第8話 さあ!! 今日からのラノベ部の合宿!! とっても楽しんで行きましょうね!!!

「……友花さん? 新子友花さん?? 聞いていますか!」


「はっ!!」


 ――新子友花は気が付くと教室にいた。

 自分の席である窓側の後ろから2番目の席に座っていた。


 きょろきょろ……??


 教室を見渡しても、他の生徒は誰もいなかった……。振り返って後ろの席の忍海勇太も……やっぱりいなかった。


「新子友花さん! なに余所見しているのですか?」


 うわっ!?


 振り返って忍海勇太の席を見ていたと同時に――自分の名前を呼ぶ声が、それも大きめの呼び声が聞こえたもんだから、新子友花は思わず声を出して驚いた。


 恐るおそる――声が聞こえた方へ体を向けてみる。


 その声……教室の一番前の、ホワイトボードの辺りから聞こえて――

 誰もいなかったはずの教室内に、まるでホラー映画で薄暗い部屋の中でクローゼットを「やっぱ……誰もいない」と確認して、後ろから仲間が声を掛けて「うん! わかった今行く~」と返事をして……もう一度クローゼットがある方を向いたら――


「そこに、いないはずの貞子が!!!」

「うわっーー!!!」……とスクリームするヒロイン。


「……大美和さくら先生」

 ……とは、新子友花はならなかった。

 いつの間にか、ホワイトボードを背にして、大美和さくら先生が立っていた。いつもの教壇に立つ姿のままにであった。

「……………」

 先生は、新子友花を見つめている。

 その表情、いつもの明るい爽やかな表情ではなかった。……真剣な感じの、なんだか……ちょっと怒って見えた。


「新子友花さん!」

 大美和さくら先生が、新子友花に話し掛ける。

 口調がいつもの優しいそれではなくて……とげとげしい。

「……はい、先生」

 新子友花は返事をした――


 それにしてもこの教室、自分と先生に二人しかないな……。

 なんだか、いつもの聖ジャンヌ・ブレアル学園の雰囲気とちょっと違う……。

 新子友花は内心そう感じながら、キョロキョロと教室内をちょい見して……。


「新子友花さん! どこを見ているのですか!!」

「わわっ! 先生、ごめんなさい!」


 腰に両手をグーの拳にして、教室内に大美和さくら先生の自分を呼ぶ声が響いた。

 その大きな声に、新子友花はビクッと身体を条件反射して慌てて教室正面――ホワイトボードに立つ先生を見る。

「――今回の期末テストの国語の成績……。この成績はなんなのですか?」

 大美和さくら先生、やっぱし……ちょっと怒っているみたいだ。

「成績……? あっ」

 見ると、自分の机の上に期末テストの国語の答案用紙があった。

「今回の期末テストの国語の点数――新子友花さん! あなたはどう思っているのですか?」

「……点数?? ですか?」


「……………」

 新子友花は聞き返したのだけれど、大美和さくら先生は彼女に無言で返した。

 ついでに、かなり冷たい視線を向けている。


 新子友花は、先生の表情をしばらく注視していた。

 どうして先生が怒っているのか、よくわからない。

「……点数」

 でも、先生に点数を指摘されたので、新子友花は答案用紙の右上の点数欄を――


 14点……だった。


「新子友花さん! この点数は赤点ですよ。わかっているのですか?」

「……はい。大美和さくら先生。ご、ごめんなさいっ」

 新子友花は姿勢を正し座り直して恐縮。

「ごめんなさいって? 誤っても赤点は、あ・か・て・ん……ですから。もうっ……」


 怒っているみたいじゃなくって、大美和さくら先生は本当に怒っていた。


「ったく! 先生は、なんのために新子友花さんを、ラノベ部に入部させたのか覚えていますか?」

 両手でグーの拳を腰に当てたまま、大美和さくら先生が新子友花の席まで歩いてくる。

 その姿――貞子の歩く白装束の怖さとは違う。門限に1分遅れちゃったけど……まっ、大丈夫よ! と思って玄関の扉を開けたら、仁王立ちして待ち構えていた寮母のような怖さ……。

(これ中世のフランス貴族だったら、たぶん地下室に連れていかれて鞭打ち30回ものだ……)


「……あたしが、国語の成績がいまいちだから」

「だから? それで?? はあ??」

 近付けば近付く程、大美和さくら先生の怒った表情がよく見えてくる。

「……」


 でれでれでれ~ しびれスライムの攻撃! クリティカル!!


 新子友花は身体がしびれて 動けない……


「……」

 自席でしびれたまま……なす術無い恐縮の骨頂、これ耐えるしかないよね?

「……まずは、国語に慣れるところから始めませんかって…………」

「その通りです。わかっているじゃないですか?」

 見たことがない大美和さくら先生の真剣な表情に、しゅんと……してしまった、恐怖――脅威を――(それじゃ先生が本当にモンスターになっちゃうでしょ……)、恐縮してしまった新子友花である。


「……な・の・に、結果は赤点でした」

 彼女の席に到着するまで数メートル――シャワーカーテンを閉めて浴槽に隠れて、ビニル1枚すぐ向こうに貞子よ……頼むからこっちに来ないで、というホラーあるある。


「……あなたは、この期末テストの赤点を」

 ヒロイン新子友花の願いも叶わず、大美和さくら先生――

「どう、反省しているのですか!!」

 最後の「反省して」の発言を強調したところで、タイミングよく彼女の席の真ん前に立った!

「……大美和さくら先生。あの……ごめんなさい」

 新子友花は座ったまま、自分の頭を下げた。


「……あたし、あたしなりに、一生懸命に勉強して期末テストに望んだけれど。やっぱりあたし授業について行けてないってことが……今回の期末テストの成績でよくわかりました…………」

 そう弁明すると、新子友花は俯いてしまった。目も虚ろになり……なんだか一気に力が抜けてしまった様子である。

 先生に大きな声を出されて怒られて……いつもは、とても優しい先生なのに。こんなに怒られて……自分の不甲斐なさに嫌気を感じた新子友花であった。


 …………目には、うっすらと涙が潤んできている。


 大美和さくら先生、涙目の新子友花をじっと見つめている。

 それから――

「……先生に謝っても、しょうがないでしょっ…………」

 大きく肩の力を落とし、ひとつため息をついた。


「……はい。先生」

 新子友花は俯いたままで、でも、先生の自分への気持ちは痛感している。

「しょうがないですね……」

 先生はしばし沈黙。「ふ~」と、またひとつ大きなため息をついてから、

「新子友花さん。今年の夏休みは、毎日学園に通ってもらうことになりますからね」

 と言った。

「えっ?? 先生どういうことですか?」

 俯いていた新子友花、驚いて顔を上げた。


「――だから、今年の夏休みは毎日補修授業を行います! ってことですよ!!」


「ええっ! えー!! 先生! それってどういうことですか!!」

 両手をキツネのコンコンポーズにして(親指と人差し指と薬指をくっつける)、めっちゃアンチサプライズ!

 青天の霹靂――真夏の土砂降り。川原でBBQ無しよ~状態の新子友花――


「ええっ! えー!! じゃありません」

 大美和さくら先生、彼女の往生際の悪さに『カッチーン』きて、思わず机を――


 バンッ!!!


 まるで検察官の『どーして調書にサインしないの?』の時の机バンッである(作者、見たことありません……)。

「……すみませんでした」

 しゅんと……しおらしく身体を縮こませる新子友花――

「大体、この成績のままじゃ3年に進級できませんよ。それで、いいのですか?」

 と、机の上にある期末テストの答案用紙を“ちょんちょん”と人差し指で突きながら、ついでに、目を少し細めてそう言った。

「……いいわけ、な・い・で・す・よね?」


「……はい。よくないです。……です、けれど」

 新子友花、額に一筋の汗を流して、

「で……でも、夏休みに毎日補修授業ってのは……いくらなんでも。大美和さくら先生!!」

 かなり手ごわいRPGの中ボスを倒すために、レベル上げしないと……の時の、この辺りの狩場のモンスターっていまいち経験値が低いから……こりゃ、かなり時間掛かりそうだ。

 ――というRPGあるあるの時と同じ心境の新子友花である。

(……真面目な会話をゲームで例えて、ちょっと反省)


「いいえ! これは決定事項です。覚悟しておくように……です」

 大美和さくら先生、腕を組んで教育的指導――

 最後の“覚悟して”の言葉を発した時、先生は不敵な笑みを見せた(やっぱり、なんかいつもの先生じゃないよね?)

 それに毎日補習授業ってのは、ちょっとキツすぎるんじゃないのかな? 先生も夏休みは、ゆっくりとしたいでしょ……。



「……じゃ、じゃあ! ラノベ部の合宿はどうなるんですか?」

「合宿? そんな話ありましたっけ?」

 思わず脳裏を横切ったのは、夏休みを利用したラノベ部の合宿。

 当然、新子友花も楽しみにしていた――

「あっ、ありましたよ!!」

「先生は知りませーん!!」

 しかしだ、顔を横にツーンと背ける大美和さくら先生。


「……そ、そんなー!!」

 予想外の先生の応対に、思わず席を立ち上がる新子友花!

「夏休みにラノベ部で合宿するって、先生が教えてくれたんじゃないですか!! あたし先生から合宿の話を、しっかりと覚えています!!」

 あと1ターンでこの中ボスを倒せそうだったのに……ここでまさか、まさかの連続2回攻撃で、HPがゼロになってゲームオーバーで。



「それなのに……そ、そんな……。そそっ…………そんなーーー!!!!」



 ああ~、セーブポイントを1つ省略してきての中ボス戦だから、ま~た狩場で経験値上げしなきゃいけないの??

 という……またもRPGあるあるで、ヘナヘナと力尽きてしまった新子友花だった……。

(やっぱ、こういう例えの方がわかりやすいかなって、作者の恣意的過ぎでしょうか?)






「――そんなことで、みーんな無事に合宿に来れて、先生はうれしいですよ♡」


「はっ!?」



 ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


 電車の中――それも特急電車の中である。


「……あたし、眠ってた??」

 新子友花は目を覚ました。どうやら、彼女は窓側の席に座って眠っていたようだ――


「先生はね。み~んなが期末テストを頑張ってくれて、本当に嬉しいですよ。うるうる……。うるうる……です」

 自分で言っちゃってます。

「さあ!! 今日からのラノベ部の合宿!! とっても楽しんで行きましょうね!!!」

 胸前で両手をパチンと鳴らした、先生――


 あっ……。これ大美和さくら先生の声だよね……?


 この状況なんだろう? あたし教室にいたんじゃ? という気持ちで反省モードになっていた新子友花。

 けれど、なんだか朧気ながら段々と状況がわかってきた――



 ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


「あらっ! 新子友花さん起きましたか?」

 大美和さくら先生、まだ眠気眼な新子友花に気が付いた。

「京都駅でこの特急ワイドビューひだ25号に乗るなり、いきなりグッスリの新子友花さん! ……それも、しょうがないですね。だって、まだ朝の9時過ぎなんですから。眠いですよね?」

 やっぱり先生の声だ。でも京都駅? 特急って……。


「……先生、あたし?」

「はい! どうかしました?」


「……あたし、期末テストの国語の成績が14点だったから、ラノベ部の合宿は無しで。夏休みは毎日補修授業って……先生仰ってましたよね? ……どうして、あたし。ラノベ部の合宿に参加しているのですか?」

 自分が特急に乗車していることはわかった。

 それも合宿のために、ということもわかった。


 けど、『毎日補修授業』を受けなければいけない自分が――どうして合宿に参加しているのか、その矛盾について、新子友花は我ながら謎だった。



 7月17日――

 早朝の特急車内に、ラノベ部の部員3人と顧問。


 ちなみに、この日の誕生花は『ヒルガオ』、花言葉は“絆”である。

 絆か……、作者も懐かしく思い出す。

 何を? 数日を皆で共に活動する合宿をである。



 ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


「お前、寝ぼけているのか? バカか?」

 向かいの席を見ると、そこに忍海勇太が座っていた。

「勇太様! 友花に向かって、その言い方はあんまりかと?」

 彼の隣には神殿愛が座っていた。

「楽しい合宿なんですから、みんなで盛り上げていかないと……」

 ということは――

「新子友花さん! 何を言っているのですか? 先生はとっても嬉しいのですよ♡」

大美和さくら先生は隣に……座って自分を見つめて。

「友花さんが今回の期末テストで、こんなにも素晴らしい成績を取るなんて!!」

 いつもの優しい先生の笑顔だった……。

 新子友花はそのいつもの笑顔を見て、心の中でちょっと安心した。


「こんなにも素晴らしい成績? このあたしがですか、先生?」

 頭の上には『?』、矛盾は更に膨らんでいく……

「はい♡ 一般問題30点、小論文41点、合計71点のスペシャル点数を取ってくれて、先生は国語担当教師として、とっても嬉しいです♡」



「はにゃ? ?? あ、ああ、あたしが71点ですか~!!!!」



 新子友花の大声が車中に響いた!(電車内ではお静かに……)

 わからん――

 大美和さくら先生は、あたしの点数って確か14点だって? ……でも、それが71点だと、そりゃ……教えてくれて、とっても喜んでくれて。どゆこと…………


 ………… ……


 ……… …


 ……


 

 まさかの夢オチだ。



「そ~ですよ!!」

 大美和さくら先生は、とびっきりの笑顔のままで。

「一般問題の漢字の書き取りは満点。特に『諸行無常』や『沙羅双樹』は、よく書けましたね」

 車内で期末テストの解説を始めた。その一般問題って平家物語ですね。

「内容についても『ただ春の夜の夢の如し』の筆者の気持ちを、自分の気持ちに置き変えて答えなさいのところを、まさか新子友花さん! 自分が寝坊して、学園に遅刻する場面に置き変えるなんて……ふふっ、面白い!! 素晴らしいわ!!」

 笑い声が漏れないように、大美和さくら先生は口元に右手を当てて……ククッって具合に、でも次第に、ゲホゲホッ嘔吐えずきそうになる。


「……い、いや、それほどでも。…………」

 なんだか、あれだけ(夢の中で)先生に怒られた後に、こんだけ褒められているものだから……新子友花は自分の髪の毛をクルクルといじりながら、恥ずかしそうにしている。

 学業の成績で褒められるなんて、なんだか嬉しいな……

 その心中。いまだ『これ? まさかの夢オチ二段落ちじゃ?』と、周囲をキョロキョロと……


「って! 先生、大丈夫ですか??」

 ゲホゲホッ状態の先生の背中を摩る――



「――お前なぁ」

 そこに忍海勇太が話に入ってきた。

「不謹慎だぞ! 命掛けで戦った源平の侍に謝れ……」

 と自分が取った期末テストの(自分にとっての)好成績に対して水を差してきたもんだから、新子友花はちょっとイラっとした。

 クイッっと対面に座っている彼の眼を見て。


(勇太! だ・か・ら、お前って言うなって……)


 と……先生のハイテンションを解きたくない気持ちを考慮しての、小声による……いつもの返し。



「そうそう! それよりも素晴らしいのは小論文の方です!!」

 大美和さくら先生のハイテンションは続いている。

「壇ノ浦に散った平家の思いを、自分なりの小論文にして書きなさい、という問題です」

「……あ、はい。ありました」

 国語のテストの小論文――配点は50点。

 作文でも、読書感想文でもない。小さな論文――問題提起して、仮定して、根拠を示して、推論して、最後に自分の考えとか解答とかを書く。

 もっとも国語の総合力が試される問題である。


「新子友花さんは、若くして火刑という運命を受け入れた“聖人ジャンヌ・ダルクさま”の別の一面を書きました」

「……はあ。…………はい」

 自分の日記や文集を人に読まれることが恥ずかしいように、小論文の解説も筆者の赤裸々な面が見えてしまうから……恥ずかしいよね。

「ああ……聖人ジャンヌ・ダルクさまにも、愛すべき殿方がいたという設定で……いやいた!」

 期末テストに、どういう設定で書いたんだ? まるで文春のようなぶっ放し記事。


「いやいたって!! いた、いた、いた、いた……。 いた、いた、いたってばね!!!!」

 神社の巫女が紙垂しでを持ってお祓いするかのように、上半身をフリフリ、フリフリ……。

 神聖な儀式を、しかし、大美和さくら先生ヴァージョンでは黒魔術の危ない生贄の儀式にしか見えず――


 しかも、特急電車の指定席の車両ど真ん中で……


「先生……。ち、ちょっとイタいですってっ!!」

 いつもと違う大美和さくら先生の姿を、向かいの席――目の前で見続けていた神殿愛。

 こりゃ、ちょっと止めないとヤバい……と思い、両手で、まあまあ、まあまあをして先生を落ち着かせようとする。

「先生、声が大きいですって……。この車両、他の乗客も乗っているんですから……」

 耳元で小声で諭した神殿愛。

「……あらっ。ごめんなさいね、神殿愛さん」

 大美和さくら先生は、ふと我に返った。は~ふ~と、深呼吸する。

 通路側に座っている神殿愛、自分の座席から他の乗客の顔色がよく見えるみたいで……、他の乗客は当然のことイラッとしている顔が見える。

 キョロキョロと車両を一通り見ながら、

「もうちょっと……小声で話してください……」

 神殿愛は心配したのであった。


 だけど――

「ほんとに、もうっ! 新子友花さんの小論文には先生の驚きは『ネバー・異世界・ストーリー』でした!!」

 彼女の心配は無効になった。大美和さくら先生には……効かなかった。

 先生の心は、すでに異世界に転生――飛空艇に乗って目指すはダークドラゴンがいる塔の最上階、的な感じ?

「ああ、これが青春ね!! ああジャンヌ・ダルクさまー!!っていう感動的な内容で、平家一族の栄枯盛衰を聖人ジャンヌ・ダルクさまの青春物語に比喩した小論文。本当に素晴らしいわ!!!」

 

 キツネに揚げ状態とはこのことか? 見たことないけど。

 晴れ天気! 婚活婚礼! コンコンコン! 先生にも春よ恋々……。


(余計なお世話だったかな?)

 

 ――その塔の最上階を目指す途中の部屋で、宝箱を発見!

 手に入れたピンク色の怪しいドリンクを飲んで、……しまってトランス状態?

 大美和さくら先生の頭の上に星が見えて、それがキラキラしている。

 ちなみに、目の中もキラキラ。



 新子友花、忍海勇太、神殿愛の3人。先生の意外な一面を、夏休みの合宿で見ることができて……

 お互いに目配せして。――そして、みんな笑顔になって笑いました♡




「……まあ、誤字脱字が少しありましたから、多少の減点はしょうがないのですけれどね……」

 大美和さくら先生、トランス状態が終わったみたい。

 すぐ後に、忍海勇太が新子友花に向かって、

「でもさ……。その青春物語って新子友花よ。お前の聖ジャンヌ・ブレアル学園での願望そのものを、ただ小論文にして書いただけじゃねーか?」

 冷めた視線を見せながら、新子友花に話し掛けた。

 ……けれど、それを新子友花は(えっ? 聞こえない)と、電車の揺れる音で聞こえないよ……的な感じで、白々しくかわしたのであった。


 ガタンゴトン…… ガタンゴトン……


 ガタンゴトン…… ガタンゴトン……





 御姫様、どうか再考を――


 御姫様がお城にいなくては、我が国家は決して成り立ちません。

 お姫様がいなくては、決して、この国の政治は行えないのです。

 

 この国だけではありません。

 今まで、我が国と国交を友好的に接してくれた諸外国との外交も、貿易も、軍事的な均衡も、御姫様がいなくては、すべてのバランスが壊れてしまうのです。

 ですから、御姫様、どうか再考を――


 一体、それがなんだというのです?

 

 あなた達は、あの大海原の水平線の向こう、絶海の孤島に――かつて誕生した文明の末路を知っているではありませんか?


 狂気と化した民衆達が、王家のために競って、争って巨石偶像を作り続けた末路を知っているではありませんか?

 運搬用の木材確保のために森を切り開き、その結果、土地は荒廃。農作物も全滅してしまった。

 私はあの文明の末路を知っているからこそ――私は、この国を新しく変えたいのです。


 そうです。

 私アイカラット・ウィッチベルが、今やらなければいけないのです。

 私自らが先頭に立って、この国のシステムを変えたいのです。

 王家が自ら治めているこのジーランディア国を――。


 御姫様、自らの国を壊すなんて前代未聞です。

 いいえ、やるのです。

 

 ああ、それにしても……どうして……どうして。

 この国の政官や民衆達は、こんなにも……何も見えていないのでしょうか……。



「……何を読んでるんだ?」


 文庫本の上から、忍海勇太がひょいっと覗き込んできた。

「ラストウィッチ・ファンタジーっていうラノベだよ。んも……」

 ちょっと今いいところなんだから……邪魔しないでって、忍海勇太の視線を文庫で遮ろうとする新子友花。

「先生がね……普段から、文章を読み慣れておきなさいって……あたしに言って。だから、この前買ってきた」

「ふーん」

 忍海勇太はそう言うと、自分の席によっこいしょ……と戻って座った。

「やっぱり……お前は頑張り屋なんだな」

 別に余計でもない彼なりの感想を呟いて、彼は車窓の外の流れ行く――山紫水明、岐阜県は飛騨地方の景色を眺めた。


「今、いいところなんだから、読書の邪魔しないでよね……」

 文庫の文字を目で辿りながら、新子友花は返す。


「へいへい……」

 忍海勇太、窓枠に肘をついて――

「そうですよ! 忍海勇太君。読書の邪魔をする男子は女子に嫌われますよ~」

 大美和さくら先生がスマホを触って、ネットを見ながら、年上の女性から男子高生への恋愛アドバイス。

「先生……それ俺、今初めて聞きました……」

「ふふっ……それはよかったですね。失恋フラグを1つ避けることができて……」

 スマホの手が止まり……大美和さくら先生は笑いをこらえている。


 ――早朝に京都駅から出発したワイドビューひだ25号。

 すでに岐阜駅も通過していて、今は高山本線である。


 見上げると山、山……山が近い。一方、目下は飛騨川の渓流である。川の水が所々深くなっているためなのか、全体的に水の色が濃くなっていて……なんだか怖い。


「あと40分で飛騨高山駅に到着しますわ、勇太様」

 こちらもスマホを触っている神殿愛。

 現在乗車しているワイドビューひだ25号を、アプリで路線検索して教えてくれた。

「飛騨高山駅には、私達を乗せてくれる送迎バスを待機させていますから、そのバスに乗って、駅前広場から15分ほど行ったところにある……ちょっとだけ山奥の坂を登った所の『飛騨の里・神殿リゾートホテル』という……」

 スマホを膝の上に置く神殿愛。

「……まあ、リゾートホテルという冠ですけど、実際はキャンプ場にある大型コテージのような宿泊施設が、私達ラノベ部の合宿の拠点になります。……勇太様、露天風呂……天然温泉もありますわ!! うふふっ」

 神殿愛は彼に微笑ん――もといほくそ笑む。


「……神殿、最後の『うふふっ』は、なんだ?」

「いいえ~、なんでもありません。聞き流してあそばせ!」

 ほくそ笑みから不敵な笑いに……変わりつつ見えるのは気のせいか?


「……まあいいよ。んでさ! ……そこってさ、他の宿泊客もいるのか?」

 隣の席の彼女に横目で尋ねた。

「勿論! キャンプ場や大型コテージだけじゃなくって、露天風呂は言いましたね。大食堂も、展望台も天文台まで……とにかく! しっかりと一通り揃っている神殿リゾートホテルです。御心配無用!!」

 と言うなり、神殿愛は両手を握って、それを右頬にくっつける――ヤング系漫画雑誌の表紙のアイドルが見せるポーズを……忍海勇太に見せる。


(おいおい、部室の時に言ってた別荘じゃ、ねーじゃん!!)

 ――と、心の中で『アイ・スクリーム!!!』と叫んだ忍海勇太であった。



「……ねえ? 大美和さくら先生」

「はい、なんでしょう?」


 新子友花が、ずっと読んでいた『ラストウィッチ・ファンタジー』の文庫を閉じて、それを膝へと置いて。なにやら先生に質問があるみたいだ。

「あの……『飛騨の里・神殿リゾートホテル』に到着した後の話、なんですけれど……」

「はい? なんですか?」

 大美和さくら先生もスマホを膝に置いて、隣の新子友花へ身体を向けた。

「……その、もしかして、また期末テストの時のような……問題集を解かなきゃいけないんでしょうか?」


「……と言いますと?」

 大美和さくら先生、新子友花の顔を覗き込んだ。


「あたし……正直言って。……この合宿に、ついて行けるかなって? 困惑していてます」

 親指と人差し指でモジモジしながら、新子友花は自分の合宿への不安を吐露した。

「……どうしました? 新子友花さん、怖いですか? 問題集を解くことが??」

 大美和さくら先生が首を傾ける。

「そりゃ!」

 思わず、大きな声で言っちゃった。

「……そりゃ。……あたし今回の期末テストも、はっきり言って、マグレで乗り切ったようなものだから」

 失敬……新子友花は声を少し落とした。


「だから……どうか、大美和さくら先生!! この合宿では問題集は……その……」

「その??」

「……その、ぶっちゃけ! ……お……お手柔らかに、お願いします!!」

 新子友花はそう言い切ると、先生に向かって合掌の懇願ポーズする。ついでに目を閉じての真剣なお願いだ……。


 その彼女の心からの懇願に……

「さ~てと……、どうしましょうか?」

 大美和さくら先生は、顎に自分の指を当てて疑問顔になる。

「先生、この合宿のために新子友花さんのために、とびっきりの問題集を集めてPCに入れてきちゃいましたからね~」


「げげっ! うそでしょ?」

 新子友花の防御魔法は、ラスボス級の国語教師――大美和さくら先生に対してはレベルが低すぎた……。


「それはそれで……新子友花さん! 覚悟してくださいね。晩御飯を食べた後も、もしかしたら徹夜してでも、問題集を最後まで解いてもらうことになりますから……」

「そんな……。先生…………」

 愕然として、思わず座席でズルっと腰砕け状態になった新子友花。

「お前、ちゃんと座れって……。その、見えるぞ……」

 対面の忍海勇太、目のやり場に困ってしまった。

「アホか勇太! お前言うな!! ついでに見るな!!」

 見えるそれは、ついでなんだね……。



「……ふふっ」

 っと、大美和さくら先生。

「……お前は、やっぱり頑張り過ぎなんだって」

 っと、忍海勇太。

「ほんと……友花って面白いですわ……」

 っと、神殿愛。



 あははは……


 あははは……


 あははは……



(……みんな?? あたしのことを見て笑っている)

(……あたし、何か変なこと言ったかな? 言ってないよね?)


(じゃあ、なんで……みんな笑っているんだろう…………)



「新子友花さん!!」

 ――大美和さくら先生は、新子友花の肩に手を当てた。

「今のは……先生の冗談ですよ」

 大美和さくら先生はそう言うと、ふふふふっ……肩を揺らして笑っちゃった。


「え? 冗談?」

 はにゃ? 新子友花はキョトンとする……。

「新子友花さん!! このラノベ部の合宿というのは“建前”なんですよ!!」

「……たてまえ?」

 大美和さくら先生、なんとか笑いをこらえている……対して隣の席の新子友花はキョトン。


「ええっ!! 本音はね、ラノベ部の仲間で夏休みをエンジョイしましょう!! っていうのが、この合宿の本当の目的なんですから♡」



(……………?) 新子友花、しばしのシンキングタイム。



 んで――

「…………………………………あ、ああ、あああああああああああたしって!!!!!」

 腰砕けから一転! 新子友花の表情がカ~ッと赤面状態になった。

「……もしかしたら、ものすんごい恥ずかしいことを……ここにいるみんなに言ったんです……………か? せっ、せんせー!!!!!」


「ふふふっ! ええ! はいな!! はははっ!!!!!」

 言い終わる前に笑いをこらえられず! 大美和さくら先生はそのまま大爆笑した!!

 続いて、神殿愛も先生の大声に『わっ! わわっ!!』と思わずびっくり驚いたけど、彼女も爆笑した!!

 忍海勇太はというと、二人が大笑いするずっと、ずっと前から一人窓際で自分の顔を隠して、でも肩をゆらし大笑いしていた。


(もう一度、電車内ではお静かに……)


 ――ようやく、自分がみんなに揶揄われていたことに気が付いた新子友花だった。



「ちょっと、笑いすぎちゃいましたね……」

 笑い過ぎて涙目になった眼元をハンカチで拭いながら、大美和さくら先生。

「ふふっ!新子友花さん。あなたはとっても頑張っています。先生は、しっかりと理解しているつもりです。……ラノベ部に入部したことも、期末テストで素晴らしい成績を残したことも……です」

「は、はい……」

 冷房はちゃんと効いているけれど、新子友花はなんだか変な汗をかいている。


 拭ったハンカチを膝に置いて、

「でもね……新子友花さん。あなたは、もう少しだけ肩の力を抜いてください」

「……肩の力を抜く、ですか?」

「ええ。聖ジャンヌ・ブレアル学園で、自分の成績が思うようにいかないからって、落ち込んでいますけれど。……それでもです」

 大美和さくら先生は、新子友花の頭をゆっくりと撫でて――



「だってね……。それが新子友花さんの“青春”のすべてあっては、絶対にいけないからです」



 大美和さくら先生が、仰ってくださった言葉。

 あたしには、あたしにはさ……。

 なによりも、幸せに感じられた言葉だった……。


 ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま――

 ラノベ部の合宿が、あたしの大切な思い出になりますように。





続く


この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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