婚期を逃したブス岸島リオン02

「ごめん。待った?」

「私も、今着いたところだから、大丈夫?」

「なんだ、岸島も遅れて来ていたのか。それなら急いで来なくても良かった」

「……そ、そうね。ごめんなさい」


 遅刻した上に悪びれる様子もなく、さらに悪態までつく黒岩を、岸島は文句を言わず逆に謝る。意外な事だが、プライドの高い岸島だが、黒岩の前では何も言い返せない女になってしまう。好きな人には逆らえない、典型的なダメ女であった。そして、黒岩の方は、自己中心的の性格の持ち主で、機嫌を損ねると帰ってしまう。それがわかっている岸島は、黒岩の機嫌ばかり気にしていた。


「それにしても、ひさしぶりね。元気だった?」

「ああ、岸島も元気そうだね」

「うん。……それより今日の私、いつもとどこか違っ――」

「それにしても、腹減ったな……。何か食べに行こうか」

「そ、そうね。私もお腹空いた」


 話を途中で遮られた岸島は、少し悲しい表情を見せるが、それでも黒岩と一緒にいる事が嬉しいようで、話を合わせる。

 食事の出来るところを探して歩く二人。岸島は、一軒のイタリアンレストランを見つける。とても、雰囲気のある外観に、チーズの良い香りが道路まで漂っていて、ひさしぶりに会った記念に、ちょっとおしゃれな所で食事をしたいと思っていた岸島には、ピッタリだった。


「ねえ、ここにしない? 美味しそうだし、私はイタリアンが食べたい」

「そうだな……」


 店先に置かれたメニューを見つめる黒岩。少しすると「別の店にしよう」と言う。岸島は、仕方なく黒岩に従い、他の店を探す事にする。

 しばらく歩いていると、黒岩が「ここにしよう」と店の中に入って行った。お世辞にも綺麗とは言えない外観と、赤い提灯をぶら下げた店。そこは、大衆居酒屋だった。

 それでも、黒岩と一緒にいたい岸島は、文句も言わず、後を追って店の中へと入る。店内は、サラリーマンや大学生でいっぱいでとても騒がしく、油と焼き物の煙の匂いで充満していた。


 席に案内されると、黒岩が適当に注文をする。すぐにビールが運ばれ、黒岩はジョッキを持つと「乾杯」と言って口へと運ぶ。ジョッキの半分ぐらいまで飲み干すと、運ばれた料理をつまみ始めた。


「やっぱり、イタリアンよりビールに唐揚げだよ。最近は、ワインにチーズなんて気取った女も多くなったが、この組み合わせに勝てるものはない」

「そ、そうね。私も、こんなお店の方が落ち着くかも」

「そうだろ? 岸島なら、わかってくれると思っていた」


 上機嫌でビールを飲む黒岩。それとは別に、そわそわとしている岸島には、どうしても黒岩に確認しておきたい事があった。しかし、どのようにして伝えればいいのか、きっかけをつかめないでいた。

 そんな事に気づかない黒岩は、追加のビールを頼む。


「ほら、岸島も飲めよ」

「そうね。ひさしぶりに会ったし、私もおかわりしようかな」

「そうしなよ。ほら、餃子も来たから食べな」

「う、うん」


 翌日も仕事の岸島は、匂いの残る餃子に躊躇うが、黒岩が勧めるので、仕方なく口に運ぶ。明日が、会議や撮影の日でなかった事がせめてもの救いだった。


「それで、今日はどうしてたの?」

「どうしたって……別に何もないよ。時間が出来たから、岸島に会おうと思っただけだよ」

「そっか。ありがとう、私に会ってくれて」


 先月、黒岩と会った時は、仕事を辞めたと報告された。その前は、仕事で大きなトラブルを起こしてしまって、自暴自棄になっていた。つまり、黒岩から会いたいと言われる時は、大抵何かあった時の為、岸島はそれを心配していた。

 今日は、単純に会ってくれただけなので、岸島は嬉して飛び上がる気持ちを抑えていた。


 二時間ほど飲んだ後、店を出る事になった。レジに伝票を持っていくと、店員が金額を言う。


「合計で、四千五百円になります」

「四千五百円ね……二人で割ると、一人二千二百五十円か。……悪い、細かいの持ってないから二千円でいい?」

「え? あ、うん、いいよ」


 黒岩からお金を受け取ると、岸島が残りを支払う。その間も、黒岩がさっさと店から出て歩いて行ってしまう為、岸島は慌てて店を出る。

 店を出た二人は、駅に向かって歩く。お酒の入った顔に、夜風が気持ち良いらしく、黒岩は上機嫌でうんちくを語る。しかし岸島の頭の中は、黒岩のうんちくよりも、確認したい話でいっぱいになっていた。結局、岸島は店で黒岩に聞く事が出来なかったのだった。

 このまま帰るわけにはいかない岸島は、駅の近くにラブホテルがある事を思い出す。時計を見ると、まだ終電のある時間なので、黒岩なら帰ってしまう事を岸島は知っている。

 そこで、岸島は芝居をする事にした。


「それにしても、飲み過ぎちゃったな。このまま帰るのが、面倒くさくなっちゃった」

「そうか? 岸島は、お酒強いだろ?」

「さ、最近飲んでなかったから、弱くなったかも……ねえ?」

「何?」

「この先、ホテルがあるから、寄って行かない?」


 精一杯の勇気を振り絞り、岸島は誘った。プライドの高い岸島にとって、それはどれだけ勇気のいる事だっただろう。

 そんな岸島の勇気も、黒岩には通用しなかった。


「いや、いいよ。まだ、電車はあるし、明日も早いから、今日は帰る」


 その言葉に、岸島は泣いてしまった。その場に座り、大粒の涙を流し、大声を上げて泣き叫ぶ岸島に、面倒くさそうに黒岩は話かける。


「何で、泣いてるの?」

「だって、せっかく会えたのに、帰るって言うし。私がどんな気持ちで、ホテルに誘ったかわからないしょう?」

「そんな事言われても……」


 さすがの黒岩も、これには困ってしまい、なだめようとするが、何て言っていいのかわからないでいた。夜遅いが、通行人もちらほらいるので、その視線を浴びる黒岩は、たまらなく居心地が悪かった。

 泣いた事で、少し冷静さを取り戻した岸島は、チャンスと思い、確認したかった事を聞くことにした。


「来週の金曜日、何の日か覚えてる?」

「来週……た、誕生日だろ、岸島の」

「覚えててくれてたの? 何も言ってくれないから、忘れられているのかと思ってた」

「忘れるわけないだろ。ちゃんと、プレゼントも用意もしてある。来週の金曜日会うから、今日は帰ろう」


 誕生日を覚えていた事、それにプレゼントまで用意してくれていた事に、岸島は機嫌を直す。

 駅までの帰り道、ひさしぶりに腕を組んで帰る二人だったが、ご機嫌な岸島とは対照的に面倒くさそうな顔をする黒岩。

 結局、その日は帰る事になった。


 翌日。仕事を終え、帰路につく岸島。マンションに入り、自分の部屋へ向うと、ドアの前に人影を見つける。ドアを背にして座り、顔は下を向いているので確認出来ない。危険を感じた岸島は、警察に通報しようと思ったが、座っていた人物が岸島に気づき、顔を上げた。

 ドアの前に座っていたのは、親友の風谷だった。

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