100円で・・・

第45話 最終話 ファイナルアンサー

 コップヌードル卓球大会が終わり、平凡坂高校は坂道祭に向けて全力で走り出した。


 コップヌードル卓球大会が終わった直後、正確には敗退した直後から、次々と別れ話を切り出す。これは平凡坂高校の名物行事(?)として、スッカリ定着している。全てが全てではないが、急造ペアは8割以上が敗退した事でペアを組む意義を失い、アッサリ別れる。

 いつから呼ばれるようになったかは僕も知らないけど、コップヌードル卓球大会の1日目を含め、『魔の4日間』と呼ばれる木曜日の放課後までに、次々とダブルスのペアを組んでいたカップルが別れてしまうのだ(当たり前だがコップヌードル卓球大会が1日しか無かった時には『魔の3日間』と呼ばれていた)。

 でも、卓球大会前から付き合っていた人たちにとって、コップヌードル卓球大会は通過点の1つでしかなく、普通に付き合い続けているから別に騒ぎ立てる事はないのだ。

 あー、そうそう、姉ちゃんは「カップルではない」と最初から宣言してたし、強井つよい先輩は強井先輩で、大会前から「早く大会が終わって欲しい」とボヤいていた程だから、優勝を手土産(?)にアッサリ別れた。というより、姉ちゃんを狙っている学校中の男子から目のかたきにされていたから、大会が終わって一番ホッとしたのは強井先輩なのかもしれない。


「・・・おーい、論寄ろんよりくーん、元気だせよー」

「お前は呑気でいいよなー」

「そんな事はないぞ、僕だって大変なんだからさあ」

「はあああーーー・・・」


 今は金曜日の昼休み。

 僕は相変わらずではあるが、昼休みは論寄君とテーブルを挟んでを食べているけど、今日の論寄君は朝から元気ない。

 その理由は簡単、論寄君は本気で雀愛すずめさんを狙っていた(あくまでE組の女子の話です)けど、その雀愛さんは、論寄君とは一切付き合う事なく、普通のクラスメイトとして過ごす事を宣言したからだ。

 論寄君は相当頑張って雀愛さんに食らいついた(これもE組の女子の話です)けど、そんな論寄君を説得したのは姉の証子しょうこ先輩だった。それも今朝、登校中の事だ。

「・・・あんたさあ、このままだと『ベスト未練賞』の対象になるわよー」

「ちょ、ちょっと姉貴、それだけは勘弁してくれよお」

「あのさあ、既に3人ほど名前が出回ってるわよー。あんたが4人目になりたいなら止める気はないけど、わたしの足を引っ張るのだけは勘弁してよねー」

「はーーー・・・」

 結局、この一言が決め手になって、登校した直後に論寄君は雀愛さんに「これからはクラスメイトとして」と言って頭を下げたけど、雀愛さんはニコッと微笑んで親指を突き立てた。まあ、たしかに雀愛さんはエントリーした時から「今回限りのだからね」と念押ししてたのは僕も含めてE組の男子も女子も覚えていたから、別に騒ぎ立てる事はなかったけどね。

 ただ、雀愛さんは続けて僕に向かって意味深な笑顔で

「あーあ、今年こそなあ」

 そう言って雀愛さんは両手を頭の後ろで組みながら僕を見てたし、それはE組の他のみんなも同じだった。

 そういえば、さっき証子先輩も、それに見田目みため先輩も、僕とすれ違い際に雀愛さんと同じように意味深な笑顔で「今年はジンクスが崩れるからねー」とか言って笑ってたけど・・・


「・・・ちょ、ちょっと伊奈いな、わたしたちの事を気遣う必要はないのよ!」

「そうだよ!自分から進んでジンクスを破りたいの?」

「あんたさあ、第1号になって歴史に名を残したいの?」


 僕たちのテーブルの右隣では、先輩がいつもの4人組と一緒にを食べてるけど、その先輩はニコニコ顔のままスペシャル定食を食べ続けている。もちろん、僕が隣のテーブルにいるのは分かってる筈なのに、僕に視線を向ける事はしてない。

 僕の左隣のテーブルでは証子先輩と見田目先輩がニヤニヤしながら僕を見てるし、論寄君の背中越しからは、雀愛さんが同じくE組の女子3人と一緒に僕をニヤニヤしながら見てる。でも、ニヤニヤしながら見てるとはいえ、嫌味タップリに見てる訳ではないのは僕にも分かる。


 そう、誰もがのか、それとものか、興味津々で見ているのだ。

 僕にとっては迷惑この上ない話なんだけど、先輩はその事に関して何も言わない。

 いや、意識して話題に出さないだけかもしれない・・・


 そんなこんなで時間は進んで放課後・・・


 今日は金曜日だから僕も先輩もバイト先で顔を合わせた・・・


 そのバイトも時計の短い針が8、長い針が12を指した事で終わりとなった。


「・・・お疲れさまー」


 今日も午後8時ピッタリに真面目似まじめにさんから声を掛けられた僕は「お先に失礼しまーす」と返事をしてロッカー室へ向かった。

 僕がエプロンを外しながらロッカー室へ行こうとした時、丁度先輩が女子ロッカー室から出てくるところだった。

「あー、先輩、お疲れ様ですー」

「並野君こそ、お疲れ様ですー」

 僕と先輩はそう言い合って軽く頭を下げた・・・が、すれ違った時、僕は左手で先輩の左腕を『ガシッ』と掴んだ!

「・・・せんぱーい」

「ん?」

「ちょっと話したい事があるんだけど・・・」

 僕は先輩を無理矢理引き留めた格好になったのだが、その時の先輩の顔はいつものスマイル全開の先輩だ。

「・・・何かあったの?」

「何かあったから、先輩と話したいんだけど、ダメですかあ?」

 先輩は僕を真っ直ぐに見ているけど、スマイル全開だから何を考えているのか全然想像できない。

「・・・別にいいわよー」

「それじゃあ、フードコートで待っていて下さい」

「いいわよー」

 僕も先輩も右手を軽く上げてその場を立ち去り、僕はエプロンをロッカーに入れるとバックパックを持って、事前の約束通りフードコートに向かった。


「・・・すみませーん、遅くなっちゃいましたー」

「遅いわよー」

 先輩は口では怒ってる事を言ってるけど顔は笑ってる。ようするに僕を揶揄っているというのは直ぐに気付いたけど、僕は全然気にしてない。

「・・・これ、飲む?」

「サンクス!」

 僕はバックパックから2本のQuuキュウアップルの缶を出したけど、これはタイソーで2本100円で売ってる、ミニ缶のQuuアップルだ。

 その缶を先輩は『プシュ』という音を立ててプルタブを開けて飲み始めた。僕も先輩と同じようにQuuを飲み始めたけど、さっきから先輩はニコニコ顔だ・・・


 その先輩がQuuを飲み終えた時、僕もQuuを飲み終えた。

「あのー・・・」

「ん?なーに?」

「先輩にお話しがあるんだけど・・・」

「いいわよー」

 さっきから先輩はずっとニコニコ顔だ。いや、僕がこれから何をしようとしているか、全てお見通しと言わんばかりの笑みだ。ま、たしかに全てお見通しなのも無理ないけど。

 その僕は先輩の目を真っ直ぐに見た。いや、僕としては怖いくらいに真面目に先輩を見ているつもりだったけど、先輩はそんな僕の視線を受けてもニコニコ顔を崩そうとしなかった。


「・・・せんぱーい」

「ん?」

「僕を100円で買って下さい。あ、消費税は10%で」


 僕はそれだけ言って先輩の返事を待った。

 その先輩は「うーん」と言いながら首を捻ったけど、その表情はニコニコ顔のままだ。

「・・・来月の坂道祭までなのか、それとも今年のクリスマスまでなのか、3月までなのか・・・あるいは、来年の坂道祭までなのか、私が卒業するまでなのか、並野君的には100円でいつまで買って欲しいの?」

「先輩はジンクスを御存知ですよね?」

「勿論、知ってるわよ。だって、4年前のベストカップル賞はお姉ちゃんとカレシだもん」

「うっそー!それってマジなの?」

「ホントだよー。『ベストカップル賞を取ったペアは、少なくとも卒業までは別れない』は第1回大会から続いてる、平凡坂高校の裏のジンクス。だからベストカップル賞をみんな狙ってる。ううん、優勝するよりベストカップル賞狙いのペアが多い本当の理由は、そのジンクスにあるっていうのは誰もが分かってるからね」

「それじゃあ、説明する手間が省けましたけどなら、先輩が卒業するまでは少なくとも100円でOKです。だけど、僕としては先輩が卒業しても延長料金を請求する気はありませんよ」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー」

「もしかして、私か並野君が死ぬまで100円のまま行くつもり?」

 先輩はこの時、初めて笑顔から超がつく程の真面目な顔になったけど、そんな先輩に僕はニコッと微笑んだ。

「・・・先輩が望むなら、ですけどね」

「じゃあ、決めた。並野君の残りの人生を100円で買う。消費税は10%でいいわよね?」

「せんぱーい、随分アッサリ返事したけど、本当にいいんですかあ?」

「べっつにー。並野君は私のタイプのド真ん中だからね。しかもストレートに来たから、私もググッと来ちゃったからねー」

「僕は別にストレートに言ったつもりは無かったんですけどお」

「気にしない気にしない!」

「そんなモンなんですかねえ」

「そんなモンだよー」


 その言葉を最後に僕と先輩は立ち上がった。


 そのまま先輩は僕の左側に立ったけど、その先輩は僕にニコニコ顔のまま右手を差し出した。

正太郎しょうたろう、帰るわよー」

「ちょ、ちょっと先輩、いきなり『正太郎』ですかあ?マジ勘弁して下さい」

「べっつにー。正太郎も私の事を『伊奈いな』って呼んでいいわよー」

「そっちはもっと勘弁して下さい!」

「度胸が無いなあ」

「悪かったですね!どうせ僕は年下ですよーだ」

「拗ねない拗ねない。まあ、いずれは『伊奈』って呼んでもらうけど、今は『先輩』で勘弁してあげる」

「そうして下さい。僕もその方が言い易いですから」

「じゃあ、本当に帰るわよー」

「はーい」


 先輩はニコニコ顔のまま右手をもう一段、前へ差し出したから、僕も左手を出してギュッと握った。

 そのまま僕と先輩は並んで歩き始めた。


                                 ~完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイソーは何でも100円で販売し…ちょ、ちょっと先輩!これを100円で買えってどういう意味ですかあ?…これって犯罪?新手の詐欺?それとも… 黒猫ポチ @kuroneko-pochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ