第16話 だって、友花は聖人ジャンヌ・ダルクさまじゃないじゃん!!

「……友花。お前が好きな花はなんだっけ?」

 あたしの兄は、あたしに優しくそう問い掛けてくれた。


「……さくら。桜だよ」


「そう。友花の花は、さくらという意味なんだよ。……友花も、いずれ国語の授業で習う時がくるからね」

 と、兄が教えてくれた。


 ――あたしは兄が言ったとおり、桜の花が好き。

 あたしは今でも覚えている。

 あたしが幼稚園に入園してすぐの頃、兄は一貫校の初等部の3年生で、あたしが幼稚園に入園してくることを、ずっと兄は心待ちにしてくれていて……。


 ちょうど、桜が満開のあの時……。


 幼稚園に入園して、すぐの出来事……。

 あたしが幼稚園の滑り台で遊んでいた時。あたしは滑り台の梯子をのぼって、上の台にあがって、そこから滑ろうと思って……。

 でも、その上には2人の園児がいて、あたしはやむなく、滑り台から滑ることを諦めて梯子を降りようとしたら、



 ズルん!



 あたしの足は、まだ滑り台の梯子に絡まっているけれど……、でも、上半身は……手は、すでに梯子から離していて、あ……、あたしもうだめだ。

 このまま死ぬんだって覚悟して……。


 でも、

「友花! 危ない!!」

 って、あたしを助けてくれたのが……兄だった。



 幼稚園の校庭は初等部の隣にあって、兄はちょうどその校庭で体育の授業中だった。

 兄はあたしが滑り台に登っているのを見ていた。

「友花、大丈夫か? ケガはないか?」

 そう言って、あたしの兄はあたしを優しく、滑り台から落ちそうになったあたしを、優しく抱きしめてくれて……。

 兄が言った言葉を、あたしはよく思い出している。



「友花は、桜のように生きてほしい」



 ――翌朝。


 ここは、聖ジャンヌ・ブレアル学園の敷地内にある教会――聖ジャンヌ・ブレアル教会である。

 勿論、こんな早朝の教会に礼拝してくる信者なんて……と思っていたけれど、1人いた。

 ……ああ、いつもの彼女だ。


 新子友花である。


 彼女は、いつも通り長椅子の最前列に着席して、そして、両手を前に出して握って、祈りのポーズをした。

 それを見ていた修道士……シスター達。

 まあ、いつもの彼女が、いつもの朝の礼拝に来ているんだわと、みんな知っていて、その中で、新子友花の近くを通っているシスターが1人いた。

 彼女もシスターに気が付いた。

 お互い軽く会釈をした。



「聖人ジャンヌ・ダルクさまは、教皇達から、ここに遺書を書きなさいと言われました。けれど、聖人ジャンヌ・ダルクさまは断りました。どうせその遺書は、教皇たちが私を火刑に処する前に暖炉に燃やすのでしょう。それは贖罪のつもりですか? それとも聖職者としての思い上がりですか?」


「すると教皇たちは更に、いいかジャンヌ・ダルク、お前が今ここで、魔女であることを正式に認めるならば、この薬莢を、お前が火刑に処される前に、お前の首に掛けてやろう。そうすれば、お前が火刑に処される時、お前への全身の炎が、お前の首に届くと同時に、その首に掛けてあった薬莢が破裂して、お前は苦しむことなく……神に召されるのだぞ」


「しかし、聖人ジャンヌさまは……」

 と、新子友花がそう祈りの言葉を言っている時――

「……独りになった聖人ジャンヌ・ダルクさまは、監獄から見えた一片の花弁に気が付きました。そして、聖人ジャンヌ・ダルクさまは仰いました。『この私を、あの一片の花弁が散るように、どうか今すぐ……』でしょう? 友花さん?」

 教会の柱の陰に隠れていた神殿愛が、ひょいっと! 顔を見せて、彼女の礼拝のお言葉の続きを言ったのである。

 勿論、新子友花は驚いた。


 いつも早朝の教会には、自分とシスターしかいない。

 えっ? 誰? という感じで、慌てて声が聞こえる方を振り向いた新子友花だ。

 

 2人はすぐに視線が合った。

 合うと神殿愛は少し微笑んだ……。


「あ……愛! あんた……」

「……ええ! 神殿愛よ!」

 静かだった教会内に、甲高い2人の女の子の声が響く。


「……友花さん。私はラノベ部の先輩として、後輩の友花に今からお説教をしますから」

 と、神殿愛はそう言って微笑むのをやめた。

 そして、新子友花が座っている長椅子へすたすたと歩いてくる。

 前回の話の最後の時のようなハイテンションとは真逆で、表情は真面目である。


 ――新子友花が入ってきた教会の扉、その扉はきっちりとは閉まっていなくて、もちろん神殿愛も、その扉から入ってきて。

 そもそも、こういう扉はきっちり開閉するものではなくて、一度開けたら日没まで開けっ放しにしておくのが一般的である。

 それに1人で開閉するのは難しい。よっぽどの力がないと締められない。

 

 日中は全開されている教会の扉であるが、早朝ということもあって、要するに教会内は準備中であるから半開きなのである。

 その半開きの扉から、日の光が教会内へと差してくる。かなり眩しい。

 ……それもそのはず、季節は夏の終わりであるけれど、夏は夏である。

 早朝でも日差しは強い。日の光は聖人ジャンヌ・ダルクの像と、その隣にあるブレアルの像を、明るく照らしている。


「はっきりと言いますよ。友花さん! あなたは自分が幼稚園での出来事、ご自身のお兄さんから自分の名前の由来とか、そして、それを聖人ジャンヌ・ダルクさまの一節をご自身に合わせようとして……」

 はっきりと言いますよと神殿愛はそう言っておきながら、なんだか言葉がちぐはぐしている。……御嬢様だから、人にお説教するなんて慣れていないのだろう。

「つ、つまりね……。友花! あなたの祈りには私欲があります!」

 神殿愛は端的に結論をまとめて、そう言っちゃった……。


「し、しっ、私欲!?」

 それを聞いた新子友花。

 彼女は、晴天の霹靂のように驚いた。


 自分の信仰心に間違いを指摘されたのは、たぶん初めてだったのだろう。

 神殿愛は続いて、

「聖人ジャンヌ・ダルクさまは、自らの運命を受け入れて国民のために……、もう一度言います。国民のために神に召されたのです。その国民の中には、聖人ジャンヌ・ダルクさまに全責任を背負ってもらった方が、ありがたいと思っていた人も大勢いるでしょう」

 神殿愛、長椅子の最前列のいつもの場所に着席している新子友花のもとまで来た。

「けれどね。聖人ジャンヌ・ダルクさまは国民のそういう感情も知っていたはずです。しかし、自らが神に召されることで、戦争を終わらせることができるのならば……。ですが友花、あなたはどうですか? ジャンヌさま、ジャンヌさまと毎日祈って、その祈りの理由は、つまりは自分のこと、私欲じゃないですか?」

 直立したままで、彼女を見下げてそう言い放った。


「だから、あなたの祈りは、聖人ジャンヌ・ダルクさまを侮辱しているのですよ!!」


「……………」

 新子友花は無言になってしまった。


「……あはは! あははは!!」

 どうしたんだろう? 

 シリアスな会話だったのに、神殿愛が突然大声で笑いだした。

 この場面展開は何なのだろう??


「あはは! あははは!!」

 神殿愛は、まだ笑っている。


 その笑い声――教会の中だから、その声が、ものすんごく響いてしまっていているぞ!

「……ちょっと! 愛って!! ここ教会の中なんだから、静かにしないといけないってば!!」

 新子友花が慌てて神殿愛を静かにさせようと。……でも彼女、すっかり笑いにはまってしまっているから無理みたい。


 キョロキョロ?

 

 シスターが来て小言を言われないかどうかと、新子友花が心配そうに――辺りを見回して焦っている。

 そういえば、放課後にここにハイテンションで祈りに来て、その時に祭壇に飾ってあるお供え物とか神具なんかを、勢いよく祭壇からガシャーンって落っことしたことがあったね。


「……あはははは」

(もういいって……)

「あ~あ、面白かった」

 と神殿愛。

 一方、『何が?』と、神殿愛を冷めた視線で見上げていたのは、新子友花。


「友花って、私が言った言葉を真剣に聞いているもんだから、おかしい、おかしいって!」

 思いっきり笑った後に涙が出ることがあるけれど、今の神殿愛がまさにそれで、彼女は自分の目の涙を指で拭きながら、

「友花、祈りが私欲で何がいけないのよ」

 神殿愛、涙を拭き終わると――また微笑んだ(あんた、自分で言っときながら……)。


「……愛。あんた自分から、あたしに言っておきながら」

 新子友花も同じことを思っていた。



「だって、友花は聖人ジャンヌ・ダルクさまじゃないじゃん!!」



 神殿愛は両手を腰に当てて、大きな声でそう断言した。

 ……でもさ、いい加減、教会内は静かにしようね。

「聖人ジャンヌさまには、聖人ジャンヌさまとして、背負わなければいけなかった使命があったんだからさっ!」

「戦争を終わらせること?」

 新子友花は神殿愛の言わんとする意図を探り探り、彼女に話し掛けた。


「その通りよ!!」


 微笑みから、したり顔になった神殿愛。

「自分が選ばれてしまった。そりゃ最初は戸惑ったことでしょう。戦場経験も何もなかった女の子、何も分からないのに、自分にできるのかどうかってね」

 神殿愛が長椅子に腰掛けた。

 いつも新子友花が座って礼拝する席の、対の場所にである。

「それでも戦争を終わらせたかった。聖人ジャンヌ・ダルクさまは……」

 新子友花、対の隣の席に座りながら言った。


「――私ね。今、生徒会選挙の次期生徒会長の立候補手続きをしてるのね。でね、立候補には何人かの推薦人が必要なの。これが大変でね……。応援してくれる人が何人かいるんだけど、それって、とても嬉しいんだけどね」

 長椅子に腰掛けている神殿愛。……そして、少し俯いた。

「……まあ、生徒副会長や広報長の選挙だったら、立候補する競争相手が少なくて、当選しやすいんだと思うけれどね。でも、やっぱナンバーワンになりたいじゃん! 友花? そう思わない?」

「……やっぱ、そういうものなのかな?」

 少し考えた新子友花、俯いている神殿愛を見つめて、そう返事をした。


「……みんな、なんだかんだ言って、私欲で私を応援しているのよ。友花……、ここだけの話にしといてね」

 顔を上げて、あはははっと空元気で笑いながら、自分の髪の毛を触る神殿愛。

 視線の先にあるのは聖人ジャンヌ・ダルクさまの像である――


「……………」

 彼女の話を聞き入っている新子友花。


「これがさー。断れないのよねー。ほとんどが部費をアップしてくれって……。ほかには部室の窓枠がガタがきている。エアコンの調子が。ホワイトボードが欲しいとかなんとか……。もろ私欲でしょ? ……でもさ、そういう要求に、『うんなんとかするね。頑張るね』って言い続けないと、誰も推薦人になってくれないんだから。生徒会長になるのも大変なんだな! これが!!」

 また、あはははってな感じで、神殿愛が空元気な感じで笑った。

 これって、要するに苦笑いってやつですよ。


「ねえ友花? 友花は自分のお兄さんの病気を治してほしいから、毎日この教会に来て、聖人ジャンヌ・ダルクさまに祈りを捧げてきたんでしょ?」

 神殿愛が苦笑いをやめて、真顔で新子友花に聞いた。

「……うん」

 新子友花はコクリと、静かに頷いた。


「……友花。友花がこの学園の授業についていけないからとか、でもさ、それでも礼拝を欠かさない新子友花。……生徒会選挙で推薦人を集めるために苦労して、愛想を振りまいている私よりも、友花……、友花の方が凄いと思うよ」


「…………そ、そうかな?」

 新子友花は首を傾げて……そう言って、神殿愛を見る。

 さっきまで聖人ジャンヌさまを見つめていた神殿愛の視線は、いつの間にか新子友花を見ていた。

 2人の視線がまた合った。


 ふふっ……


 合うと、神殿愛は微笑んだ。

「……勇太さまも、すごいって思ってるみたいだし。私、その点では友花に負けちゃうな……」

「…………??」

 いつもの神殿愛のキャラとは違う弱気な感じの言葉を聞いて、新子友花は意外に思い少しびっくりした。

 ちょうど、それを言い終わるくらい――

 半開きの扉から射し込んでいる日の光が、教会のステンドグラスにあたって七色に輝いた。とても綺麗である。


「……私は、友花のこと好き」

「……あの愛、お気は確か?」


「……勇太さまも大好きだよ」

 あ、やっぱし、そうくるよね。

「あ……愛? 何が言いたいの?」

 新子友花は神殿愛の発言に疑問を感じた。


「名前よ、名前の話」

「名前?」


 神殿愛は長椅子から立ち上がると、ゆっくりと前へと歩いて、そして立ち止まり、七色に光り輝いているステンドグラスの前に立つ、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見上げた。


 ――見上げて、神殿愛は胸に前で十字を切った。



 もし私が恩寵おんちょうを受けていないならば、神がそれを与えて下さいますように。もし私が恩寵を受けているならば、神がいつまでも私をそのままの状態にして下さいますように。もし神の恩寵を受けていないとわかったなら、私はこの世でもっともあわれな人間でしょうから。

(ジャンヌ・ダルク 異端裁判の証言より)



「愛?」

「友花、驚いたでしょう。私の聖人ジャンヌ・ダルクさまを信仰する姿を見て……」

 神殿愛は振り向いて、素直に新子友花にそう言った。

「……え、まあ、そりゃー。まさか、愛が聖人ジャンヌ・ダルクさまのお言葉を、一言一句間違えずに言えるなんて、思わなかったから……」

 MPも残り少なくて、2分の1の確率で倒れた仲間を生き返らせる呪文を使って、あっ! 生き返った! ラッキー。

 という場面みたいに新子友花は驚いた。驚いたけれど嬉しいと思った。


「ふふっ……。手厳しい信者さま」


 ――七色の光を背景に立っている聖人ジャンヌ・ダルクさまは、本当に神々しく見えた。

 

「ねえ? 友花……。友花のはなが、さくらを意味するように、私の愛は純粋に愛するという意味。正直言って、私、この学園に入学するまでは、ずっと自分の名前がどうして愛なんだろうって思っていたんだ。愛ってなんなのかな? だって、とても抽象的な言葉じゃない。それでも、国語辞典のいちばん最初のページに堂々と載ってるじゃん」


「まあ……、そりゃー、五十音順だもんね」

 新子友花も長椅子から立ち上がり、神殿愛のもとへと歩いていく。友花は、本当は名前が自分の一生に密接に関係していることを知っていた。


「自分の名前って、自分にとって最初の謎々だと思わない? どうして、自分の名前が愛なんだろうって……」

「……あっ! 分かった」

 新子友花の頭の上に『!』が出た。

「愛、それが生徒会長になりたいっていう理由なんだ……」

 アクションRPGの名作で、あの屋根の上のハートどうやって手に入れようかって、……ああコケコッコーにしがみついて飛んでいけば取れるぞ!

 とか……。


 もう、この浮遊大陸沈んじゃうよって……、いや、仲間がまだ1人来ていないじゃんか? 甲冑をまとった仲間が。もう時間切れだって、早く飛空挺に逃げようよ。だめだ。

 ……とかなんとかで、月曜日発売の漫画雑誌の袋とじで、なんと! ずっと待っていたら、あいつ戻ってきたんだ……。というRPGあるある……。分かるよね?



 分かるか!!



「あったり~! 大正解!!」

 てってれ~ 新子友花はレベルが上がった!!


 魔力+7

 守備力+7

 知力+7


 新子友花は『ナザリベス』の呪文を覚えた。

 

 じゃじゃーん!! あたしは聖人ジャンヌ・ダルクさまの子供ヴァージョン!!


 この呪文について、あたしが説明してあげるね!

 このナザリベスっていう魔法は、新子友花お姉ちゃんだけが使うことのできる魔法でね、その威力は全MPを解放して、大ダメージを与えることができるんだよ。

 凄いでしょ!!

 

 ……それって、あの名作RPGの究極魔法じゃん。


 さらに、この世界の悟りのような知恵を身につけた。

 これは作者が解説しよう!


 新子友花の悟りとは「言葉」の本質である。


 それは波である。

 量子力学に観測問題という難題がある。詳しくはネットで検索! 

 言葉は空気の振動、つまり波である。それを私たちの脳が受信して、言葉を認識することができる。

 素粒子の波が観測することによって粒子になるように、言葉は受信されることで言葉になる。

 それまでは波である。

 

 もう一つ、言葉には「言語」がある。

 日本語の脳は日本語しか受信できない。

 これは、波長が合わないと言っていい。波長が合わなければ認識することができない。


 ……最後でなんか難しい話になってしまって、でも、ご清聴ありがとうございました。




「……愛。……愛ってさ、もしかして、良い奴?」

 それは、ちょい皮肉を込めた……神殿愛への友情のような気持ちなのだろう。


「……ふふっ、手厳しい信者さまね」

 神殿愛の口元が緩む。そして、

「……友花。私は、神殿愛はね。この学園の生徒会長になって、聖人ジャンヌ・ダルクさまのように、みんなを救いたいんだよ。……ほんとにほんとだよ。ほんとなんだからね!!」

 なんだか……ソワソワしながら。でも、真面目な口調と表情を見せている神殿愛。


 その言葉は、私欲なのだけれど――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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