婚期を逃したブス岸島リオン04

 午前中の殺人的な仕事を終え、三木とランチへ出かけた岸島は、一時に仕事から解放された時間を満喫していた。食事が終わり、コーヒーの香りにホッとしている岸島に、三木が話しかける。


「そう言えば、今週の金曜日は岸島先輩の誕生日ですよね」

「そうね。また、歳を重ねてしまうのね。もう、すっかりおばさんだわ」

「そんな事ないです! 岸島先輩は、綺麗ですし、まだまだ若いですよ」

「ありがとう。でもね、もう結構おばさんになったと感じるのよ。午前中の仕事だって、こんなに疲れが残るとは思わなかったし、歳を取ったとつくづく思う。三木は、まだ若いから羨ましいわ」


 年齢を重ねている岸島は、まだ若々しい三木を羨ましく思っていた。すでに、二十代後半の岸島は、仕事もある程度慣れていて、代わり映えのしない毎日に疲弊していた。もう少し、歳を取ってしまえば諦めがつくのだが、中途半端な年齢の岸島には、それが出来なかった。それよりも、見るものすべてが新鮮で、毎日が輝いている三木の方が羨ましいとさえ思っていた。

 妙なプライドが、邪魔だとさえ感じていた。


「それより、誕生日は何か予定がありますか? もしも、予定がないのなら……」

「その日は、彼と会う約束をしているの。色々と準備しているようだから、私も楽しみにしていてね」


 いつもなら、三木の前で黒岩の話で笑顔を見せない岸島だったが、その時は本当に嬉しい気持ちから、自然と笑顔をなっていた。三木も、そんな嬉しそうな顔をしている岸島を、見るのが初めてだったので驚いた。


「そうですか……それは、良かったですね」

「ありがとう。ところで、三木は彼氏が出来た?」

「いえ、出来ていません。だって……」


 普段、見せない顔をする三木に、何かまずい事を言ってしまったと悟る岸島。これまで、三木とはよく一緒いるが、男の話を聞いた事がなかった。何か事情があると直感した岸島は、話題を変えた。


「そうだ、午後は撮影があるから、気合いを入れないとね」

「……すみません。午後の撮影で使う、小道具のチェックが残っていましたので、先に戻りますね」

「わかったわ。よろしくお願いね」


 岸島を残し、先に帰る三木。三木が帰ったのを確認すると、テーブルに頭をつける。いつもなら、相手の心情を察し、嫌がるような話はしないのに――と、深く反省をする。それが歳のせいなのか、黒岩に浮かれてしまったせいなのか、どちらなのかは岸島にもわからなかった。

 後で、三木にどう謝ろうかと考えていると、スマホから着信が鳴る。誰からだろうと思うと、黒岩からの電話だった。突然の電話に喜ぶ岸島だったが、電話を出る前に切れてしまった。

 何かあったのか心配になり、岸島は電話をかけ直す。すると、すぐに電話は繋がった。


「もしも、黒岩くん。どうしたの?」

「えーと、すみません。私は黒岩くんではありません」


 電話の相手は女性。声からして、若い女性のようで、まさか黒岩以外の人間が出るとは思わなかったので、岸島は混乱した。


「え、あ、あの……これは、黒岩くんの電話ですよね」

「多分、そうだと思います」

「多分って、あなたは誰なの? 黒岩くんと、どんな関係なの?」


 瞬時に、黒岩の浮気を疑い、捲し立てるように質問する岸島。いつもの、冷静で大人な岸島とは違い、感情的で声を荒げる様は、ヒステリックな女にしか見えなかった。

 しかし、電話の相手は冷静に対応する。


「落ち着いてください。実は、このスマホを拾っただけです」

「え? 拾った?」

「はい、そうです。たまたま拾っただけです」

「でも、私にかけましたよね?」

「それが、ロックがかかってなかったから、拾った時にかけちゃったみたいで、折り返しかかってきたので出ただけです」

「そうですか、それはすみませんでした。拾っていただいて、ありがとうございます」


 ただの勘違いだった事に安堵した岸島は、電話の相手に丁寧謝ると、黒岩の代わりにお礼する。まるで、黒岩の妻のようである。 


「それで、どうしますか?」

「どうするとは?」

「このスマホです。警察に届けますか?」

「そうですね……。よろしければ、今日の夕方に取りに伺ってもよろしいですか? 私は、そのスマホの持ち主とおつき合いしていますので、私が渡します。私は、岸島リオンと申します」


 先ほど、黒岩の浮気を疑った手前、負い目を感じた岸島は、黒岩のスマホを取りに行くと伝えた。電話の相手も了承し、時間と場所を決め電話を切った。

 こうして岸島は、仕事終わりに黒岩のスマホを取りに行く事になった。


 仕事を終えると、待ち合わせ場所へと向う。一応、拾った相手が不審者かもしれないので、駅前にある交番の前で待ち合わせをした。

 時間になり、交番の前で待っていると、一人の女子高生が近づいて来た。


「リオンちゃんですか?」

「はい。あなたは……」

「私が、スマホを拾った蓮実麗華はすみれいかでーす」


 黒岩のスマホを拾ったのは、かわいい女子高生だった。まさか、女子高生が来ると思っていなかった岸島は驚いたが、それよりも驚く事を蓮実は言う。


「ちょっと、私につき合ってくれない?」

「……え?」


 岸島は、その場に固まってしまった。

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