第44話 新城・ジャンヌ・ダルクの気持ちとしては――

「ふーん。これはこれは……」

 鼻を鳴らしてそう言ったのは、新城・ジャンヌ・ダルク。

「……日本のスチューデント・カーニバルのオータムヴァージョンってのは、ほんまにええやん! ですばせ~」

 彼女はいつものように意味不明の流暢な日本語で、転校生らしく? ……かどうかは置いておいて。

 兎に角、聖ジャンヌ・ブレアル学園の文化祭――『学園 殿方争奪バトル!!』を、8Kテレビのモニターで拝謁して感動? とは大げさか……。

 パチパチと両手を合わせて拍手しながら、満足げに満面な微笑みを浮かべながら見入っていた。


 ――勿論、そのモニターに映っているのは、円形演技場の中央にいる新子友花と大美和さくらの、1人の男子を巡る恋愛慕情?

 そのじゃじゃ馬達に目をつけられてしまった忍海勇太の逃避劇?

 更には、生徒会長兼進行役の神殿愛の、あたふたする姿であった。


「どーやら、ダーリンを意中にしとめる者は……神殿愛じゃなくって!」

 新城はギュッと左手に拳をつくる。すかさず、

「……はい! そこの新子!!」

 モニターに映っている新子友花を右手で指さした!



「……こら! あなた?」

 ――と、1人で盛り上がっていた新城・ジャンヌ・ダルクに水を差したのは、シスターだ。

「あなた……この学園の生徒なんでしょう?」

 シスターは祭壇の花瓶の水を差し替えようと、脇に置いていたバケツから柄杓で水を変えようと一杯すくったその姿のままで、教会で大きな声を出した新城・ジャンヌ・ダルクを咎めた。


 ――そうです。ここは聖ジャンヌ・ブレアル教会。


 新城・ジャンヌ・ダルクは、なんと! 教会内に設置されているテレビモニターから、新子友花達が映っている生中継映像を見ているのだ。

 教会内にテレビモニターが設置されているなんて、一般の方からすれば違和感を感じてしまうのかもしれない。

 教会の中は神様がいらっしゃる神聖な場所に、どうして典型的な文明の利器――家電製品が設置されているのか?

 そう思われたあなたは、多分、中世の教会のイメージが頭の中に浮かんでいることだろう。


 実は聖ジャンヌ・ブレアル教会は意外や現代的――例えば有名で観光客も大勢来る教会の内部には、ミサで神父様の声が後ろまで聞こえるようにマイクとスピーカーが設置されていたり、車椅子等の体の不自由な信者のためにスロープも設置されていたりする。

 だから当然、目が不自由な信者のために、どの席からでも神父様を見ることができるように、テレビモニターが壁等の掛けられているのも違和感はないと思えるだろう。

 本来はミサ用のテレビモニターなのだけれど、学園総出で盛り上げていくためにも、円形演技場で行われる各学年による出し物や、演劇部や音楽部による演目など、生徒達の活躍を学園内どこでも見られるようにと、特別に放送されているのだった。


「……これは、ごめんあそばせ。シスター」

 新城・ジャンヌ・ダルクは見上げていたモニターから視線を外して、祭壇の花瓶の水を取り替えようとしているシスターに視線を下げた。

 そして、両足を揃えて両手を前に合わせて真っすぐ下ろして、深々く頭を下げた。彼女曰く、ジャパニーズジェスチャーである。


「まったくねえ……」

 シスターは柄杓で花瓶に最後の一杯を入れる。

 水差しを終えると柄杓をバケツの中に置いて、新城・ジャンヌ・ダルクの傍まで歩いて来ながら……、

「いくら文化祭のメインイベントだとは言うけれど……この由緒ある教会まで巻き込むなんて。ほんとにねぇ……」

 シスターは右手を頬に当てて、テレビモニターを見上げて嘆いている。

「シスター? 巻き込むって……」

 新城・ジャンヌ・ダルクがシスターの言葉に『はにゃ?』と疑問に思った。


「……あなた知らないのですか? この文化祭のメインイベントの終着地が、この教会だと言うことをですよ」

 シスターは新城・ジャンヌ・ダルクの顔を凝視して尋ねた。

「終着地って……なんですか?」

 彼女にとっては、意味がよく分からない日本語だったために、首を傾けてしまった。

「この教会が終着地ですよ……」

「……あはは。私、転校したばかりなので……そーなんですね」

「あなた、転校生なのですか?」

「はい……」

 新城・ジャンヌ・ダルクの頬に、一雫の汗が見える。

 その汗を、彼女はすかさず手の平で拭った。

 別に、シスターに怪しまれていることが理由ではなくて、彼女はフランス人であるから――要するに難しい日本語が苦手なだけの焦りである。


 フランスはアルルの高校から、決して留学生ではなくて、日本の文化を思う存分浸って吸収して日本で暮らそう! と意気込んで、数日前に晴れて聖ジャンヌ・ブレアル学園の学生になることができた――新城・ジャンヌ・ダルクである。


「終着地とはね……。イベントの最後に聖人ジャンヌ・ダルクさまの御前で……愛を誓うとか? 恋を誓うとか?」

 顔を上げて、見つめる先には聖人ジャンヌ・ダルクさまの像。

「まったく……聖人さまもイベントの登場人物にするなんてね。嘆かわしい限りですよ」

 と言うと、シスターは両肩を大きく上げて下げて……聖職者として行き場のない怒り(憤り?)を1人解消させた。

 その後、シスターは最前列の長椅子に腰掛けた。

「……どうして、こんなお祭りになったんでしょうね? 聖人ジャンヌ・ダルクさまも、さぞ嘆いていることでしょう」

 はぁ~。と今度は大きく吐息を漏らし眉間を指で押さえながら、シスターはぐだっと俯いた。

「まったく、これというのも……ねぇ」


「これというのもねぇ? ……シスター?」

 新城・ジャンヌ・ダルクも同じく最前列の長椅子の対の場所に腰掛けて、そう尋ねた。

「……ええ。これというのも大美和さくら先生が、学園の生徒だった時に企画を立ち上げたから、こんなことに……」

「ミス大美和さくらティーチャーですか??」

 新城・ジャンヌ・ダルクは、大美和さくら先生の名前が出てきたことに驚いた。

 俯いた顔をそろりと上げるなり、シスターが彼女の顔を見て、

「……ええ。大美和さくら先生がこのメインイベントを企画したのですよ」

 シスターは首を左右に振って嘆いた。

 再び両肩を大きく上げて下げて……俯いてしまった。




       *




 ――と、そこへ。


「……ああ! やっと見つけました。発見しましたよ! 新城・ジャンヌ・ダルクさん!!」

 教会の半開きの扉から大きく右手を振りながら、駆け足で入ってきた人物。

「……やあ! 東雲!!」

 入ってきたのは東雲夕美だ。

「どうもでーす。パードンでーす!」

 長椅子からスクッと立ち上がり、背もたれを両手で握り、両膝は長椅子に乗せて……まるで幼い子供が電車から車窓を眺めている姿勢と同じ様に、身を乗り出し後ろを振り返って見た新城・ジャンヌ・ダルクである。

 東雲夕美と同じく彼女も大きく右手を振って応えた。


 ……ちなみに、幼い子供と同じように、靴は脱がずに長椅子に両膝を乗せています。


「……もう探したよ。新城さん!」

 駆けてきた東雲夕美が新城・ジャンヌ・ダルクの隣で足を止めた。教会内で走るのはマナー違反ですよ。

 彼女、ハアハア……と息切れ。それに若干額に汗を浮かべている。

「東雲? パードン……私の単独行動が心配だったのですか?」

 ちょっとしんどそうな彼女の顔を、そろ~っと覗き込みながら新城・ジャンヌ・ダルクが聞いた。

「あ……当たり前じゃん!」

「何が、ですか? 東雲??」

「……だって。ちょ」

 ちょっとタンマ……。右手を新城・ジャンヌ・ダルクに見せる東雲夕美は、呼吸を落ち着かせようと目を閉じる。



 ――ここで説明しておこう。

 新城・ジャンヌ・ダルクが、聖ジャンヌ・ブレアル学園に転校生として来たきっかけは先に書いている。東雲夕美の両親の仕事先、貿易関係の話である。

 新城・ジャンヌ・ダルクの両親は、フランスのアルルで健在である。彼女は、フランダースの犬とか、足長おじさんに登場するような孤児ではない。

 

 その両親と東雲夕美の両親は、とある貿易関係の話からフランスで出会った。

 お互い仲良くなって、それじゃあ日本に転校したらどうでしょう……とか。ええ! ……いいのですか? ……とかいうノリで……かどかのエピソードについては、またの機会に教えよう。


 兎に角、新城・ジャンヌ・ダルクもこのあっけらかんとした明るい性格からも推察できるように、彼女の両親も楽観的である。

 思い立ったら吉日という気質の持ち主であるから、新城・ジャンヌ・ダルクの日本への転校話で盛り上がると、普通は異国は言葉も違うし、文化も食生活も何もかもが違うのだから、可愛い娘のことを思うと危険だから……。

 と、反対するはずなのだけれど――彼女の両親は、喜んで日本に転校させましょう! その方が素敵な人生を味わえるはずだからね!

 という、猫缶の中身をお皿に移そうとするやいなや、飼い猫まっしぐらに餌に食らいついてくる野性味イケイケ感溢れる……新城・ジャンヌ・ダルクの両親だった。


 新城・ジャンヌ・ダルクの気持ちとしては――


 南仏アルルの高校を卒業してから、自分はこれから何をして生きていこうかな?

 と、彼女は自分の将来について悩んでいた……。

 自分の両親は日本の貿易関係の人達と仲が良い。日本語も流暢である。

 その影響を受けて、彼女も日本語を勉強する機会を得て、今では日本語は……まあ、ちょっと変な時もあるけれど、それでも上出来である。

 新城・ジャンヌ・ダルクにとって、日本語との出会いは幸いだった。

 折角、日本語が喋れるのだからと、新城・ジャンヌ・ダルクはこう考えた。

 

 もうこうなったら、日本で暮らしてみよう!


 日仏の架け橋ってのもアリな人生じゃない?

 同時通訳とかツアーコンダクターとか……需要はけっこう多いはず。

 それに、行く末は“外国人タレント”って方向性も出てくるかも?


 日本で暮らしてからでも、将来の自分を探すのは遅くない!

 新城・ジャンヌ・ダルクは猪突猛進で猪まっしぐらの如く――そして、聖ジャンヌ・ブレアル学園に至る。



「東雲? 大丈夫ですか……」

 心配そうに、新城・ジャンヌ・ダルクは東雲夕美の肩に手を添えた。

「……新城・ジャンヌ・ダルクさん」

 すると東雲夕美、彼女の手をギュッと両手で握り、

「あなた、まだ聖ジャンヌ・ブレアル学園に来たばかりじゃない……」

「……はい。そうですね」

「この学園の校内って、だだっ広いんだから、迷子になったらどうする気?」

「……迷子、ですか?」

「そうよ……」

 呼吸が落ち着いた東雲夕美。

 駆け込んで慌てていた時の切迫感ある表情から、ようやく穏やかに口元を緩めて微笑むことができた。

「私、両親から学園内では、あなたのことを気に掛けるようにって頼まれてるんだから……」


「……そうですか」

 新城・ジャンヌ・ダルクが長椅子からそろりと降りた。

 どうやら――自分では普段と変わらずに学園内を闊歩していただけなのだけれど、東雲夕美の視点から見れば、フランスという異国から転校してきた身。

 日本国内でも転校したての時は不安なのに、それがフランスからとなると……。

 自分はまだこの学園では“お客様”なんだな――


「東雲……、ありがとうございます。私、なんだか羽目外しちゃいましたね」

「……新城・ジャンヌ・ダルクさん?」

 彼女の手を握ったままで、あなたのことを心配していたのに、何故か御礼を言われたものだから戸惑った。

「……羽目はさ、外してないんじゃない?」

 瞬間的に理由を考えてみたけれど――分からない。

 それを誤魔化すわけではないけれど、東雲夕美、思わず日本語の違和感にツッコミを入れてしまった。


「私、そろそろ学園の別館に戻らないと……ですね。……私、羽目外しまくっちゃいました」

「……まくっちゃっても、ないよ?」


 両手で握っていた東雲夕美の手を、ギュッと強く握り直した新城・ジャンヌ・ダルクである。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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