Track.13  まだこの時は半信半疑だった

 ──食堂。

 生存者六名。死者一名。

「桜井英長が死んだ」

 関口刑事のその一言で、ボクは完全に言葉を失った。そして周りの人たちもそれぞれ思うところがあり、顔を青ざめたり、義憤にかられたのか怒りで顔を赤くしたり、各自反応は違うが、まだ黙っている。

「しかも胸がぱっかりと割れ、心臓を中心に臓器が抜き取られたようだった……いや、心臓を抜き取って嵐の中放置していたから、胸部内の臓器もまた雨風に奪われてしまったのかもしれんが、とにかく、桜井英長は殺されたとみて間違いない!」

 心臓のない遺体。

 即座に思い浮かべてしまったのは、夢寐委素島乱戦記の第二犠牲者。

 第一の首切りではないのは……。

「八重柏オーナーの死も数えられている、と考えたほうがいいかもね」

愛翔兄ちゃんが捕捉しだした。

 八重柏さんは交通事故で死んでいるが、吹き飛ばされた先が悪く、首と胴が離れた第一犠牲者を想起させる死体になったのだ。もっともその後対向車によって胴体がかなり損傷したらしいが、『首を斬られ、死んだ』のは事実だ。

「……遊んでいるのか、人の死を……」

 兄ちゃんは一瞬顔をしかめる。

 その様子から、性別と職業から桜井先生の遺体を見て、ペンションに運んだのは兄ちゃんだったことを改めて感じさせる。

「兄ちゃん……」

「唯愛、私からあまり離れないでくれ」

 殺人鬼がこの中にいる……疑心暗鬼になるのであまり考えたくないが、可能性があるうちは用心しないといけない。

「うん……」

 一番小柄で弱い子どものボクは誰かの庇護下に入るのは決定事項だ。

 なら、身内が一番精神的に安心できる。

「まぁ、当面は一人行動を控えるように、としか俺も言えん。吊り橋が壊れ、個の嵐じゃ救助もままならないようだしな、オーナー代理」

「はい。改めて連絡しても、この嵐では出動できないとのこと。お客様が不安に思うのは当然ですが、私にできることはここまでです」

 津久井さんは申し訳なげに腰を曲げ、深々と頭を下げる。

 職域から外れているのだから、できなくて当然なのだが、ここはサービス業に勤める人、できないことを正直に詫びて、理解を求める。

「そうか……オレはまた観光協会が変な思い付きでも始めたと思ったが、マジなんだな」

 沙良はミステリーツアー的なものだと思っていたのかな。

 嵐が続くのなら、こういう趣向のゲームが突発的に行われても、別段違和感がない。

 それでなくても、夢寐委素町島観光協会の主催のイベントのために呼ばれた、桜井先生と愛翔兄ちゃんだ。

 町に行けなくなったので、津久井さんを巻き込んで、ゲリラ的に次、企画されているイベントの予行練習をしても可笑しいところはない。

 だが、残念ながら今回は大まじめだ、現実だ。

 関口刑事の存在がドッキリを否定する。

「……本当、なの……ウソ、ではないの?」

 呂子お姉さんがかなり遅れて言葉を漏らす。

 恋人が亡くなったという状況に頭がついて行けなかったようで、咀嚼するのに時間がかかったようだ。

 いや、この様子だと、まだ質の悪い冗談だと思っているのかもしれない。

「本当だ。なんなら、桜井英長の死体を見るか。嬢ちゃんたちには刺激的だから、物置部屋にビニールシートをかけて安置しているが……」

 関口刑事はチラリとボクを見る。

 死体保存と未成年者への配慮ですね、わかります。

「……お願いします……」

 呂子お姉さんは悩んだ結果、先生の遺体を見ることにしたようだ。

 わずかな希望を打ち砕くことになっても、現実を知ったほうがいい……と判断したのか。

 青ざめた顔に震える肩ではあるものの、この時ばかりは強く見えた。

「オレは遠慮しとくぜ。死体をまじまじと見る気にはなれねぇからな」

 沙良は人が殺された事実をしっかりと受け止めていたからな。

 わざわざ死体を確認しなくてもいいというスタイルをとったようだ。

「ボクも……遠慮します」

 仮にこれがドッキリ企画だったら、盛大に引っかかってやるつもりだ。

 そして、悪趣味な企画を立てたやつを一発ぶん殴る。兄ちゃんでも許さない所存である。

「そうか。なら、雛形さんは俺と行動。仙崎探偵はここで皆と待機でいいか」

「はい」

 食堂なら、食料と場所の問題をクリアできているからね。殺人鬼を警戒して、まとまって動くのならそうなるな。

「あ、すみません……私、もう一度先生の遺体と対面したいのですが、いいですか。保冷剤を付けたしたいですし。今、電気は通っていますが、嵐が続くようなら、いつ停電……発電機もありますが……」

 夏場だから腐敗防止には手間がかかる。

 そして、長期戦覚悟になったら、真っ先に死んでいる人間がいる場所のクーラーは切られるだろう。

「……そうだな」

 関口刑事は呂子お姉さんと津久井さんを連れて食堂を出て行った。

 これで、食堂に残っているのは、愛翔兄ちゃん、沙良、そしてボク。

 ……正直、気まずい。

 何かしたほうが気がまぎれるのは確かなんだけど、残念ながら、ボクは思いつかなかった。


「三人か……トランプでもするか」

 沙良は食堂の戸棚からトランプを取り出してきた。

「月並みに、ババ抜きでいいか。ルール簡単だしよ」

 そして、雑談も一緒に出来る。

 この緊張感と頭脳戦が少なくてすむゲームが今は少しありがたい。

「じゃぁ、クイーンのカードを一枚抜くか……」

 ボクは一瞬、沙良が何をしようとしているのか、理解できなかった。

「沙良、ジョーカーを一枚入れようよ。昔からそうだけど、沙良ってところどころに古風なネタを入れ込むよね。私はわかるけど、唯愛にはキツイだろ」

 兄ちゃん曰く……沙良のババ抜きは、ジョーカーが登場する前のトランプの遊び方、戦国時代ごろのルールに沿ったものらしい。

 十六世紀ポルトガルから来た時の遊び方って……。ちなみにその時はトランプじゃなくて、天井かるたと呼ばれたらしいけど。

 ボクとしては、すごく昔のババ抜きは、最後の一枚であるクイーンのカードが手元に残っていた人が負けだったということが、ザックリとわかっただけで、よしとする。

 やったね、ウンチクが増えたよ!

「それにしても……よくそこにトランプがあるって知っていたね、沙良」

 配られた山札から、兄ちゃんは数字があったカードを捨てていく。

「ああ。オレは七月の……海の日のちょい前からかな。期間限定のインストラクターとして夢寐委素町島観光協会に雇われ、このたつなみペンションに下宿という形で寝泊まりしている。客室エリアのほうにいるのは、客視点でSNSに投稿、宣伝しているからな」

 サクラという言葉が浮かんだが、そういう契約なのだろうと、飲み込むことにした。

「こういう雨の日はたつなみペンション内部を撮影したり、ペンションの料理を作り置きしたり、といろいろやることはあるが……八重柏オーナーが八月上旬に亡くなったときは、手続きやら葬式で忙しかった津久井に代わって、ペンション内を切り盛りしたものさ」

「へ~」

 インストラクターして雇われたと言ってはいるが、話を聞く限りそれだけじゃない、かなりの範囲でこき使われているとしか思えない。

「大変だね、沙良……」

「まぁな。オレ、何でも器用にできるからって、結構仕事を押し付けられるからな。あ、でも、ある程度はさぼらせてもらったけど」

 この、ちゃっかりさんめ。

「じゃぁ、沙良にはどのタイミングで今の宿泊者が来たのか、わかるわけか」

「ああ。それなら……八月八日からだな。八重柏オーナーが八月七日に事故で亡くなっただろう。 新谷琉警察署から連絡があってさ……津久井はオーナーの親族を知らないから、親しい友人である桜井先生にまず電話をかけたんだ。桜井先生によると、オーナーの近い親族はいなくてさ。遺体引き取るための必要な書類を揃えるために、予定を繰り上げてこのペンションにきたな」

 喪主を務めた親しい友人は桜井先生のことだったのか。

「で、八月十日に遅れてきたのは、雛形呂子。桜井先生の恋人だからと、やってきたよ。ちなみに葬儀は十一日までには終わったな。オーナーの骨壺は管理人エリアにあるらしいが、オレは見たことがない」

 納骨式まで後飾りの祭壇にて自宅安置、といったところか。

「で、十二日に関口刑事。十三日に予定通りに愛翔たちが来たってところだな……はい、揃った。あがりっと」

 ハートとスペードの八がテーブルの上に舞う。

 沙良はボクたちに情報を提供するとともに、一抜けした。

「そうか。八重柏オーナーの遺骨はここあるのか……。線香をあげたほうがいいかな」

「いいんじゃねぇか。津久井が来たら頼んでみろよ」

 わずかな時間しか会っていないが、話を聞いてしまった以上何もしないわけにはいかないだろう。

 ボクもそれに便乗しようと思った時だった。

 パチパチと照明が点滅したと思ったら──視界が真っ暗になる。


「停電!」


 時刻は正午になる前だが、太陽の光が分厚い雲にさえぎられているので、周りは夜のように薄暗い。

 そのため、明かりが必要だった。

 周りの明るさに適した目が、唐突の闇に即座に対応できるわけない。しかも、このペンション自体、白と黒を基調としているのだ。白はまだしも、黒い部分は完全に闇と同化している。

「唯愛、動くな。私が行く」

 愛翔兄ちゃんでもそんな闇の中を歩くのは困難だったらしく、あちこちとモノに当たりながらも、ボクに近付いて……抱きしめてきた。

「唯愛、なんともないな」

 さらにパンパンと軽く全体を触って、何も欠けていないかどうか確認。

 過保護にも思えるそれに気恥ずかしさを感じながらも、僕はなすがまま、きゅうりはぱぱ。

「これは……ブレイカーじゃねぇな……俺、ちょっくら発電機の方に行ってくる」

 目が暗闇に慣れてきたようで、沙良は光源を確保しに向かう。

 沙良は配置に覚えがあるようで、ぶつかる物音はせず、スムーズに食堂を出ていく。

「兄ちゃん……」

 ボクは暗闇の中、心細さから愛翔兄ちゃんの腕と思しき場所をぎゅっと掴む。すると、少し恐怖が和らいだ。

 ブロロロオオン。

 しばらくすると、エンジンがかかる音とともに、照明に光が戻る。

 ペンション内の電気が発電機のものへと無事切り替えられたようだ。

「あっ……」

 ここでボクは兄ちゃんの腕をお気に入りのぬいぐるみのように抱きかかえているのを改めて知る。

 慌てて放しても、もう遅い。

 兄ちゃんにはっきりと見られてしまった。

 中学生になってもこの甘えよう。恥ずかしい。

「よかった。唯愛」

 兄ちゃんは兄ちゃんで。

 ボクが五体満足なのがうれしいらしく、安堵している。

 だけど、この喜びもつかの間。

 ポタリと天井からソレは落ちてきた。

 最初、雨漏りでもしたのかなっと。ボクの名探偵ではない頭脳が答えた。

「二階は宿泊者用の部屋となっていたよな……」

 何かに気がついた兄ちゃんの顔つきが険しくなる。

 それは限りなく義憤に近い、絶望だった。

 赤く、悲しいほど鮮やかで、鉄臭い一滴によって、島全体を覆う暗雲以上の闇の気配がまた濃く現れた。

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