第40話 運も実力のうち
3回戦、Aブロック準決勝は、3年C組の
さすがに3回戦ともなると、素人ペアでは荷が重い。
何故なら・・・
「・・・チョレイ!」
僕が差し出したコップヌードルの先をピンポン玉が駆け抜けた時、猪突猛先輩が左手を握って拳を作りながら叫んだ!。
これで連続5回目だ。
得点は3-9、もう敗色濃厚といってもいい。
誰がどう見ても猪突猛先輩は卓球経験者としか思えない体の動きだ。しかも構え方が様になっている。
僕たちは取った3点は全て雪月先輩のミスショットだ。雪月先輩は僕や先輩同様、明らかに素人なのは丸分かりだから、僕も先輩も雪月先輩が前に出てきた時に勝負をかけたいのだが・・・いつも猪突猛先輩にしてやられる。
さすがの猪突猛先輩も、サーブは慎重に打ってくる。これを打ち返すのは容易だ。だが、雪月先輩が前に出てきた時に決着をつけないと駄目なのは分かりきっている。
猪突猛先輩も、利き腕とは逆の左側にピンポン玉がいった時には慎重に打ち返している。『コップヌードル卓球大会』はラケットではないから、バックハンドで強烈に打ち返すのは非常に難しい。それに側面に当たったら明後日の方向へ飛んでいくのが分かってるから慎重になる。でも、利き腕側にいったら確実に猪突猛先輩のスマッシュが襲ってくる。分かっていても、僕も先輩もコントロール出来ない。既に3回、無理にコースを狙ったり強く打ち返したりてホームランをかっ飛ばしているくらいだ。
次のサーブは雪月先輩だ。こっちのレシーブは先輩になる。
”コツン”
ピンポン玉は広辞苑に弾き返され、これで2回連続のやり直しだ。
雪月先輩は3度目の正直とばかりに、さっきよりも高くピンポン玉を上げると、それを右手のシーフードの底面で打った。
3回目はこっち側の机まで玉が来た。
先輩は素早く打ち返したけど、あっち側で気合の入った顔で待ち受けるのは猪突猛先輩だ。僕は素早く先輩とスイッチして前へ出た。でたとこ勝負だ!
”カッツン”
超ラッキー!
先輩が打ち返した玉は、机同士の微妙な段差で急に向きを変えて猪突猛先輩の左側に大きく跳ねた!こんな跳ね方をしたらオリンピックの金メダリストであっても見送るしか出来ない!これも卓球台ではなく机を使った『コップヌードル卓球大会』ならではの珍事だ。
もちろん、先輩が狙って机と机の微妙な段差に打ち返したのではないのは僕の目にも分かる。その証拠に先輩も苦笑いしているし、猪突猛先輩も雪月先輩も笑っているほどだ。
得点は4-9。まだ相当苦しいのは間違いない。
次のサーブは僕だ。あっち側は雪月先輩のままだ。
本当は雪月先輩で勝負を付けたいが、サービスエースを狙える訳がない!当たり前だが雪月先輩もレシーブエースなどやれる訳ない。実際、雪月先輩は1ポイントも上げていない。全て僕たちのミスか猪突猛先輩の強烈なスマッシュでやられている。いや、恐らくあっち側はそういう約束事になっているとしか思えない。雪月先輩はとにかく安全運転に終始しているのだから。
僕は左手に持ったピンポン玉を右手のコップヌードルで押し出すようにして打った。辞書に邪魔される事なく1回で成功してピンポン玉は相手側のテーブルに入ったけど、雪月先輩は慎重に打ち返した。
ピンポン玉はこっち側の机に戻ってきたけど、先輩だって雪月先輩とほぼ同じだ。下手にコースを狙うと絶対に失敗するのは分かりきっている。でも、とにかく利き腕の右手とは逆方向の左に打ち返さないと・・・
はあ!?先輩の打ち返したピンポン玉は、よりによって猪突猛先輩が待ち構えている正面に向かっている!これはヤバイ!!猪突猛先輩が右手を大きく後ろに構え、渾身の力でピンポン玉を打った!!!
”パッコン”
何故か猪突猛先輩のシーフードが鈍い音を立ててピンポン玉を打ち返したけど、今までとは違って全然勢いがない!僕は「ラッキー!」とばかりに踏み込んだ!
の、だが・・・
”バッコーーーン!”
はあ!やってしもうたあ!!
ピンポン玉を打つつもりで机の縁に思いっきりコップヌードルを叩き付けたから、完全に割れている!
「やばっ!」
僕は思わず口に出してしまったけど、既に遅しだ。コップヌードルの容器が派手に壊れた以上、僕たちのペアは敗退が決定だ。
「・・・まあまあ、仕方ないよー」
先輩は僕の右肩をポンポンと軽く叩いてるけど、ホントに悔しいです、ハイ。
僕たちは自分の側の机の引き出しを引いた。負けが決まった以上、次の試合の邪魔になるから、持って来た空容器を片付けないといけない。
・・・のだが、何か様子がおかしい。
鳥取先輩の右手が高々と上がっている。
つまり、試合終了を宣告しているのだが、その右手は僕たちの側を差していた。
あれっ?どういう事なの?
僕も先輩も、鳥取先輩がやっている事の意味が全然分からない・・・
「カップ破損につき、この試合、並野・河合ペアの勝ち!」
鳥取先輩がそう宣言した時、猪突猛先輩は悔しそうに右手に持ったシーフードの容器の底部を見つめていた。
そう、猪突猛先輩の容器の底部が破損して内側にめり込んでいたのだ!だから緩い玉が僕のところへ打ち返されてきたのかと、僕は今頃になって気付いた。
はーー、ホントにタッチの差で僕と先輩のペアはAブロックの決勝に進出できた!これで少なくとも明日の決勝トーナメントに進める事だけは確定した。ある意味、ラッキーな形で決勝トーナメント進出を決めたけど・・・
「・・・いやー、ホントに危なかったね」
「ホントホント。『運も実力の内』とは言うけど、まさに冷や汗モンの決勝進出だよねー」
「僕もそう思いますよ」
「こういう時は幸運の女神様に感謝です!」
「女神様に感謝です!」
「それより並野君、新しい容器に変えないさいよー」
「分かってます。さっきの試合で使わなかった奴で次の試合はやりますよ」」
そう、コップヌードルに限らず、縦長のカップ麺の容器は底部が狭くて、フタ側、つまり上部の方が広い。プラスチック製の容器なら底面も側面も一体となったモノコック構造だけど、コップヌードルは紙製品だから、底面を外側から強く押すと内側に抜ける!つまり、当たり前だけどラケットなどとして使う事を想定してないから、使っているうちに壊れる可能性がある。
だから1試合ごとに新しい容器に変えるのは常識になっている。参加者が4つも5つも持っているのはそのためだ(別にコップヌードルの消費を促すための大会じゃあないですよ)。
カップで激しくピンポン玉を打ち続けると壊れる可能性があるけど、かといって優しく打って絶好球となったら相手に強く打ち返されるから、こっちがアウトだ。この辺は正直、やってみないと分からないが本音だ。
だからと言って「カップの底面を持って試合をやれ」とか言われたら、そっちの方が圧倒的にやりにくいのは誰の目にも明らかですからね。
とにかく、先輩の言葉ではないけど、運を味方につけて僕たちはAブロックの決勝にコマを進めた。
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