はじめまして

 あの日の夕方、僕は何か記憶を失った。それが何なのかは全然分からない。日記と書かれていたノートを読んでも思い出せない。ましてや写真すらないなんて。

 何も思い出せないまま、一年以上が経っていた。僕は高校二年の夏、オープンキャンパスに行った大学に無事合格した。その大学は僕が忘れてしまった女子も目指していると書いてあった。だから、もしかすると会えるかもしれない。そんな小さな希望を持ち、僕は一人でキャンパスを歩いていた。

 僕のとなりを通り過ぎて行く大勢の学生。

 そんな中で一人の女子がこちらを見ていた。目が合うとすぐにそらして、何もなかったかのように僕の横を通り過ぎた。あの雰囲気‥、どこかで見たことがある気がする。でもその女子は振り返ることなく階段をおりようとしていた。

「夏城‥あお‥ば?」

何故その名前を口にしたかは分からない。でも僕の中の何かが動き出した。心臓が大きくドクンと鳴り、身体が熱い。脳がショートしそうなくらい、頭がいっぱいになった。遠くに行ってしまいそうな彼女を見て、口を動かした。

「青葉!」

そう言うと、彼女は振り返り笑って見せた。

 その顔は忘れることのない、青葉の顔だった。

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心の記憶 根鶴 蒼 @netsuru

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