第45話 ……よっこいせっと!

「そうこれっ! 新城・ジャンヌ・ダルクさん!」

 ふと思い出した東雲夕美だった。

 ブレザーのポケットからスマホを取り出すと、画面をタッチして表示された時刻を確認した。

「もう! 定時になったら円形演技場に集まろうって決めてたじゃない?」

 自分が手に持っているスマホの画面を新城・ジャンヌ・ダルクの顔の前にかざす。

「テイジ?」

 聞きなれない日本語を耳にした新城・ジャンヌ・ダルクが眉を寄せた。

 だけじゃないみたい――

「テイジって、東雲……なんですか? ……ああ! 日本のオトンヌの山々で赤く染まった葉っぱの……」

「それは、紅葉! 定時ってのは、時間が来たってこと!」

「時間?」

「それに、ここ文化祭のメインイベントで閉鎖されるから、一般の生徒は退出しなきゃいけないの……」



「……ああ、そうでした! もうすぐ来るのですね」

 いましたよ、シスター(笑)。

 新城・ジャンヌ・ダルクと東雲夕美の女子高生2人の仲良しな会話を、隣の長椅子に腰掛けながら見つめていたからね……。

 そのシスターは、眉を下げて口を紡ぎ、何故か心痛な表情を作った。

 教会の天井を見上げて綺麗に輝くステンドグラスの天窓を、しばらく見つめて……、

「……大美和さくら先生が来るんですね」

 何やら先生のことを思い出した様子だ。

「……………」

 見上げたまま数秒――無言でステンドグラスを見つ続けたのだった。


「……シスター? どうかなさいました?」

 その姿を隣に立つ東雲夕美が気に掛ける。

「……………」

 シスターは彼女に視線を合わせなかった。

 ずっと、ステンドグラスを……。


 いや、刹那――フッと視線を下したのである。

 真正面を見ているシスター、その見つめる先には、


「……ああ聖人ジャンヌさま!!」


 聖人ジャンヌ・ダルクさまの像があった――

「どうか、大美和さくら先生を……どうか、お救いください!」

 ガクガクと膝から力が抜けたみたいに、シスターは教会の床へと跪き、胸前で十字を切った。

「はにゃ? シスター」

 その姿を、頭に疑問符を浮かべながら凝視したのは新城・ジャンヌ・ダルク。

「……シ、シスター?」

 静寂で慎ましい教会内に似合うのは、清廉で大人しく迷える子羊――信者を温かく迎え入れてくれる修道女。

 であることは当然、東雲夕美も分かっていたから。

 突然、目の前で悲壮感漂わせながら、十字を切るシスターの光景に驚いた。


「……大美和さくらは、同級生で同じクラスの時から、盛り上がり感確実のイベントに参加すると、必ず羽目を外すタイプだったから」

 このシスターは以前、大美和さくら先生と教会内で『自販機のメロンソーダ』の一件で“年齢”のことで少しだけど、言い争ったことがあった――その人である。

 今思えば、あの時言い争いになったシスターと先生は、聖ジャンヌ・ブレアル学園の同級生で仲が良かったから、友達同士の小突き合いだったみたい。

「昨年の文化祭では、私達シスターが彼女を取り囲んで、100分掛けて説得して自制させることに成功したからよかったけれど……」

「……だから、昨年の文化祭期間中に、大美和さくら先生の姿が見えなかったのです……ね」

 手の平にポンとグーで叩いて、東雲夕美がなにやら納得した。


「はにゃ? 東雲……なんの話ですか?」

 転校してきたばかりの新城・ジャンヌ・ダルクには、勿論のこと昨年の文化祭の出来事は分からない。

「……あのさ新城さん。実はさ、学園七不思議の1つで都市伝説な話なんだけどね」

 東雲夕美は新城・ジャンヌ・ダルクの耳元に手を被せて、ヒソヒソと小声で喋る。

「昨年の聖ジャンヌ・ブレアル学園の文化祭で、大美和さくら先生がまったく姿を見せなかったの……」

「……それって! ジャパニーズ神隠しってやつ?」

 日本古来からの伝説である神隠しに、ジャパニーズを付けたら――ナウいじゃんってね。

 いやいや……西欧にも同じような昔話あるでしょ?


 不思議の国のアリスとかね――


「私……今、その謎が解けちゃった。そうか、教会のシスター達に羽交い絞めにされてたんだ」

 そんなこと言ってなかったよ。話に尾鰭付けなさんな……。

「ミス大美和さくら……何やらかしちゃったんだろね?」

 何も、やらかして……ないと思うから。


「……2人共、詳しくは大美和さくら先生から直々に教えてもらいなさい。私の口からは……とても」

 祈りを終えて、シスターが重い腰を上げて立つ。

 表情は、まだ固く神妙な面持ちである。


「……そ、そうですか」

 これ以上は、とても聞ける雰囲気じゃない。

 一体、昨年の文化祭の時に大美和さくら先生に何があったんだろ?

 東雲夕美は、とても気になったのだけれど……。


 それよりも――


「……ほら! 新城・ジャンヌ・ダルクさん! 早く行こう」

 先生に直接尋ねればすぐ分かるかと考えて、今は定時――もうすぐ教会内から退出する時間だから。

「後で本館の大食堂を案内するから……って、ここのスイーツってさ、新城さん! 本場フランスのパテシエが作ってくれているって知ってた?」

 グイグイと彼女の肩の裾を引っ張りながら、東雲夕美は笑顔になる。

 頭の中に浮かんだのは大食堂のスイーツである。

「ああ! そーでしたっけ」

 聖人ジャンヌ・ダルクさまの像へのシスターの“懇願”を聞き入っていた新城・ジャンヌ・ダルクも我に返った。

「――はい、はい。ウイです! 東雲がエスコート役なのですから……、行きましょうです」


「本場フランスのパテシエだよ! 新城さん、一緒に食べましょうね」

「はーはいな! 東雲!! お茶でーすね」


「ほんとに、大食堂のスイーツって人気があってね……」

「そーなんですか! へえ~」


「ほんとに、美味しいんだよ……」

「楽しみで~す」


 新城・ジャンヌ・ダルクと東雲夕美は、キャッキャ、キャッキャと喋りながら――

 お互い手を繋いでいそいそと、聖ジャンヌ・ブレアル教会の扉から出て行った――

 

 だから、教会内で大きな声を出しちゃいけません!



「ああ……大美和さくらさん」

 一方、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の前に立つシスターは、いまだ表情が優れない――

「……どーか、教会内の備品は壊さないでくださいよ」

 と、像に向かって独り言を言う。

「……どーせ、お祭り騒ぎで暴れるんですけどね。だから、せめてもの思いで、祭壇の花の水替えをさせてもらいましたからね」

 視線を台座近くにある祭壇の上の花瓶の花に向けて――しばらく見つめる。

 生けられている花は、秋の代表的な『秋桜』であった。


 しばらくしてから……


「そういえば? 以前、この祭壇の神具をガシャーンって壊した生徒がいましたっけ?」

 目をパチパチさせて、シスターがその出来事を思い出そうとする。

「名前は……。名前は……、えっと……」

 腕を組みながら首を左右に揺らして思い出そうとする。

 そのまま、シスターは祭壇脇の小部屋へと向かって歩いて行った――



 その名前は、新子友花ですよ!!




       *




「……よっこいせっと!」

 ふわわ~んと姿を見せたのはジャンヌ・ダルクである。

 いつものように、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台座に腰掛けた。

 両足をブラブラと前後に揺らしながら、

「……新城・ジャンヌ・ダルクというのか? 同姓同名じゃな」

 ジャンヌ・ダルクは、半開きになっている扉を見つめている。

「……お前は我と違って陽気じゃな。なんて言うか……乙女じゃな」

 わおっ! あなた様も10代じゃ~あ~りませんか……。

「アルルの出身か……。我にとっては羨望の地になるかな? 想像する風景は楽園だ……。燦燦さんさんと輝く太陽に向日葵畑じゃな!」

 静寂に包まれた教会内で、ジャンヌ・ダルクは口元を緩めて微笑んだ。


「我は戦火の中を潜り抜けて辿り着いて、戴冠式を見届けて、敵兵に捕まって。我の行った先はフランス北部がメインじゃった。……お前に言ってもしょうがないかもしれないが、この聖ジャンヌ・ブレアル学園のマリー・クレメンス理事長はノルマンディーのルーアン出身だ?」

 長々と独り言で、同姓同名の新城に向けて喋り続けているジャンヌ・ダルク。

 すると、バタバタと動かしていた足を止めて、

「……知っておるか? ルーアンは我が火刑に処された終焉の地である。まあ、知らなくてもいいのだけれど……フランスは広大だからな……。でも、知っておいて……ほしい…な………」

 自分が火刑に処された悲痛な思いでを思い出してしまったのか、ジャンヌ・ダルクは語尾で声の力を緩めて口籠ってしまった。


 視線は教会の扉のまま――


「なあ? ……新城・ジャンヌ・ダルクよ。同じ名前のよしみ、我と神を代わってはもらえないか?」

 ジャンヌ・ダルクの大胆発言!

 そう言うと台座の上で両膝を曲げて、その膝に両肘をつく。

 表情を曇らせ少しだけ項垂れた。

「――我は、神、神と言われ続けてきて、なんだか疲れたのだ」


 ふう……


 大きく肩で息を吸って、ゆっくりと吐いた。

「我は、ただ戦争を生き抜いた者達の1人にしか過ぎないのに……命尽きて、気が付いたら神になっていたんだ」


 はあ……


 神様らしからぬ、今度は大きく口を開けて重く溜息をついた。

「我はな……、本当は自らが火刑に処される時には、実は……もうこれでいいかと安堵したんだ。……こんなことを、学園の生徒達には決して言えないのだけれど」

 無論、生徒達の前に姿を見せて出会うことも許されることはない――

「神になっても……いいことなんて然程ないしな」


「……………」

 口を閉じる。今日のジャンヌ・ダルク、なんだかいつものような勇ましさが見られない。

 

「――どうして我は、こうも立派に神として祀られているのだろう? 分からんな。我はただ戦っただけであり……ただ火刑に処された身なだけなのに」

 台座の上で曲げていた両足を再び下へおろして、ジャンヌ・ダルクは真後ろを振り向いて自身の像を見上げた。

「よっこいせっと……」

 まだ若いのにこの掛け声、今日のジャンヌ・ダルクの気分と同じく、彼女の無意識の中にある本音が口癖となって表れているのかもしれない……。

 ジャンヌ・ダルクは台座から立ち上がった。


 そして、見つめる先はさっきまで新城・ジャンヌ・ダルクが座っていた最前列の長椅子である。

 その席は、いつも新子友花が自分に祈りを捧げてくれている場所――


「――新子友花よ。我はお前にあのような励ましの言葉を掛けて……でも、本当に、本当によかったのかどうか……」


 静寂に包まれている聖ジャンヌ・ブレアル教会。

 誰もいない――

 祭壇に神様として祀られていきたジャンヌ・ダルクにとって、いつもの……当たり前のように見てきた孤高なあ教会内。


「……新子友花よ。お前に言った『生きようぞ』とは、もはや火刑で死んだ我への、我自身への執着心から生まれた言葉だったのかもしれない」



 今を生きようぞ――



「そうすると……我は新子友花よ。それから、お前の御学友達よ。お前達の文化祭でのはしゃぎ様を、我ジャンヌは……本音では羨ましいと思って……そう、羨ましいのだぞ」



 火刑の灰と散った我ジャンヌ・ダルクが、お前に何を言っても――それは今を生きているお前には、荷が重いだけなんじゃないかなって――



「我は、ドンレミの羊飼いの娘なんだ……」



 ジャンヌ・ダルクはそう言うと、天井のステンドグラスに向かって身体を浮かせる。


 そして、ゆっくりと消えました――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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