第20話 みんな~!! うえーん。うえーん。みんな、みんな~!! ……ありがとうね!!

 ――聖ジャンヌ・ブレアル学園内。

 いつもは劇団が学園に来賓して、様々な演劇を見ることができる古代ローマの円型場のような屋内施設。

 そこに、学園中の1年から3年までが客席に座っている。


 勿論のこと、この学園の全生徒がこの場所に入ることができない。

 だから、そういう生徒達のために、教室では『8Kテレビ』で生中継。教室だけじゃなくって、学園中のありとあらゆる場所にある『8Kテレビ』で生中継されている――


 何を生中継しているのか?

 勿論、次期生徒会長を決めるための、生徒会選挙の最終演説を全生徒に見せるためである。

 ここで、もう一度おさらい。


 生徒会選挙は、学園の生徒側のトップを決める生徒会長選挙がメインであるが、それだけではなくて、生徒副会長も、生徒会の書記長も、会計長も、広報長も選挙で決めるのである。

 そして、次期生徒会長を決める最終演説は、言うなればメインイベントである――




「……ここからは、国語教師であり俳句から漢文、そして、小論文からネットに出回る都市伝説まで、なぜかすべて詳しい大美和さくら先生に、生徒会選挙を解説してもらいます。先生よろしくお願いしまーす!」

 司会進行役の女子生徒がモニターに映し出された。

「うふふっ! こちらこそー!!」

 その女子生徒の隣には大美和さくら先生が座っていて……なんだか嬉しそうである。


「先生、さあ!! この生徒会選挙、各候補の質問タイムも無事に終わって、とうとう最終演説を残すのみとなりましたね」

 ちなみに実況している女子生徒はアナウンス部です。

 そんで、中継しているのは学園の運営者達です。

 またネット新聞部とか写真部もいて、まるでお祭り騒ぎ?


 ……当事者の立候補達は、真剣勝負なのですけれどね。



「先生……、確か『神殿愛候補』は、先生が顧問をしているラノベ部の部員でしたね?」

「ええ、そうでーす」

 どうして大美和さくら先生は、こんなにもテンション高めなんだ?

「神殿愛候補は先程の質問タイムで、ちょっと意外な質問を各候補に対してしていましたよね?」

「うふふふっ! そうですねー。神殿愛さん。自分が所属しているラノベ部のことを、みんなから指摘されて、『だいたいラノベ部ってなんなんだ? 文芸部じゃダメなのか?』って言われたもんだから、神殿愛さん。さすがにちょっとムキになっちゃいましたね!」

 ニコニコと笑顔のままに、大美和さくら先生はスルッと説明した。


「その神殿愛候補、『そうやって、すぐ一般論を持ち出して、自分は正しいとか勝手に思ってさ、いいじゃないですか? ラノベ部で!! 文芸なんてものは国語の授業で好きなだけやっているんだからさ、私が所属しているラノベ部の顧問は大美和さくら先生で、とても立派な国語の教師ですから。だからさ! いいじゃないですか!! 何か問題がありますか?』……という様に、彼女、ヒートアップしちゃいましたけれど」

 女子生徒は、手に持っているタブレット端末のメモを読み上げる。

 そして、横に座っている大美和さくら先生の顔を見ようと――


「うふふふふっ、神殿愛さん。だ~い好き。頑張れ~!! 頑張れ~!!! これはもう、神殿愛さんに一票ですね」

 さっきから、どうも嬉しそうにしていると思ったら……こういうことですね。

 大美和さくら先生――生中継で神殿愛が自分のことを褒めてくれたもんだから、そうです。



 嬉しいんだな……



「あの先生……。報道協定上のルールとして、その……中立を守って解説してくださませんか?」

 隣にいた実況の女子生徒、ちょっとあたふたとしちゃった……。


 まあ、大美和さくら先生って、スイッチ入っちゃうと暴走しちゃうからね……。





「――ではっ! 最後に神殿愛候補、最終演説をお願いします」

 生徒会選挙も終盤、司会の女子生徒が神殿愛に語り掛けた。


「は、はい……………」


 パイプ椅子から、スッと立ち上がった神殿愛。

 ……ちょっと緊張している。


 すたすたと……ステージ中央まで、ゆっくりと歩いて行く。


 無事に中央で立ち止まった……。


「神殿愛候補? 心の準備はよろしいでしょうか?」

「……はい。大丈夫……です」


 よく、大企業のトップが自社製品をプレゼンテーションする時のように、神殿愛は真ん中に立っている。

 後ろには巨大スクリーンがあって、そこに自分の姿が映し出されている。

 ということは『8Kテレビ』にも、当然写っているということになって――聖ジャンヌ・ブレアル学園中に写っているということになる。


 ステージからは観客の姿は、照明の関係で暗くて見えないというけれど、やっぱりそのようである。

 スポットライトが神殿愛を照らしている。


 辺りは真っ暗、神殿愛からすれば、自分が光に包まれていて、その他は何も見えていない。



「それでは! 神殿愛候補!! どうぞ……」

 司会の女子生徒は軽快にキューを出して、彼女に右手を出して合図して見せる。

 その合図を……チラッと横目で確認した神殿愛。



 ……はあ。



 大きく深呼吸をした神殿愛。

 そして、彼女は演説を始めた――――





 私は神殿愛です。

 私はこの学園を愛したい。

 生徒会長としての任期はたった1年です。

 たった1年で、生徒会長として、できることには限りがあると思っています。



 神殿愛は緊張している。

 けれど、それでも自分は生徒会長になるんだという熱意を忘れずに、一心不乱に話し続けた。



 その……たった1年で、私はこの学園をもっと、も~っと、より良くしたいのです。

 数々の生徒会長に選ばれた先輩達が、そうしてきたようにです。

 だから、私もそうありたいのです。



 神殿愛は右手に拳を作って、それを胸の前に掲げた。



 今までの選挙活動で、たくさんの人から、たくさんの要望を頂戴しました。

 部活の話から、生徒同士のイジメとか、学園のガーデニングの改善もありましたし……教会での礼拝についての意見もありました。

 私は、正直言って……、実はまだ具体的な方法論は……まだ、考えてはいません。



 少し言葉を詰まらせた神殿愛。

 ラノベ部の部室でやった演説の練習成果を、思い出せ!



 でも、でもね!

 ただ、一つだけ……これは、私が、なんとしてでも叶えたい夢があります。あるのです。

 それは、学園内のバリアフリーの充実です。



 神殿愛、緊張していた感は、自分が生徒会長になってどうしても成し遂げたい『バリアフリー化』の話題を

 出したことで晴れた。

 ――そして、スポットライトの光で暗く見えない客席にだけれど、彼女はその方へと視線を向ける。



 ……この場で、聖人ジャンヌ・ダルクさまの名を出すことは、卑怯なのかもしれません。

 彼女は国を愛して戦ったのだと思います。

 私は彼女を見習いたい。

 聖ジャンヌ・ブレアル学園で学ぶからには、私は彼女を見習って、この学園を愛したいのです。

 ……この学園にも何人か、身体に障害を抱えて登校している生徒がいます。

 車椅子で登校して来ている生徒がいることを、私は知っています。


 私が校門前で選挙活動をしていた時の話です。

 車椅子の女生徒が登校してきました。

 ……その車椅子の女生徒は、私よりも先輩の3年生、苗字は猪狩さんです。


 猪狩さんは、私が選挙活動で校門前に立っていた私に近寄って、『このビラもらっていいかな? 選挙活動を頑張ってね!』と仰ってくれて。

 ……私は、『はい、ありがとうございます。先輩』と頭を下げました。


 その時です。


 先輩は、『えへへ、車椅子で教室に行くまで……けっこう大変なんだな、これが……。この学園って坂があるでしょ? 教室までエレベーターがあるけれど、これって、元々は教員関係者の資材運びのエレベーターなんだな……』


 私はその話をずっとだまって聞き入って……。


『ねえ、あなた? 生徒会長になることができたら、この学園のバリアフリーを、もっと充実してもらえないかな? ううん、私一人だけのお願いじゃなくって、これから、聖ジャンヌ・ブレアル学園に入学してくる後輩達のためにもね……』


 そう、先輩は仰って……。



 ……神殿愛は、握っていた拳を緩めて指で目元を触った。



 私は、聖ジャンヌ・ブレアル学園のバリアフリーは、未成熟だと断言します!

 正門から校舎へのスロープは狭くて、傾斜もかなりあります。

 私はそれらを含めて、学園中のバリアフリーを改善したい!!

 ぶっちゃけ……私の生徒会長としての使命は、このバリアフリーの改善だけでいいのです!!



 さわっていた指を、神殿愛は下げる。



 生徒会長というのは、学園の生徒達のシンボルでなければいけません!!

 シンボルは、常に、前向きでなければいけないと思っています。

 だから私は、この学園を愛したい。

 漠然とした、とても抽象的な言い方ですけれど……。

 そういう気持ちから、いろんな具体論が始まるのだと……私は確信しています。



 私は、聖ジャンヌ・ブレアル学園も、皆さんも愛したい。

 ですから、皆さんも……。


 この学園を、私と一緒に愛してはもらえませんか?


 私は神殿愛です。

 どうか、私を応援してください。



 お願いします――





「っん~ん!! 緊張する~てば!!」

 ここは、ラノベ部の部室である。

 授業が終わっての放課後に、最終演説があって、その間数十分で、立候補者達が最終演説を終えて。

 現在は集計作業中である――


 神殿愛、いてもたってもいられず、さっきから部室内をウロウロしている。


「神殿愛さん、少し落ち着きましょうね。神殿さんの最終演説、とっても良かったですよ」

「本当ですか? 先生!!」

「ええ! 本当ですよ」

 大美和さくら先生が不安緊張げな神殿愛を見て、たまらずニッコりしてくれた。


「私! 正直言って……。あの時、頭の中が真っ白になってしまって、自分でも、何言ったのかまったく覚えてな~い」

 と言って、涙目になる神殿愛である。

「……俺は、お前に投票したから」

「ほっ! 本当ですか?? 勇太様!!」

 肩肘をついて、自分の席でラノベ小説のページをめくりながら、忍海勇太がそう言った。

 んで、それが……とても嬉しそうな神殿愛である。


「あ、あたしもさ……。愛にさ、一票入れたからね」

「……友花さん、友花様!!」

 ……さんから様へ格上げされたみたい。

 神殿愛、不安の涙目から、一気に友情という名目の感泣を流す。


「神殿さん。私も神殿さんに投票したからねん! 私、東雲夕美からのスペシャルプレゼント! まあ、お近付きの印だと思ってちょーだいな!!」

「……っていうか、どうして夕美がラノベ部の部室にいるのよ!」

 新子友花は、いつの間にかラノベ部の部室に入っている東雲夕美――しかも、借りてきた猫のような緊張も見せずに、神殿愛の隣に堂々と立っている彼女に言い放った。

「……まあまあ。細かいことは気にしなさんな、友花ちゃん!」

 東雲夕美はというと……まったく気にする素振りも見せずに、逆に新子友花に言い放つ。



(こ……こいつ、ほんまにうぜーぞ……)



「……東雲さん、あなたさまも。……こんな、こんな私に一票を……」

 そんな中、神殿愛はRPGで例えればスーパーハイテンションである。

「ああ!! 聖人ジャンヌ・ダルクさま!!! 迷える子羊、生徒会長候補である、この神殿愛をこんなにも、こんなにも素敵な高みへと、あなた様が御導きくださいまして、私は幸せです。聖人ジャンヌ・ダルクさま、本当にありがとうございます」


 ……まだ当選していないからね。取らぬタヌキにならざんように。


「みんな~!! うえーん。うえーん。みんな、みんな~!! ……ありがとうね!! 私、神殿愛は、みなさんに、ラノベ部のみなさんに本当に感謝します。(ただし、東雲夕美を除く)……これで、私は落選しても悔いはなーい! 万々が一にも私が落選したら、その時は、私はこの素晴らしき友情あふれる、恋愛楽しめる――


 チラッ……

(ここで神殿愛はチラッと忍海勇太を見た。ここ重要ですよ!)


 このラノベ部のメンバーと、これからも、卒業まで一緒に、一緒にね! 部活動をエンジョイしていくのだな!! みんな~、この不肖な神殿愛を応援してくれて、本当に感謝しているんだからね!!」



 ……新子友花がね、なんだか、ちょっとムスッと口をつぐんでいる。

 この時、新子友花はこう直感的に考えた!


 神殿愛は生徒会長になれ! なってくれ!!

 

 なんだ、新子友花っていつもは神殿愛と忍海勇太をめぐって、取り合いっこしている感じに見えていたけれど、意外とフレンドリーなところがあるんじゃん!

 同じ部活仲間としての友情物語、生徒会長になった暁には、新聞部や放送部から『生徒会長の親友の新子友花さん、取材を受ける!』で――


『あ、あたしは信じていました。だって、神殿愛さんは私の大親友で、いつもラノベ部で素晴らしい親身な活躍っぷりでして、あ、あたしに小説の書き方も教えてくれて、だから、とっても勉強になりました。ほんと神殿さん、当選おめでとうございます!!』

 ってな具合に。そうか……新子友花よ、君は玉の輿に乗って人気者になりたいのか。



 ちゃう、ちゃう、ちゃうんやで~!!



 そう、新子友花は腹黒だったのだ……。

 

 ふんっ!


 神殿愛が生徒会長になれば、ラノベ部に顔を出す回数が減るだろうな。


 へへん!


 そしたら部室で(愛する?)忍海勇太とラブラブな……二人っきりツーショットのチャーンス!!


 そういう下心丸出しで、神殿愛にお願いだから生徒会長になってちょーだい! なってくれ!! と内心はそう思っているのであった。



(青春だね……)



「……まあまあ、友花ちゃん!」

 と、肘でぐいぐいと新子友花を突っついて、小声で話し掛けてきたのは東雲夕美である。

「私にはさ、友花が今思っていること簡単に分かるよ~」

 ニタっ~と微笑みながら、話し掛けてくる。

 これを新子友花は『こいつ、うぜ~』と思っているけれど、作者から見れば単にフレンドリー過ぎるだけなんじゃね?


「まあまあ、ここはさ! 神殿さんのハイテンションを立ててあげましょうな!! みんなで応援しましょうな!! ねえ? 友花ちゃん」

 新キャラの東雲夕美、気が利くのかそうでないのか?

 なんだか……オトボケなキャラでもある。

「……そ、そだね夕美。うん。しっかりと最後まで応援しなきゃ! 部活仲間だもんね……。……あんたは違うけどさ」

 とかなんとか言って、自分の本心がバレちゃったんじゃないかな?

 相手が相手、東雲夕美だし……。

 と思った新子友花。その内心は――



(やっぱ、こいつ、うぜーよ……)



 でした。

「まあまあ! 神殿愛さん落ち着きましょうね。選挙の結果は、これからなのですから……」

「うえーん、大美和さくら先生!!」

「こういう緊張しまくっちゃう場面では、ほら、先生が自宅から持ってきたマロンフレーバーの紅茶『モンブランティー』でも飲んで、落ち着きましょうね! 『モンブランティー』は高級紅茶として、最高のリラックスを神殿愛さんに与えるでしょう」

 大美和さくら先生は自分の机の上に、いつの間にか、ティーポッドとティーカップを用意していた。


「この紅茶を飲めば、神殿愛さん! 必ず良い結果が出ることでしょう」

 そそくさと、ティーカップに注ぎながら、

「……いや~ん、だってなんでって聞かれても、先生、今日のスマホ占いで大吉って……、もう! 数日ぶりの大吉!!」

 全く説明不足ですから、先生って。


「うえ~ん。大美和さくら先生、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」


(ごくごく……)


「うわ~なんて美味しい『モンブランティー』なんですか! こんな美味しい紅茶、私初めてです。すご~い! 『モンブランティー』、ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま~」

 紅茶を飲んで、聖人ジャンヌ・ダルクさまのもとへと昇天した神殿愛。

 ……客観的に考察してみて、意味が分からんぞ。


「先生は、神殿愛さんが、とても選挙活動を頑張った姿を見てきましたよ。朝早く校門前に立ってビラを配り、放課後には、この聖ジャンヌ・ブレアル学園の広大な敷地内の清掃活動、それも下校時刻ぎりぎりまで、本当によく頑張りましたね」

 紅茶を一口飲みながら――大美和さくら先生の“聖人並み”の有難いお言葉である。


「せ、せんせ~。うえーん!!」


 まだ泣いてる。

 涙脆かったんだね、神殿愛って……。


「まあまあ、心配いりませんよ」

 大美和さくら先生は、膝元で泣いている神殿愛の頭を優しく撫でながら、

「まあ……、結果はどうなるかは先生にも分かりませんけれど。たぶん大丈夫でしょう! ねえ?」

 と、言葉が詰まっちゃった大美和さくら先生。

 ……あのう最後の最後で、その言葉、まったくフォローになっていませんよね?


「……ささっ! もうすぐ発表みたいですよ」

 あっ? 先生、誤魔化したよね……。





 ――ピッ


『8Kテレビ』に、いきなり……前触れもなく表示された投票結果。

 神殿愛の運命やいかに!!



「……ウソ?」

 神殿愛が呟いた……。


「ウソ? 私……」






 ――――――――――――――


【投票結果】


 当選 神殿愛 411票

 

 得票率78.3%  (クラス25名 学年7クラス 3学年)


 ――――――――――――――






「……………私、うかっちゃった」





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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