第三話 郷愁の星空(01)

 石動華という女性は白亜の豪邸に住まう気品溢れる老齢のマダムだった。

 年は七十代くらいだろうとか睦月は推測する。背筋はきれいに伸びていて、昔モデルとして活躍していたと言われても信じるくらい凛とした美しい歩き方をしていた。


 屋敷には一体どれほどの部屋があるのか分からないほど、廊下には無数のドアが立ち並んでいる。くすみ一つないキレイな壁紙に、きっと睦月の年収以上の価値はあるであろう絵画が何点も飾られていた。華にとってはもはや当たり前の光景で、わざわざ説明することもないのだろう。


 二人の歩いている廊下の幅ですら睦月の理解を超えていた。両手を広げたよりも遥かに広く、乗用車が走れるくらいのゆとりがあった。床を覆う絨毯も長年使っているだろう年季を感じさせながらも、毛の一本一本が立っていた。手入れがきちんとされているのだろう。


 長い廊下を進んだ先の豪奢なつくりの部屋に通されて、一瞬で根が生えそうなほど座り心地のいいソファに腰を下ろした。これだけ広い家に、さぞかし大勢の使用人でもいるのかと思えば、華は手ずからお茶を入れてくれた。


「緑茶でいいかしら。それとも、若い方はコーヒーなんかのほうがいいのかしら」

「あ、いえ、お構いなく」


 彼女の入れるお茶は香りよく、いつも飲んでいるものとは別物だった。お茶を飲みながら華が話すところによると、二年前に旦那がなくなり、子供達は家を出たため豪邸に一人で住んでいるそうだ。住み込みの使用人は一人もなく、週に二回、掃除をする家政婦がやってくるくらいだそうだ。


「何でも人任せにしてたらボケちゃうでしょう」


 華は照れくさそうに、かわいらしい笑みを見せた。睦月の祖父母はすでに他界しているため、自分の祖母にあったような温かい気持ちが湧いてくる。


 湧いてくるのだが…。

 広々とした室内に設えられたテーブルを囲むようにカウチがあり、本来なら客人と家主とは対面で向かい合わせに座るのかと思いきや、華はお茶を入れると睦月の隣に当たり前のように腰を落ち着けた。


「ふぅ。おばあちゃんばかり話をしていても仕方ないわね。それで、DOORでしたっけ。どうしたら良いのかしら」

「えっと、そうですね。その前に、あの近くないですか?」


 恐る恐る事実を指摘すると、華はたおやかな所作で答える。


「あら、ごめんなさい。年を取るとどうしても耳がね…」


 そう言われては睦月としても、移動してくれとは強くはいないのだが、華の手は自分の膝の上ではなく睦月の膝上に優しく添えられていた。

 睦月は引きつった笑みを浮かべながら、睦月は持ってきていたパンフレットをテーブルの上に広げ、それを見た華がすこし恥ずかしそうに老眼鏡を手に取った。メガネをかけて睦月の用意したパンフレットを上から覗き込んだ。

 彼女が見ている視線を追いながら睦月は説明を始める。


「DOORには三つのタイプがあります。アーティファクト型とダンジョン型、それからネイチャー型があるんですが…」

「如月さん?」

「どうしました?」

「ごめんなさい。わたし横文字は嫌いなのよ。日本語で話してくれないかしら。最近はなんでもかんでも横文字でしょう。ここは日本なのですから…」


 ふふふと、華のやさしい笑い声が部屋に広がり、気遣いの足りなかったことを睦月は謝った。お金に余裕があるオーナーは基本的にRDIのような大手にDOORの依頼を行う。だけども、華が睦月の事務所を選んだのは、社名が横文字じゃなかったから。そして家から近いので何かあってもすぐに相談できるという理由からだった。


「ああ、いえ、こちらこそ失礼しました。えっとですね、一つは人工物型といいまして、無機質な天井と壁と床がある空間が形成されています。次が洞窟のようなところで化け物が出る危険なものです。最後が森や草原といった自然が広がっているものになります」

「あの扉の向こうに、そんなものがあるの?」

「ええ、不思議ですよね」

「本当にねぇ。それであのDOORを如月さんのところで引き取ってくださるのかしら?」

「ええと…すみません。それは出来ないんです」

「あらあら、そうなの」

「はい。DOORは不思議なものでして、移動させることは出来ないんです」

「まあ」

「なので、もし処分するとなると、家ごとということになるんです」

「それは困ったわね。住むところがなくなったら困るわよね?」


 なんで疑問系なんだろうと睦月は思いながら、「そうですね」とあいまいに頷くとテーブルのカップを取るふりをしながら、少しだけ体を左にずらした。話しをしていると、華の顔がどんどんと近づいてきていてもはや頬がくっついてしまいそうなほどだったのだ。


 もっとも、ずれた距離はすぐに縮められたのだが…。


「そしたら、どうしたら良いのかしら」

「そうですね…正直、調査の必要なくなると私としても困るのですが、特に必要がなければそのまま放置していても問題はありません。DOORの先にある世界がこちらに影響を及ぼすことはありませんので」

「そうなの。それじゃあ、普通はどうしているんですの?」

「DOORは率直に言って、お金になります。そのため、うちのような調査事務所が内部の状態を調査して価値を見出してオークショ…競売にかけて売ります」

「でも、売るときは家ごとなんですよね」

「ああ、いや、まあ、普通はそうなりますが、これだけのお屋敷であれば、その部屋だけを売却と言うことも十分可能です。それに、売らずに利用料をとってDOORを解放する方もいらっしゃいます」

「そうなのね…」


 どうしたらいいかしら、と小首をかしげて頬に手を置いて華は考える。睦月としては迷っていた。正直に言えば、先ほど口にしたように、目の前の依頼人にはDOORの調査をする理由がないのだ。普通の人はDOOR=お金という見方をしているけども、彼女はお金に困っているわけではないのだろう。ただ、家に見慣れない扉が現れ、それの扱いに困ってどうにかしてくれる人を探していたのだ。その先にいたのが睦月というだけのことだ。


「どうしましょうか。調査するとなるとそれなりに費用が掛かります。うちの事務所では基本料金の100万円に加えて、洞窟型や自然型の場合は、追加料金を取ることになっているんです。正直、決して安いものじゃないと思うので…」

「ふふ、如月さんは、商売はあまり得意じゃないのかしら…でも、正直な方って私好きよ。そうね、とりあえず調査だけでもしてもらおうかしら。いずれは子供たちの誰かがこの家を相続するだろうし、そんなときに良く分からないものが家の中にあるって言うのも嫌だと思うもの」

「そうですね。もし価値のあるものだと分かれば、お子さん達に残せるものも大きくなりますから。それでは、料金システムについて説明しますね」


 睦月はパンフレットを駆使して説明の続きを行う。基本料金で100万円というと、かなりの高額に思えるが睦月の事務所は個人経営の小さな事務所のため、他所よりはかなり安い。睦月の場合、直接DOOR内部調査を行う前の事前調査に使える計測機器や装置が少ないため、中に入るためのリスクが他所より大きいのだ。


 逆にリスクを最小限に出来る他者は、それらの機器のリース費用やローンの支払いのために費用が馬鹿高くなっている。それに人件費の問題もある。

 ダンジョン型やネイチャー型ではモンスターという直接的な危険もあるため、費用は跳ね上がる。武器弾薬が必要になるという直接的な理由もある。

 一通りの説明を終えて、翌日から調査に入ることに決めて睦月は華の屋敷を後にした。







「っていうか、ざますっていわないじゃねえか!!!」


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あとがき


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