Track.3  夢寐委素島へのお誘い

「あぁ、すまない。探偵さんの親戚の子であって、正式な従業員ではないのだったよね。つい気持ちが焦ってしまったよ」

 八重柏さんはばつが悪そうに唯愛に謝る。

 ボクとしては、自分がうっかりミスしたわけではないとわかり、少しほっとした。

「実はだね……おじさんは、副業で夢寐委素島でペンションを経営しているんだ。たつなみペンションって言ってね。島では有名なんだよ」

 ポツリポツリ、と。

 八重柏さんは自身の近況について語りだした。

「夢寐委素島……って、歴史小説、夢寐委素島乱戦記の舞台ですか」

 ボクの唯愛ペディアにヒットした情報はここまでである。

 具体的に、何県何市にあるかわかっていない。むしろ、八重柏さんが夢寐委素島のことを話していなければ、物語上の架空の島だと思っていた。

「そうだよ。こんな若い君でも知っているなんて光栄だね」

 歴史小説というジャンルから、中学生が読むのは珍しいということか。

 たしかに、ボクとて、朝の読書の時間がなかったら、家にある本の限界突破にはならなかったし、愛翔兄ちゃんの本を借りようとは思わなかっただろう。

 そして、愛翔兄ちゃんの本を選ぶセンスの良さを知ることはなかっただろう。

 夢寐委素島乱戦記との出会いは、偶然に等しい。

 そして、続きが気になるぐらいハマるとは数日前には考えられないことだった。

 夢寐委素島乱戦記は、ボクの中では今夏一のトレンドだ。聖地巡礼、できるものならやってみたい。

「で、その小説も有名になってきたこともあって、リゾート地としてそれなりに有名だった夢寐委素町は今ブームになっているのだけど……そこで変な事件が起きているんだ」

「変な事件ですか?」

 ボクは首をかしげる。

 思い当たることがないからだ。

「血だまりがポツポツとね」

 変な事件にしては物騒じゃないですか、やだぁ~。

「あ、名称上血だまりと言ったが、本当の血じゃないらしい。どちらかといえば、赤いペンキに近いのかな。おじさんも人伝えで聞いたことだから、はっきりわからないのだが、どうやら、目撃された血だまりは数分後には跡形もなく消える……マジックみたいなものなんだ」

「ずいぶん、悪趣味なマジックですね」

 急速にブームになった夢寐委素島に対する嫌がらせか。

「ああ。いくら夢寐委素島乱戦記の舞台でも、こんな催しは一切していないからね。我々、夢寐委素町島観光協会むびいすちょうしまかんこうきょうかいはSNS上で、血だまりの島などと書き込まれ、騒がれる前に、対策を講じたいものなのだよ」

 たしかに、それはひどい風評被害になりそうである。

 訴えていいレベルである。

「まぁ、中にはマジックではなく、怪奇現象ではないかと、信心深い町や島の住民たちには恐れられていてね。不可解な血だまりが出ては消えるのは、青波様を奉る三種の神器がないからじゃぁ。祟りじゃぁって、ね。恥ずかしながら、君たちにとってはばかばかしいことだろうが、町ではこんな声が広がっているんだよ」

 心のよりどころは大切だものな。

 科学技術が発展した現在でも、神を信じる人間は後を絶たないのは、周りの人たちと分かり合える共通認識が欲しいからだろう。

 とくに、神秘は人を寄り付かせるには十分な理由だ。歴史があるなら、なお良しである。

「その不安を少しでも解消したいがために、数年前、紛失した夢寐委素三種の神器を、探し出す計画が出た」

 夢寐委素三種の神器。

 夢寐委素島乱戦記にも出てきた神器だ。勾玉、鏡、剣の三つで、島の中に隠されている。小説では、この三つの神器を手にすると、神通力が宿り、闘いが有利になる、お助けアイテム的な存在であった。

「我々夢寐委素町島観光協会は、お宝探偵で有名な仙崎君を雇って、夢寐委素島のイベントに参加してもらうおうと思いついたのだよ」

 数年前に紛失したのだから、粗方手を尽くしたと思う。愛翔兄ちゃんに求められているのは、昔あったという三種の神器を絶対見つけることではないのだろう。

 なんたって、数年前から所在不明の三種の神器だものな。普通、いくら宝物に愛されている愛翔兄ちゃんが来たところで数日で発見されるとは思わない。

 だけど、夢寐委素町や島の人を納得させるためには、ある程度有名人を雇い入れる必要がある。

 お宝探偵・仙崎愛翔なら、最低限の態勢は保てる。

 それに、八重柏さんは濁しているが、三種の神器はすでに新しいものを用意しているのだろう。

 贋作と言われようが、青波様は夢寐委素独自の民間信仰らしく、夢寐委素町島観光協会や神器を治めるであろう神職さんが言い切れば、通ってしまうぐらい小規模なものだ。

 新たな三種の神器を『見つけた』ものにして、信心深い人々の不安を解消させる。愛翔兄ちゃんはそんな三文芝居の探偵役に選ばれたのかもしれない。

 偽りだろうが、要は人々を安定させればいいのだ。

 ウソも方便。多少のごまかしは目をつぶってほしいところである。

「そうですね……」

 愛翔兄ちゃんはスマホを取り出し、予定表をチェックしだした。けっこう長期の仕事を依頼されたらしい。

「八月……十三日から十七日の五日間でしたよね……」

 この期間はたしかに予定は開いている。お盆休みをきっちりととっている……というより、愛翔兄ちゃんが写真の夢寐委素島にプライベートで行っているからだ。

 愛翔兄ちゃんは父、ボクにとっては義理の叔父にあたる人の親族の家でひっそりと過ごしているらしく、書き入れ時のため見知らぬ観光客がいるのが当然な夢寐委素の人たちには、気づかれていなかったようだ。

「私は、大丈夫ですね。唯愛はどうだ。一緒に行くか」

「え」

 社交辞令なのか。

 それとも、マジで行っていいほうなのか。

 少しボクは悩んだが、おもしろそうなほうに天秤が傾いた。

「行きたい。行きます。行かせてください、お願いします!」

 ボクは八重柏さんに本気のお辞儀をしたのだった。

「そうかい、そうかい」

 八重柏さん、ご満悦。

 気のいい人でよかったと、ボクも笑い返す。

 そして脳内に思い浮かべるのは、リゾート地。

 夢寐委素町島観光協会発行のパンフレットもいただき、青い海、輝く太陽、そしてズラリと並ぶヨットやボートの写真を見ては、夢が膨らませる。

「では、詳しい依頼内容を確認しますので……唯愛」

「は~い」

 本格的な大人のビジネス話の場には、中学生は不要。

 ボクは事務室から出ていき、再び給湯室で、夢寐委素島乱戦記の続きをゆっくりと読み出した。

 ──ボク、熟読中。

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