第23話 ハートの心臓

「う、そだろ」



 予測とは裏切られるもの。可能性とは可能性にしかすぎぬ事。

 予測を上回る事はよくある事。可能性を木っ端みじんに破壊するのは生物ならではの力。



 勇者デュラハンであり頭は遥か空に浮遊している。

 体は結構飛ばされた。

 避けるだけではダメだった。


 奴はモンスターのように首の付け根から叫び声を咆哮を発している。

 どうやら奴はこちらを探しているようだ。


 デュラハンは立ちあがる。 

 そこには1個の宝箱があった。


 それは運命、それは必然。


 心臓がないのにドクンと何かが脈打った。

 

 さらに音が激しく鳴っていく。

 心がとてつもなく苦しい。



 勇者ジンテイジの首無し化物はこちらを見ていた。


 このままでは勝利はない。


 だからといってこんな宝箱を開けている暇はない。



 好奇心とこの心臓の高鳴りはこの宝箱から流れてくる情報だ。



 ゲンセイはゆっくりと宝箱を開けた。

 そこには1個のハートの形をした心臓があった。

 てっきり心臓だからグロテスクな物かと思っていた。

 そのハートの形をした赤い何かは心臓だと理解した。



 それに触れると、勝手に体の中に吸収されていく。


 心臓の脈動がさらに早くなる。

 心臓の動悸と鼓動が激しくなる。

 心臓が体の1つ1つに何かを支配しているようだ。


 気付けば世界はスローになっていくと、次の瞬間にはスピードを跳ね上げる。

 

 全てを再び手に入れた。

 勇者ゲンセイであった頃の思いや、希望や勇気などが思い出した。

 復讐に取りつかれて沢山の人間種を殺すのも結局は自分自身であった。


 沢山の人々を殺すより、沢山の人々を生かした方がいい。


「殺す事により人を助ける。それこそが勇者である俺様の気持ち、そしてデュラハンである俺様の気持でもある」



 沢山の思い出が蘇ってくる。

 自分が本当に倒さないといけない存在。

 それは人間如きではない。


「ああ、そうさ、神だ。俺様は神を殺すぞ」



 きっとその光景を神様は見ている。

 それに挑んでみたいと思ってしまう程ゲンセイは勇者の記憶を全て手に入れた。



 ゲンセイは地獄にも天界にも行った事がある。

 地獄と天界には物凄く強い神様達がいる。なぜ彼等を殺す必要があるのか、それはいたってシンプル、あいつらはこちらを拷問したり説教して自己満足をしているからだ。



「神を殺すのは最後だ。今はこの世界の理不尽を叩く。奴隷にされる人々、暴行を受ける女性達。虐待を受ける子供達。戦争で死んでいく人々、沢山の悪ではなく正義でもない、それは民衆達を支配する国王などといったやつらも自己満足、ああ、そうさ、俺様は皆殺しにしてやるんだ。いつかは人間種を滅ぼしていつかは神様も滅ぼす」



 ぜはーと息を吸いながら。

 頭で考えている事と話している内容が一致していない事に気付きつつも。


「俺様が判断する。そいつらが生きるか死ぬべきか、俺様は神様ではない、だけど、あんたは死ぬべきだ。勇者ジンテイジよ」



 時間が動き出した。時間は鼓動を始めたのだ。

 両手両足で獣のように走る化物には頭がない。


 奴は思いっきりジャンプすると、右手と左手に鉄の剣を背中から引き抜いた。

 どうやら死体から拾って装備していたようだ。


 

「ふん、本物の勇者を舐めるなよ、小僧」



 銀色のエンゲージソードを軽く持ち上げる。

 まるでちょびっと触れるくらい。

 それだけでジンテイジは遥か空に吹き飛ばされた。



「我は神を信じない、我は神を信じる。どちらでもないのが神だから、食らえ」



 落下してくる場所がまるで誘導されているかのように、ジンテイジの首無しムキムキパンツ一着は地面に着地する事は無かった。



 化物が落ちる瞬間、その肉体はミンチになった。

 銀色のエンゲージソードの本気をフル稼働した結果。

 その斬撃は人には見る事が叶わない。

 それが本来の勇者の力であった。



 ゲンセイは転生してデュラハンになった。

 しかし力を全て手に入れている訳ではなかった。

 そして赤いハートの形をした心臓を吸収する事で、全てを手に入れた。



「これが新人類」



 この世界から肉体と魂をも消滅させてジンテイジを見ながらゲンセイはにやりとほくそ笑んだ。


 

「さて掃除だ」



 兵士達はこちらを見た。

 次に魔王リュウガを見た。

 次にテイルと首無し馬のグリーを見た。

 最後に後ろを振り返って、決断した。


 森の中に走るのに逃げたのだ。


 それから2分後にはこの砦の生き残りは魔王リュウガと数名を除いて全滅した。

 全員がむごたらしい死に方をした。



 

 体がぴかぴかと光ったのはその時だった。

 沢山の兵士達を皆殺しにした。

 中には奴隷になっている人がいたので解放したりした。


 頭は右手で抱えているし。

 相変わらず肉体の部分はないとばかり思っていた。



 異変は突然生じた。

 ぴかぴかと光。

 鎧の中には肉体のようでいて肉体ではないものがあった。

 しかし現在は生前の勇者の姿そのままであった。


 違うとしたらちゃんと生前の勇者の姿で首と体が両断出来るデュラハンである事だ。


 

「たぶん、それは心臓を吸収したからよ、それプラスに沢山の人々の魂を昇天させたからね、他の6名の化物達にも異変が生じると思うわ、それがあなたの場合肉体を取り戻す事だったのよ、問題はあなたの事を知っている人がいたらどう思うかだね」


「思わせておけばいい、それは人間の特権のようなものだ。魔王リュウガよ妻のリンネイは砦の離れにいるのだろう?」

「はい今はそちらに行っています。じゃないとめちゃくちゃ攻撃で一緒に死んでますよ」

「それもそうだなリンネイを連れて聖女スライムの所に向かおうではないか」


「本当に妻の命が助かるのですね」

「期待していた方がいいよ、うちも回復スライムさんは出来る子だと思ってるから」

「テイル、それを本人に聞かれたらぼこぼこコースだぞ」

「うう、ごめんなさい」



 テイルは時たま上から目線になる。

 まるで心の中に別な人格がいるかのようだ。

 その別人格のテイルになると世の中の事を凄く詳しかったりする。 

 突如解説が入ったりとするのだが勇者デュラハンであるゲンセイは不思議に思ったものだ。


 しばらくすると魔王リュウガが奥さんであるリンネイさんを連れて来た。

 その美貌ぶりにデュラハンとテイルとなぜか首無し馬のグリーまでもが唖然としていた。


 その女性はきょとんとしていた。目はくりっと大きくて、鼻はすらりとしている。

 なにより体は細すぎもせず太りすぎもしていなかった。


 髪の毛は沢山の色が混ざった虹色のようなものだった。

 


「ご機嫌はいかがかしら? 僕はすこぶるいいよ、すごい音がしたけどね」


 どうやらこのリンネイと言う女性は自己表現が僕っ子のようだ。

 リンネイから人間の血をまったく感じないのに、見た目は人間そのものであった。



「妻は無限種なのです」


「あの、伝説の無限種なのですか」


「詳しくは知っているのですか? 勇者ゲンセイ殿」

「いや、俺様はあまり知らないんだ」



「仕方がないな、うちが説明してあげるよ、無限種とはこの世の全ての種族の血を引いている。なぜか人間の血だけは区別されて入っていないそうだ。それに人間と子供を作っても大抵は化けも物になるそうだよ」


「それはすごいな、無限種か」



 リンネイの方を見ると、いつの間にかエルフの姿になっている。

 次はドワーフになったり、あらゆるモンスターになったり、デュラハンにもなったりした。その時は大きく笑った。


 スライムにもなるし、オーガにもなる。

 大抵は美しいモンスターとか種族になってしまう。


「魔王の奥様すごいな」

「すごいだろ、でもな」


「そう、無限種はあらゆる生命の力を引き出す事が出来る。細胞と呼ばれる物質が変異し続けるという事は体の細胞を消費しているという事、その結果不治の病になるのです」


「なぁテイルさ、お前は本当に奴隷だったのか?」



「うん、奴隷でしたよ」



 勇者ゲンセイと魔王リュウガは不思議そうにテイルと呼ばれるエルフ幼女を見ていた。

 リンネイはその光景を見て、くすりと笑った。



 その時1体のスライムがやってくると肩に乗った。



【色々と楽しい事があったようね、ふむ、無限種ね、生では初めて見たわ】


「その声は聖女メイアリナですな」


【その通りよ、大体の話は聞いたわ、勇者は心臓を取り戻したから合流ポイントは最初の場所で、他の仲間達も戦ってるわよ】


「それは良かった」



 すると先程から静かだった魔王リュウガが声を上げる。



「リンネイは助かるのでしょうか?」


【それは分からないけど、伊達に地獄と天界にいる人々を治して来た訳じゃないわ、その中にあなたのような無限種がいたから安心して、但し現実の世界ではないから、覚悟だけはしておいてね】


「はい、メイアリナ様」


【普通に聖女って呼んでくれると嬉しいわ】


「では聖女スライム様」


【それでわね】



 デュラハンはとテイルはグリーに跨った。

 グリーは先程までとは姿は変わり。

 さらに大きくなっていた。

 なので勇者デュラハンであるゲンセイとテイルと乗せても大丈夫なくらいだった。

 

 魔王リュウガと無限種リンネイは1頭に馬に乗ってこちらへとやってくる。



「では行こう」

「はい」

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