第24話 保健室にてー2

 保健室で給食を食べ終え、一息ついていたときだった。


「竹本くん」

「はい?」


 爽太が、保健室の先生の声に反応したと同時に、カーテンがシャっと開く。

 そこには保健室の先生と、高木がいた。


 げっ!? 高木!?


 突然の来訪に、爽太は驚きを隠せなかった。保健室の先生が口元に笑みを浮かべた。


「高木さん、お見舞いにきてくれたんだって。良かったわね~」

「えっ!? お、お見舞い?」


 高木の顔を見ると、しかめっ面になった。それ、お見舞いに来たって顔じゃないだろ。


「高木さん、そこのパイプ椅子使ってくれたら良いからね。それじゃ、ごゆっくり~」


 と、保健室の先生は楽しそうに話しながら、カーテンをそっと閉めた。


 なっ!? 先生ちょっとまって!?


 爽太は心の声で必死に叫ぶも、保健室の先生に届くわけがなかった。カーテンに仕切られ、高木と2人。

 高木が眉根を寄せながら、ベッドのそばにあるパイプ椅子にゆっくりと腰かけた。

 爽太に緊張が走る。

 高木がじーっとこちらを見ながら、口を開いた。


「手紙」

「へっ!? て、てが―――」

「ちょっと! 声が大きいってば」

「うっ! す、すまん……」


 爽太が申し訳ない顔をしていると、高木が話を続ける。


「今日の朝、あんたの下駄箱に入れといたんだけど」

「お、おう。ちゃんと、う、受け取ったぞ」


 爽太は慌ててポケットから手紙を取り出した。高木はそれを見てホッとした様子だった。


「ふぅー、良かった。ちゃんと覚えてたのね」

「へっ? お、おう」


 なんでそんなこと聞くんだ? 

 爽太が小首を傾げると、高木が、やれやれといった顔で口を開く。


「教室のドアにさ、頭を激突させてたでしょ。そのせいで手紙のこと記憶から飛んでないか気になったの。ほんと、朝から何やってんのよ」


 あっ、そういうことか。確かに、記憶が飛んじゃうかと思うくらい痛かったからなあ……。

 爽太が少し遠い目をして思い返していると、


「ちなみに、もう手紙は読んだ?」


 と訊かれた。


「おう、もちろん。その……、ありがとな、アリスに渡すための英語の文章」

「どういたしまして。まっ、もう読んでるなら話が早いわ。明日には、アリスちゃんに手紙を書いて渡しなさいよね」

「なっ!? あ、あし―――!!」

「ちょっと! 声!」

「うっ!? ……、まじか? あ、明日って……」


 爽太が戸惑っていると、高木がキッと鋭い視線を向けてきた。怒っている猫みたいな目だった。引っかかれそうで恐い……。


「あんたね、今日は水曜日よ? もたもたしてたら、アリスちゃんに手紙を渡すの来週になっちゃうわよ」

「そ、そうだな」

「それにね、アリスちゃんが考える時間、少しでもあったほうが良いでしょ。だって―――」


 すると、高木が少し顔を近づけてきた。い、いきなりなんだ。

 爽太の鼓動が少し早くなる。高木が耳元あたりで、小さな声で言った。


「デートのお誘いなんだから」

「うっ!?」


 耳が急に熱くなる。顔を離した高木が、したり顔でこちらを見つめてくる。


「なに顔真っ赤にしてんのよ」

「なっ!? そ、そんな、わけない……」


 顔が熱を帯びていることを感じながらも、爽太は否定した。だが、高木がニヤリと笑う。ぐっ……! すごく腹立つ。


「私とのデート練習でも、そんなに顔を真っ赤にしないでよね~」

「はあ? んなわけねえし。なに? うわ~、ウケるんだけどw」

「はあ? デートの練習お願いしてきたとき、顔赤くしてたくせに。ウケるんだけどw」

「んなわけねえし」

「んなわけあるわよ」


 爽太と高木が互いに顔を近づけた。目線をバチバチと、激しくぶつけ合う。徐々に縮まる顔と顔との距離。まさに一触即発というときだった。


「ちょっと、お2人さんいいかしら」

「「へっ!?」」


 突如、保健室の先生の声。爽太と高木は我に返った。慌てて互いに顔を離した。そして、爽太は急いで手紙をポケットにしまう。


 シャっとカーテンが開いた。


 保健室の先生が顔を覗かせる。爽太と高木はなんだかかしこまっていた。保健室の先生が小首を傾げる。


「ありゃ? なんかタイミング悪かったかな? 何か話込んでたみたいだったし~」


 保健室の先生がにやにやしながら話しかけてくる。

 爽太は慌てて口を開いた。


「あっ、いや! べ、別になんでもないですから!! えっと、な、なにか御用でも―――、あっ」


 爽太の視線が、先生の隣に吸い寄せられる。そこには、


「爽太くん、ケガの具合はどう?」


 保健室まで連れてってくれた細谷がそこにはいた。

 高木もその存在に気づき、慌てて声を上げる。


「ほ、細谷くん!?」

「えっ、高木さん? えっと、お見舞いにきてたんだ?」


 細谷が丸い瞳で高木を見つめる。


「あっ、う、うん。そ、そんなところ」

「そうなんだ。ふふっ、高木さん、優しいね」


 細谷が嬉しそうに目を細めた。すると高木はなぜか下を向いて、もじもじしだした。なんだ、その女子らしい態度は。

 さっきまで、睨み合っていたのが嘘みたいだった。


「えっと、ごめんね、2人で話してたところ邪魔しちゃったかな……」


 細谷がバツの悪そうな顔をすると、高木が急に立ち上がった。


「ぜ、全然! そ、そんなことない!! そ、爽太くんとはもう話終わってたから!! べ、別に大したこと話してないの! け、ケガ平気? とかそんなのだから」


 爽太は思わず目を見張った。う、嘘つけ! ケガの心配なんて全然してなかっただろ!? むしろ、ケンカしそうな勢いだったし!!


「えっと、わ、私もう帰るね!! じゃあ……、爽太くん?」

「へっ!? は、はい!?」

「お大事に、ね」


 高木が鈴音のような可愛げのある声で告げた。うそ、なに!? その急な優しさ!? そして様変わり!? 怖いんですけど!? 


「じゃあ細谷くん、またね」

「あっ、うん。またね」


 高木が細谷に微笑み、そして、保健室の先生に挨拶してベッド周囲のカーテンの仕切り内から出ていく。

 爽太は唖然としながらも、高木をもう一度見ようとしたら、一瞬目が合った。

 鋭い目つきだった。


 ひっ!?


 さっきまでしゃべってたこと、細谷くんに言わないでよ。


 そんなことを訴えているように思えたのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいじゃない。


「はあ~……」

「あれ? 爽太くん、大丈夫?」


 パイプ椅子に座っている細谷が心配する。


「ん? あはは、大丈夫」

「ん~、そう? それなら、良いんだけど?」


 どこか不安そうな細谷。爽太は少し引きつった笑みを浮かべながら答えると、保健室の先生が「んじゃごゆっくり~」と気遣って、またシャっとカーテンを閉めてくれた。

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