Track.2  真・夢寐委素島乱戦記

「あら、あなたも夢寐委素島乱戦記を」

「はい。もともと私の祖父がこの町に住んでいて……地元びいきから読み始めたのですが、これがまた素晴らしい作品で……」

「桜井先生はあの作品を完成させるために命を懸けていましたからね。執筆中に少しお会いしましたが、あの頃はもう悪魔に魂を売ってでも、完結させるような勢いがありましたわ。こういう人が傑作を残していくのですねって……桜井先生のことは同じ作家として尊敬していますわ」

 若竹さんはどうやら作家らしい。

 そして、道中繰り広げられるのは、夢寐委素島乱戦記ファンたちの集い。

 ボクも読み切ったので、わかるし、ついていける。

 考察は人それぞれ。評論も感想もみんなみんなで違うから、おもしろい。

 仲間がいるから読み終えた小説でも、新たな見解が増えるたびに、また彩られる。

 ホラーとサスペンスが呼ぶ、衝撃のオカルト時代小説夢寐委素島乱戦記はボクらを魅了させてくれる。

 ちなみに、その概要はというと──時は、室町後期。

 権力闘争に敗れた主人公加茂倫之助は、流罪を言いつけられ、夢寐委素島へと送られるところから物語が始まる。

 夢寐委素島に流されたのは、倫之助を含む、八人。島に奉られているという残酷な龍神の見世物として、殺し合いを強要させられる。

 拒否権はない。

 なぜなら、当時は、没落した人間は庇護する人物がいないために『法の保護』の対象から外れてしまい、略奪の対象となるのがごく当たり前だったからだ。

 流罪とは事実上の死刑。

 落ち武者狩りの対象となって命を落としたり、護送している人物によって殺害されたりするのはよくある話。本来は島につく前に死んでもおかしくない。

 無事に島までたどり着いたのは、すべては龍神青波様の加護によるもの。各地で起きた権力闘争も青波様の神事を務める、新たな『神主』を探し出すために仕組まれたものだった。

 生き残った一人だけに青波様を奉り、島を統治する権力を与える。かつていた地域には戻れないだろうが、繁栄が約束される。

 八人の流刑者は、夢寐委素島で生き残りをかけ、戦い合わなければならなくなった。

 最初の脱落者は首を切られ殺される。その後、心臓を抜き取られた者、腹を切られ内臓が飛び出た者と、血生臭い、猟奇的な殺し合いが続く。

 精神を病み首を吊る者、島の自然によって圧死する者と、脱落していく中盤戦。

 海賊の道摩、狂人の朽骨、倫之助の三つ巴が発生したところで、金色の鱗に、すべてを見透かすかのような紫水晶のような瞳を持つ、巨大な龍、青波様が降臨。

 夢寐委素三種の神器の所持者こそが勝者であるという情報が公開される。

 そう、殺し合いはあくまでも神器の所持者になるための『手段』であって『目的』ではなかったのだ。

 時間以内に三種の神器を持たぬものは、島から追い出される。ちなみに追い出される=不要なもの=死だ。

 夢寐委素三種の神器の一つ夢魔勾玉を所持している朽骨以外の道摩と倫之助は、自然の猛威に逃れながら神器を手に入れなければならなくなった。

 残りは所在不明の鏡と、最初の脱落者を斬り殺した剣、素水剣さみずのけん

 もちろん、朽骨を殺して勾玉を奪うという選択肢もある。倫之助は素水剣をとることを、道摩は朽骨と戦うことをそれぞれ選択。

 倫之助は辛くも素水剣を手にしたが、道摩はあと一歩というところで、時間切れ扱いで、波にさらわれて死亡。

 残った朽骨と倫之助の一騎打ちは思わず手に汗握った。

 このシーンのページが異様にヨレヨレになってしまったが、いい小説だったから仕方がないってことで兄ちゃんに笑われたこともついでに言っておく。

 一撃、一撃が重く、深く。

 死んでいった人間たちの憎しみと恨み、そんな重圧に耐えながら、二人は死闘を演じる。

 生臭く。生き汚く。だけど、それらの心証の悪さを払拭するぐらい、彼らの死に物狂いの戦いはボクを魅了し、興奮させた。

 生きたい。

 その純粋な思いだけが心に占めたとき、倫之助は朽骨の急所を突き、息の根を止めた。

 生き残るための戦いはこうして幕が閉じる。

 だが、物語はまだ終わらない。

 倫之助が勝ったことですべてが終わると思ったが、神器の最後の一つ、鏡、寤寐鏡ごびのかがみの所有者の影が見える。

 そいつは倫之助を没落させた政的の末席に名を連ねていた、藤波ふじなみ実治さねはるだった。

 実治は『神主』になるためにずっと潜んで、機会を狙っていたのだ。

 寤寐鏡の能力はわかりやすく言うと、光学迷彩。視覚に必要な光自体の進路を変更することで、見えているはずなのに、見えていないと脳に錯覚させる、機能だ。

 姿を現した実治は疲労困憊の倫之助をあっさりと撲殺。

 鏡の中に八人目の魂を収納する。

 たった一人生き残った実治は改めて、勾玉、鏡、剣を正三角形になるように三か所に配置し、その身を中心に入れる。

 夢寐委素三種の神器を所持することで、儀式で殺しあった人間の力を取り込みことができる。

 それによって強い魔力と豊富な知識を得る。

 蟲毒の人間版、と言い伝えられてきた。

 しかし、実治の認識は甘かった。

 なぜ、夢魔勾玉が悪夢を見せる機能があるのか。

 なぜ、人の死に目を見るたびに、彼らが強くなっていったのか。

 さらに、死者が増えるたびに、生き残った彼らの生活環境的に、知りえないはず知識があったのか……。

 伏線はちゃんとあったのだ。

 死んだ流刑者たちの経験はもちろん人格は、生き残っている流刑者に入り込んできたという、伏線が。

 生き残るために命を燃やしててきた流刑者たちの精神を、死ぬ覚悟がない実治が抑えきれることができるか。いや、できるわけがないのだ。

 一応、見せしめ枠だった貴族の基兼と、悪夢により精神崩壊した山賊の悪次郎、そして自殺した松五郎の人格は、消えたので現れることがなかったが、医者の三徳、盗賊の佳乃、道摩、朽骨、そして倫之助は実治の精神を食い潰し、消失させる。

 精神を乗っ取ると、五人の精神が溶け込んでいく。

 殺し殺されあった彼らの知識、技能、人格が一人の人間として無理なく統合されていったのだ。

 こうして、夢寐委素島にふさわしい新たな『神主』が誕生する。

 狡猾で凶悪な面はあれぞ、医学と海に関する知識を完備した、人のいい立派な男。

 体こそ藤波実治のままだが、その精神は八人の流刑者の中でもっとも生命力あふれた加茂倫之助を主軸にした好青年となった。

 男は名を道倫みちつぐと改め、『神主』藤波ふじなみ道倫みちつぐとして、夢寐委素近海を統治。

 島人に愛され、島に繁栄をもたらした──と。

 完璧なハッピーエンドとは言えないが、オカルト作品らしい結末だった。

 確かに、流刑者に島を統治させるのは、最初から無理があるとは思ってはいた。

 島民だって、経歴がきれいな身分のある人格者に治められたいものである。

 だからこその、あの終着点。

 人間ではなく、夢寐委素島にとって一番都合のいい形で収まったというところが、何とも印象深い。

「人の力は必要ですが、その人の力を極限まで高めるのには神がかりなナニカの協力がなければならない……そんな思いがにじみ出ているところが、ゾクッとしましたね」

 兄ちゃんは、そういうところにモヤモヤしたのか。

 人知を超えた先にあるモノ。

 漠然としているが、結局、人間にはまだまだ到達しきれていないところがあるのだと思いつくと、妙に納得できる。

 不思議なものだ。

「ふふ。おもしろい解釈ですね。参考になりますわ」

 若竹さんが人を魅了する笑みを浮かべたところで、島に到達。遠目ではあるが、ボクたちが滞在する予定のペンションが見えてくる。

 今は亡き八重柏和彦さんがオーナーだった、宿泊施設。

 ここで女性二人旅の方々とは予定と目的が違うとのことで、わかれることになる。

 小さな島ではまた会うこともあるだろうからと、よろしくと社交辞令を使われる。

 感心するぐらい、スマートな去り方だった。

 大人ならではだろうなと、現役中学生のボクは思うのだった。

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