第三話 郷愁の星空(02)

 客間と華は言っていたけども、睦月の部屋よりも遥かに広々とした空間に、テーブル、ベッド、ソファと一通りの家具がそろった空間に、異質な扉がベッドの真横に不自然に立っていた。黒っぽい重厚そうな石造りではあるが、豪華な部屋とは相反して安っぽいどこにでも転がってそうな石を素材としていそうである。地球上の物質で例えると玄武岩に石質は似ている。


 石の扉の右下は苔むしていて、植物のツタのようなもので全体が覆われている。一見植物にしか見えないが、DOORの一部であることは傷一つ付けられないことからも間違いはなかった。


 睦月はDOORを半開きにして、中との通信をすでに確立させている。内部の空気は若干、地上よりも酸素濃度が低い程度で、例えていうなら標高3000mの山と同程度。さらに、温度は30度で、湿度は47%と暑いわりに湿度が低いため内部調査の問題はなさそうである。


 これから内部の映像を確認するために、ドローンの準備をしているところだった。コンパクトに収納できる携帯性に優れた機体で、羽を広げた全長で50センチほど、電波を遮るものさえなければ直線で3キロほどは飛行可能である。


「じゃあ、先輩。これからドローン突入させます」

「おっけー、ドローンとのリンクは問題ないよ」

 

 ドローンの映像が見えるゴーグルを装着して、コントローラのスイッチを入れると、ブーーーーンとプロペラが回りだし、床から数十センチのところでホバリングを行う。小さな体からは信じられないほどの風が巻き起こり、絨毯の柔らかな毛並みが押し付けられている。睦月は慎重にドローンを操縦して、内部の撮影に挑む。


 DOORはすべからく幅1メートルであるため、50センチの体でも安心は出来ない。ドローンを内部においてから、テイクオフしてもいいのだが、睦月は決め事としてドローンでの調査を終えるまでは指の一本も中には入れないことにしている。


 ゴーグル内に表示される映像は薄暗い闇色をしていた。すぐにドローンに付けられたライトにスイッチを入れる。一筋の光が伸び、地面の様子を映し出す。

 草が靡いていた。


「わお!ネイチャー型!?」

「見たいですね」


 ドローンは地上1メートルくらいの位置でホバリングさせている。

 大地は二十センチはありそうなフカフカの草でおおわれている。ドローンを飛ばすとDOORの周囲は一面芝生で埋め尽くされているのがわかった。入り口から50メートルほど進んだところから低木が生え始めて、徐々に木々の密度を増やして森を形成している。


 ドローンの高度を上げていくと、その森の深さが見えてきた。

 しかし、DOOR内部の世界は地上ことなり夜の世界。ドローンに装着されたライトでは高度を上げると何も見えなくなった。辛うじて山の輪郭が分かる程度である。

 

 睦月は一旦調査を中断して、ドローンを引き返させる。ドローンにはホーム機能があるため、操縦するための特別なスキルは必要ない。最短距離を障害物を回避して戻ってくる。さすがにDOORを通過することは出来ないので、最後は手動に切り替えて手元に戻す。


 モニター越しに見ていた自然溢れる景色から、一気に人工的な普通の室内へと場面転換する。明暗の違いに一瞬目が眩むもコントローラから手を離し、自分に激突する寸前でホバリングモードに切り替え、すぐに着陸させる。

 睦月はドローンに装着しているカメラをナイトビジョンモードのあるカメラに入れ替える。


「先輩。聞こえてます」

『聞こえているざます』


 若干イラっとしながらも、浅葱の語尾を受け流して話を進める。


「…空撮モードで自動操縦をかけます。そっちの設定に関しては問題ないですか。ネイチャー型のDOORは先輩初めてですよね」

『そうざますね』

「マッピングのモードをネイチャー型にするだけで十分なんで、高度を30メートル、飛行速度を1メートル毎秒に設定すれば、自動で地形がパソコン上に作られていくんで、特に難しいことはありません」

『ほんと、簡単ざますね』

「…突っ込みませんよ」


 どうにも我慢できずに、突っ込まないという突っ込みを入れてしまう。


『もう!いい加減許してよ』

「別に怒ってないですって。先輩は嘘をつかないと生きていけないんですから。呼吸するようなものです。そんなもの一々構ってられません。それで、設定は出来ましたか」

『くぅ。睦月君が酷いよ。ただの冗談なのに…。うぅ、設定は問題ないよ。いつでも大丈夫』

「了解。じゃあ、ドローン飛ばします」


 喋りながら設定した通りにドローンが動き出す。睦月は言葉通り怒っているわけではない。ただ、ちょっと、ほんとうにちょっとだけ、イラッとしたのだ。


 ゴーグルカメラを装着すると、ドローンのカメラ越しの映像が見えてくる。ナイトビジョンモードのため全体的に緑色の世界に輪郭だけが表示される。DOORを抜けたドローンはぐんぐん高度を上げて設定どおり30メートル地点で上昇を停止する。


 その後は、DOORを中心(より正確にはDOORより差し入れているアンテナが中心)として渦巻状に地上を撮影しながら飛び続ける。

 非常に地味な映像である。


 睦月がゴーグルで見ている映像は、カメラのレンズが捕らえたそのままの映像であるが、浅葱の見ているモニターには地面の起伏を含めた地形が少しずつ顕になっていく。カメラの画角は150℃あるが、ナイトモードで解析できる範囲を考えると120℃くらいまで狭まってしまう。それでも、30メートル上空からだと人目で半径100メートル程度は認識できている。もっとも、ドローンのバッテリーは60分しか持たないので、一度の空撮で判明するのはDOORを中心に半径400メートル程度でしかない。


 問題はこのネイチャー型DOORの広さである。

 世界最大のDOORであるリビアのそれは北海道ほどの広さを有している。そこまでの広さになると睦月の持っている設備では手が出せなくなってします。その場合には、華には申し訳ないが、大手を紹介する必要が出てくるだろう。


『なんか、すごい地味な作業ね』

「これでも昼間だったら景色の一つでも楽しめると思うんですけどね、ナイトビジョンモードだと輪郭しか見えないですからね」


 しばらく空撮を続けていると浅葱がそんなことを言い出した。いつの間にか”ざまず”はやめたらしい。


『睦月君はまだマシだよ。私の見ている映像なんて輪郭だけのゴーグルアースの映像が少しずつ広がっているだけだよ。昔のネットが遅かったときみたいな感じで』

「はは、まさしくその通りだと思いますよ。まあ、とりあえず今日のところはこの調子で行ける所までマッピングして、夜中に定点カメラを仕掛けておきます。こっちと時間軸がずれてて昼夜逆転してるだけかもしれませんしね。それなら、華さんに相談して、調査する時間を夜中にしますよ。明るい方が調査はしやすいですから」


 DOORなので確かなことは言えないけれども、植物が育っているのなら日の光もあるだろうと単純に考えたのだ。


『ネイチャー型は初めて見るからちょっと楽しみだね』

「あんまり期待しない方がいいですよ。言ってもDOORですからね」

『なによ。厭世的ね』

「そこまでじゃないですよ。ここはそれなりに広いみたいですけど、裏庭レベルのDOORもありましたし、それにダンジョン型とは違うんですけど、モンスターの類は出るんですよ」

『そうなの?だって、リビアでは農地として運用してるんでしょ』

「ええ、まあ。ネイチャー型DOORのモンスターはダンジョン型と違って、繁殖するんです。沸いて出てくるわけじゃないんです。なので、殲滅も可能と言うことです」


 北海道中の野生動物を絶滅させるのは現実的には厳しい。巡回兵をめぐらせつつ、囲いを設けて対処しているというのが実情である。


『マジ』

「まあ、厳密に言うとモンスターとは違うのかもしれません。ライオンやトラみたいに、ただの肉食の猛獣っていえるのかもしれないですけど、ティラノサウルスみたいな恐竜っぽいのもいますからね。現代社会からすれば、結局化け物ですよ」

『恐竜とかショットガンじゃ無理でしょ』

「人間の持つ武器で殺せない化け物は今のところいないみたいですけど、少なくとも僕の手持ちじゃ手に負えません」


 それに、問題はDOORの入り口の狭さもある。幅1メートル、高さ2メートルを超えるものは持ち込めないのだ。バイクは乗り入れても車は入れない。

 戦車や戦闘機が持ち込めないのだ。

 細分化して中で組み立てることは可能である。そうして、車を中で作り、農作物の運搬には利用しているが、さすがに戦闘機を内部でくみ上げたという話は睦月は知らなかった。


『じゃあ、どうするの』

「諦めます!!」

『ちょ、スパッっと言えばかっこいいって物でもないわよ』

「無理なものは無理です。命あっての物種ですよ」

『まあ、私も無理をしろとは言わないけどね。ふう、じゃあ、しばらくはこの地っ味ーーーーな作業が続くのね』

「心底嫌そうですね。まあ、そんなに悲観しないでください。ドローンが戻ってきたら準備して中に入るんで」

『そうなの?』

「ドローンで地形調査とマッピングは出来ても、結局中に入って調査しないと分からない部分も多いですからね。木の茂っているところなんか、ドローンじゃ調査できないですから」

『無理しないでね』

「って、どっちなんですか?」

『なはは。いやあ、まあ、心配してるのよ」

「っと、そろそろバッテリーが切れそうなんでドローンが戻ってきますね。一旦昼休憩にしましょうかね。先輩もお昼とって貰って良いですよ」

『うん。じゃあ、通信切るね』

「はーい」


 と、睦月も通信を切ろうとしたところで、外からノックの音が聞こえてきた。


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あとがき


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