第43話 盲点

 僕はサーブを打つ直前に、この試合の審判である召喚しょうかん先輩に声を掛けたから、召喚先輩は僕の方を振り向いた。

「・・・何かありましたか?」

「この『コップヌードル卓球大会』のルールでは、サーブに関しては、僕たちの側の机でワンバウンドしてから辞書を飛び越え、対角線の机にワンバウンドすればいいんですよね?」

「その通りですけど、それがどうしましたか?」

「それ以外にルールは無いですよね」

「そうですけど・・・」

 召喚先輩は首を傾げながら僕の質問に答えている。つまり「今になって何を言いたいの?」と言わんばかりの顔なのだ。それに、周囲の人たちも「何を言ってるんだあ?」と言わんばかりの表情で僕を見ている。

「・・・もう1つ、召喚先輩に聞きたいんだけど、僕が左手に持ったピンポン玉を手から離した瞬間がプレースタートですよね?」

「その通りですよ」

 召喚先輩はまたまた首を傾げながら僕の質問に答えたけど、この瞬間、僕は自分の考えが正しいと確信した!

 僕は左斜め後ろにいた先輩に歩み寄った。そのまま周囲に聞こえないように小声で

「・・・先輩、ちょっといいですか?」

「・・・並野君、どうしたの?」

「実は先輩にやって欲しい事があるんだけど」

「やって欲しい事?何それ?」

「実は・・・(ゴニョゴニョ)するから、その時に・・・(ゴニョゴニョ)をやって下さい」

 先輩は僕の提案に耳を疑った!

「ちょ、ちょっと、それってマジ!?いいの?」

「この大会の全部のルールをつなぎ合わせたら、有りという事です」

「たしかに並野君の言ってるとおりだと思うけど、本当にいいの?」

「殆どルールの盲点を突いたです。僕だって、ついさっきひらめいただけですから、やってみないと分かりません」

「どちらにせよ、もう私たちには後がない。やるしかないという事か・・・」

「そういう事です。かもしれませんが、ルール上はOKのはずです」

「分かった。一か八か、やってみる。悪あがきかもしれないけど」

「悪あがきでも何でも、このままアッサリ負けたら只管ひたすらさんに申し訳ないですから」

「そうね。只管さんの為にもやってみる」

「お願いします」

 先輩は覚悟を決めたかのような表情で頷いたから、僕は机の前に戻ったけど、その時に先輩は僕の左側に並んだ。

 僕は左手に持ったピンポン玉を暫くジッと見てたけど、顔を上げたらスタスタと右に向かって歩き始め、右側の机の長い面の丁度真ん中付近まで歩いた所で足を止め、その直後、ピンポン玉を放り投げた。


 その時だ!


”ドン!”


 先輩が右足を高々と上げたかと思ったら渾身の力を込めて机を蹴飛ばしたから、一部の男子からは「ウォー!」と歓声が上がった位だけど、それと同時にネット代わりの辞書が全て倒れた!

 僕はその倒れて殆ど段差がなくなったところへ向かって右手のコップヌードルでピンポン玉を軽く打ったから、雪佐せっさ先生がダッシュして机の右に手を伸ばしたけど、それよりも先にピンポン玉が2バウンドしたから僕たちのポイントだ!

 僕と先輩はハイタッチしたけど、雪佐先生も壱語いちご先生も『やられた!』という表情をして互いの顔を見合わせている。姉ちゃんも召喚先輩も口をアングリと開けて絶句しているし、周囲にいる他の連中は半分歓声、半分騒めいている。


 そう、僕は『コップヌードル卓球大会』の全てのルールを繋ぎ合わせ、トリックプレーを思いついたのだ!


 サーブに関しては、ピンポン玉のバウンドについてしか書かれてないから、のだ!

 しかも辞書に直接、体が触れない限りはに故意に倒して勝負するのは認められている!そのプレーの開始は、サーブする人がピンポン玉を離した直後というのは審判に確認を取っているから、姉ちゃんも召喚先輩もルール違反の宣告を出来ない!

 それに、辞書が倒れてしまえば、僕が立っている位置で軽くピンポン玉を押し出すだけで相手側の机に簡単に届くし、だいたい、強く打たない事で机の上で2バウンドする位の玉を打てる。これなら、4つ並べた机の向こう側に立っていては絶対に手が届かない。


 いわば、ルールの盲点を使ったトリックプレーなのだ!


 サーブ者は先輩に変わったけど、先輩がピンポン玉を上げた瞬間に僕は机を思いっきり蹴って、先輩はさっきの僕と同じようにピンポン玉を軽く押し出しただけで勝負あり。これで得点は3-10になった。

 だから次のレシーバーの壱語先生は、僕の動きをジッと見て動き出すタイミングを見計らっているのが丸分かりだ。僕はピンポン玉を少し斜め前に打ち上げてから動き出したから、壱語先生は慌てて右に走った。その直後にさっきと同じように先輩は机を思いっきり蹴ったから大歓声が上がったけど、僕は壱語先生をあざ笑うかのように、ほぼ中央へ今度は少し強めに打ちだした。最初の位置に立っていればほぼ正面だけど、壱語先生は右に動いてしまったから慌ててコップヌードルを持つ右手を伸ばしたから辛うじてピンポン玉に当たったけど、これではコントロールもヘッタクレもないから、とんでもないホームランとなって周りにいた生徒たちの頭の遥か上を吹っ飛んで、ステップに立っていた生徒の頭に当たってしまったほどだ。


 これで雪佐先生も壱語先生も、サーブの時に動く事も止まる事も出来なくなった。僕も先輩も、ピンポン玉を打つ直前に先生たちの立ち位置を見て手の届かない所へ打てるから、面白いようにサービスエースが決まる。雪佐先生も壱語先生も分かっているけど、手の打ちようがない!


 決勝トーナメント1回戦第8試合は、まさかの大物食いジャイアントキリングの様相を呈してきて、俄然盛り上がって来た!


 大歓声の中、先輩のサービスエースが決まって、8連続得点で得点は9-10になった。次のサーブは僕でレシーバーは雪佐先生だ。僕はピンポン玉を少し斜め前へ放り投げたけど、それに合わせて雪佐先生は右へ動き出した。先輩は今度も右足で机を思いっきり蹴ったから男子から今までで最高の大歓声が上がったけど、その大歓声を無視するかのように僕はピンポン玉をほぼ中央へ打った。

 でも、その時だ!

 雪佐先生がコップヌードルのカップをサッと差し出し、ワンバウンドした直後のピンポン玉を掬い上げるかのように低く弾き返した!ピンポン玉は僕たちの側の左の机でワンバウンドすると、先輩の遥か左を鋭く駆け抜けていった・・・

 僕たちはルールの盲点を使って優勝候補筆頭のペアを追い込んだけど、雪佐先生は打ち返すという、まさに逆転の発想で大物食いジャイアントキリングを阻止した。


 結果だけを見れば順当勝ちだけど、僕と先輩の素人ペアは優勝候補筆頭のペアを敗北寸前にまで追い詰めたのだ。姉ちゃんや強井先輩、召喚先輩だけでなく周りにいた生徒たちからも惜しみない拍手が送られたし、雪佐先生も壱語先生も僕と握手する時に「いやー、ルールの盲点を突くとは恐れ入ったよ」と苦笑いしていたけど、負けは負けだ。これは素直に認めるしかない。


 でも、さすがにこのサーブのやり方には問題があるという事で、ベスト8の第一試合が始まる前に姉ちゃんがを抜いた。

「サーブをする者は机の短い側を並べた線、つまり、バックラインより後ろで打たなければならない」

 姉ちゃんが『生徒会長権限』でルールを追加した事で、僕が編み出したトリックプレーは、二度と行えなくなったのだ。


 ベスト8の第4試合は雪佐先生と壱語先生、帝振ていぶる 手仁須てにす先輩と多津木たつき ゆう先輩の優勝候補同士ペアの激突で、事実上の決勝戦とも言える試合だった。勝負は一進一退の好勝負となり中々決着がつかず、18-16で帝振先輩と多津木先輩のペアが準決勝に駒を進めた。


 決勝は姉ちゃんと強井先輩のペア対帝振先輩と多津木先輩のペアの対戦となったけど、結果は9-4の時に多津木先輩のコップヌードルが壊れてしまい、勝利目前で敗退して姉ちゃんたちのペアが優勝した。

 結果だけを見たら主催者が優勝した事になるから、最後はちょっと白けムードが漂ったけど、全体的に見れば今年も大いに盛り上がった大会だった。


 姉ちゃんと強井先輩は、優勝賞品であるパック牛乳1ダースずつをそれぞれ受け取った。


 その優勝賞品と同じパック牛乳1ダースずつが貰える『ベストパ〇チラ賞』、失礼、『ベストカップル賞』を受け取ったのは・・・

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