第33話 狼人間の覚悟

 獣人族の王国、それは人間達に迫害されてきた王国であった。

 時には魔王と繋がりがあるのではないかと人間達に脅されたりもした。

 王様はそれでも仲間達を大切にしてきた。

 彼には1人の隠し子がいた。彼は犬獣人としているが、本来は狼獣人である。

 

 狼獣人は遥か昔から反逆者となると言い伝えられている。

 だが本来の言い伝えでは獣人族の勇者となる人物とされる。


 ウェルフは王族の血を引いている。

 そして狼獣人の血筋も引いている。

 王族が狼獣人なのではなく、覚醒遺伝子、王族の遥か先祖からもらった遺伝子だった。


 ウェルフは強さを求めた。仲間はいつもふざけあっている10人の配下達。

 彼等は狂戦士になる修行をした。

 もちろんウェルフも狂戦士になる修行をした。

 しかしウェルフだけが違っていた。それは覚醒者となったからだ。

 圧倒的な力に配下達は彼を主と決めた。


 

 そうしてウェルフ傭兵団が出来た。

 この傭兵団は獣人族の為に働くチームであった。

 奴隷にされた獣人族を解放したり、誘拐された獣人族を助けたり、獣人族と獣人族のもめ事を収めたりした。


 ある時、人間達は7人の英雄達を生贄にして神融合の大陸を召喚した。

 神融合の大陸には未知のモンスターがはびこり、人間でも開拓は難しく、獣人の力が必要とされた。


 ウェルフは獣人族代表として出兵する事にした。

 完璧の盾マボロンの心臓の近くにいると絶対モンスターはやってこない。

 その時からウェルフは完璧の盾マボロンとはどういう人物なのか興味が出て着た。

 しかし彼に残された伝承は反逆者という烙印であった。


 ウェルフはそうは思えなかった。

 多種多様な素材が取れる地区にマボロンの心臓の塔を設立した。

 そうして未知の素材を収穫して、多額のお金が獣人族に入るようになった。


 故郷にいる獣人族の王国はきっと富に溢れているだろう。

 ウェルフは不思議と満足感に溢れていた。


 必死に頭から血を流し、その姿はリザードマンなのに、冷血のようには見えない。

 がむしゃらに生きようとしている。がむしゃらに自分の道を通そうとしている。


 普通のリザードマンの姿になったマボロンは右手と左手に赤い盾と青い盾を握りしめる。ウェルフはその悠然とこちらに立ち向かう姿に感動していた。


「これだから、エンペラーはすごい、やはり伝説通りと言う事か、ちょうど狂戦士の力が尽きた」


 ウェルフは2本のシミターを構える。

 円月の形をしたそのシミターを右手と左手でしっかりと握りしめる。


 リザードマンの姿をした完璧の盾マボロンはこちらに向かって走り出す。

 ウェルフも走り出した。


 2人はぶつかり合うその間際まで殺す気でいた。

 2人の武器が交差し、片方の斬撃が片方の盾に弾かれる。弾かれた盾を地面に突き刺し、そのバネを利用して空中に回転する。

 武器がクロスに炸裂すると盾の持ち主の体から鮮血がほとばしる。

 着地した盾をもった男が地面に突き刺さっている盾を引き抜きざま、武器を持った男を殴り飛ばす。


 そうして、2人は攻撃と防御を繰り返した。

 2人の体が鮮血に染まる中、2人はいつしか楽しいという感情を覚える。

 ウェルフは人生で初めて、自分とここまで互角に渡り合える人物と出会った。

 少しでも力を抜くと殺されてしまう、こちらが本気を出して相手と均等に渡り合える状態。


 

 ウェルフはいつしか笑い声を上げてシミターを振り落としていた。


 

 一方完璧の盾マボロンはウェルフの攻撃がとてつもなくゆっくりに見えた。

 これが死の走馬灯と言う奴なのだろうか、自分はここで両断されて死ぬのだろうか、右手と左手で握りしめた盾で防御するには遅すぎる。


 

 2本のシミターは完璧の盾マボロンの首を両断させるには十分なくらいだ。

 きっと他のエンペラー達は無事心臓を回収して人間の選別でも始めるのだろう、そこにマボロンはいるのだろうか?


 マボロンの心の中に空虚が生まれて行く。

 死を受け入れようとしたまさにその時。


 人間達の復讐心が心臓を伝わって脳味噌に伝達されていく。

 こんな所で死んでたまるか、マボロンは目をかっと開き、避ける事が出来ないなら。


「守ればいいだろう、自分を」


 

 今まで自分を守ってきたが、それは他人を守る為だった。

 だから今、マボロンは自分自身を守る事にした。



 2本のシミターは完璧の盾マボロンの首を両断したはずだった。

 2本のシミターは刃先からボロボロに崩れて行くと、刃が粉のように舞い落ち。

 マボロンは立ち上がっていた。


「お前は殺さない」


 マボロンはそう言った。


「なぜだ。完璧の盾とは盾の事ではないのか」


「完璧の盾とは完璧に自分を守るという事だ。この鱗のように」


 マボロンの首には無数の鱗が棘の様に突き出していた。

 完璧の盾マボロンは首の鱗で2本のシミターを防御して破壊して見せたのだ。

 

 武器を失くしたウェルフはその場で膝をついて、地面に両手を叩きつけて、嗚咽を洩らしていた。


「俺は、俺は何も出来ないのか仲間の弔いも出来ないのか」

「いや、君はすごくいいよ、僕は君を殺さない、君からひどい悪臭を放つ人間の心を感じないからだ」

「どういうつもりだ。俺を殺せ、俺は負けたんだ」

「僕は基本的に殺戮魔ではない、人々を守る為に頑張って、裏切られたんだ。だから殺す。裏切った奴は殺す、だけど君は裏切ってない、僕に立ちふさがっただけだ」

「なら、いつか俺はお前を殺すかもしれないぞ」

「その時はいつだって相手してやる、だけど僕は君を殺さないよ」

「なぜ、そこまで、俺を助ける。俺はお前に何もしていないじゃないか」

「君は僕に何か大切な事を思い出させてくれた。僕に自分を守るという概念を思い出させてくれたんだ」

「そんなの誰だって思っている事だろう」

「ふふ、僕はそんな当たり前の事を忘れていたよ、周りを守るばかりで自分を守り忘れていた。さて、僕は仲間の元に戻る。君はどうする? 下手したら死ぬよ」

「それなら、それでいい、この危険地区でもっと強くなってあんたを殺す」

「いいね、僕に向かってくる復讐と言う奴は、僕が周りに抱いている復讐が僕に向かっているような感覚、とてもなつかしい響きだ」


 ウェルフは地面に何度も何度も両手を叩きつけている。

 彼は大きな声で嗚咽を洩らしている。

 その場所にあった鋼鉄の城壁と建物は全てが破壊されている。

 兵士達の死体は土に埋まり、狂戦士の死体もちりぢりになっている。


 ウェルフは巨大なドラゴンに変身すると、強靭な赤い翼で空を飛翔した。

 青くて黒い雲の中に入って、少しだけ気持ちを落ち着かせると、仲間達の集合先に向かった。

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史上最悪なモンスターに転生した最強者達は恨みを晴らす為に人間種を滅ぼしたい MIZAWA @MIZAWA

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