第17話 だって、素晴らしいから、素晴らしいと言っているんですよ!!

「んもーん!! 神聖な教会内で喧嘩するのはダメですよ?」

 半開きの教会の扉から、そう言って入って来たのは大美和さくら先生だった。



 改めて紹介しておこう!!


 この先生は、大美和おおみわさくら先生である。

 担当科目は現代文、つまり国語教師である。

 今まで読んできた人には分かると思うけれど、性格は温厚で優しくて、見た目は物静かだけれど――先生としての責任感はしっかりと持っていて、生徒には一定の距離感で、是々非々で接する。髪はもちろん桜色である。

 清潔で謙虚さを演出するために[ユニクロ]のファッションを、とても好み愛用している。


(作者、先生のプロフィールが、ちょっと曖昧だと感じたもので……)




「例え、どんなことがあっても、教会内では静粛にしなければなりませんよ! あなた達も1年生の時に、それは学んだはずですよね?」

 大美和さくら先生、新子友花と神殿愛の傍に急ぎ足で来て、2人の肩に手を当てる。


「……せ、先生! あ、あの……、あたしたち別に、ケンカしているわけじゃ……」

 前触れもなく、いきなり登場してきた先生に対して、新子友花がオロオロしながら弁解した。

「先生、私もです。友花さんと、ただ昨日の部活のことを話していただけで……」

 同じく、神殿愛もである。

「あら? 先生はケンカしているとか、昨日の部活の話とか聞いていませんよ」

 大美和さくら先生――部室で新子友花が真剣な表情で、自分の兄のことを語ってくれた時のように、ここでもニッコりと微笑んだ。



 ――朝の教会の礼拝時間もわずかである。


 残り10分になるとシスターが控室から出てきて、やれ花瓶の水変えを始め、やれ掃除を始め、それも長椅子全部の水拭きから床拭きを始める。

 生徒達が授業を受けている時間に、あるいは授業としての祈りの時間の開始前までに、シスターたちはせっせと掃除するのである。


 その朝の掃除の時間がもうすぐというのに、教会内にいる新子友花と神殿愛、最後に登場してきた大美和さくら先生の3人。


「……………」

「……………」

 新子友花と神殿愛は無言。


 一方、大美和さくら先生はニッコリしている。なんだかよく分からないシチュエーションである。



「新子友花さん。先生は昨日の部活の発表は、とても評価しています。」

 話し始めたのは、大美和さくら先生からだった。

「……でも、もしかしたら先生は、新子友花さんに聞いてはいけないことを、聞いてしまったのでしょうか? 先生が軽い気持ちで、自己表現のことをうんぬんと聞いてしまって……」

 

「先生は、あなたに謝らなければいけないのでしょうか……。先生として……」

 微笑んだままなのだけれど、目元は力を緩めている。

 その表情は、相手を思うがために気持ちを込めすぎて言ってしまった時の――自責のように見えた。


「先生! そんなことはありません!! あたしは、ただ……」

 と、その後に新子友花は何かを言いかけたのだけれど、何も言わず、しょんげりと長椅子へ……。

 そして、ヘトヘトと座り込んでしまった。

「どうしました? 新子友花さん」

 先生は新子友花に聞く。


 新子友花は俯いている……。


 そのしょんげりしている新子友花の姿を、しばらくじ~っと見つめる大美和さくら先生。

 ……そして、

「新子友花さん。あなたがラノベ部で披露してくれた小説の内容は、とても素晴らしいかったです。本当ですよ!」

 先生のフォロー。勿論、ニッコリは続いている。目元はまだ、そのままだけれど……。

 本当に生徒想いの先生である。


「あ、ありがとうございます。先生、でも……」

「でも? 何でしょう? どうかしましたか?」

「……あ、あたしのラノベ部で発表した小説は、自己表現がありすぎるって、そう先生も仰ったじゃないですか? それなのに、どうして、どうして先生は、あたしの小説を素晴らしいと?」



「だって、素晴らしいから、素晴らしいと言っているんですよ!!」



 大美和さくら先生、教会内で大声をあげて新子友花にそう断言した。

 断言はいいとして、実は先生の声も、2人と同様にかなり響いてしまっていますよ……。

「新子友花さん。あなたにどんな過去があったとしても、それは過去のあなたが経験した、あなただけの貴重な人生経験なのですよ」


「……人生経験ですか?」

 俯いていた新子友花が顔をあげて、大美和さくら先生を見上げた。

「あなたがお兄さんのことで、今でも心の中に持っていて、それを必死になって、ライトノベルという形式で、あなたは自己表現にしようと思ったのでしたら、それはそれで素晴らしいことじゃないですか?」

「……素晴らしいことなんですか?」

 新子友花が何度も、大美和さくら先生から言われた、自分の小説に対する感想――素晴らしいという言葉。


「あの……先生、質問してもいいですか?」

「はい! 勿論です。なんでしょうか?」


「先生のおっしゃる『素晴らしい』という意味が、あたしには……その、よく分かりません」

 長椅子に座っていた新子友花は、立ち上がった。

「……先生。どうして、あたしの小説が素晴らしいのですか?」

 新子友花がそう尋ねたら、


 大美和さくら先生はすかさず!

「正直な小説を、先生は愛するからですよ!!」


「……………」

「……………」

 新子友花と神殿愛は再び無言になった。


 一方で大美和さくら先生は、やっぱしニッコリしている。なんだかよく分からないシチュエーションであることは……そうなのだ。



「……愛する。……愛したいかな?」



 再び先生のフォローである。本当に生徒想いなのですね。

「ん~? どっちがいいかな?? アイラブ? かな? それとも、アイドライク? かな? ん~ここでは積極的な主観表現がいいのかな? それとも、少し客観表現があったほうがいいのかな?」


「……………」

 今度は大美和さくら先生の姿を、しばらくじ~っと見つめる新子友花。

 じ~っと見つめ続けて……、そして、ふと!


(もしかして? 大美和さくら先生、照れているんだ)


「……だって、お兄さんの病状をラノベ部の部員に教えてくれたこと、その時の新子友花さんの気持ち、あなたが全部私達に教えてくれたじゃありませんか。それって素晴らしい勇気です」

 先生はそう言うと、両手を胸前でパチンと合わせて、ニッコリと微笑んで見せた。

 目元の力ももとに戻って、表情全体から感じられる微笑みである。


(先生は、たぶん、あたしの主観を労わってくれているんだ)


(大美和さくら先生、あたし、とっても嬉しいよ)




 ――その時。


 「ちょっと! 先生達!! 早く教会内から出て行ってもらえませんか? もうすぐ掃除の時間ですからね」

 シスターの責任者らしき人物が、早足で歩きながら、自分たち3人の方に向かって来ていた。

 奥には他のシスター達のプンプンした顔が見えている。……かなり気まずい。

 なぜなら、そう! 

 早朝の礼拝の終了時間だからである。


「あら! 大美和さくら先生でしたか?」


 そのシスターの責任者らしき人物――以前、先生がパイプオルガン回りの手伝いの時に一緒したシスターだった。

「シスター。どうも、すみませんでした。これからお仕事ですか?」

 ペコリと頭を下げて、そう言った大美和さくら先生。

「ええ、今日は夜の礼拝の日ですからね。この学園の周辺地域のカトリック教徒が、ほぼ全員お見えになる日ですから……。あ、あははっ!」

 シスター、実は先生と顔見知りだったから、そのせいで、ちょっと声を荒げて恥ずかしい感じになっている。


「……あら? そちらの2人は?」

「……ええ、私の部活の部員です」

「……ああ教え子ですね。……やっぱりお若いですね」

「……い、いや~。シスターも若いですってば」


 教会内で大声をあらげた贖罪か? 大美和さくら先生、シスターへの、あからさまなお世辞である。

「……若い、そうですか? ん、もう! 先生ったら」

 このシスター、否定しなかったぞ!


「そういえば! 話は変わって。先生、先日の教職員専用の自販機で、生徒が勝手に自販機でメロンソーダを購入していたことをご存知ですか?」

「……ええ、聞いています。そういうこともありましたね」


「…………確か、その生徒の名前は……。忍海勇太さんでしたっけ?」


(げっ! 勇太!! 何やってんの? んもー!!)

 新子友花が、すぐさま反応した。

 ていうか? どうしてこういう時に、シスターは自販機の話を?


「あの忍海君、確か先生の部活の部員でしたよね?」

 シスター、何が言いたいのかな?

「はあ……。まあ……」

 大美和さくら先生、劣勢?

「……あの教職員専用の自販機のメロンソーダって、美味しいですからね。……だから、学園の生徒達も、お忍びで購入していたりしていて、……まったく! この学園って進学校なのに校風が無礼講ですね」

 劣勢を挽回するために、少し早口で話し続ける先生。

「私も教職員として、もっと風紀をしっかりさせないといけない立場ですし……。あははっ」

 今度は先生が、ちょっと声を荒げて恥ずかしい感じになっている。


「どうもすみませんでした。……ほらほら! あなたたちも頭を下げなさい」

 と、大美和さくら先生に促されて、新子友花と神殿愛も(?? なんだか……よく分からないけれど)という感じで。

 ……でも、ここは先生を立てて、2人そろってシスターに頭を下げることにした。


「ねえ? 新子友花さん。神殿愛さん。ささ早く教室へ行きましょうね~。ね! ね! 先生の気持ち分かってもらえますよね!」

 先生の表情――見ると、ものすんごいイラ顏になっていた。


(イラ顏しても老けませんか・ら・ね! 作者さま)


「……はい。先生」

 と新子友花。

「……はい。わ、分かりました。先生」

 こちらは神殿愛。

 ラノベ部の部員2人、空気を読んだみたいである――


(あのシスター、いつか覚えとけよ。よりによって、学園のパラダイスのメロンソーダ自販機を持ち出してきやがって。あのメロンソーダ自販機は中立地帯、先生と生徒との暗黙の社交場。それをさ、自分たちもメロンソーダ飲みたいけれど、シスターとして学園をうろつくことは御法度だからって、だから、嫌みったらしく。それにさ、それと私の歳と何の関係があるのよ)


 という、大美和さくら先生の内心を読者が知って、早朝の教会の場面は終了にしておきます……。





 ――ジャンヌ・ダルクは自らが手に持っている軍旗、国の平和のために、国王から認められて渡されたこの軍旗を、天へと高くかざした。


 砦は守りきった!!


 ジャンヌは軍旗を見つめて、そう大声で言い放った。

 おおっ!! ジャンヌの声に賛同し、兵士達も声をそろえて叫んだ。


 その兵士達の叫びを聞いたジャンヌは、笑顔になった。


 私は、この国を愛しています。

 たとえ、私の行いが後世の歴史家に正確に伝わらなかったとしても、それでも、私はこの国を愛しています。


 愛し続けます――



 おわり




「……その愛してってところ、俺と付き合いたいって意味か?」

 ひょっこり、忍海勇太が新子友花の後ろの席から覗いて、彼女が書いていたラノベを覗き込んで、そう聞いてきた。

 

「うわー。ちょ、ちょっと!! 勇太のエッチ!!」

 慌てて、自分が書いていた……正確には書き終わったラノベを、新子友花は自分の身体で覆い隠した。


「勇太! 見るなって!!」

「俺はラノベ部の部長だから。見せろ!」

「……嫌だってば! 勇太のセクハラ!!」

「うるせー。お前、見せろって!!」


 こうして新子友花と忍海勇太が、もぞもぞと教室の後ろで、なんかやっていたらさ、

「こら! 新子友花さん。忍海勇太君。何をやってるの? 授業中ですよ!」

 と、大美和さくら先生が教壇から大声で2人を叱ったのである。

「先生! 後ろのこいつが、あたしをセクハラしてきて……」

「うるせー! セクハラじゃねーよ」

「うるさくない!!」

「それがうるせー!!」



 ふう……



「……はいはい。もういいから授業しましょうね」

 やれやれ……、という表情を見せた大美和さくら先生。

 ふ~とため息をひとつ。

 ――すぐに、くるっと回ってホワイトボードに向いた。

「はい! さあ、みなさん!! 授業を続けます。もう一度みんなで、この小野小町の名短歌を読みましょうね」

 先生が、サンハイって合図をする。すると、教室の生徒達全員が、勿論、新子友花も忍海勇太もいっせいになって、


 花の色は 移りにけりな いたづらに……


「ああ……。なんていい詩なのでしょう。まるで聖人ジャンヌ・ダルクさまの生き様のようですね。みなさんも聖人ジャンヌさまのようにお若いのですから、もっともっと、青春を楽しんでくださいね。先生の願いです」

 大美和さくら先生の指導内容、なんだか意味が分からないよね。

「続いて、源実朝さんの名短歌もいっしょにね。さんはいっ!」

 歴史上の人物に……さん付け?


 出でいなば 主なき宿と 成ぬとも……


「ああ……。源実朝さま!」

 さんからさまへ、格上げしちゃったぞ。

「装束の下に鎧を着るなんて前例が無いと側近達に言われて、あなたはそれを受けいれて……。鶴岡八幡宮に参拝する直前に詠んだ、この覚悟の名短歌」


「ほんと! すんばらしい~にゃん!!」


 ……先生、国語の先生なんだからさ、ちゃんとした日本語使ってくださいね。


「ところで、みなさん知っていますか? 源実朝さまの享年を……。これは、みなさんへの宿題にしましょうかな?」

 大美和さくら先生が、たぶん、突然思い付いたであろう――サプライズなホームワーク発言。

 それを聞いた生徒一同はというと、

「ええっ!?」

「何それ?」

「今日の先生って、少しおかしいよね……」

「うんうん。……ね」

 なんだかクラス中がザワザワと騒ぎ始めた。


 だって、意味不明な宿題だもんね……。



「ジャジャーン!! ヒーントターイム」

 ほんと、何これ?

「源実朝さまの享年は、この大美和さくらの1つ歳上で~す。なんと! 先生の方が若いのですよ。知っていましたか? 皆さん??」

 そうか、それが言いたかったんですね、先生。

 ……自分は若いんだぞってことをね。先生、シスターとのバトルの後でも、まだ、気にしていたのですね。

 でもね、大美和さくら先生。先生は先生としての経験値がなきゃいけないんだから。


 それでいいじゃん!!




 ――ツンツン。

 

 しばらくして……。

 新子友花の背中を誰かが後ろからツンツンって、言わずもがな、その人物は忍海勇太である。

「……んも、何よ勇太?」

 さっき先生に叱られたばかりなのに……。と思いながら、仕方なく新子友花が振り返る。

「なあ……今日の先生のテンション、おかしくないか?」

 先生とシスターの教会でのバトルを知らない勇太、当然疑問に思うよね。

 その忍海勇太の疑問を聞くなり、「ふふっ!」って具合に、新子友花が笑った。……それを見つめて、更に疑問が募る忍海勇太。


「お前、何笑ってんだ?」

 と、彼が聞いたら……。


「なんとまあ! 信仰心の足りない忍海勇太よ。あたしが聖人ジャンヌ・ダルクさまに代わって、ありがたいお言葉をお前に授けよう」

「お前言うなって、お前」


(んもー!! いつもは勇太があたしのことを、お前、お前って言ってるくせに!)


 ――気を取り直して。

 新子友花は両手を胸前で組んで、静かに目を閉じて言った。

「聖人ジャンヌ・ダルクさまは、命尽きるその最後に天を見上げました。快晴の空はゆっくりと流れていました。天には明るく輝く太陽。そのすぐ隣には白い月が見えました。聖人ジャンヌ・ダルクさまは言いました。ああ、我が身は滅びても、今、天には雲ひとつ星にかかっていません。……私は嬉しい。嬉しくて清々しいのです。だって、19歳という若さで、私、ジャンヌ・ダルクは、神に永遠の列聖を許されたのですから」


「お前、長々と何を演説してるんだ? 俺は意味が分からんぞ」

 忍海勇太の冷めたツッコミである。

 ゆっくりと目を開ける新子友花。

「いい? 若さは女にとってはね……」

 と彼女が言おうとしたら、

「じゃあ……。俺、お前と付き合うわ」

 忍海勇太からの突然のラブコールである!?


「にゃん?」

「なんだ? その言葉? やっぱし、お前も俺の……」

「にゃんにゃん」

 ないないって言いたいのだろう。

「その猫なで声は、やっぱ、俺と付き合ってもいいっていう」

「にゃいなん!!」

 いまだ言葉が変な新子友花である。かなり動揺している様子。


「こらこら! 授業中なんですよ。新子友花さん。忍海勇太君。立ちなさい! 何度言ったら分かるんですか?」

 大美和さくら先生、再びくるっと回って2人を見る。

 しまった! と思った2人、すぐに起立して、

「すみません。大美和さくら先生」

「すみませんでした。先生」

 と言い、すかさずペコリした。だけれど……


「先生! 新子さんが俺のことを好きだって言うから……」

「に! にゃに言って! そんなこと言ってにゃいやん!!」

「ところで、お前さ、さっきから日本語おかしいぞ?」

「お前のせいだろ! 勇太!! それに、お前言うなって!!」


「……はいはいはい。2人共、私語はそれくらいにしましょうね。今は授業中ですよ。これ以上騒いじゃうと……、新子友花さん、忍海勇太君。冬休みに補修授業を受けるのは、嫌でしょ?♡」


「……なんでもないです。すみませんでした。大美和さくら先生」

 急に新子友花の日本語が戻ったね。

「……どうも、本当にお騒がせしました。反省しています。先生」

 続けて、忍海勇太もしおらしく。


「……はい。では授業を続けますね!!」

 大美和さくら先生、くるっと回ってホワイトボードへ……。と、その前に、ちらっと2人を見た。



(……………ほんとに、お似合いだこと)



 大美和さくら先生はそう思うと、何故かスタスタと窓際へ歩いて、窓の外を見上げた。

 見上げると、快晴の青空に白い月が見えた。


 …………どうしたのですか? 先生、授業を続けませんか??





 続く


 この物語はフィクションです。また、[ ]の名称は引用です。

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