第3話な恋煩い

「はぁ」


「なんか今日の先生気怠そうですよね」


「そうかぁ?」


「そうですよ。それなのに少し目が輝いているんだから、ちょっと気持ち悪いです」


俺は実は私立高校で教師をやってる。高校の時の担任みたいになりたかったからだ。生徒から尊敬され、表向きには笑顔でやっていながらも裏では実はすごい努力をしている。そんな先生になりたいと思った。でも、まぁ、離婚の危機には陥りたくないけど。


「先生、手が止まってます。早く板書してください」


「なんか今日、俺への当たり強くないか?」


さっきから俺と話しているのは、沖田奈月。補習の常連組の一人。と言うことは、もちろん今やっているのは補修。

わざわざ休日を潰してまでやるのは少し理解ができないが、でも生徒に尊敬されるためなら必要だよね。


「休日だから、気怠いのは分かるけど、なんか目が輝いてるんだもん。なんかキモい」


俺は少し傷つきつつも早く補習を進めるために、チョークで黒板に板書していく。


「……大人の事情ってやつがあるんだよ。大人には」


俺は昨日のことをどう話すか迷った結果、省きに省き超抽象的にそう表現した。


「……女だな」


「うっ」


俺は迂闊にも声を出し、動揺を表してしまう。


「そうなの?たっくん?」


そうこのたっくんこそ、俺の天敵、そして沖田奈月の彼氏こそ杉原達哉だ。


「うん。この先生から女の匂いがプンプンしてく……」


急に杉原が黙った。不思議に思い黒板から向き直るとそこには沖田に追い詰められた杉原の姿が。


「ねぇ、たっくん。なんで女の匂いが分かるの?もしかして浮気してるの?だったら私……」


「ち、違うよ、なっちゃん。これは比喩だよ、比喩」


この会話から分かるように沖田はヤンデレだ。最初の補習でこの展開になった時は焦ったが、なんかもうこの光景が日常茶飯事になっている。

逆にこれがないと、もう安心できないレベル。この二人の間に何かがあったんじゃないか?と思ってしまう。慣れって怖いもんだ。


「痴話喧嘩も程々にしてくれ。あと杉原、お前は勉強できるだろ。なんでわざわざテストだけ点数を取らないんだ?補習のない小テストなら絶対に百点をとると言うのに」


「それは補習であなたのような人になっちゃんを悪いことから守るためです」


杉原は立ち上がり俺のほうに指を向けてそう言う。

お前のせいで補習が進まないんだけどな。


「たっちゃん。やっぱりたっくんはかっこいいよー」


「でしょ?そう言うなっちゃんも可愛いけどね」


「世界一?」


「俺はこれ以上の女性を知らないね」


「たっくん」


「なっちゃん」


二人は気づけばその場の雰囲気にのまれて、顔詳しく書けば唇を近づけていく。

そして……なんてことが学校内で許されるわけがなく、俺は甘ったるくて胸やけを起こしそうになりながらもバカップルの二人に声をかける。


「そこから続きは学校外でやってくれ」


この二人意外に素直なものでこう言うと直ぐにやめてくれる。だったら最初からやらないでくれと思うのだが、それはこれとは違うらしい。

難しいねぇ。


「んで、先生本当にどうしたんですか?どうせ暇ですし、二人で聞いてあげますよ」


「暇って、一応補習中だぞ」


「あぁ、それに関しては問題ありません。このあと俺が家で手取り足取り教える予定ですから」


「さすがたっくん」


手取り足取りって、なんかなぁ。エロい。


「……この補習の意味って?」


「特になし?強いて言うなら先生のお悩み相談会?」


……俺の休日にはどうやら価値がないらしい。


「んで、女関係ですか?」


俺は再び昨日のことを悩んだ結果、この二人ふざけた性格してるのに口は硬いから話してしまおうということに自分の中で結論が出た。


「この話は他言無用で頼むぞ」


急に始まった真剣な話し方に二人は茶化したりせず、無言でうなづいた。


「実はだな、昨日血液検査があったんだが、血液検査をしてくれた人がすっごく可愛かったんだ」


俺は昨日のことを自分の失態を除いたところだけを二人に伝える。

あれ?めっちゃ短くない?


「えっ、そんだけ?」


「それだけなんですか?先生」


うん。俺もそう思うぞ。こんなに俺の失態を除くと薄っぺらい話になるなんて俺ですらそう思っていなかったんだから。


「……その他にも色々あったんだが、ちょっとここからは言いづらいな」


本当に言いづらい。自分の教え子に血液検査が怖すぎて手術前の患者さん並みの表情をしていたら、看護師さんが緊張しすぎるのが馬鹿馬鹿しくなってリラックスして血液採取できていたなんてさすがに言えない。


「うん、まぁ、他にもありそうだけど……とりあえず言えるのは、ねぇ?」


何故か二人は見つめ合って何故か頷き合っている。


「うん、多分そうだと思うよ。せーのっ」


「「恋煩い」」


おい、バカップルぶりをここで出すな。

だとしても……。


「恋煩い?」


「そう、恋だよ、先生」


「懐かしいなぁ、俺もなっちゃんと付き合う前はベッドで一人悶々としていたよ」


乙女かっ。


「私はネットでどうすればデートが成功するかずっと調べてたよ」


そこは鏡の前で服を取っ替え引っ替えしてくれ。


「なっちゃん」


「たっくん」


また始まったこの甘ったるい雰囲気。それを俺は咳払いという風を使って壊し、乱し、散らす。


「んで、なんで恋煩いなんだ?」


「だって気怠そうなのに目に輝きがあるんだもん」


「先生に遂に春が来たんだよ。よかったじゃん」


全然答えになっていないと思うんだが。


「先生はその人ともう一度会いたい?」


「まあ、会えるものなら会いたいな」


俺は変に取り繕わずに正直に言う。すると二人はさらにニヤニヤした表情になった。


「先生、それは恋煩いって言うんだよ。簡単に言うなら恋だね。それも運命的な」


「うん。それ以外にはあり得ないと思う」


二人に意見は一致したようだ。


「……その場合俺はこれからどうすればいいんだ?」


情けないとは思うがこれまでの人生で女性経験はゼロに等しい。好きな人がいたことはあるがあれは完全な片想いだったし。


「教え子に教えを乞うなんて、先生失格じゃない?」


「どんな人にも得意不得意はあるだろう。沖田が勉強が苦手なようにな」


「まぁ、それもそっか。とりあえずはその女性と再会できないことには何もできないかなぁ。再開できたらうちらに報告してくれれば今後どういう風に距離を詰めていくか一緒に考えてあげるよ」


「再開した時はどうすればいいんだ?」


「んーまぁ、好感度が下がらないように気をつけるしかないかな」


そんな穴だらけの作戦でどうにかなるのか?自慢じゃないが俺って女性経験ないんだぞ?


「そんな不安そうな顔をすんなって。とりま最初の再開だけうまく行けばその先はきっとうまくいくだろうし」


「保証は?」


「特になし」


キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン


黒板の上にあるスピーカーが補習の終わりを告げる。そして俺のための第一回相談会も終わりとなった。


「んじゃ、先生頑張ってね」


「ほら、なっちゃん。早く行くよ」


「次はたっくん家だねぇ」


二人はチャイムがなった瞬間、何故かまとめられていた荷物を持って颯爽と教室を去っていった。

日は既に沈み始め、少しづつ暗くなってきている。

少し開けているドアからは少し湿った冷たい空気が入ってきていてこれからの天候を示唆しているようでもあり、今の俺のどうしようもない心情をも示唆していた。


「つまり、俺がこれからやることって突き当たりばったりなんじゃない?」


この夜俺は今後のことが不安になり、あまり寝付けないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

血液検査から始まる恋物語 ふくろう @Hukurou_0311

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ