第19話 「……友花さん。だからさ……ね!!♡」「ねっ♡ じゃねーよって、愛!」

「えーと! 私、神殿愛に、清き一票を、どうぞ投票してくださーい!!」


 バスが学園の正門前に到着した――

 新子友花と東雲夕美が一緒に学園へ登校していく。

 

 もっとも、2人は仲良しな関係で、横になって一緒に歩いているというよりも……新子友花はなんだか急ぎ足、それに対して東雲夕美は、

『……ちょっと! 友花ってば! 急がないでよ~。待ってってばさ!』っていうような感じで、新子友花のすぐ後ろを、後ろ髪引かれてしまっている? な感じで……追い駆けていた。


「えーと! 私、神殿愛は、この聖ジャンヌ・ブレアル学園の更なる発展のために、頑張りまーす!!」


 ――さっきから、正門のところで、ずっと話しているのは神殿愛である。

 その彼女、よく見ると蜜柑箱のような台の上に立って、襷を肩から掛けている。

“候補者 神殿愛”というように――自分の名前が書いてある襷である。

 手書きじゃなくって明朝体の黒字で書かれている。そんでもって、額には赤色の鉢巻をしている。


 その神殿愛の横隣りに、数人の女子達が立っている。

 ――みんな、額に赤色の鉢巻をして、そんでもって、これもまた“候補者 神殿愛”という、明朝体の黒字で幟を手に持って、


「どうぞ、よろしくお願いしまーす!!」


 と、神殿愛の言葉に揃えるように合わせて、学園に登校して来る生徒達に声を掛けていた――


 数人の女子達の中には、神殿愛の顔写真と公約が書かれているA4サイズのビラを両手で抱えて。

 学園に登校してくる生徒達の一人一人に、『神殿愛でーす。よろしくお願いしまーす!!』と、笑顔で言いながら配っている。



「うわっ! そーだった。もうすぐ生徒会選挙だったっけ。だからか……」

 東雲夕美が、その光景を一通り見渡して、そう言った。


 その通りである。

 これは聖ジャンヌ・ブレアル学園の、次期生徒会長を決めるための選挙活動である。

 ずっと前から書いてきたように、この生徒会選挙に神殿愛は、立候補の立場で準備をずっとやっていた。


 この正門で、こうして選挙活動をしているということは――すでに神殿愛は立候補できるだけの推薦人を集めることができて、晴れて堂々と選挙活動することができるようになった――ということだ。

 ……ちなみに。

 生徒会選挙は、学園の生徒側のトップを決める生徒会長選挙がメインであるが、それだけではなくて、生徒副会長も、生徒会の書記長も、会計長も、広報長もすべて選挙で決めている。


 つまり、聖ジャンヌ・ブレアル学園の行く末を決する一大イベントなのだ!



「……あ、友花さん! おはよう♡」

「愛……。お、おはよう」

 友花さんって今言ったような?


 神殿愛が学園に登校してきた新子友花に気が付いた。

 ものすごい笑顔で『おはよう!』って話し掛けたのだった。


 ……あんた、いつもはそんな笑顔で喋らないじゃない。新子友花は、心の中でそうツッコミながら、

「愛、あんた今日はどうしたの? その笑顔は??」

 なんだか、ちょっち顔が引きつりながら、新子友花が聞いてみた。

「んー? 笑顔がどうしたのですか? 友花さん」

 神殿愛の(作り)笑顔は、フリーズ状態のままである。


「その……、友花さんって呼び名はさ、何かな? 愛」

 でもさ、めげない新子友花は再度訪ねた? ……のだった。

「えー? いつも私は、友花さんじゃないですか~」

 ……な、神殿愛は笑顔のままで。


 ……こいつ、なんだなんだ? 新子友花はこの奇々怪々な様子の神殿愛を、しばし見つめる……。


 ……ああそうか! そういうことか。新子友花が何やら気が付いたようである。

(愛よ……。そう、すべては生徒会選挙のためなのね。学園に登校して来る生徒達は、みんな“票のなる木”ってことか……。だから、あたしと誠実な友達を演出することで……汚れた一票を獲得しようと)

 なに勘ぐっているんだ、新子友花よ。作者、呆れるぞ……。



  うわ~、あの神殿愛さんって人、なんかいい人っぽいね!(1年女子)

  うん。そだね~(同じく1年女子)


  選挙活動中でも、友達との友情を忘れていないんだ……(2年女子)

  ああいう人が生徒会長になってほしいな……(2年男子)


  俺さ、あの人に投票しようかな?(3年男子)

  あ~、私もそうしよっかな。その方が、なんだか良いっぽいし(3年女子)



(……こんな感じの好印象をねらっているんだな。あの洋風座敷童めっ!)

 新子友花、すかさず神殿愛の作戦を見破った(どこまで邪なんだよ。君は……)。

 ――それにしても久々に聞いたね、洋風座敷童。


「ふふ~ん」


 んで、新子友花が何やらほくそ笑んだ。


(……ちょっとさ~、あたし~、いじわる~してやろっ~と!)


 ――新子友花は、こう思った。

 言葉が平成時代のギャルっぽいけれど……。まあ、頭の上にLED電球が『!』ってな具合に現れて光ったのだった。何かしらのアイデアが思い浮かんだのである。

(チャーンス!)

 口もとが少し緩み、ニタ~っと……不気味な微笑みだ。

 付け加えてウヘウヘと……肩を揺らして喜んでいる。


 怖いって……新子友花よ。



 ――では、ここで新子友花の選択! 彼女の心境を、麻雀で例えて心の内を覗いてみよう!!


 リーチ、対面といめんが早速リーチ。

 ん? 捨て牌はドラすじ……。

 ああ、当たり牌はドラか。ってな具回に。


 または、東東場とんとんばの親で、リーチをかけよう。

 当たり牌は、実はベタオリの字牌だけどね。

 しかも北牌ぺーはいの3枚目という具合。


 最後に、鳴きありの清一色ちんいつ! と見せかけて、実は断么九たんやおのみとか……。



(あの……全然わかりませんよ。 ← 担当編集の苦情)


 打ち切りになりたくないので、分かる人にしか分からない例えは、これくらいにしよう……


 では、分かりやすいように書きます――

 新子友花は思った。


 へん! 神殿愛よ、何が生徒会長?

 あんたみたいな女に、生徒会長の職責が務まるわけがないでしょうが!

 御嬢様育ちだからって、なんでも自分の思い通りに行くと思ってさ!


 甘い、甘いんだよ!! 御嬢様って。

 このあたしのような一般庶民の、歯を食いしばるような我慢も知らないくせにさ……。



 キッ!



 ……と、神殿愛を睨み付けた新子友花。それを、

「?? どうしました友花さん? 体調が芳しくないのですか。でしたら保健室に早く……」

 と、これも選挙活動の一環としての、神殿愛による自己アピール作戦だけどね……。

 

 

 では、今度は神殿愛の心の内を――


 友花……さっさとさ、あんた消えてくれない?

 選挙活動の邪魔なんだよね~。あんたさ、夏休みの合宿でさタダでリゾートに泊めてやったじゃん? 私が……。


 あれ、忘れてないよね?

 

 この意味くらい成績下位のバカ友花こと、金髪山嵐にも分かるよね? この意味くらいさ。

 ですから……お口にチャックしましょうね。


(この、食い意地の汚い泥棒猫の新子友花め!!)


 ――接待という名の口封じだったの? 合宿の一件は??

 詳しくは合宿編を読んでください……。


 まあ、金髪山嵐も久々に聞けて、なんだかホッとしたような……。



 ――朝一番からびびっとも、ちっともスッキリしない、新子友花と神殿愛のモーニングショーバトル。

 けれど、生徒会選挙の取材をしている随行新聞部と写真部は……なんか面白い展開だと、特ダネを狙って記事を書き。一眼レフでバシャバシャと!

 報道写真の撮り放題! 面白い一面が作れそうだって……思っているようだぞ。


 更には、登校中のギャラリーも、野次馬で2人を取り囲んで、ザワザワし始めちゃったし……。



(あっ! まずいぞ、これ!!)

 

 と、空気を読んだのは生徒会選挙の候補者の神殿愛である。

 しかーし! その更に空気を読んだのは新子友花の方であった。


「チャーンスだぜ!」


 モンスターげっちゅ! みたいに?

 再び口元を緩ませてニタ~っと……不気味な微笑みだ。

「愛! あたしさ、国語の宿題で分かんないところがあってさ……」

 新子友花が、一歩前に迫り出して神殿愛へ言った。

「えー、それは大変ですね。友花さん……」

 言ったら神殿愛は、一歩後退りしてこう返したのだった。


 新子友花よ、これはいい感じじゃね? リーチできるかも。

(まだ言っているのですか……? ← 担当編集の再度グチ)


「だからさ~。愛の宿題をさ~。写させてく・れ・ない・かな~」

 また一歩迫り出しながら……新子友花が言う。

「いや~それは……。宿題はね、ご自身の力でやらないと意味がないですよ。友花さん」

 神殿愛は瞬間考えた! 何をかって、それは回避策をだ!!

 そんでもって、すかさず。

「まあまあ、友花さん……。宿題の話はね、また放課後の部活の時にでもしませんか? ささっ、1時間目の授業に遅れないようにしましょうね」


 神殿愛の心の中では、友達が困っているから自分の宿題を写させてあげれば、友達度アップをアピールできる私と。

 いやいや、友達だからこそ、ここはビシッとご自身の力でやろうねと言う、本当の意味での優しさをアピールして誠実度アップをアピールできる私と。

 ――どっちが選挙活動の最中に相応しい発言なのかを、瞬間考えていた。



 そして、出た答えが……後者の『誠実度』である。



「いやーん! 愛ったら、宿題写させてくれないんだ……。しくしく……」

 ちょっとだけ……わざとらしく意地悪な言い方をする新子友花。

「……まあ、宿題の話は後でしましょうか、友花さん」

 こりゃちょっと……やばい展開になった。

 神殿愛、このままでは登校して来る生徒達から、『宿題くらい友達なんだからねーとか』『あ……この立候補って、こんなことも速決できないんだなー』とか、思われてしまうと……二律背反で袋小路じゃね?

 ――と、考えたのであった。


(これは、まじいことになりました)

 神殿愛の心の声――日本語がちょっと変だよ。


「ねえ~。愛、お願いね~」

 諦めず――上目使いで神殿愛にお願いする新子友花。

 背が低い分良く似合っているけれど、その上目使いは男子相手にしようね……。



「……友花さん。だからさ……ね!!♡」


「ねっ♡ じゃねーよって、愛!」



 一体、この2人は早朝の登校時に、何闘っているんだろうね?

「友花さん……。私のこと、勿論……応援してくれているんですよね?」

 神殿愛の額に汗が見える……。

「もっ、勿論、愛! 愛こそが生徒会長に相応しいと、あたしは思っているんだからね」

「まあ嬉しいですわ! 友花さん!!」


「だからさ、宿題を……」

 まだ言っているし。

「……それはね、また後でお話ししましょうか」

「え~、愛の意地悪……」

 ちょっとだけ大きな声で……次なる手は両手を目元に当てながらの『シクシク……シクシク……』、つまり、ウソ泣き作戦だ。

 それを、周囲にいる生徒にわざとらしく見えるように……聞こえるように言っちゃってる。

 それってさぁ……。新子友花、君の方が意地悪しているよね?


「……友花さん。まあ……落ち着きましょうか」

 やばい……。神殿愛は、ほんの一瞬だけれど“落選”の文字が浮かんだ。

 このままじゃ自分は生徒会長になれねーぞ。


 どうしよう? どうしよう?? 


 あたふた……、あたふた……と、慌て始めた神殿愛である。

 そしたらね――



 ボワワン…… ボワワン……



 突然? 新子友花の頭の上に、と言っても、実際には新子友花の脳裏にだけれど、


【悪魔の友花】 いいチャンスじゃねーか。やっちまおうぜ!

【天使の友花】 ダメ! ダメですー! 今こそ聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信仰心が試されるのですー。


 と、悪魔の友花と天使の友花が2人現れたのだった。

 姿はご想像通りだろうかと?


 UFOキャッチャーの人形みたいに、小さな姿の悪魔と天使ちゃんである。


【悪魔の友花】 お前、神殿愛が気に入らないんだろ? 勇太に馴れ馴れしく絡んでくるしな!

【天使の友花】 悪魔の友花さん! 何を言うのですか? 聖人ジャンヌ・ダルクさまは言われました。砦に籠城している最中、1人の兵士が愛する婚約者の名を叫んで、『必ず戦争が終結したら、お前のもとに帰るからな!!』と。ジャンヌさまは、それを聞いて深く感動し、ああ私達はどうして憎しみ合っているのでしょう。


【悪魔の友花】 天使の友花よ。何が言いたいんだ?

【天使の友花】 聖人ジャンヌ・ダルクさまは言われました。幾万の兵士を従える私よ、私は汝の敵を愛そう!!


 それは、磔にされた救世主の有難いお言葉でしょう。

 新子友花の脳裏には、聖人ジャンヌ・ダルクとイエス・キリストが同一視されているみたいだ。……それはそれで、信仰者として間違った解釈になるけれどね。


【悪魔の友花】 新子友花よ。お前は忍海勇太のことが好きなんだろ? その勇太に馴れ馴れしく接してくる神殿愛、今ここで、こいつを陥れることができたら、新子友花よ、お前の方が勇太に一歩近付けるってものだ。お前の愛しい彼への愛のためにも、今ここで、差を見せつけてやろうぜ!!


 だから、あたしのことをお前言うな……と、自分で自分の中にいる悪魔な自分と対峙する新子友花がいます。

 ということは、あんた、自分でも自分のことを『お前』って言っていることになるんじゃね?


【天使の友花】 悪魔の友花さん! あなたは間違っています。そんなの愛ではありません!! 愛は寛容で寛大なのです。恋敵を蹴落として恋仲になれたとしても、そのような邪な恋愛に、一体どういう価値があるというのですか?

【悪魔の友花】 天使の友花の言っていることなんて、所詮、綺麗事だ! 愛は奪い取るものだぞ、新子友花!!


【天使の友花】 いいえ。悪魔の友花さん。愛は育まれた日々の営みの中で、自然と生まれてくるものです。聖人ジャンヌ・ダルクさまは言われました。

【悪魔の友花】 またジャンヌさまか?

【天使の友花】 私の愛は、火刑の炎よりも熱いのです。私のこの命は、英仏100年戦争の無念に倒れた、幾万の兵士達の、生き延びた幾万の兵士の愛ゆえにあります。今ここで、この命を燃やし、私は! それを自らの身体によってそれを証明してみせる! さあ、私を火刑台へと連れていきなさい!!



(…………て、あつ、熱いってば!!)



 新子友花の脳裏で繰り広げた熱弁――終了。

 ただの宿題教えてのエピソードによって、脳裏でこんなにも葛藤してしまう彼女は、なんだかいじらしい……。


 いやいや、意気地なし!


 ――それもこれも、聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信仰心が強いからなのか?

 


 気持ちは分らんでもないけどね……。

 やっぱし、新子友花にとって聖ジャンヌ・ブレアル学園の授業に付いて行くのがやっとだし……。


 例えば、冬休みのジングルベルの時期に、

「はいは~い!! さあ、新子友花さん。今日も清く正しく補修授業行ってみようか! この問題を解けないと、あけましておめでとう! も、お預けになっちゃいますよ~」

 という、大美和さくら先生からのサディスティックなお言葉が待っている……。



(あ~、イヤ、嫌だよ……。それだけは…………じゃなくて! 熱い、熱いってば!!)



 ふと、我に返った新子友花――

「友花ちゃん! 宿題だったら、私が教えてあげよーか?」

 ……さっきから、ずっと新子友花が熱い熱いと、聖人ジャンヌ・ダルクさまの火刑の場面の再現のように言っていたそれは……。

 それ実は、東雲夕美が新子友花の頬っぺたに、さっき……ていうか。

 ……いつの間にか、学園正門前の自販機で買って来た『ホット! コーンポタージュスープ』を、彼女の頬にぴたって具合に頬っぺたに当てた時の――新子友花のリアクションだった。


 よかったね……魔女裁判じゃなくって。


 新子友花への踏み絵?

 聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信仰心は、腐れ縁で近所に住む幼なじみ、東雲夕美の『コーン! ポタージュスープ』によって保つことができたのであった……。

 めでたし……、めでたし……。



(こいつ、またしても、うぜーぞ……)



「友花! 宿題で分かんないところがあるんだ~。ふふふっ、コーンポタージュだけに、モロコシあるんだろうね?」いっぱいあるんだね……という意味です。

「あはっ、友花ちゃん! 宿題だったらさ! 私が写させてあげるよ~」

 ポンっと、新子友花の肩に手を乗せて東雲夕美が、笑顔であっけらかんに言った。



(夕美……、空気読めってば…………)



「まあ! 素晴らしい御学友をお持ちで、友花さん。ほんと良かったですね!」

 何が良かったんだろうと思うけれど……。

 肩の荷が下りた生徒会選挙立候補の神殿愛が、胸を撫で下ろしてそう言った。

(……自分にとって、良かったんじゃない?)



(……ちっ。あと少しだったのに。夕美、相変わらず空気読めね~よな)

 そう素直に思った新子友花である。




 3者しばしの無言……。

 そして……



「神殿愛に清き一票を、お願いしま~す!!」


 神殿愛応援団の女子達の声が、なんだか清々しく聞こえてくる。

 聖ジャンヌ・ブレアル学園の、朝の一場面なのでした。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る