第7話 あららん! ようやく気が付きました?? ……というわけで、先生からのプレゼントで~す。

「さあ!! 今日もラノベ部の活動を始めましょう。……と、その前に皆さん?」

 ラノベ部の部室である――

 顧問の大美和さくら先生、それぞれの席に着席している部員三人、新子友花、忍海勇太、神殿愛を一人ずつ見つめて、ニコッと微笑んだ後、

「今日が何の日かは、聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒であるならば、勿論、知っていますよね?」

 と、活動開始の“ツカミ”なのか? いきなり先生は皆に問題を出してきた。


 今日は何の日――


「勿論です、先生!」

 大きくそう返事をして、突然のサプライズ質問に挙手したのは神殿愛。

「今日は七夕です。年に一度、織姫と彦星が、天の川でツーショットになることができる、ラブラブな記念日です」

 七夕をラブラブな記念日と称するなんて……初耳である。


「正解です! 神殿愛さん。さすがですね~」

 大美和さくら先生は微笑んだまま神殿愛に向けてパチパチと……音を鳴らさない程度の拍手をジェスチャーのようにして、更に微笑んだ。


「そう!」

 と言うなり、神殿愛は立ち上がった。

「そう! ……まるで、勇太様と私のような関係だこと」

 両手を握ってどこか遠い空を見つめる視線――部室内だけどね。

「うん! 勇太様と私は、クラスは違いますが部活は同じ……。朝起きて通学して、授業を受けている間の神殿愛の気持ちは……」

 なんで自分の境遇と重ねて例え話するのかは、わからない。でも、一つわかり切っていることがある。

 それは――この話、長くなりそうだ。


「――例えるならば、毎年七夕の日を楽しみにしている織姫と彦星と同じなのです!」

 言い切ったぞ。

「部室という名の宇宙で、今か今かと勇太様に出会えることだけを楽しみに……」

 うんうん……神殿愛は一人で勝手な想像をして頷く。

「天の川の役割をしている……そこの金髪山嵐なんかには、私立ちの恋路を邪魔させません。邪魔なのは金髪山嵐の方なのだから……」

 神殿愛よ、君は何しにラノベ部に来ているのかな?


「……洋風座敷童子こと愛。嫌だったらあたしラノベ部辞めてもいーんだよ。あたしが辞めたら、この部も人数不足で廃部になっちゃうと思うけどさ!」

 やれやれ……だめだこりゃのように左右に顔を振り、新子友花呆れ顔――



「…………ああ~彦星様!」

 話を聞いていない、現在熱演まっしぐらの神殿愛だった。


「彦星様は……どうして彦星様なのですか?」

 彦星様とは、忍海勇太のことなのだろう――

 隣の席に座っている忍海勇太の方へ、身体の向きを向けて、神殿愛が彼に身体を――顔を近付けた。

「どうして?」

 首を傾けて、目前の彼にクエスチョン。

「……だから、神殿って! 顔が近いって」

 忍海勇太が後ろに仰け反って回避しようとする。

「大体さ……その哲学的な質問は最初から質問になってないぞ! 神殿の言いたいがことって――蜜柑はどうして蜜柑なの? と同じレベルだ。答えられるか!」

 忍海勇太はそう返すと、自分の机に肘をついて……深く「はあ~」と……ため息をつく。


「……これは勇太様。失礼あそばせ」

 彼の落日の容姿を、直立して見ている神殿愛。テンションが半減――

「確かに勇太様の御意見ごもっともですわ。……じゃあこうします」

 彼に向かい軽く会釈した神殿愛――スカートの裾を両手でつまんで軽い“カーテシー”を見せた。

(君、その丈のスカートでカーテシーしたら……みえちゃうよ)


「では、改めまして……」

 やっぱ長くなった――

「……ああ彦星様。貴方様はどーして年一回の七夕にしか、私に会いに来てくれないのですか? ……もしかして彦星というペンネームの勇太様? 私以外に愛する乙女がいらっしゃるのですか?」

「俺のペンネームを勝手に変えるな! ……どうして俺の名前が出てくる」

 肩肘をついて聞いていた忍海勇太が、自分の名前に思わず反応して起き上がった。

「どーして勇太様は、ラノベ部の部活動の合間に、せっせとラノベを執筆しているのですか?」

 神殿愛、再び顔を忍海勇太にグイッと近づける。


「………………それは、ラノベ部の部員だから……だろ」

 額に汗かきながら、忍海勇太が端的に答えた。


「……………」

 しばらく神殿愛が彼の眼を見つめながら無言に。


「……あの、神殿? 顔近いから」

「どーして勇太様は、そのラノベの内容を『ちょっと、エッチ~』女子寮の更衣室とか書かれているんですか? どーして女子寮を舞台に書かれているのですか? どーして下着姿の女子を赤面させて……どーして」


「わっ! わかったから顧問の前でそれを大きな声で言わんでくれ!! って神殿、なんて俺のラノベの内容を知ってる??」


 神殿愛の哲学的質問は、いつの間にか忍海勇太の官能――もとい『ちょっと、エッチ~』ラノベ小説の内容へと進化(ちゃうちゃう……)――進展してしまった。

 その進展は、まるで浮気を疑う結婚2年7カ月目くらいの、丁度倦怠期に入りつつある男女の――新妻の『ミッション・イン・なんとか』並みの浮気調査のようである。

 女子高生の頃から身についているんですね……こういう食虫植物の如くなテクニックって。


「せ、先生……あの。今のことは聞かなかったことにしてください。その……」

 忍海勇太が両手をあわわっ……と呪文をかき消すようなジェスチャーで、大美和さくら先生に懇願。

 何やら知られては困る内容なのかな……ってそりゃ。

「はい……わかりました。忍海勇太君の『ちょっと、エッチ~』なオリジナルラノベは、先生聞かなかったことにしますね♡」

 大美和さくら先生は、正面の忍海勇太にそう約束? して、ふふっ……と微笑んだのであった。


(……もう、バレバレじゃん。だらしないよ……作者と同じ男だろっ)


「……愛、今時の女子高生がツーショットとか、ラブラブとか言っていいの? 微妙に言葉が古くね?」

 新子友花が神殿愛を白々しい視線で見詰めている。

「それに、なんで私が天の川の役目で金髪山嵐なのよ。あたしの名前は新子友花!」

 天の川に例えられた新子友花――広大な宇宙を、鮮やかに流れる星々達が織りなす自然現象を、擬人化させることができる神殿愛の想像力にアッパレである。


「勿論、存じておりますわ!」

「知ってたらさ!!」


「……あはは、神殿愛さん。確かに今日は七夕ですね」

 どんより雲が部室内に夕立を持って来そうな気配を感じて、すかさず、大美和さくら先生がフォローを入れた。

「……ですが、その答えはね聖ジャンヌ・ブレアル学園では間違いです」

 先生も大変ですね。血気盛んの部員を相手に……ん?

 違うって……どゆこと??


「残念でしたっ」

 と大美和さくら先生、ふふふっ……と、ちょっといつもと違う『やった! 引っかかった』という……ほくそ笑むリアクションを見せた。

「バーカ! 洋風座敷童子!!」

 と新子友花。

「バカ言う方がバーカですわっ! 金髪山嵐」

 神殿愛……。二人共、やめなはれ……。


「じゃあ……他にわかる人。今日が何の日か……をですよ」

「はい、大美和さくら先生!」

 新子友花が、勢いよく手を挙げた。


「今日は座って手をあげるんだな、お前」

 と言ったのは忍海勇太。ちょっと意地悪だね。

「今日はって何よ! それに、お前っていうなってば!!」

 イ~ッ。ていう……小学生の女子がクラスメイトに『あんたには宿題、見せてあげないから~』という嫌味な顔をして、それを忍海勇太に見せた。


「……まあまあ。兎に角、落ち着いてくださいね」

 そのガキンチョな二人を、大美和さくら先生はなだめるのに必死である。

「では、新子友花さん、教えてください。今日は何の日ですか?」

「……はい」

 先生から手の平を差し出されて促されると、新子友花は起立した。



「今日は、聖人ジャンヌ・ダルクさまが、復権裁判の後に無罪判決を勝ち取った、素晴らしい記念日です」


「大正解です!!」



 パチパチと拍手をする大美和さくら先生――

「さあ、みなさんも! 新子友花さんに拍手~!!」


「……………」

「……………」


 先生の後について、忍海勇太も神殿愛もパチパチ……と、しぶしぶ拍手する。

 ……やる気の無い感じのカラカラした拍手を、新子友花へと捧げた。



「さすが! 新子友花さんですね~」

 大美和さくら先生は、新子友花を笑顔で見つめてそう言った。

「……いえ、先生。こんなの常識です。お茶の子さいさいです」

 左手で頭上の髪を自分でナデナデしながら、照れながら謙遜する新子友花。

 普段は、学業の頼りない点数に落ち込んでいる彼女も、聖人ジャンヌ・ダルクさまに関してだけは学園内でトップクラスの成績だ。


「ふふっ……。毎日、教会でお祈りを欠かさず行っていること、学園の慈善活動にも積極的に参加して手伝っていること」

 大美和さくら先生――拍手を続けながら満面の笑顔で、新子友花を見つめている。

「そんな献身的な新子友花さんだからこそ! 今日が、聖人ジャンヌ・ダルクさまが無罪判決を勝ち取った素晴らしい記念日であることも……当然、知っているのでしょう」

 自分が顧問をしている部活の部員が、しっかりと無罪判決を勝ち取った日を知っていることに、先生は満足顔。

 とっても嬉しそうである――


「いや~、それほどでも」

 自分の長い髪の毛を、いまだ指でいじりながら、ついでに身体をクネクネと動かして照れ続けている。


「お前、その動きを俺達に見せるなって! 俺達のMPが減っていくだろ……」

 こいつ、いつまで浮かれているんだ? てな視線を新子友花にレーザービームしている忍海勇太。

 RPGでフィールドに出た途端に、ふしぎなダンスで地味に吸い取られて……また宿屋? このタイミングで??


 ――こんなことなら、前の祠の教会のキャラバンで、“エーテル”を買い溜めしときゃよかった。


 まあ、珍しく大美和さくら先生に褒められたから……先日の『どんぶらりん……』の授業もあったことだし。

 新子友花は本当に嬉しいのだろうな。

 でも、それに釘を刺す忍海勇太の言葉――

「……だっ! 誰が不思議なダンスじゃいやい!」

 新子友花、痛恨のツッコミ……でも、誰もそんなこと言っていないよ。

「だからさ、お前の日本語変だって! 直せよっ!」

「お前って言うな! 勇太!!」



「はい! はい! はい! みんな静粛にね~♡」

 もはや、幼稚園の運動場で園児数人のやんちゃぶりを諭すような、ラノベ部の顧問――大美和さくら。


「……ねえ~。なんて素敵な記念日なのでしょうね~!」

 ん?

 大美和さくら先生、おもむろに座っていた椅子を『ズサーーー』と後ろへと引きずった。

 見たことあるぞ、この光景――ああ、要するに先生も、新子友花が“第2話”の冒頭で見せたように立ち上がったのだ。

「ああ……聖人ジャンヌ・ダルクさま。愛おしく思っています」

 今日の先生、ちょっとテンション高め?


「私は聖人ジャンヌ・ダルクさまに……逢いたい!!」

 ……教会で逢えるよね?

「貴方様は……戦争を終わらせ、国を救った英雄。けれども、一転して魔女の汚名を付けられ蔑まれて……。でも、聖人ジャンヌ・ダルクさまは、それを大衆のために我慢して……自らを押し殺して受け入れ」

 大美和さくら先生は、両手を胸の前でギュっと握って目を閉じた。

「わずか19歳という若さで、神の元へと召されて行った……」


 そのすぐ後、先生はボソッと……

「私も同じく……そう…………」

 言った。


 ……いやいや。

 学園の七不思議――推定年齢27歳の大美和さくら先生。

 それはちょっと無理難題、無為無策でしょ。


(作者様……あなたねぇ…………)


「ああ! 我が君、我が君。どうして私を見捨てられたのですか?」

 刹那――殺気立った物語の中の演者からの冷酷な視線。

 そして、バーサーカーに……なっちゃったの?


「……大美和さくら先生。……それはイエス・キリストの磔刑の場面です」

 新子友花が先生の妄想? 脱線ぶりを指摘した。

「あら? 私としたことが……」

 我に返った先生。よかった……戻ってきてくれて。

(作者のせいじゃないからね……)


「では、改めて。……誰か、この私に十字架を! 誰か、この私に十字架を!」

 胸前で十字を切りながら、大美和さくら先生は我ジャンヌの域――

「我ら7つの罪が、大天使による7つのラッパの音色によって……許されるのであるならば! ああ神様、この子達に聖なる7つの問題を与えたまえ~!!」

 ……意味が分からん。


 大美和さくら先生はそう言うと、無言で余韻に浸った。

 一方、部員質は唖然……沈黙。部室内がしーんとしちゃった……。


「先生……ジャンヌ・ダルクの一節と、ヨハネの黙示録が混ざってます」

 と忍海勇太が冷静に大美和さくら先生の祈りについて、分析する……。

「んもー!! 聖ジャンヌ・ダルクさまって言わないと! 勇太!!」

「そうですわ、勇太様!! 勇太様も聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒なのですから! 聖人ジャンヌ・ダルクさまを、ちゃんと信心してください……」

 すると、新子友花と神殿愛が、すかさず彼に対して熱心にツッコミを入れた。


 三人、こんな感じでギャンギャンと――言っていた。

 けれど……。


 一方の大美和さくら先生はというと、胸前で両手をぎゅっと握ったまま微動せず。

 まだ、自分が言った言葉の余韻を味わっていた――



(あっ!)  ← 忍海勇太

(んっ?)  ← 新子友花

(んん?)   ← 神殿愛



 ……どうした? 皆さん。


「7つの問題ってなんですか? 大美和さくら先生ーー!!!」

 その悲鳴? は、三人揃っての大合唱であった。

 

「あららん! ようやく気が付きました?? ……というわけで、先生からのプレゼントで~す」


 タッ タッ タッ タッ……


 大美和さくら先生――おもむろに自分の席へと猛ダッシュしてきた!

 そして、机の下に置いてあるバッグを立ったままゴソゴソと……ゴソゴソと。

「ふふっ。ありました。……てってれ~!」

 と、自分で声を出して未来のネコ型ロボットの秘密道具――じゃなくて、


「ゆ~えす~び~!!」


 高らかに手を挙げて、その指先で摘まんでいるそれは“USB”である。

「今日のラノベ部はいつもとは違って、もうはっきりと言っちゃいますね!! 期末テスト対策しちゃいます。しちゃいま~す!!」

 じゃんけんぽん……また来週!! (じゃないって!)

「先生が持ってきたこのUSBの中に入れた国語の問題集を、今日はみなさんでせっせと解いてくださ~い! というわけで、早速各自このUSBを先生自分のPCに突っ込んじゃいますから……皆さんは、クラウドの共有フォルダから自分のタブレットへと、ダウンロードしちゃいなされ!」


 「…………………」×3


 何? この急展開? という感じで。

 新子友花と悲痛な仲間達は、ラノベ部が国語の夏期講習講座に、乗っ取られてしまったことを……気が付いた時にはすでに遅し。


 新子友花は当然かもしれないけれど、成績優秀な忍海勇太も、冷静な御嬢様の神殿愛も。

 この唐突な急展開で、みんな頭の中が混乱している様子だ。

 それは、まるで笛を吹かれたゴーレムが、力が抜けてヘナヘナ……と腰砕けになっていくように。

 みんな、机でヘナヘナ……と、力が抜けてしまった――


「はいは~い。先生はみなさんの国語を受け持っている先生なのですから!」

 一人、顧問の大美和さくら先生だけは元気である……。

「先生が、皆さんの期末テストの結果を心配することは当然ですよね~」

 と、自分のPCにUSBを差してアップロード完了――

 机の上で両手で顎を支えて、ニコニコ……ニコニコ……何がそんなに嬉しいのやら?




「クラウドの共有フォルダからダウンロードしましたね。……というわけで、まず最初は皆さん! 一緒に同じ問題を解きましょうね!」

 ハイテンションの大美和さくら先生は、いまだ継続中――


「んとね……。んとね……。ああ、これ!!」

 なんだか、魚釣りで浮きが上下に動く様子をじーっと見つめて……ほいきた! とタイミングを合わせて竿を引き上げるように、大美和さくら先生も自分のタブレットを指でちょちょいと……動かして、

「えっと……これ! これにしま~す。じゃあ、問題で~す」

 1つの問題集、その中の問題文を釣り上げた……もとい、取り上げた。


 ――先生が問題文を読み上げる。




 ――すごーい! おにいちゃん!!


「よく、あたしが苦労して考えた、とびっきりの謎々の答えがわかったね!」

 その幽霊の女の子は、この広い畳の部屋の真ん中にある座布団に体育座りして、嬉しそうにそう言った。


「お前、その座り方じゃ……パンツ見えるぞ」

 彼は体育座りしている幽霊の女の子を正視せず、目を反らして言った。

「じゃじゃーん!! おにいちゃん、残念でした~!! 今日のあたしのスカートの中は体操服だよ」

 両手を大きくバンザーイ!!

 とびっきりの笑顔で一回りちょいある年上の彼に、嬉しそうに言う。


「……何が、残念なんだ?」


「じゃ。次の謎々ね~」

「まだやるのか? もういいだろ“ナザリベス”」


「あったり前でしょ! おにいちゃん!! あたしを楽しませるのが、おにいちゃんの宿命なんだから……」

「どんな宿命なんだ。……というより俺、早くホテルに戻って[ドラゴンバスター]の続きをやりたいんだけれど」

「そのアーケードゲーム。この屋敷の中にもあるよ! だから、遊んで帰ったら??」

「ほんとに? いいのか??」


「じゃじゃーん!! あたしはウソしかつかなーい!」

 ナザリベス……お前と一緒にいると俺まで幽霊になってしまうぞ……。


 謎々対決――

 向かい合う彼も、とうとう観念したのか……?


 彼も、その幽霊の女の子の真正面にある座布団に座って言った。

 勿論……書かなくてもいいのだけれど。パンツは見えていない。


「もんだーい!! もうすぐ給食の時間!! あたしの小学校の担任の先生が、給食当番を探しているよ。ワゴンを教室前まで運ばなきゃ行けないからね。あっ! 給食当番をみっけたぞ! おにいちゃん!! 先生はなんと言って声を掛けたでしょう?」



 読み上げを終えて、みんなの顔をそれぞれ見つめて――


「はい! この問題がわかる人?」

「簡単だ……」

 大美和さくら先生の問いに、ボソッとそう言って挙手したのは忍海勇太。

「えっ? 勇太わかるの? この意味不明な謎々……」

「勇太様、本当に?」

 新子友花と神殿愛が、頭の上に『?』疑問符を浮かばせて忍海勇太に聞いた。

(ところで、謎々じゃなくって国語の問題文じゃなかったの?)


「くだらない。答えは“産休”だ……」

 忍海勇太が手に持っていたタブレットを机に投げ置いて、彼は天井を見る。

「産休? どうして?」

「どうしてですの? 勇太様」

 新子友花と神殿愛が聞いた。

「給食(休職)だけにサンキュー(産休)。そうでしょ? 先生」


「ふふっ! 忍海勇太君、大正解で~す。さすが成績上位者ですね~。さあ、みんな彼に拍手しましょう。先生からもサンキュー!!」


 パチパチ…………


 ラノベ部の部室内に、女子達から(先生も含めて)、『すごーいっ』という拍手が響き渡る。

 けどさ……これ国語の問題文だったよね。


 何、この問題??




「そうそう、言い忘れていましたね!」

 自席で姿勢よく着席していた大美和さくら先生が、何かを思い出した様子だ。

「……期末テストが終わると、夏休みです。他の部活もそうですが、このラノベ部も、勿論夏休み中も活動しますよ」

 と言うと、先生は立ち上がって――

「でね。ただ普通に活動してたんじゃ面白くないですよね! だって、折角の夏休みなのですから!」

 大美和さくら先生は、部員達に熱心に語っているけれど――当の本人達は、抜き打ちテストのように渡された問題集の問題を解くのに必死で、今、それどころじゃないのです……。

「そこで! うきうき、わくわく~。ここからは神殿愛さん、お願いしますね。……例の合宿の件ですよ!」

 先生はそう言い終わると、神殿愛の席まで来て彼女の肩に手を当てた。


 黙々と国語の問題集を解いていた神殿愛。

「ん?? あ、ああー。打ち合わせした件ですね、先生」

 っていう感じで思い出した、神殿愛――椅子からスッと立ち上がって。


「この神殿愛。ラノベ部に貢献するため、愛しい勇太様のためにも」

「神殿、お断りします」

 忍海勇太、即答。

「んもー!! 勇太、ちょっと黙ってて!」

 珍しく新子友花が神殿愛に味方した?

「……今思い出してるところなんだから! ……『箸が転んでも可笑しい』の意味を」

 なんだ……国語の問題に集中していました。


「……こう見えても、神殿愛は御嬢様です」

「自分で言うなよ……神殿」


「まあまあ、皆さんもうちょっと静かに冷静になりましょうか! さ、神殿愛さん、続きを端的に……」

 部室内の冷房は適温だけれど――なんだか変な汗が額に出てきてる。

 顧問も大変なのでしょうね……。


「御嬢様にはね、御嬢様として、相応しい環境があってこそ、御嬢様たらしめるものなのです。そう、そうですわ!」

 自意識過剰なのか? それともアイデンティティの確立か?

 神殿愛にとっての自負心――プライドが、この“御嬢様”というキーワードに内在しているのか?

 生徒会長になろうとしているのも、こういう気持ちから湧いて出てきているのかもしれない。


「我が神殿家には、いくつか別荘があります。……でさ、その1つを、私の合宿のために使用していいって許可を……ラノベ部のために…………しっかりと頂いてきましたよ!!」

 神殿愛がブイサインを掲げた。

 その相手は勿論、忍海勇太である……。


 彼女の自信たっぷりの姿を……しばらく見つめた忍海勇太。

「一体、誰から許可を頂いたんだ? 一体、何の許可を得てきたんだ! 神殿」

 まったく動じず、むしろ冷静に説明から見え隠れする問題を提起する。


「……それは、誰でもいいじゃありませんか! 勇太さま」

「いやいや、そこ重要だろ! 最初『私の合宿のために……』て言って、その後、言い直したよね? その別荘って、神殿愛専用の所有財産じゃないんだし……神殿の想う“許可”ってのは」

「わっ、私が所有している別荘のようなもの……ですから、日中日夜――夜通し御心配無く…………」

 言い直しを必死になって弁解――笑って誤魔化す神殿愛だった。


「……のようなものって? ……夜通しってどういう意味だ? 怪しいぞ、神殿!」

 と言って、忍海勇太は彼女のブイサインに向かって、グーの拳を突き出した。

「……怪しくないです! 勇太様!」」


「……ちょいな! 勇太も愛もさ。声大きいって。あたし今、『てんもうかいかい、疎にして漏らさず』の漢字の書き取りやってんだから。あと少しで思い出せそうでさ……」

 新子友花が頭を右に左に……時折超ロングヘアーの髪の毛を“のノ字”に触りながら、国語の問題を解いていた。


 それは、こう書く……

『天網恢恢、疎にして漏らさず』

 忍海勇太が自分のタブレットの手書き文字のアプリで、あっさりと書いて見せた。


「……まあ、積もる話は別荘で、っていう感じで……つまりですよ!!」

 ふと我に返って、話題を本題へ戻す神殿愛。

「我がラノベ部の合宿は、それはそれは景色が素晴らしい、すんばらしい!! 神殿家の別荘で行われることが、すでに、もう一度、すでに決定しちゃっているのでーす!!」


「お前、許可を得て積もる話って……一体、どういう話なんだよ?」

「もう! 勇太様。いいじゃないですか!!」

「よくないってば!!」

 忍海勇太のいまだ払拭できない個人的疑問、それに対して、神殿愛は、なぜか、そこだけは話を避ける……。



「つまりね、こういうことですよ。皆さん!!」

 大美和さくら先生、ホワイトボード(デジタル仕様です)の前に立ちペンを持って――



 『夏だ! 山だ! 合宿まっしぐらだー!!』



 と、どこかのアニメのCMに出てきそうなコピーを書きました。


「夏休みのラノベ部の合宿は、神殿愛さんが段取りを整えてくれました。その結果、神殿家の別荘で行われることになりました。ここポイントで~す。すでに決定ってね! いいですね、皆さん!!」

 ラノベ部の部員三人に報告する大美和さくら先生、とても嬉しそう(先生が、一番興味津々なんじゃね?)。


 それはねぇ……聖ジャンヌ・ブレアル学園で1・2を競う大富豪神殿家の別荘に宿泊できるからである。

 たまの連休に旅行に出かけても、JRの駅前数分のビジネスホテル――天然温泉なんて夢のまた夢。

 朝食は、適当な食材のバイキング形式しか食べたことはなくて。


 憧れるのは、露天風呂から部屋に帰ってきたら、すでに布団が敷かれていて。隣の部屋には、今日の夕食の――

『特選・地元牛と有機肥料で育てた野菜 ― 贅沢三昧セット どうぞ、おあがりを!』である。




 ――こんな、みんなの会話の盛り上がりの中、実は一人、新子友花は俯いている。

 国語の問題集を解く手も止めて……俯いている。

 

 そして、彼女のその姿にしっかりと気が付いているのは、勿論、大美和さくら先生。

 先生は教壇から、新子友花が座っている席までゆっくり歩いていく。

「……どうしました、新子友花さん? 問題集で、わからないところがありますか?」

 さり気なく先生が、新子友花に話し掛けた。

(教えるために“先生”っているのですよ――ということを教えているのです)


「……………」

 すると、新子友花は俯きながら、大美和さくら先生に目を合わせることなく小声で……。

「いいですね、皆さん!! って言われても……あの大美和さくら先生。合宿の費用はどうすればいいのですか?あたしバイトもしてないし……、貯金も無いし。その……合宿費用を払えないと…………」

 どうやら、彼女はお金の心配をしていたみたいだ。


「……友花」

 神殿愛が優しい口調で、新子友花に話し掛ける。

「まさに庶民感覚ですね……」

 と言うなり、ゆっくりと新子友花の席まで歩いて、

「いいですか? 友花さん。御嬢様のこの私が、私がお願いして許可を得られた神殿家の別荘を、どうして、あなたがその費用を支払わなければいけないのですか? そんなの全く気にする必要なんかないからね!」

 新子友花の隣まで来て、ふっ……と微笑んだ。

「……神殿。お前は自分をどう売り込みたいんだ? 新子と仲良くしたいのか否か?」

 神殿愛のその言葉に、忍海勇太が問い正しながら……彼も新子友花の席まで歩いてくる。



 二人も新子友花のことを気にしているんだね。


 ――それでも、新子友花はまだ俯いたままだ。

 


「新子友花さん……」

 そこで、大美和さくら先生――

「私達ラノベ部はね……あなたが思っている以上に寛容ですよ」


「寛容……? ラノベ部が??」

 新子友花は、俯いていた顔を上げた。


「はい……その通りですよ」

 大美和さくら先生はそう言うと、まだ日の高い窓の外の学園の庭を見つめて――

「先生はね……。夏が来れば思い出すのです。先生は高校の時の夏休みを思い出すのです」

 ベンチには男女のカップルらしき生徒二人が座っていて、なにやら合間あいまに肩を揺らして、お互い同時に笑っている。

「――先生は高校の学生の時に、担任の先生から、こんなことを言われました。学生時代の夏休みは、もう戻っては来ないって……。その通りです。思い出は二度と戻って来ません」

 そのカップルらしき生徒二人を――大美和さくら先生は……じーっと見つめている。


「新子友花さん、勘違いしないでくださいね。ラノベ部の顧問である私が、部員に負担の掛かる合宿なんて、認めるわけないじゃないですか? 合宿は進学塾ではありません――思い出は、お金では絶対に買えない、買い戻せないのです」


「…………は、はい! わかりました!! 大美和さくら先生!! みんな!!」

 どうやら、新子友花の心配事――お金のことについては、すっかりと払拭されたみたいだ。

「ふふっ……良かったです。新子友花さん、元気が戻ってくれて」

 大美和さくら先生は、新子友花を見つめて――微笑む。

 この微笑みって、もしかしたら先生の癖なのかもしれないね。



「さあ! さあ!! さあっ!! 合宿の話はこれくらいにして。まずは、期末テスト対策をしっかりとやりましょう。じゃあ皆さん! 下校時刻までに先生が渡した7つの国語の問題を、ぜ~んぶ解いてくださいね!!」


「えええっ!!!」

 新子友花、忍海勇太、神殿愛――

 三人同時に、驚きとブーイングの声を上げた。



「ねえ? ……先生って魔女だと思わない?」

「俺もそう思う。宗教裁判じゃん。これ……」

「私達、なんとしてでも復権を目指しましょう……」


 三人、自分の席に戻りタブレットに書かれている国語の問題文と格闘中。

 その心中は、例えるなら薄暗い牢獄の中で理不尽に耐えるジャンヌ・ダルク?

 あっ、もうすぐ太陽が沈みそうだぞ。



 ふふっ♡ 聖人ジャンヌ・ダルクさま。 この迷える子羊三人に、どうか福音を――





続く


この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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