Track.2  八月七日 仙崎探偵事務所

 ──仙崎探偵事務所。

 書棚に、電話が乗っているデスクにパソコン、さらに典型的な応接セット。

 見渡す限り、これぞ一般的な探偵事務所だと訴えるような光景が広がっている。

 ただ、一つ普通と違うとしたら、額縁にある写真だろうか。心を和ませるという意味では、どこもおかしくないが、当たり障りのない花ではなく、どこかの海、それも島が写っている写真なのだ。

 従兄弟はこの写真の場所に毎年夏の決まった時期に事務所を休業しては、行っている。

 その付近に住んでいたという親族が亡くなっていても島に行く。墓参りだとしても、毎年県外に行くとしたら、律儀としかいいようがないだろう。

 ちなみに飾っている写真は土産物店で買ったそうで、船場のヨット群に、青い海はリゾート地としての海岸と島の魅力を引き出している。

「ようこそいらしゃいました、八重柏様」

 完全営業モードの仙崎探偵事務所所長仙崎愛翔こと、愛翔兄ちゃんが待っていた。

 いつもの三倍、キラキラして見える。

「わぉ」

 ボクは思わず感嘆の声が漏れる。

 愛翔兄ちゃんの容貌を一言で表せば、女顔の美青年だ。

 中性的な神秘感や怪奇性に彩られている、この従兄弟。本気になれば、芸能人も目じゃないぐらいの秀麗な容姿。

 第一印象は、液晶モニターから飛び出てきたのではないかと思うぐらいの、見栄えがいい人物だ。

「あなたが、所長の仙崎愛翔さんですか……」

 八重柏さんも、例にもれず、愛翔兄ちゃんの容姿に見とれているようだ。視界に入るたびに魂を揺さぶられる気分に陥っているのだろう。

 気持ちはわかる。ボクは仲間を見つけたよ、とほほほえましい顔をする。

 仙崎探偵事務所のホームページにちゃんと愛翔兄ちゃんの顔写真が載ってあるのだが、写真で見るよりも、現物はこの通りイケメンだ。神に愛されたイケメンフェイスだ。

 最近はコンピューターグラフィックで簡単に整形できるから、写真のものよりも現物は劣ると思われがちなのだが、愛翔兄ちゃんに至ってはそれはない。

 むしろ、ボクの素人デジカメ撮影なので、光の加減の関係上少し表情が暗くなっているぐらいだ。

 それはそれで哀愁を帯びた美人である。男であるのが少しもったいないぐらいである。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 ボクはプラン通り、依頼者である八重柏さんを事務室に案内し終えると、愛翔兄ちゃんと八重柏さんが話している間に、ちゃっかりと夢寐委素島乱戦記を抜き取り、素早く給湯室に移動。

 後は適当なタイミングでお茶をお出しすれば、お手伝いに来ただけの従兄弟という設定がまかり通る。

「今回の客は身なりがいいから、上客かな」

 ボクはお客さん用の高めのお茶っ葉を急須に入れ、湯呑をお湯で温めながら、先の男性客のことを考える。

 探偵の現実的な依頼は、大概パートナーの浮気調査やいなくなったペットの捜索が常なのだが、お宝さがしという、冒険心をくすぐるものもある。

 それでなくても、愛翔兄ちゃんは、その手の依頼が舞い込みやすい。

 開業当初、依頼者のバカでかいダイヤの指輪を屋敷内からあっさりと見つけたのが、きっかけだったのかもしれない。

 お宝系はもちろん、金銀財宝に関しては、愛翔兄ちゃんは他の探偵に類を見ないぐらいの高い探索能力を所持しているのだ。

 そのため骨董屋からの依頼は多く、仙崎探偵事務所の仕事は、人探しよりもアンティーク探しがメインだ。いっそ、探偵をやめて骨董店を開いたほうがいいのではないかと、親族間ではもっぱら言われている。

「失礼します」

 お茶を用意したボクは、依頼者がいる事務室の扉をノックする。

 そして、事務的に応接テーブルにお茶を出すと、テーブルの上には『三種の神器』という文字がでかでかと書かれた企画書が置いてあるのが見えた。

 やはり、今回もお宝発見系の依頼らしい。

 ボクが表情を変えることなく、立ち上がったときだった。

 八重柏さんから待ったがかかる。

 何か、失礼なことをしただろうか。身に覚えのないので、焦った。

「あ、君も来ないかい。この夢寐委素島に」

「え?」

「八重柏様、挨拶も理由も過程もすっとばしすぎです。これでは、唯愛は有無さえも考えられませんよ」

 愛翔兄ちゃんは温和な口調だが、強く言い聞かせる。

 美人ゆえ、凄味もある。こう咎められると、とりあえず謝りたくなるものだ。

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