようとした手前、先生の名前をだしたら……なんだか傷が付くのではと察したのだった。


 聖人ジャンヌ・ダルクさまの名が――


 それは、理事長であるからには絶対である。

 所詮は雇用契約を交わした国語教師の大美和さくらであろうとも、千仞の谷に突き落として崖の上から這い上がれなくしてでも……聖ジャンヌ・ブレアル学園のシンボルであり、すべてと言っても過言はない聖人ジャンヌ・ダルクさまの名誉を守るためならば……、マリー・クレメンス理事長は鬼滅の精神でしのぶのである。


 しかしながら――理事長の心配は取り越し苦労なのだ。

 何故なら、新城・ジャンヌ・ダルクは教会でシスターから大美和さくら先生が学園の生徒時代に、文化祭のメインイベント『学園 殿方争奪バトル!!』の企画発案者であったことを聞かされているから……。


(……本当に学園運営、お察しします)



「……………」

 新城・ジャンヌ・ダルクは、しばらくマリー・クレメンス理事長の遠ざかって行く後ろ姿を見ていた。


「まあ、いいでーす」


 パサっと髪を払う新城・ジャンヌ・ダルク。

 これは彼女の癖なのだろう。

「どうやらこれで、ダーリン勇太ちゃんのライバルがよーく分かりましたね!」

 見つめる先は、理事長からモニターへと……。


「新子!」


 丁度、新子友花があたふたしたその場面だった。

「新子! 私は当初ラノベ部のメンバーから、神殿がダーリンの良きライバルになるんじゃないかって思っていました。成績も優秀で、そんでもって生徒会長じゃーありませんか?」

 すかさず反対の手で、もう一つパサっと髪をなびかせる。


「――新子! 私のフランス仕込みの恋愛レシピからは逃れられませんよ」


 それって美味しいの? 三ツ星とか……。

「――新子。新子友花!! あなたがダーリンの……いやダーリンがあなたの本命であることは、この新城・ジャンヌ・ダルクは承知しましたよ」

 モニターには新子友花のあたふたした『学園 殿方争奪バトル!!』のシーンが映し出されている――



「面白い学園生活を、メルシー・ヴレモン♡」



「新子友花とダーリン勇太ちゃん……。これで私が聖ジャンヌ・ブレアル学園に転校してきた価値も、大いにあったってことです――」

 新城・ジャンヌ・ダルクは、そう独り言を言うなり……スタスタを廊下を歩いて行った。

 その軽快にステップを踏みながらの行進は、なんだか今日はちょっとラッキーな出来事がありました……から出てくるワクワクした気持ち。

 それとも、なんだか明日が待ちきれない! という茶目っ気な年頃の女の子が見せてくれる初々しさのようである。


 彼女とすれ違う度に、生徒達は振り返って不思議そうに見つめていた――




 聖人ジャンヌ・ダルクさま。最後に一言を――


 …………よい。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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