第32話 全力でやろうね

「・・・並野くーん、休憩していいよー」

「それじゃあ店長、お言葉に甘えさせてもらいまーす」


 今日は土曜日。


 タイソーは休日の昼時だから混雑する、という事はないけど、他の店が昼前後に混み合う事もあって、やはり昼前後は普段より多い。当たり前だけど昼を挟んでの仕事の時は、休憩は午後、それも1時過ぎとか2時過ぎになってしまう。


 僕はエプロンを外してロッカーに入れると、バックパックから今日のお昼ご飯を取り出した。

 でも、厳密に言えばお弁当ではない。母さんは土曜日は休みだから家にいるけど、お弁当を作ってくれない。当たり前だが僕も作る気はない。だからと言って無駄に小遣いも使いたくないから、冷凍庫から冷凍唐揚げと冷凍グラタンを適当にパックに入れ、あとは買い置きの『赤色のきつね』だ。これなら自分の小遣いからお金を出す必要もないし、手間もかからない。休憩室にあるレンジとお湯は自由に使えるから、これで全然問題ない。


 僕は休憩室へ行ったけど・・・そこには二人のバイトが休憩していた。一人は先輩で、もう一人は只管ひたすらさんだ。

「・・・おつかれー」

 先輩は僕を一瞬だけ見て声を掛けたけど、再び目は自分のスマホに移った。もう一人は「よお!」とだけ声を掛けたけど、こちらもそれは一瞬だけで、再び目は自分のスマホに移った。先輩は既に30分前に休憩に入ってるから、丁度折り返しという訳だ。

「・・・せんぱーい、また『リング・デ・ポン』ですかあ?」

「うん・・・」

 僕はテーブルの上に無造作に置かれたマイスドの紙袋を見てるけど、先輩も相変わらずですねえ。

「・・・せんぱーい、マイスドは激込みでしたかあ?」

「さすがに、この時間はそうでもなかったよー」

「栄養、偏ってませんかあ!?」

「大丈夫だよー。マグボトルに入ってるのは青汁だから」

「はあ!?」

「それにー、ちゃあんとマルチビタミンや鉄分、ミネラルといったサプリメントも食べてるからー」

「せんぱーい、不健康すぎませんかあ?」

「べっつにー」


 僕は思わず「はーー」とため息をついてしまったけど、そのため息に合わせるかのように只管さんが手を止めたかと思ったらテーブルにスマホを置いた。

「・・・そういえば、河合ちゃんも並野君も、生徒会の行事に参加する事になったから月曜日はバイトを休むんだろ?」

 只管さんは真っ直ぐ僕の方を見てるけど、その顔は笑ってない、いや、むしろ真剣そのものだ。

「・・・そうですよー」

「オレから言わせれば、君たちは恵まれてるよ」

「どういう事ですか?」

 僕は只管さんが言った言葉の意味が全然分からないから思わず聞き返してしまったくらいだし、先輩も今の言葉で動かしていた手を止め、只管さんをジッと見ている。

「・・・オレの卒業した小学校、中学校、高校は全部廃校になってるからな」

「「マジですかあ!?」」

「嘘じゃあないぞー。小学校は俺が高校1年の3月で、中学はこの3月で廃校になったし、高校はオレたちの学年の卒業をもって廃校だ」

 只管さんは天井を見ながら話してるけど、「はーー」と短くため息をついた・・・

「・・・元々、オレの生まれは北海道の道東の町だ。年々人口が減って、高齢化率も上がってるから、子供の数そのものがどんどん減ってる。まあ、それは全国各地で起こってる事だから、オレの生まれた町だけという訳じゃあないけど、とにかく、オレの親が高校生の時には4学級あったのが2学級になってたし、しかも定員割れが続いてたから、オレたちを最後に募集そのものを打ち切った。しかも最後の1年生は24人、つまり1学級しかなかった。当たり前だが学校祭を3学年でやったのは1年生の時だけ。2年生と3年生の時は学校祭というより地域交流会とか同窓会みたいな感じだったし、卒業式イコール閉校式だったから、24人の卒業生に対して保護者やOB、OG、高校に所縁ゆかりのある人とかが800人くらいも来て、最後に校歌を全員で歌って、ホントの意味での高校とのお別れ会だったぜ」

「「・・・・・」」

「だいたいさあ、町内に小学校は4つ、中学は3つしかなくて、しかもそのうち1つは小学校と中学校が同じ敷地にある小中学校なんだぜ。顔見知りしかいない上に廃校が決まってたから、生徒同士がワイワイ遊ぶ企画というより、どうやって卒業までの時間を有意義に過ごすかという、一種の強迫観念みたいのがあって、思い出作りの企画ばかりだったからなあ」

「「・・・・・」」

「ま、オレは内地ないち(作者注釈:北海道民は北海道外のことを『内地』と呼びます)の、ここの平凡坂市立大学に進学したから、このまま内地で就職活動して、内地に住み着く事になるんだろうけど、オレから言わせれば、この平凡坂市は緩やかとはいえ人口が増加傾向にあるし、高齢化率も全国平均から見たら格段に低い。ある意味、羨ましいぞー。オレも出来ることなら、この街のどこかに住んでみたいと思うくらいのいい街だ。だいたいさあ、オレが住んでたところは、WcDワクドナルドやマイスドに行くにしても車で1時間以上も走って、ようやく店に着けるくらいの場所だったんだぜ」

「「・・・・・」」

「だから河合ちゃんや並野君にとっては何気ない学校行事かもしれないけど、オレから見たら羨ましい限りの学校行事だぞ。というか、オレはその行事が何なのかは詳しく知らないけど、オレが参加できるなら参加したいくらいだぞ。オレはバカだから汗を掻いて頑張る事しか出来ないけど、君らが中途半端な気持ちで学校行事に参加して『参加しただけでハイおしまい』だったら、君らの代わりに仕事するオレはガッカリだぞー。ま、君らが心から楽しんでくるなら別に文句を言うつもりもないし、汗を掻くような学校行事でないなら、逆にオレは君らの代わりを喜んで引き受けるから、さっきの言葉は全然気にしないでくれー」

 只管さんはそれを最後に残っていた『伊左衛門』のペットボトルを一気に飲み干した。

「・・・それじゃあ、オレは仕事に戻るぜー」

 只管さんはペットボトルをゴミ箱に入れると、そのまま休憩室を出て行ったから僕と先輩だけが残された形になった。


 でも・・・先輩も僕も、只管さんがいなくなってから何を喋れなくなった。というより、先輩も僕も月曜日の事を軽く考えていたという事を思い知らされた格好で、ある意味、只管さんの言葉は心に響く物があったのも事実だ。

 僕はポットのお湯を黙って『赤色のきつね』に注ぐと、パックを電子レンジで温め始めた。


”チーン”


 電子レンジが止まったから僕は黙ってパックを取り出した。『赤色のきつね』は5分にはまだ早いけど、僕はいつも5分待たずに食べ始める派だから、硬い麺のまま食べ始めた。

 先輩はマグボトルを掴んだかと思ったら全部飲み干して、それをバックパックに入れた。

「・・・並野君」

「ん?」

「・・・全力でやろうね」

「そうだね・・・只管さんに申し訳ないからね」

「うん・・・出来れば決勝まで残って、優勝賞品を見せてあげたいね」

「そうだね」

 僕は右手をグーにして先輩に向けて突き出したけど、先輩も右手をグーにして僕に突き返した。

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