夢寐委素島☆完結編

 ~ササっとわかる赤の眷属視点~


 ☆十六年前

 夢寐委素島で、遊び半分で儀式をしていた人間(素養が高めだったため、ほぼ偶然)に呼び出される。

 なお、呼びだした人間はその後、赤の眷属を呼びだしたどころか、そのために呼び寄せたことそのものを夢の出来事だと思い、そのまま普通に正気の世界を生きている。(夢寐委素三種の神器、夢幻勾玉の能力の一つ『夢と思い込ませる』によるものによる)


 夢寐委素一帯で遊んでいた(夢寐委素一帯の住民を衰弱死させようとしていたのだが、赤の眷属感覚では『遊び』である)ところを、当時小学生の愛翔と沙良に阻まれ、夢寐委素三種の神器の勾玉と鏡を使われ、封じられる。(この時、正体を知らなかったのは、眷属では神クラスの擬態に気がつけないためである。それが後に、ジャンピング土下座マスターへの道が開かれることになる)

     ↓

 ☆約一年~半年前

 たつなみペンション見立て殺人事件の犯人の一人、八重柏和彦によって、封印が解かれる。

 八重柏和彦は赤染信仰の狂信者で、神主になりたくて、眷属の封印を解いたのだ。

 赤の眷属を封印時に使用した勾玉と鏡は使えなくもない。だが、そんなことよりも、デザインゾンビを作りたい欲望に駆られている赤の眷属は、シャークに襲われないようにデザインゾンビ(適当に海に漂っていた死体を使用)の体内に勾玉を取り付け、シャークの目をごまかす魔術を使用。

鏡はデザインゾンビを遠隔操作と視聴共有する魔術の媒体に使用。

 冒涜的なドローン、完成である。

 理想のデザインゾンビを作るため、当時、サイコな殺人事件でにぎわっていた、宮瑠町に乗り込んだ。

 短編に登場した『桜井英長』は、赤の眷属のデザインゾンビで、協力者の八重柏和彦の指導の元、かなり、オリジナルに似た演技が出来ていた。

 御崎祇慧瑠を釣ったときは、ヒャッハーとなった。

     ↓

 ☆半年前

 ある程度形が整ったので、デザインゾンビに『津久井美緒』と名付ける。

 たつなみペンションのスタッフとして働かせる。

     ↓

 ☆八月七日

 本編開始

 八重柏和彦、交通事故死。運命なので逃れきれず、死ぬわけなのだが……そこで、ゾンビ化。搬送先で、窟拓村の鏡の気配を感じ取り、奪取。

 首が切れていることと、念のためと、奪った鏡と首は宅急便で夢寐委素島のたつなみペンションへ。

 首なしゾンビとして、剣の気配がした仙崎探偵事務所を奇襲。見事返り討ちに。

 赤の眷属は、段ボールに届いた、八重柏和彦の首を最後の素材として、デザインゾンビ『津久井美緒』を完成させる。

 デザインゾンビに窟拓村の鏡を入れ、勾玉を外し、赤染様の神主になるための試練を受けさせる。

     ↓

 ☆八月十五日

 たつなみペンション見立て殺人事件、開始。

 赤染式神主の試練では、基本眷属は見守るスタイルである。

 そして……。


 ◎赤染式神主の試練の主なルール

 皆殺しにすること。

 ゾンビの場合、見立て殺人……順番通り殺さないといけない。縛りがあるのは、ゾンビゆえ。

 死んだふりをするのも禁じ手とされる。

 試練時人間なら、死んだふり(死体偽造)は有効であるが、ゾンビの場合そもそも死体なので、偽装せずにそのまま倒れていればいいだけである。

 それはナンセンス。レギュレーション違反だ。神主は一般ゾンビと違い、誇りある立場であり、なおかつ人間どもより心技体優れていることを証明しないといけない。ならば、見立て殺人ぐらいはこなせないと、資質なしと見られて当然である。

 そもそもゾンビ状態で神主になろうとしているのだから、試験を受けさせるだけ慈悲と思え。

 後は試験官の赤の眷属に細かいルールを確認するように。最後に、おマヌケは必要ない。




 本編では、仙崎愛翔は人外転化、寿ロストとなりましたが、一応分岐点的には──。



 ・雛形呂子 殺害→睦月唯愛 殺人未遂(首吊りからは逃れられない)→犯人・津久井美緒と対決(この場合津久井美緒と関口、沙良、愛翔の三対一となる)→同じく黒幕・赤の眷属戦も三対一(沙良=青波がいるので負けることはない)→【人間エンド】

  ※この場合、被害者(桜井英長・雛形呂子)は死亡。

  宮瑠の殺人鬼の事件も(被疑者死亡の)未解決事件となる。

  東海林沙良が押しかけ女房ヨロシクで、赤武区、都甲ビルの居住空間に住み込み、仙崎愛翔のちょっと変わった日常が始まる。




 ・雛形呂子 殺害→睦月唯愛 殺害→犯人・津久井美緒と対決(本編では前世系愛翔が一人)→【本編エンド】

  ※関口が戦後処理にも付き合ったので、【ビターなハッピーエンド】

  戦後処理で関口の協力がなかったら、インテルメディオ エピソード4の【ノーマルエンド】になるところだった……。




 ・津久井美緒が神主になるには……八月十六日に、犯人がわからず愛翔が重症になることが条件。シャンデリア、大活躍である。

 その後、沙良が愛翔を抱え海に落ちる(狂気の世界で愛翔を完璧に人外転化させるため、帰ったともいう)

 最終対決で関口と津久井激突。

 津久井美緒が勝利する。→【バッドエンド】

 ※この場合、津久井美緒こと八重柏和彦は、桜井英長だけをゾンビとして蘇らせ、その魂と肉体を捕え、ペンションに縛り、半永久的に一緒にいるという、クレイジーサイコホモ的なエンディングが待っている。

 ……八重柏和彦が美緒の姿になったわけは、まぁ、そういう事です。お察しください。

 一方的なホモぉだからこそ、あんな一連の殺人事件が起きたわけです。

 やたら雛形姉妹に対する扱いがひどいのは、完全に嫉妬です。

 自分でも、このネタとオチは……と思うところがあります。

 初期設定では美緒は列記とした女性でしたし、桜井もただ単に一方的に慕われていたぐらいでした。それに桜井は犠牲者じゃなかったですし。見立て殺人事件にしようぜっということで犠牲者枠につっこんだことで設定が暴走。その結果がコレ(ホモ)です。

 邪神の神主になろうとするほど、切羽詰まった理由としては、納得してもらえそうですが、同時に不快感を与えそうなので、男性読書者が多そうなノベプラでは隠し、女性読書者が多そうなカクヨム版だからこそ、公開に踏み切りました。

 初公開です(笑)!




 ……ちなみに、かろうじて関口が勝ち、倒れると……次は病院。窟拓村の鏡は肌身離さず持っている。

 術式が完成していて、関口以外は嵐によって死んでいるという扱いになる。

 ただし、愛翔は完全に沙良=青波のモノになってしまっているため、仙崎愛翔時代の記憶がほとんどない『青の君』として、関口と再会する。

 赤染陣営はもとより、人間とも敵対関係になりやすい→【(ク)トゥルーエンド】



 ──本編の【ビターなハッピーエンド】ルートが一番なぞが解ける仕様となっております。



 仙崎愛翔が人外転化する条件は、睦月唯愛が死ぬことです。

 なので、今回の幻想怪奇事件のメイン視点に抜擢したようにみえますが……。

 実は……初期設定では仙崎愛翔のほうがメイン視点でした。

 愛翔が人間エンドから寿ロストへとシフトしたので、相棒役がメイン視点になったともいえます。

 で、死亡によって途中退場するというアイデアが入り、同年齢から年下へ。

 職業も大学生から……刑事やら、骨董屋とか、おもちゃ屋さんとかあったが……最終的に探偵と助手に落ち着きました。(いかにして『剣』(本編ではライトアップ剣)があってもおかしくない状況にするか、悩んだ経緯でもある)

 それでもまだ相棒役だったゆえ、愛翔と同じ性別だったのですが……失恋したほうがおもしろくね? と良からぬ発想に行きつき、睦月唯愛となりました。

 コロコロ性別変わったよ……。



 なお、雛形姉妹が探偵になるのは、仙崎愛翔の代わりに探偵事務所を運営するためです。

 運命がチェンジしたわけです。二人なのは、二人分でやっと仙崎愛翔のスペックと同等になるから。雛形姉妹はザコというより、仙崎愛翔のスペックが高すぎるためです。

 しかも体内には夢寐委素三種の神器の一つが宿っています。

 むしろ二人だけで済むだけ、雛形姉妹は探偵としての才能に恵まれているほうです。









 ☆おまけ 【人間エンド】ルート 『犯人・津久井美緒との対決』

(赤の眷属との決戦は流用できそうなので、封印します……実際このバージョンをカクヨム版で出すつもりでしたが……新作予定だったホラーの後編が消えるという怪奇現象が発生したため、おとなしく、【ビターなハッピーエンド】のほうを投稿しました)


 ・唯愛(殺人未遂)は失神中のため、愛翔視点。



 今、私たちがいる場所はたつなみペンションのエントランスホール。

 ひと際大きいシャンデリアの真下だ。

「ねぇ、津久井美緒さん。下手な芝居をやめて……かかってきてください」


 犯人の見破る手掛かりは、思えば随所にあったのだ。

 例えば雛形さんを殺害する前のあの停電。

 沙良以上にたつなみペンションのことを知っているのは、桜井先生以外に、オーナー代理の津久井さんしかあり得ないのだ。

 その津久井だからこそ、停電を……外部電力を任意のタイミングで切ることが出来た。

 そして、犯人が津久井さんと雛形さんを一緒にさらったと考えるよりも、犯人の津久井さんが雛形さんをさらったと考えたほうが自然だ。

 ただ、津久井さんは素っ裸で吊るされていた。

 だからこそ無意識に、被害を受けた津久井さんが犯人ではない、と除外してしまったのかもしれない。

 そして、あの冷たい体もつい先ほどまで吊るされていたからだと思い込んでいた。

 実際は、雛形さんをあのような……カエルの解剖のように殺した時の返り血で汚れた服を脱ぎ捨て、疑いが薄れるようにわざと首を吊ったのだ。

 被害者となれば、多少精神が乱れていても、仕方がないと見逃してしまう。

 ……まんまと騙されてしまったよ。

 食堂で関口刑事の話に集中している間に、ミストスクリーンの画像設定していたのでしょう。

 寝っ転がって機械いじりをするとは行儀悪い人ですね。

「あなたが本当に宮瑠の殺人鬼までかは、はっきりとわかりませんが……少なくても、唯愛を害したことには変わらないのでしょ!」

 私は津久井美緒を蹴り上げる。

 女性だからと容赦はしない。いや、津久井美緒という存在が死人である以外、どんな形状なのかわからない。

 見た目は当てにならないのだ。

「くっ……」

 本性を出した津久井は、即座に私の動きに対応しだす。

 脇からマニキュアがついた右腕を一本生やし、その手にはナタが握られていた。

 両刃のソレはかなり使い込まれているらしく、どす黒い妖気を放っている。

「そのナタ……まさか!」

 私は桜井先生の日記の内容に書かれていた宮瑠の殺人鬼の考察を思い出す。

 凄まじく鋭利な刃物でたたき割られていると思われる死体の割合が多い……おそらく、殺人鬼の得物は手斧、ナタといったたたき切ることに特化した刃物ではないか、と。

「ええ、私の最高の武器ですよ。これがこの手に一番馴染んでいてね……今となってはこれがないと不安で……片時も離せないぐらいのお気に入りなんですよ!」

 津久井美緒は、常人では考えられないぐらいの瞬発力をもって私に一気に近づく。

「ゾンビっていいですよ。必要なところを必要な分だけつぎはぎして、いらないところを取り除ける。完璧な肉体をなりますから」

 そう言って、津久井美緒は醜い笑いを浮かべてくる。

 彼女の瞳は、狂気に彩られていた。

「まさかっ」

 人間のフリをやめ、理性という箍がとうの昔に木っ端みじんになっている津久井は、興奮からか口の端から涎を垂れ流しつつも、尋常ならざる告白を続ける。

「ええ。私は完璧な肉体を得るために、殺した人間の優秀な部位を付け替えてきましたよ。ただ、殺した人間すべてが秀でた存在ではありません。その場合は私の趣味を前面に押し出しましたね」

 惨たらしく殺された死体。

 凡人の雛形呂子はまさに、遊ばれて殺されていた。

「清々しいぐらいのゲスだったわけか、津久井美緒!」

「フハハハハハ。仙崎探偵は私をそう評価しますか。受け入れましょう。だから、あなたのその脳みそ、一部いただきますよ。お宝を探し当てることに特化したあなたの脳みそなら、さぞかしいいお宝を探し当てることもできるでしょうね……それこそ、神々が置いて行ったアーティファクトとかね」

 アーティファクト……夢寐委素三種の神器のような、儀式魔術に使うマジックアイテムのことなのか。

 強力な魔術を使うときのコストとして消費されるソレらの価値は、魔術を使うものにしかわからないようだが……。

 これ以上津久井美緒に力を持たせるのは危険だということだけは確かだ。

 私は後ずさりする。ちょっと、距離がありすぎる。

 一歩、二歩、三歩……。

「逃がしませんよ、仙崎探偵!」

 津久井美緒が所持している武器が拳銃などと言った遠距離武器でなくてよかった。

 そう、確信するぐらい、彼女は……沙良は、うまい具合に、津久井美緒の腹部に強烈な打撃を与えた。

「なっ」

「それが、愛翔を殺そうとした理由か……オレはてっきり……いや、そんなことはどうでもいいか」

 急に現れた沙良。

 違う、隠れていただけだ。

 次標的になるであろう私をおとりにして、沙良は犯人の無防備な場所に渾身の一撃を与える。

 そういう手筈だった。

「んっがぁ、うがぁががががががぁああ!」

 よほどの攻撃力だったのか、それともゾンビの耐久性に問題があったのか、腹に沙良のこぶし大の穴が開いた。

「このっ、バカ力がっ!」

 津久井の持っているナタが沙良の右肩に迫る。

「ああ、そうだぜ、津久井」

 沙良はその剣戟をギリギリでよける。ただし、肉体には当たらなかったが、彼女が来ている上着が切り裂かれ、素肌の一部があらわになる。

 左半分は残っているので、右側が大きく露出することになったぐらいで済んでいる。

 さすが、沙良。神がかり的な避け方をする。

「オレが獲物をさばいているのをよく見てきただろうが……やると決めたら、どんな魚だってさばいてきたオレの力だぜ。ゾンビの腐ってブヨブヨしている肉体ぐらいなら、簡単に崩せるっつーの!」

 沙良の攻撃の手は緩まない。腹の穴に手を入れたまま、もう片方の腕でラリアット。

 右腕と左腕が交差するとき、津久井の腹は脊髄骨を完全に真っ二つに壊された。

「あぁっがっ!」

 半分以上腹をぶち抜かれ、支えを失った上半身が折れた。

 ゾンビゆえに痛みはないようだが、ぶらぶらと中途半端に垂れているためか、格段に動きが悪くなっている。

「関口刑事、今だ、やれ!」

「……わかった」

 私をおびき寄せているところから、ギミックは予想していた。

 最低でもこの天井のシャンデリアを私にぶつけ、圧死させることぐらいはするだろうと。

 津久井さんの力がどのくらいのものか……桜井先生と雛形さんの死体から予想するに、結構なパワー型だとは思うが、天井に吊り下げているシャンデリアを確実に落とすには、細工をしたほうが確実だ。

 切り離すを前提に考えれば、天井にぶら下がっている鎖のソレはすでにフェイク。見えにくいピアノ線か何かで吊っていて……それを切れば、落ちる。

 ピアノ線はすでに見つけてある。津久井にここに呼び出される前から、生き残っている皆で探し終えた後なのだから……。

「仙崎、東海林、ちゃんと逃げろよっ」

 沙良と同じく物陰に隠れていた関口刑事が台所から拝借しておいた包丁でピアノ線を切る。

 魚を切り裂くためのものだからか、結構重量のある、高級品だ。本来の用途とは違う使い方をして少し済まないと思う。だけど、やはりいい包丁は違うようだ。

 あっさりと、そして、もくろみ通り、シャンデリアは落ちた。

 私と沙良はとっとと安全地帯に。

 残っているのは、津久井美緒、ただ一人だった。


「あぁあ゛ぁああ゛あ゛あ゛ああぁぁあああああ!」

 ガラガラガシャァァアンッ!

 凄まじい音の大合唱だった。

 骨が砕かれ、内臓が潰れ、拉げ、悍ましい音が鳴り響く。

 そして、残るのは煌めくガラスの破片と突き刺さった醜悪な肉塊。

 弾け飛んだ頭から、眼球がコロコロと転がる。しかも二つ以上……数えていないが、両手では数えきれないほどだったのは知っている。もしかしたら、雛形さんの眼球もあったのかもしれない。

「うっ……」

 魔術によって止められた時間が進みだしたからか、大半の肉は変色しており、塩がかけられたなめくじのように溶けていく。

 ピンク色や赤色が混じっているのは、そこらへんは新しく取り換えしたところだからか。

 それも、時間が経つにつれ、溶けてなくなるかもしれない。

 骨もグジャグジャで等身大骨パズルじゃないかと思うぐらい、数多のピースに分かれてしまった。

「気持ち、悪かった……」

 グロテスクな光景はやはり精神的に辛い。

 青ざめるしかないが、私はそのものズバリを口に出すことで、事実を受け止め、原始的な恐怖を抑え込むことに成功する。

 こんなことぐらいでって笑われるかもしれないが、認識することで、打ち勝つ勇気が与えられるのだ。

 黙とうを捧げるころには、あたりが静寂に包まれる。

 人の形を完全に失ったデザインゾンビ津久井美緒は、完全に沈黙したのだけは確かだった。

「で、津久井の肉体を維持していたのはコレか……」

 沈黙を破ったのは沙良。

 肉塊の中から現れたのは、全体的に緑色でそれなりの装飾が施された鏡だった。

 芸術品としてみると少し足りないものがあるが、その神聖なオーラはゾンビの中に埋もれていたとは思えないぐらいの輝きがあった。

 むしろ、津久井美緒の体の中にあったからこそ、彼女の邪悪のオーラが抑えられていたのかもしれない。

「夢寐委素三種の神器とは違うようだけど……すごく引き寄せられるものがあるよ」

「あ~。これはどこぞの神を祭るためのものだってことは確かだろうな。知らんけど。関口刑事、これ、知っているか?」

 神聖な輝きだけで見ても、アーティファクトとしては申し分ないだろう。

 ただし、本来の用途について、私は知らない。

「ああ。俺はそもそもこの鏡を取り戻すために、ここに来たからな」

 関口刑事は鏡を受け取ると、口元を緩める。

 捜査一課・特殊霊能班にとっては重要なアイテムだったようだ。それだけわかれば私としては満足だ。

「あ……」

 津久井とのバトルに全神経を集中させていたから、気がつくのが遅れた。

 少し気持ちに余裕ができた今だからこそ、破けた沙良の服の下にあるモノがわかった。

「なっ……」

 関口刑事も短いが驚きの声を上げる。

「ああ。最近は珍しいか、刺青」

 沙良は豪快に笑いながら、自慢げに見せてくる。

 そう、沙良の後ろ右肩には金色の竜が描かれていた。

 まるで生きているかのように躍動感のあって綺麗なこの刺青は、確かに沙良にふさわしい。

「珍しいけど……沙良にはよく似合っているよ」

 私は微笑んで全肯定する。

「インストラクターの仕事をしているのに、しっかりと彫るか?」

 ただ、関口刑事か言う通り、接客業の人間が彫るというのは、好ましいとは思われないだろう。

 といっても、仕事中はダイブスキンスーツを着ているのだから、めったに見られることはないだろうが。

「しかも、どこかでみたことがると思ったら、かも助のソレとよく似ているな」

「刑事さん、かも助記念館にも行ったのかよ。勉強熱心だな」

 地元の偉人が彫っていたこともあり、縁起ものとして、夢寐委素島ではこういう青波様の姿を体に彫る文化は廃れていない。

 最近は刺青シールやペイントが人気らしいが、熱心な信者は直接肌に彫ることが多いそうだ。

 夢寐委素で、刺青の公衆浴場による入浴拒否がほどんどないのはそのためである。

「ふ~ん……」

 地元愛は世間一般な常識を覆すことも多々ある。

 深く考えてはいけないのだ。

「しかし……この嵐、治まらねぇな」

 ザーザーと相変わらずバックミュージックは暴風雨だ。

 術が生きているということは、魔術的なギミックを解除する必要がある。

 これが意味するのは、幻想怪奇事件がまだ続きがあるということだ。

「……あ、従業員住み込みエリアに行けるカードキー発見。やっぱ、重要なものは体内に隠していたか」

「ゾンビならばこその隠し場所だね、沙良」

 これだ、これ。

 ペンション内でいけるところは行ったのだから、あと探索していないところといえば、従業員しか入れない、かのエリアである。

「はぁ……これから俺たちは、夢寐委素島乱戦記の見立て殺人の実行犯津久井美緒を操っていた黒幕に合わねばならないという訳か……おい、お前ら体調を整えとけ」

 関口刑事からぶっきらぼうではあるが、温かみのあるアドバイスを受ける。

 これが生きている人間ならではの、やさしいさ。

 私はくすぐったい気持ちになる。

「はい」

「おう、刑事さんもな」

 それから私たちは各々体や心をほぐし、バランスを整える。

 私たちはカードキーを使い、従業員住み込みエリアへ足を踏み込む。

 すべては、この嵐を終わらせるために……。

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私と夢寐委素島 雪子 @akuta4

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