第15話 RE:Side-OR2 臆病者ノ末路 - 2

 「この迷宮の名は”深淵しんえん巣窟そうくつ”。

 ……それ以外に分かるのは、我が王国軍で何度か攻めても……返ってきた隊は一つも無かった事・・・・・・・・だ」


 宰相が語った情報はそれだけであった。

 聞き手であるオルセットは勿論、登場人物であるラフベル達もこの”ぞんざいに近い情報”に怒りが隠せなかった。納得がいかない師匠のエルフが、それ以上の情報を隠していないか追及する描写をベルガが語るが、その後にオルセットが質問のラッシュに入っていたので、解説していこう……。


 まず、「迷宮ダンジョンの名前」についてだ。

 王国の冒険者ギルドでは迷宮が発見されると、まずはそこの調査を冒険者に依頼する。次に、その調査結果から「迷宮の名前」を決めた後に、討伐依頼を出すのが通例……だとベルガは語る。

 この際の迷宮の名前は、例えば<獣の横穴>というのであれば、「獣タイプの魔物」が多く出る迷宮だったり……<積み石の謎>というのであれば、迷宮内に配置された”石ブロック”を使った謎解きをしないと先に進めないモノだったりと、「名は体を表す」ということわざのように「迷宮の事前情報」を示す事が多いそうだ。


 だが所詮しょせんは「人が勝手に付けたモノ」……なのだが、「金属扉の迷宮」は違った。誰が刻んだかは知らないが、最初から・・・・「迷宮の名前」がデカデカと彫られているのだそうだ。

 そして、ここからが最も重要なのであるが……ベルガが知る限りでは、「深淵の巣窟」に似たり、関連するような迷宮は、今まで一度たりとてなかった・・・・・・・・・・らしい。


 これは数十の迷宮を攻略し、その中で少なくとも”2つ”は「金属扉の迷宮」を攻略した事のあるラフベル達も、知らない事・・・・・であった。


 そして、問い詰め続けても一向に追加の情報を開示しない宰相に、師匠のエルフは僅かな時間で上記の情報に近い経験則を思いめぐらせていた。

 そこから目の前にそびえ立つダンジョンから漂う”異様な不気味さ”に、謁見の間で感じた”悪寒”は正しかったと確信したのか……【おっ、お願いします! 宰相閣下ッ! どうか……どうかッ! 他の事で、私達やあの子供の死刑を許して頂けないでしょうかッ!?】――と、必死に頼み始めたのだ。


 謁見の間での自信は何処へやら……少なくともそう感じていたラフベル達は、彼女の急激な態度の変化に愕然がくぜんとしていた。冒険者ギルドなどの”交渉の場”で、腰の低い態度・・・・・・の彼女は何度か見た事があったのだが……今の宰相に頼み込む彼女は、誰もが”それ以上”を感じずにはいられない程、緊迫した表情だったのだ……。


 彼女が「土下座」を知っていれば、迷わず行っていそうな勢いの中……突然ラフベルが、彼女の前に躍り出る。【おい! サイショ〜ッ! これ以上グダグダはいいワサから、とっとと迷宮を開けやがれワサッ!】――怒りが込もっているが、勇ましく言い放つラフベル。


 【ダッ、駄目ッ!】――悲鳴に近い声を上げる師匠のエルフ。【お願い……! 聞いて……ッ! この迷宮は普通じゃあない・・・・・・・ッ! 王国の軍隊で”秘密裏に処理”しようとして、”何度も失敗”している物なのよッ!】――躍り出たラフベルを向き直らせ、その両肩を握り締めつつ彼女と目を凝視ながら必死に語る師匠のエルフ。

 【今までと同じと思っちゃあダメッ! この迷宮に入ったら最後……私達が……生きて……帰れる……確証は……ッ!】――余りの恐れにおくしたのか、ジョジョに尻スボみに言葉を失っていき、嗚咽おえつを上げながら俯いてしまう師匠のエルフ。


 【情けない物だ】――急に宰相が呟く。

 【帝国との戦争で何度か戦果を上げ、時には帝国軍を退しりぞける大立ち回りをした貴様らの名声を知ってたからこそ……貴様らの赦免しゃめんを考慮して、この迷宮の討伐を任せたいと思ったのだよ?】――呆れるような物言いで語る宰相。

 【それとも何か? アレは虚偽きょぎの報告で、君達の英雄譚えいゆうたんはゴブリンの群れを追い返した程度の事を、大袈裟おおげさ誇張こちょうしたとでも言うのかね……?】――侮蔑ぶべつを込めながら、アオりに煽る宰相。


 【……シショー】――ラフベルの呟きに、俯いていた師匠のエルフが顔を上げると……今度は彼女が俯いていた。【なぁ、シショーはくやしくないのかよ……?】――震える声で語るラフベル。

 【アタしゃらの努力をバカにされてッ! 好き放題に言われまくってッ! なのに何で、あんなクソヤローに、ヘコヘコ頭を下げなきゃいけないんだワサッ!?】――右手で背後の宰相を指差しながら怒りに泣き叫ぶラフベル。


 【……よせ、別にいい】――宰相を侮辱ぶじょくされたからか、ラフベル達の装備を持ってきていた衛兵達が、一斉に身の丈程の槍を彼女達に向けて突き出し威嚇しようするが……何故かそれを止める宰相。

 【言わせとけ……。このまま尻込み、駄々をねるのならば……その先に待つのは、あの薄汚い子供と共に仲良く並んで絞首刑こうしゅけい台に登る事だけだぞ? ……まぁ、私は懸命けんめいな”賢者様のご意見”も止めんがな?】――嫌味ったらしく語る宰相。


 【……大丈夫】――悔しさと恐れからか、今まで一度も見せなかった程に口元を歪めていた師匠のエルフの華奢きゃしゃな右肩を、大男のポテイジの手が包み込む。【3年以上、オレらはどんなピンチがあったとしても……ここまで生き残れてこれたんだ。心配しすぎだって! 大丈夫ッ!】――力強く彼女に語り掛けるポテイジ。


 【そうだよ! そうだよ!】――無邪気な声を上げながら、今度は師匠のエルフの左肩に飛び付くのは獣人のプワンであった。【ボクたちのカツヤクを見た事もないクセに、エラソ〜にさっきから言っている事! ボクもラフベルお姉ちゃんと同じで、ムカムカしてたんだ!】――可愛らしい仕草ながらも、彼女の肩にその小さな体で抱き着きながら宰相を指差しつつ、キーキーと怒るプワン。

 【……エルフ姉ちゃんが、ボクたちをシンパイしてくれてるのは分かってるよ。でも……ダメでしょ? エルフ姉ちゃんの”トモダチ”を探し出すためには、”シケイ”になんてなっている場合じゃあないでしょッ!?】


 【そうワサ……!】――悔しさの余りか奥歯を噛み締め、両拳を握りしめていたラフベルが唐突に声を上げる……! 【アタしゃらは、アンタに救われて来たんだワサ。だからこそ……とっくの昔にアタしゃらは、アンタのために命を賭ける覚悟は出来てるワサ……ッ!】――伏し目がちな師匠のエルフに、熱い眼差しを送りながら語るラフベル。

 【それか嘘だったワサか……? 涙しながらも、”友達を助けたい”……って。アタしゃやポテイジ達に言ってくれた事や、今までの冒険は全部が全部ッ! 嘘だったって言いたいワサかッ!?】


 【……フゥ、分かった】――目尻から涙がこぼれ落ちつつも、熱く語るラフベルに対し、軽いタメ息を零しつつも口を開く師匠のエルフ。【じゃあ……ッ! 『けど……約束して』……えっ?】――意気込むラフベルに対し、右手の人差し指を彼女の口に押し当て、急に発言する師匠のエルフ。

 【絶対に……迷宮の中で……無茶はしない事。……勝てない相手が居たら……絶対に、逃げる事】――神妙な面持ちで語る師匠エルフに、ラフベルは言葉を紡ごうと開いていた口が自然に閉じていってしまう……。【……約束して。じゃあないと……私は絞首刑を受ける】


 対面していたラフベルは勿論、師匠のエルフの背後に居たポテイジ達もギョッとしていた。彼女達から怒りが止め処も無く溢れ出すが……それが”明確な矛先”へと放たれる事はなかった。

 タカが三年……それでも、彼女達にとっては”何十年”に近い濃密な冒険を切り抜けてきた彼女達は、理解していたのだ……! 目の前のダンジョンは、師匠のエルフがそこまで覚悟を決める・・・・・・程に、危険なのだと言う事を……ッ!


 【……決断は済んだかね?】――軽く眉間にシワを寄せつつ、見物をしていた宰相が呟く。

 【私も暇ではないのだ。だからその沈黙をさっさと辞めないのなら……お前達の装備を没収した上で、今すぐにでも迷宮に叩き込むぞ……ッ?】――静かな怒りを垣間かいま見せる宰相。そして、その声に反応したとでも言うのか……”ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!”……と言う、地鳴りのような音共にゆっくりとラフベル達の背後にあった”巨大な鉄扉”が一人でに・・・・開いて行く……ッ!


 【……フンッ、わずらわせるな……】――忌々しげに宰相が言う。【どうやら迷宮は、お前達の”入る意志”をお見通しのようだな?】――まるで迷宮自体が”生き物”であるかのように語る宰相。

 【さぁ、とっとと行け……! ……それとも何だ? まだその下らん沈黙を続けて、この場で死刑にでもなりたいとでも言うのか……?】――追い立てるように言った後、静かにあざける宰相。その言葉に続く、槍をラフベル達に近づける衛兵達……!


 だがそこに、”ギュゥゥゥンッ!”……と言った擬音が立ちそうな勢いで、彼女達と迫る槍の間に割り込む影があった……ッ! その影は、複数の槍を一瞬で天井近くへと巻き上げ……【やめろ、プワン】――唐突にラフベルが発言する。

 すると、槍を一瞬で巻き上げた……もとい、風圧と共に蹴り上げ・・・・・・・・・、”I字バランス”に近い形で静止していた獣人のプワンが口を開く。


 【……だって、お姉ちゃん達に当たったら……!】――悔しいのか、震えた声で話すプワン。【……そんな事、する必要ないだろ?】――諭すように語るラフベル。【”助ける”……って、もう決めてるだろ? あの子供も……!】――口元の歯を見せながら、不適な笑みを浮かべるラフベル。

 【この……ッ! お前達ッ! 何をボサッとしているッ! 今のは明確な反逆罪だッ! さっさと周囲に落ちた槍を拾って……! 『ワリィいなサイショ〜! もう行くわ!』……ハッ!?】――突然の事に呆然としていた衛兵達に発破を掛ける宰相だったが、一方のラフベル達はそんな彼らを尻目にもせず、乱雑に渡された装備を抱えたまま”スタコラサッサ”と迷宮の中へ向かうのであった……!


 【アタしゃらが戻ってきたら、盛大な迷宮攻略パ〜ティを開いてくれワサァ〜ッ!】――巨大な扉の奥に続くやみへと入る寸前……さっきまでの重苦しい雰囲気が嘘のように、ラフベルは振り返えらず大きく手を振りながら、宰相が嫌な顔になりそうな事を叫びつつ仲間達と共に迷宮の奥へと入って行くのであった……!

 【……くっ! 忌々しい亜人共めが……ッ!】――憎悪の顔を浮かべながら宰相は迷宮へと消えて行く彼女達の背中を……おっと失敬、ここの部分は語り過ぎであった……申し訳ない。



「アハハッ、何かスカッとするね〜!」


「だろうワサ? 迷宮に入った後でも、ラフベルは自慢げにしていたワサ」


 ――そろそろ私の語りにウンザリしているだろう、◯者の諸君も居るであろう。オルセット達の語りに戻るとしよう……。


「それでそれで〜? ダンジョンの中でラフベルタチは、どんなカツヤクをしたの〜?」


 ――僅かだが明るい場面があったからか、オルセットは少々上機嫌にベルガに尋ねる。


「そりゃあ、もう大活躍だったワサよ。

 基本、ポテイジとプワンが前に出て前衛。ラフベルと師匠のエルフは、彼らの後ろから弓矢や魔法で援護する後衛を務めていたワサ」


「ゼンエイ? コウエイ?」


「あぁぁ……ほぼ今さっきの言葉のまんまワサ。

 ちゃんと言えば、剣とかで近づいて戦うのが前衛。弓矢や魔法で離れて戦うのが後衛って感じワサ」


「フ〜ン……じゃあボスは、”ジュウ”を使うから……コウエイ……なのかなぁ……」


 ――あなが間違ってない拳銃は近距離戦向けが、微妙に違う解釈を深めるオルセット……。


「ラフベル達が挑んだ「深淵の巣窟」は、ひたすら魔物が湧いて出てくる”討伐タイプ”の迷宮だったワサ。だから、多くの”討伐タイプ”の迷宮を攻略してきた彼女達にとっては、苦戦する事はたまにあれど、進みやすい迷宮の一つに変わりなかったワサ……」


「ウン……!」


「並の冒険者なら一発喰らうだけでおっんじまうような中鬼オーガの一撃を、ポテイジは愛用の盾で上手く受け流したり……。プワンは、その身軽で俊敏しゅんびんな体をうまく使いこなして、ポテイジが防いだ隙に無防備になっている敵に鋭い爪での斬撃や、強靭きょうじんな脚力を活かした一撃をブチ込むのが得意だったワサ……」


「ヘェ……ボクにも出来るかなぁ……」


 ――尻窄しりすぼまりに呟くオルセット。あまり興味ないとは言ったが「ボスをマモるコト」となると、同族の戦闘スタイルを気になるぐらいには関心の余地はあるようである。


「……そして、そんな二人が奇襲や不意打ちに合いそうになった際には、師匠のエルフに鍛えられた弓の腕前でラフベルが助けたり……。3人でも対処できない魔物の大群が来たりした時は、師匠のエルフの強力な風魔法で魔物の大群をぎ払ったりしたワサ……」


「ウンウン……! それからそれから……!?」


時偶ときたま、彼女達が予想だにしない魔物が出たりしたワサが……苦戦はしつつも彼女達は順調に迷宮の奥地へと進んで行ったワサ。

 ただまぁ、あの宰相の悪知恵なのか……装備と一緒に渡されていた食料がいつも調達するよりも”少なめ”だったワサ……。それだからか、迷宮内にある”お宝”に目がれる事もほぼなく、急ぎ足で進んでいたワサけどねェ……」


「……何で急いでたの?」


「……お嬢ちゃん、ダンジョン内にメシ屋でもあると思ってんワサか?」


「……メシヤ?」


「……ハァ、とにかく、ダンジョン内じゃあ……食料、”食べ物の補給”や”確保”なんてほとんど出来なかったワサ。だからこそ、数日掛けて奥地まで進んだにせよ、入り口に戻るまでに”飢え死に”しないようラフベル達は急いでいたワサ」


「……タシかに、お肉をずっと食べられないのはイヤだしねェ……」


「いや、肉ばかり食べたら体の調子が崩れるワサ……」


「えっ、そうなの?」


「そうだワサ……ってもう、話が逸れ過ぎだワサ……」


「あぁ……なんかゴメン……」


「……続きワサ。それから通算4回……つまりは”地下5階程”にまで降りたラフベル達は、真っ直ぐ真っ暗な道を進んでいたワサ……」


「……歩きヅラくない?」


「そんな事ないワサ。先が見えない事を除けば、彼女達はいつもの冒険で使っていた”ランタン”があったワサ。師匠のエルフがいつも見つけてくれる、植物の油で燃えるランタンのおかげで、ラフベル達の周囲はしっかり見えていたワサからねェ……」


「ヘェ〜それで、そのカイには何があったの?」


「……何もなかったワサ」


「えっ?」


 ――話の内容もそうだが……少し快活に戻っていたベルガの口調が、急に淡々とした物に変わっていた事も含め、オルセットは少々戸惑いを見せる。


「あぁ……ゴメンだワサ……。

 ないってのは……その……今までの階層であったモノがワサ……。”部屋”だとか、”魔物”だとか、後”お宝”とかも……たまにあった”罠”も含めて、真っ直ぐな道しかなかったワサ……」


「そっ、そうなの……?」


「そうだワサ。……だからずっと、真っ直ぐに進み続けていたワサ。

 帰りの分も含めて、食料がギリギリな中でね……?」


「ウワァ……その道の先には何があったの……?」


「……円状に開けた、大きな部屋があったワサ。

 首を思いっきり上に上げないと、見上げられない程の高さがある部屋だワサ」


「……それだけ?」


「いや? 着いた部屋には下の階層に行く階段もなく、ラフベル達はここがこの迷宮の”最奥地”だと確信したワサ。迷宮の踏破を目前に、喜びが溢れ出そうになるラフベル達だったワサが……奇妙な事が一つだけあった・・・・・・・ワサ……」


「……キミョウな事……?」


 ――思わず固唾かたずを呑むオルセット……。


「迷宮の最奥地には、必ずと言って良い程に”魔物の群れ”か、”宝箱”があるもんだワサ。だけど、「深淵の迷宮」にはそのどちらも無かった・・・・・・・・ワサ……」


「……えっ!?」


「勿論、おかしいと思ったラフベル達は、そのだだっ広い部屋を隅々すみずみまで探していたワサ……。【きっと何処かにスンゴイお宝がある……!」そう信じて頑張っていたワサ……」


「そうだねェ〜。そこまでクロウしたんだったら、オタカラ? ぐらいあってホしいよねェ〜」


「……けど、それは間違いだったワサ……」


「えっ?」


「そんな事してないで、サッサと迷宮から出ていれば……ポテイジが死ぬ事・・・は無かったワサ……」


「ッ!?」


 ……安心して欲しい。

 私も呆然としたオルセット程に、ベルガの話の急展開に驚いている……。


「……ラフベル達が必死にお宝を捜索する事になった時、あまりの部屋の広さにラフベル達は一人一人に別れて、部屋を探索していたワサ。その最中は、お互いに【ここにはない!】――だとか、【あっちにはあったか!?】――って感じに声を掛け合うように決めていたワサ……。けど、捜索からしばらくして……」


「……ポテイジの声がキこえなくなった……?」


「……他の三人が全く気づかなかったワサ……。

 ただ、ラフベルを除いたプワンや師匠のエルフは、その直後に何かの異変に気付いていたワサ」


「……イヘン?」


「初めに”グシャアッ!”って言う、何かが潰れる音・・・・……。

 続いて、”バシャアッ!”って言う、大量の水が落ちたような音・・・・・・・……。

 最後に道中で「深淵の迷宮」が”城の地下”にあるって匂いだけで予測した、プワンがぎ付けた生臭い匂い・・・・・と……師匠のエルフが何とかとらえた”カサカサ”って言う、何かが這うような音・・・・・・……」


 ――口を挟まず、目を見開いたまま耳を傾けるオルセット……。


「残された三人が、これをおかしいだなんて思わないハズが無かったワサ……。

 そう思った矢先、突如として部屋の中央が明るく照・・・・・・・・・・らされた・・・・ワサ……」


「えっ!? ナンでッ!?」


「当然、三人はワケが分からなかったワサ……。

 何せ、三人の誰もが部屋の中央には居なかったし、ラフベル達が持っていたランタンはどれも、その照らされた光程の明るさは出せなかった・・・・・・ワサ……」


「……ッ!?」


「そして、その照らされた場所には……何かの”血溜まり”がいつの間にか出来ていたワサ……。三人が経験した事のない”不気味さ”に、恐怖を覚え始める中……三人は恐る恐る、その血溜まりが照らされる光が”何か”を見るために……天井を見上げたワサ……」


「なっ、何があったの……?」


「巨大な……巨大な、ギラギラと光りカガヤく……デッカい目玉・・・・・・があったんだワサ……ッ!」


 ――演出なのだろうが、力を込めて語るベルガ。

 だが、その声は何故か微妙に震えていたのであった……。


「め、メェ……?

 ボクや……オバアちゃんのカオに付いている”メ”ェ……だよねェッ!? そんなのがァッ!?」


「……信じられないワサだろうけどねェ……。

 けど、三人が驚いて恐怖に固まる中……その目の持ち主は、天井から真下へ”ズシ〜ンッ!”って、地響きを立てながら降りて来たんだワサ……。それと同時に、部屋中の壁と言う壁に浮かび上がる……目、目ッ、目ェッ……!」


「……なっ、何ソレ……ッ!?」


「けど、その壁中に現れた”目から出る光”によって、落ちて来た奴の正体が明らかになったんだワサ……」


「どっ、どんなの……?」


「……一言で”魔物”と言っていいのか……。

 そう思わざるを得ない程の巨大で、虫のような化け物・・・・・・・・だったよ……!」



 ――曰く、巨大ではさみのような腕を持ち……。

 曰く、山のいただきよりも鋭そうな先端せんたんの6本の足を持ち……。

 曰く、一つだと思っていた巨大な目は、実は頭の天辺テッペンだけでなく他にも”たくさんあった”とか……。


 この他様々な化物の特徴を聞いてゆくオルセット……。

 しかしながら……パタパタしたモノ蝶(?)や、ゾロゾロしたモノ蟻(?)ぐらいでしか、その話を聞いて思い浮かぶのが彼女の限界であった……。それでも、彼女の静かながらも迫真に満ちたような語り口に【……スッゴク、コワいんだろうなぁ……】と、その怪物の”恐ろしさ”は十分に理解したようである……。



「カベにズラっと出ていた”メ”も、その”バケモノの子供”かもしれないなんて……ナンか……キモチワルイね……」


「あぁ……この話を作ったアタしゃでも、身の毛がよだつ光景だワサ……。

 けど経験豊富な冒険者の女は、多少気持ち悪い魔物を相手にしても慣れちまっていて、普通は何とも思わないもんだワサ……。

 けどラフベル達は、今までにそんな魔物をごまんと倒してきたハズなのに……まるで初めての冒険で初めて気持ち悪い魔物に会ってしまった時……イヤ、それ以上の”気持ち悪さ”と、”恐怖”を身に染みる程に感じていたワサ……!」


「それで……どうなったの?」


「降りて来て早々、化け物は口と思われる場所に加えていた物を……呆然としていたプワン目掛けて、弓矢以上の速度で吐き出してきやがったワサ……!」


「あっ、アブないよ! プワンッ!」


「……大丈夫ワサ。【せてッ!】――って叫びながら、プワン目掛けて飛び込んだラフベルによって助けられたからねェ……」


「……ホッ」


「けど……二人の頭をスレスレに飛んで行き、床に突き刺さった物が何なのか……ラフベル達は知ってしまうワサ……」


「……エッ!?」


「巻き上がる砂埃が晴れた後、一眼見てすぐに三人は気づいたワサ……。

 モノ凄い力でいびつゆがまされ、血塗れだったその”大盾”は……急に居なくなった、ポテイジの物・・・・・・だったって……」


 ――感情移入に熱が入って来たのか【……ウワァァァ……ッ!?】――と、悲痛な面持ちと声を上げるオルセット……。


「それを、ラフベル達が思い知らされた瞬間、彼女達を縛り付けていた恐怖はあっという間に”燃え上がるような怒り”によってフッ飛ばされていたワサ……ッ! 【よくも……よくもッ! ポテイジ兄ちゃんをォォォッ!】――そう雄叫おたけびを上げながら、一番先に地面に伏せられていたプワンが飛び起きて、化け物に立ち向かって行ったワサ……」


「行けェェッ! ヤッちゃえェェェッ! プワァァンッ!」


「”バキャアァァッ!”……プワンの跳び回し蹴りが、近場にあった化け物のハサミに入った音がしたワサ。これでアイツがどんだけデカくとも、砕けた部分からちっとばかしは体勢が崩れると、ラフベル達は思ったワサ……」


「……えっ? 何、イヤだよ……ッ!?」


「お嬢ちゃんは勘が鋭いねェ……。

 【イッタァァァァァァッ!? イタイよォォォ! お姉ちゃァァァァァァンッ!】――ハサミの一部を蹴り砕いたかと思っていたプワンが地面に着地した直後、その場で蹴った脚を抱えて何故か転げ回っていたワサ……。

 ラフベル達はワケが分からなかったワサ……! プワンの蹴りは、脂肪の鎧を着込んでいるとも言って良い”オーク”を一撃でブッ倒す・・・・・・・程だし、真逆の斬れ味バツグンな鉄の剣も通さない硬さの”ストーンゴーレム”でさえも、3発以内には粉々に蹴り砕ける・・・・・・・・程に強いって事は……もう当たり前のように知っていたワサ……! なのに、痛さで転げ回っている……!

 その後にプワンがどうなったか……分かるかい? お嬢ちゃん……?」



 ――何故か、脂汗アブラあせを流しながらオルセットに問い掛けるベルガ。

 一方のオルセットは”マトモな戦闘経験”どころか、”医療知識”さえも現状持ち合わせている訳なく……【ど、どうなったの……?】――と、力なく尋ねるしかなかった……。



動揺どうようしてたのか……ラフベルはすぐに分からなかったワサが、今までに彼女達の治療も担当してきた師匠のエルフは、【脚の骨が折れてるッ! ラフベルッ! 急いでッ!】――って、ラフベルが今までに聞いた事無い程に声を張り上げて、彼女に指示を出してきたワサ。

 そして、少し反応は遅れたワサが、ラフベルは走り出したワサ……! 途中、あの化け物が蹴られた事に怒ったのか、ハサミによるぎ払いが2回……彼女目掛けて振るわれて来たワサ……!

 けど、彼女も簡単に喰らう気はなかったワサ。師匠のエルフにシゴかれてきた脚力を駆使くしして走る最中、一瞬頭を低くして一撃目を頭スレスレにかわし……二撃目は飛び込むように転がる事で、何とかプワンの元へと辿り付く事が出来たワサ……ッ!」


「やったッ! ラフちゃん! ハヤく! ハヤくプワン君をタスけて!」


「【シッカリするワサッ! プワンッ!】――駆けつけたラフベルが転げ回る彼に声を掛けたワサ。【立てるワサかッ!?】――そう聞く彼女だったワサが、涙塗れの表情でプワんは激しく首を横に振っていたワサ……。

 【辛抱するワサッ! アタしゃが背負うからッ!】――そう言って、彼に手を差し伸べた時……ッ! 【お姉ちゃんッ!】――唐突にプワンが折れていない脚で跳び上がるように、彼女を突き飛ばしたんだワサ……!」


「……えッ!?」


「突き飛ばされたラフベルは、訳が分からなかったワサ……。

 けど突き飛ばした事を、師匠のエルフが治した後で一発殴ろうと思いつつ、プワンのいた方に視線を向けたワサ……」


「……イヤだ、イヤだよ……ッ!?」


 ――耐えられなくなってきたのか、両手で頭上の両耳を塞ごうとするオルセット……。しかし、その手はベルガによって優しく払われてしまう……。


「お嬢ちゃん、生きている限り……今もずっと幸せな事が続くと思うのかい?

 お嬢ちゃんがここに来る前に、”野盗に襲われた事”や……今お嬢ちゃんの後ろで、ボロボロになって寝ている”バカの事”も含めて……お嬢ちゃんは胸を張って”今も幸せだよ”……って、言えるのかい?」



 ――少なくとも耳を塞ぐ手を払われた事に”理不尽さ”を感じていたオルセットだが、このベルガの問いかけを聞き終えた瞬間……【どうしてジャマするのさッ!?】――と、怒鳴ろうとした自分が恥ずかしくなったのだ……。

 オツムの弱いオルセットだが、”作り話”と言えど……”登場人物のラフベル達”と”現実の自分達”は大差ないとでも思ったのだろう……。【ボスは助かっているのに、ラフベル達は……】――そう思いつつ首を左右に振った後、ベルガが再び語り出すのであった……。



「……続きにするワサね。

 向けた視線の先……今も転がっているハズのプワンは動かなくなっていたワサ……。

 ……その背中に……あの化け物の……デッカいハサミを……突きたて……られて……ッ!」


「……ッ!?」


「そして……その様子をラフベルが驚く間もなく……プワンは、冒険者ギルドの酒と一緒に出てくる”ツマミの豆”みたいに……”ヒョイッ!”……って感じに……軽々しく……! 化け物の……口に……消えてったんだワサ……ッ!」



 ――語っているだけのハズだが、ベルガの両手が拳に変わる……。

 オルセットも長時間続けていた”体操座り”のまま……もう泣き出しそうな表情で、ベルガの話に耳を傾けていた……。



「……フゥ、その光景をよっぽど信じたくなかったんだワサろうねェ……。

 【ラフベル、離れてェッ!】――そう師匠のエルフに叫ばれるまでは、ラフベルの体は石のように動かなかったんだワサ。

 けど、呆然と床に広げていた両脚の間に……あの化け物のハサミが”ズシ〜ンッ!”……って、突き刺さった瞬間、現実に引き戻された彼女は泣く泣く必死に、師匠のエルフの元へと走って行ったワサ……」


「……ニげてェ……ラフちゃん、ニげてェェェ……ッ!」


「次々に振るわれ、突き刺され、ハサミ込んで来る化け物の攻撃を何とか避けながら、ラフベルは師匠のエルフの元へと何とか辿り着けたワサ……」


「……良かッ……イヤッ、もうイヤだよ……?」


「……取り敢えず、続きを聞くワサよ。

 【撃って! ラフベルッ! 撃ってッ!】――ラフベルが戻ってくるなり、叫ぶように師匠のエルフはそう言ったワサ。【ポテイジ、プワン……二人の事は何とも思ってないワサかッ!?】――って感じに、ラフベルは怒りを感じていたワサ。

 けど、師匠のエルフが弓矢を続けても化け物が彼女達にゆっくりと迫って来るのを見て……怒るよりも早く、ラフベルはタスキ掛けにしていた弓を引っ張り出し、腰の矢立から矢を素早く取り出しては師匠のエルフと一緒に矢を撃ちまくっていたワサ……」



 ――唐突に入って申し訳ないが「タスキ掛け」など、一部”翻訳ほんやく”が難しい表現は、日本の◯者の皆さん向けにしか表現できない事にお詫びを申し上げたい……。

 そして一応補足しておくと……この場合の「タスキ掛け」は、”和服のたもと”をまとめる物でなく……「運動会のリレー競技」や「政治家が演説をする」際に、肩から胴に掛けている”アレ”である。

 つまりこの場合は弓のげんが、ラフベルの立派な大胸筋だいきょうきん鎮座ちんざする胸の谷間に……と、コレは野暮やぼであったか……。



「ボスのジュウみたいに、ウっちゃえッ! ウっちゃえッ!」


「……マグズリーに3、4発出来ていたあの傷みたいなのは、弓矢じゃあ出来ないワサけどね……。【御免なさい……ラフベル……。プワンを助ける時間を稼ごうと、あの化け物に矢を撃ち続けていたのですが……】――化け物の攻撃に加え、時折来る”化け物の子供らしき魔物”を倒しながら、師匠のエルフは二人揃って並び立ち、弓矢を撃ち続けるラフベルにそう言ったワサ……。

 【本当に、本当に御免なさい……! 幾ら撃っても……何処を撃っても……弱点らしきあの”目玉”に”魔法で強化した矢”を撃ち込んでも……止める事が出来なかった……ッ! 御免なさい……! 本当に御免なさい……ッ!】――ラフベルは初めて、思いっきり涙を流す師匠の姿を見ていたワサ……」


「……ツラかったんだろうね……」


「……けど、謝り続けても……泣き続けても……弓矢を撃ち続けるその手は、絶えず止まらなかったワサ。

 的確に弱点だと言っていた”目玉”に攻撃を当て続けて、迫るハサミ攻撃を怯ませたり……吐き飛ばしてくる”化け物の溶ける体液”を、魔法で強化した矢で撃ち落としたりしている姿を見て……同じく撃ち続けていたラフベルは、こう言ったワサ……。

 【……そんな事言うんじゃあないワサ……ッ! 全部……全部悪いのは、あのクソ野郎の化け物だワサッ! そんな事を言っているヒマがあるなら、アタしゃ以上に撃ってッ! 一緒にあの化け物をブッ倒してッ! こんな目にわせた、あの”サイショー”をブン殴りに行くワサァッ!】――謝り続ける師匠のエルフを見ながら、ラフベルはそう気合の入った声で言ったワサ……!」


「そうだよ……! ガンバレェ! ガンバレェェッ!

 あのイヤな”サイショ〜”をブンナグレェェェッ!」


「……まだ、化け物は倒せてないワサァ……」


「エッ!?」


「撃ち続ける事で、何とか化け物の攻撃を受けないでいたラフベル達だったワサが……実は全くと言っていい程、ダメージを負わしてい・・・・・・・・・・る感覚はなかった・・・・・・・・ワサ……。まるで……まるで、途方もなく巨大で頑丈な城壁に……何の変哲もない”石”を投げ続けているような、無謀な感覚を感じていたワサ……」


「……ゼンゼン、攻撃が効かなかった……ってコト……?」


「……そうだワサ。

 そしてついに、攻撃を続けていたラフベルの矢筒に入っていた矢が……全部なくなっちまっていたんだワサ……」


「エッ!? じゃあ……!」


「……ラフベルはもう、攻撃できる手段は採取や狩りに使っていた”ナイフ”だけだったワサ。

 けど、二人揃って放つ”魔法で強化した矢”でも……あの化け物の何処にも傷が付かなか・・・・・・・・・・った・・様子を見ていた彼女には、その手に握ったナイフは”酷く頼りない物”に見えたワサ……」


「そんなァ……」


「そう思っていた矢先、ラフベルの体に何か”白くベタベタした物”が突然くっ付いたんだワサ。ふと、彼女がそのベトベトが来た方向を見てみると……それは”化け物の口らしき所”から吐き出されていたワサ……」


「……イヤなヨカンがする……」


「【たっ、助けてッ! 助けてワサァァ!?】――そう叫ぶラフベルの体は、ものスゴい勢いで化け物の口へと引きずられていたワサ……!」


「アワワワワ……ッ!?」


「【ラフベルッ!?】――彼女が引きずられて行くのに気づいた師匠のエルフは、走っても間に合わないと思ったのか……ラフベルの体を引っ張る”白いベトベト”目掛けて”魔法で出来た矢”を素早く撃ち込んだんだワサ」


「ッ!」


「すると、”ピタッ!”……って、先程までの勢いが嘘のように引きずられていたラフベルは、止まったワサ……。そこに駆け付けた師匠のエルフは、手持ちのナイフでその”白いベトベト”切ろうとしたんだワサが……毎日、丁寧に手入れをしていた物なのに……全くと言って良い程に切れなかったワサ……」


「そっ、そんな……! じゃあ……ッ!?」


「けど、師匠のエルフは諦めなかったワサ。

 普通、後衛は前衛よりも近接戦に弱いもんだワサが……彼女は、今まで自分の近くに魔物が近寄ってきた際は、愛用している弓に魔力を込めて弓を”カッチカチに固めていた”んだワサ。

 そしてそれを棍棒メイスを使うみたいにブン回して、近寄る魔物をブン殴り倒してきたように……師匠のエルフは、何度も何度も”白いベトベト”にその弓を振り下ろし続けていたワサ……」


「ガンバレ! ガンバレッ! シショ〜ッ!」


 ……いや、強化しているとは言えど”刃物ですらない”弓では、その白いベトベトは……!


「そうして、数十回と殴ったすえ……ついにその”白いベトベト”を断ち切る事が出来たんだワサ……!」


「……やったァァッ!」


 ……いやいやいやいやいやいやッ!? 切れんのか〜い……ッ!?


「【あっ、ありがとうだワサァ……シショー】――荒い息する師匠に助け起こされながら、怯えた声でラフベルは言ったワサ。【でもシショー……アタしゃの弓が……それに矢も……】――彼女を食えなかった事が悔しかったのか、数本の足やハサミを地面に叩きつけて、まるで地団駄を踏む化け物を横目に力なく言ったワサ……」


「えっ? ユミ? 何でなくなってるの……?」


「”白いベトベト”をくっ付けられた際に、もう片方の手に持ってた弓がくっ付いちまっただろうねェ……。たぶん、師匠のエルフもラフベルを助けるのに必死だったから、くっ付いてた弓も一緒に切り離す余裕はきっとなかったんだろうねェ……」


「……じゃあ、バケモノにユミを食べられちゃった……ってコト?」


「まぁ、そうなるだろうワサねェ……。

 【ハァ、ハァ、ハァ……それなら……コレを……!】――息を整えつつそう言った師匠のエルフは、自分が身につけていた”弓”と”矢筒”を手渡してきたワサ。

 【えっ!? 何で……シショーの大切な物を……ッ!?】――目の前に差し出される”弓”と”矢筒”を見てラフベルは困惑したワサ。

 【……昔から、私のを使いたがってたでしょ……?】――そう言って、ラフベルに”弓”と”矢筒”を押し付け、【だから……今が使う時……!】――そう言った後に、師匠のエルフは胸の前に両手を持って来たワサ。

 【時間を稼いで……! 何としても……ここから脱出する……ッ!】そう言うと、両手の中に丸くて白い渦のような魔法の奔流ほんりゅうが出来始めていたワサ……」


「なっ、何をする気なの……? シショ〜は……?」


「【アレはシショーの魔法……!】――師匠のエルフにシゴかれる過程で、魔法も習っていたラフベルは今まで彼女が魔法を使うのを見ていたから、直ぐに気づいたワサ。【けど……今までと違う……!? スゴく……大きい!?】――けどそれは、ラフベルが20年近くシゴかれても到達出来なかった程に、大きくてスゴイ魔法……! 今まで放った事のない……一番大きな魔法の一撃を、あの化け物目掛けて放とうとしていたんだワサ……ッ!」


「オォォ〜ッ! 良く分かんないケド……スゴイんだよねッ!?」


「えぇ、スゴイモンだワサ。

 だからこそ、ラフベルは渡された”弓”と”矢筒”を素早く身に付けると……【ホラァッ! コッチ見るんだワサァッ! クソ化け物野郎ッ!】そう言い放ちつつ、ありったけの魔力を矢に込めて、ラフベルは化け物の”目”に目掛けて撃ったんだワサ。するとどうか、放った矢は化け物の目のど真ん中にブッ刺さったんだワサ……!」


「……ヤッタ! ヤッタ! ヤッタァァッ!」


「初めて通じた痛みからか、その場で狂いもだえる化け物。

 そして初めて通じた手応えに、ラフベルは全力でその目に攻撃を続けたんだワサ……」


「イケイケ! イケイケェェ!」


「当然、化け物は初めてダメージを与えて来たラフベルに怒り狂い、しつこいぐらいに彼女目掛けて攻撃を繰り返してきたワサ。けど、喰われちまったプワン程じゃあ無いワサが……”ハサミの一撃”を躱しては矢を放ち、”白いベタベタ”を躱しては矢を放ちと、化け物の攻撃をギリギリで避け続ける程度には、彼女の方が化け物よりも素早かったワサ……」


「イケイケ! イケイケェェ! イケイケェェェッ!」


「【ラフベルッ! 避けてッ!】――しばらくして、ラフベルの体力も限界に近づいてきた頃に師匠が叫んだワサ。すると彼女の両手から、人の頭よりも大きくてスンゴイ力を秘めた”魔法の球”を、あの化け物目掛けて放ったんだワサ……」


 ――【どっ、どうなったの……?】――再び固唾を飲み込み、そう尋ねるオルセット。


「飛んできた”魔法の球”が危険な物とでも思ったのか……化け物は初めて両腕のハサミを顔の前で交差させて、魔法を防ごうとしたんだワサ……。だけど、ハサミに直撃した直後……ラフベルでさえも今まで体験した事のないような暴風が吹き荒れて、化け物のハサミを吹っ飛ばしたんだワサ……!」


「ウワァ! それじゃあ……ッ!」


「焦るなワサ。吹っ飛ばしたっても、防御を崩した・・・・・・って程度ワサ……」


「えぇぇ……」


「けれど、ラフベルは逃げる途中で暴風に吹っ飛ばされた後……その場に伏せながら見た光景は”スゴイ”以外の言葉が見つからなかったワサ……。なんと言うか……無数の”風の刃”が飛び回っていると言うワサか……。

 今まで一歩も引かずに迫って来ていた化け物が”ズリズリ”……って感じに少しずつ押し戻されている上に、頑強がんきょうとしか言いようのない”目”のいくつかが潰れていたし……無敵と錯覚する程に硬かった”体”や”ハサミ”には、無数の傷が少しずつ刻まれていったんだワサ……」


 ――今まで最高潮とも言えるテンションと目の輝きを放ちながら、【オォォォォォォッ! スゴイッ! スゴイッ!】――と、興奮を隠せないでいた。


「【かっ、勝てる……ッ! こっ、これならきっと勝てるワサァァッ!】――化け物がボロボロになって行く様子を見て、ラフベルは今のお嬢ちゃんみたいに歓喜かんきに満ち溢れていたワサ……」


「そりゃそうだよ! シショ〜とイッショにッ! ゼッタイ、生きてカエるって決めてたんだからッ!」


「あぁ、帰れたワサ……」


「……良かったァァァッ! じゃあ! この話はもう終わりだよね! オバアちゃん?」


 ――諸手もろてを上げ、全身で喜びを表現しながらベルガに尋ねるオルセット……。


「……ラフベルだけ・・が」


「……えッ!?」


 ――彼女の方に顔を向け、諸手を上げたまま……思わず固まってしまうオルセット。


「……師匠のエルフが放った魔法が完全に止まった後、ラフベルはその場から顔を上げたワサ……。一方には、両手を前に突き出したまま立ち尽くす師匠……。もう一方には、ラフベル達の攻撃を全く通さなかった程の硬い体に、無数の傷が刻まれボロボロになった姿で動かなくなっていた、化け物が居たんだワサ……。

 【か、勝ったんだ……!】――化け物の周囲の”床や壁”にも無数の傷が刻まれ、更にその周辺に転がる化け物の子供の”無数の死体”を見て、改めて自身の師匠のスゴさをラフべルは痛感していたワサ……」


「……なっ、何で……? その感じじゃあ、勝ってるのに……!?」


「……”ドサッ!”……動かなくなった化け物の方を見ていたラフベルの反対側で、何かが崩れ落ちるような音がしたワサ。【……シショーッ!?】――その音に、瞬時に気づいた彼女は床に倒れた師匠の元へと駆け寄って行ったワサ……。

 【シショーッ! どうしたワサッ!?】――彼女の上半身を抱き上げながらラフベルは声を掛けたワサ。【ラフ……ベル……?】――朦朧もうろうとした感じに師匠が目を覚ますワサ……。【……良かった。私の……魔法に……巻き込まれなくて……】――力無い声で師匠は喋っていたワサ……」


「……ねぇ、ドコがラフちゃんだけが生きノコるのさァ〜?」


 ――少々興醒きょうざめしてしまったのか……諸手を下げつつ、いぶかしげに聞くオルセット。


「……まぁ、もうちょっとでこの話も終わるから待つワサァ……。

 【シショー、もしかして魔力切れ……?】――経験があったラフベルは恐る恐る尋ねたワサ。【そう……みたい……御免なさい、肩を……貸してくれる……?】――魔力切れの特徴である脱力感に苦しみつつも、手を伸ばす師匠……_。

 【……ヘヘッ、お安いゴヨウワサッ!】――嬉しさを隠すかのように鼻の下を人差し指で擦った後……師匠に肩を貸すどころか、ヒョイっと師匠を背負っちまうワサ……!」


「……ねぇ、ホント何処に……『そうして歩き出そうとしたした際に、ラフベルは気づいちまったワサ……』……えっ?」


「……宝箱を開くか、魔物の倒すと開くハズの……帰り道となる”巨大な石扉”が閉まったまま・・・・・・だった事に……」


「ッ!?」


「【なっ、何で……!? 嘘だワサッ! あの化け物はシショーが倒してくれたハズだワサッ!?】――化け物が倒された事を信じたかったラフベルは、石扉に駆け寄ると何度もその扉を蹴っては、無理矢理にでも開けようとしたんだワサ……」


「ひっ、開いたの……?」


「……まったく。蹴る度に、化け物の攻撃を避けながら攻撃していた際に溜まっちまっていた足の疲れが、増していくばかりだったワサ……」


「……そんなぁ……!?」


「【クソッ、クソッ! クソォッ! クソォォッ! クソォォォッ!】――何度か石扉を蹴った後、ラフベルは扉目掛けてより激しい蹴りを繰り返しながら、途方もなく悔しがっていたワサ……。

 【何でワサ……!? 子供を助けただけなのに……! クソッタレな化け物も倒せたって言うのに……! 何で、何でアタしゃらがこんな目に遭わなきゃいけないんだワサァァァァァッ!?】――そう叫んでも、石扉が開く事はなかったワサ……」


 ――ラフベル達の散々としか言いようのない”数奇すうきな運命”を前に、再び耐えきれなくなったのか……体操座りする両膝に、顔を埋めて黙り込んでしまうオルセット……。


「……だけど、そのまま迷宮に閉じ込められる・・・・・・・・・・……ってのがラフベル達の”運命”じゃあなかったワサ……」


「……ウンメイ?」


 ――ベルガの方へと顔を向けるオルセット……。


「”ベチャアッ!”……って、聞き覚えのある”嫌な音”が、ラフベルの背中側から聞こえてきたワサ……。悔しさのあまり、泣きじゃくっていた彼女だったワサが、気にしないワケにもいかず……恐る恐る振り向いたんだワサ……!」


「……まさか……!」


「……そのまさかワサ……。

 あの”白いベトベト”が……死んだハズの化け物の口から吐き出されていた・・・・・・・・んだワサ……!

 体に刻まれていたハズの”無数の傷”はとっくになくなり……潰れていたハズの”目”でさえも、いくつかが治りかけていて……迫り来る炎のように、その目は真っ赤に光ってラフベル達をジッと睨んでいるようだったワサ……ッ!」


「こっ、コワイ……ッ!?」


「そうして、先程ラフベルを引きずったように……今度は”白いベトベト”が背中にひっ付いてた・・・・・・・・・師匠のエルフごと、二人まとめて引きずられ始めてたワサ……」


「止まって! 止まってってッ!?」


「勿論、師匠のエルフを背負っていたラフベルは、残る力を振り絞って必死に抵抗したワサ……。

 【しっ、シショー……! ガンバるワサァ……! 絶対に、肩から、手を離さないでワサァァァ……ッ!】前屈まえかがみに踏ん張りながら、何とか打開策を出そうとラフベルは奮闘ふんとうしていたワサ……」


「ガンバレェェッ! ラフちゃん、ガンバレェェェッ!」


「【……御免なさい……それは出来ない……】――そんな声がラフベルの耳元でした後、急激に彼女の肩が軽くなった・・・・・・・・・・ワサ……」


「エッ!? ……そんな……ッ!?」


「【ダメだワサァァァァァッ!?】――その違和感の正体に気づいたラフベルは即座に振り向くと、宙に引きずられて行こうとする師匠のエルフの右手を、何とかギリギリに掴む事が出来たワサ……。

 【何でワサァァァッ!? 何で勝手に手を離したんだワサァァァッ!?】――両手で必死に師匠のエルフの手を引っ張りながら、ラフベルは怒鳴りつつ聞いたワサ……。

 【……御免なさい……あのままだと……いずれ、貴女の首を締めていた……二人揃って……化け物の餌食えじきになるところだった……】――師匠のエルフも悔しかったのか、涙声にラフベルに言っていたワサ……」


「……イヤだよォォ……! ……イヤだよォォ……!」


「【バカ言うんじゃあ無いワサァァッ! 約束したハズだワサッ! あの化け物をブッ倒してッ! サイショーの野郎をブン殴りに行くってッ!】――こんな風に、お嬢ちゃんと似たような気持ちでラフベルは叫んでいたワサ……。

 【……御免なさい……本当に御免なさい……! 約束を守れなくて……! けど……貴方はそんな事を言っている場合じゃあない……! 周りをよく見てッ!】――最後に叫ぶように師匠のエルフが言った後、ラフベルが周囲を見渡すと……師匠のエルフの魔法でごまんと倒した筈の”化け物の子供”が、いつのまにか天井や壁一面をビッシリと埋め尽くしていたんだワサ……!」


「……うっ、ウソだァ……ッ!?」


「にじり寄り始める化け物の子供……ジョジョに増して行く、化け物の引きずる力……もうとっくの限界を超えているラフベルの体力に……にじむ手汗で滑り始める、師匠のエルフを掴む両手……。もう「深淵の巣窟」が”墓”だと言って良い程の手詰てづまりなのに、ラフベルは諦めたくなかったんだワサ……!

 【フザけんじゃあ無いワサァァァッ! 今はちょっと……ちょっと疲れているだけだワサァッ! だから、今すぐ……シショーを……引っ張ってェェェェェッ!】――そう言っては力を込めるラフベルだったワサが、彼女と師匠との距離は……僅かばかりでも縮まる事はなかったワサ……」


 ――とうとう涙腺が崩壊し始めたのか……目尻に涙が込み上げ来るオルセット。


「……そんなラフベルを目の前に、師匠のエルフは何かを呟いていたワサ……。するとどうか、突然ラフベルが持つ”師匠のエルフの弓”がほのかに光輝ひかりかがやき始めたワサ……!

 【ラフベル】――師匠のエルフが彼女を呼び掛けるワサ。

 【今まで……ありがとう。……その弓はあげるね】――何故か口元に笑みを浮かべながら、今の絶体絶命な状況で言うにはおかし過ぎる事を、彼女は言ったワサ……。

 【なっ、何を言っているワサァァァッ!?】――当然、意味の分からないラフべルは困惑したワサ……」


「ニャグニャグヒック、シショ〜……アキラめないでよう……!」


「【今までずっと……私の”友達を探したい”……そんな我儘ワガママに付き合わせて、御免なさい……。だからこそ……貴女はここで死ぬべきじゃあない……ッ!】――師匠のエルフがそう言うと、ほのかに輝いていたラフベルが握る弓が、ジョジョに光を増していったんだワサ……!

 【なっ、なんだワサかッ!? コレェッ!?】――突然の事に、ラフベルは動揺するワサ。【本当にありがとう……ラフベル……。けど……”友達を探したい”って事は忘れて……貴方は生きて……ッ!】――その言葉を聞いて驚いちまったのか……ラフベルは思わず手を離ちまった・・・・・・・んだワサ……」


「……それで、シショ〜が……!」


「……そうしてラフベルは、届くハズもない手を伸ばしながら……離れて行く師匠に、言葉にならない叫びを喉が枯れんばかりに上げ続けていたんだワサ……。けど……師匠のエルフが……化け物の……口に……消えていく前に……! ラフベルは……ラフベルはッ! 弓から出ていた光で何も見えなくなっていたワサァ……」


「……ユミの……光に……?」


「……えぇ。あまりのまぶしさに目をつむり、しばらくして目を開けたラフベルは……何故か硬い石の迷宮の床じゃあなく、久々の外の空気や草木のそよぐ音を感じる……”見知らぬ森の中”で倒れてたんだワサ……」


「……えッ!? どう言う事……ッ!?」


「……ものスゴく珍しい物なんだけどねェ?

 迷宮じゃあ、どんなに迷宮内で道に迷おうとも、絶体絶命のピンチになっていようとも……使えば直様スグさま”迷宮の外”へと運んでくれる「転移のアイテム」ってのが”宝箱”に入っていたりするんだワサ……。

 だから多分……師匠のエルフが持っていた”弓”にはそれに似た、人間じゃあ知る由もないような”エルフの魔法”が込められていたんじゃあないかと、アタしゃは思うよ……?」


「……シショ〜……ボスみたい……」


 ――”自己犠牲の精神”……と言えれば良かったのだろうが、オルセットの場合は”感覚”と”マグズリーによる経験”から、そこまで思い至っていたようだ。


「……これで話は終わりワサ」


「えッ!? 何でッ!?」


「さて……薪でも割りに行こうワサかねェ……」


 ――おや? これはビックリな物だ。

 どうやらベルガはこれ以上に話しもなく、いつもの日常に戻ろうとベッドから腰を上げては、玄関へと向かおうとしていた……。


「まっ、待って!」


 ――だが慌てた様子でオルセットが、ベルガのクルブシ近いたけの質素なフレアスカートを掴んでは、引き留めようとする。


「終わってないよ! オバアちゃんッ!

 タスかったラフベルはどうなったのッ!? それに……ホラ! シショーはぁ……シんだか……どうかは……見てない・・・・んだしさァッ!? ねェッ!? ラフベルはシショーをタスけに行ったんでしょッ!?」


「……詰まんないワサよ? 続きがあったとしても……?」


 ――四つん這いに近い状態で、スカートを掴み引き止めるオルセットの方に振り返らないまま……ベルガは無機質に近い声で返答をしていた。


「続きがあるならボクは聞きたいよッ! ボクよりもずっと”ユウキ”があった、ラフベルのハナシをッ!」


 ――ラフベルに対し、一種の憧れでも抱いたのか……意気込むように言うオルセット。


「勇気……ねェ……。

 ……その後、何もせず……ただの婆さんになった・・・・・・・・・・……って、聞いてもかい?」


「……エェェッ!?」


 ――スカートを掴む手が離れ……放心したかのように、オルセットは床にペタンと座り込んで女の子座りをしてしまう。


「……森に放っぽられたラフベルは、遠くにまだ見える”王城”にスッ飛んで行く事なく……そこから離れるように逃げたんだワサ……。逃げて、逃げて、逃げ続けて……有名になっていた冒険者である自分や、彼女の仲間達の名声めいせいが届かない、誰も彼女を知らない場所へと……果てしない逃避行・・・・・・・・を始めたんだワサ……」


「……」


「そうして、誰も知らないような森の中で一人……小屋を建ててはそこに住み始めたんだワサ……。師匠のエルフが残した”貴女は生きて”……って、最後の言葉を守るために……」


 ――淡々と語るベルガであったが……その両肩が僅かながらも震えているのを、彼女を見上げるように見ていたオルセットは見逃さなかった……。


「……森の中で生活を始めたラフベルは、森で薬草などを採取したり、魔物を狩ったりするなどをして、生活をしていたワサ……。冒険者時代や、あの地獄のような思いをした「深淵の巣窟」と比べれば……命の危険もほぼなく、それはそれはおだやかな生活を送っていたワサ……」


「……シアワせに……クらしてたの……?」


「そうだワサね……初めの内・・・・は……」


「……エッ?」


「小屋に住み始めて一年もしない内に……ラフベルは毎晩、夢を見ていたワサ……」


「……ユメ?」


「……彼女は寝ていたハズなのに……あの「深淵の迷宮」の中に居たんだワサ。

 【ラフベルッ!】――って、声のする方向へ振り向くと……決まって、あの化け物に引きずり込まれて行く”師匠のエルフ”の姿があるだワサ……。そして、彼女が助けようと手を伸ばすんだワサが……いつも掴んでは……最後の最後に……手を……離しちまうんだワサ……」


「……」


「そうして化け物と一緒に……師匠は闇の中に消えて行くんだワサ……。

 すると、”ガバッ!”……っとラフベルがベッドから飛び起きては、師匠から譲り受けた”弓と矢筒”を手に、玄関を蹴り破って外に飛び出すんだワサ……。

 【シショーッ! シショーッ! 何処なんだワサァッ!?】――何処にも居るハズのない師匠を探そうと毎晩、夜の闇へと飛び出しちまってたんだワサ……」


「じゃあ、ダンジョンに……『まさか、そんなワケないワサ……』……エッ?」


「……どんなに豪傑ごうけつな冒険者でも……毎晩、夜に迷宮へと潜ろうとする命知らずなバカはいなかったワサ……。だからこそ飛び出しはするワサが、ラフベルはダンジョンに向かおうとしなかった……まぁ、それ以前に……根本的な問題があったワサ……」


「コンポンテキな……モンダイ……?」


「……ラフベルはね? 王城を見るとその方向には……絶対に足が踏み出せな・・・・・・・・・・かった・・・んだワサ……」


「ッ!? エッ、それじゃあ……!」


「……お嬢ちゃんの言う通り、師匠のエルフが完全に死んだかどうかを、最後まで見てなかったラフベルは……実は何度も何度も、確かめに迷宮へ行こう・・・・・・・・・・とはしてた・・・・・んだワサ……。

 ……けど、”貴方は生きて”……って言葉によって、いつも踏み止まっていた……いや、違うワサね……」


「……ナニが?」


「師匠の”最後の言葉”を盾に……只々、自分が死ぬ事に……臆病になってた・・・・・・・んだワサ……」


 ――立ち尽くしていたベルガの両手が拳に握られ、無機質だった声が……ジョジョに”涙”にまみれて行く……。


「だから……だから、いつも足踏みして……忘れようと毎日、狩りや薪割りをして……いつのまにか近くに村が出来ようと……仲間を……失った光景が……頭から……離れなくて……!

 ……そうして……何度も、何度も……後悔やチュウチョ……臆病でいる内に……! ラフベルは……ただの……ただのババアになって・・・・・・・・・・んだワサ……」



 ――【……オバアちゃん……】――声にならない声で、オルセットが呟く。

 すると、その声に対する応答なのか……突然、ベルガが彼女に向かい合っては”ギュッ!”……っと、彼女を抱き締めるのであった……!



「だからワサァ、お嬢ちゃん……いや、”オルセットちゃん”……ッ!

 ”大切だって言えるそこのバカ”を救えた、お前さんの方が……ラフベルよりも……ずっと、勇気がある・・・・・ワサ……ッ!」


「……ボクが……?」


「そうだワサァ……! バカとは言えど……そこのバカを助け出そうと頑張った時点で……! お前さんはもう……”臆病者”なんて、自分を……馬鹿にしなくていいんだワサよ……!?

 だから……泣いてなんかないで、絶対に……今後も仲良く大事にして行くワサよ……? 互いを思いやれる仲間だなんて……この世界じゃあ……”迷宮の宝”よりも、大事な宝だ・・・・・ワサからねェ……?」



 ――まるで大災害から救助された我が子を、しっかりと抱き締める母親のように……ベルガはオルセットの背中に回した左手でポンポンと優しく叩きつつ、それと同時に彼女の後頭部に回した右手でゆっくりと頭を撫で続けるのであった……。

 記憶にはなかったが、何処か懐かしい心地に戸惑いつつも……オルセットは嬉しさが溢れ出すのを感じていた……。


 彼女の方からでは一切見えなかったが、嗚咽おえつを上げながら今も泣き続けるベルガの声を聞き……今まで話を聞いたり、所々あった”彼女の奇妙な態度”を見てきた末に、確信に近い……ある一つの直感・・・・・がオルセットの脳裏を横切るのであった……!



「……もしかして、”ラフベル”って……オバァ……」


 〜 バタンッ! 〜


「たっ、大変だ!」


 ――オルセットの言葉が紡がれようとしたその時ッ!

 突然不粋ぶすいにも、玄関を蹴破るような勢いで一人の男が入って来たのであった……ッ!





<異傭なるTips> 迷宮ダンジョン


 ウォーダリア各地に自然と発生する、謎の多き場所。

 今回の話をまとめれば、下記のようになる。



1、迷宮ダンジョンは、大抵は奥に広くも、地下に深くもないらしい。

  様々な魔物が湧き出る”魔物の住処”として認識されているらしい。


2、魔物が住んでいるため、奥に進むには危険が伴うらしい。

  だが最奥には”財宝”がよくあるらしく、そのためによく冒険者が捜索しているらしい。


3、湧き出る魔物を倒して行き、奥に進んでいくタイプの迷宮が普通であるらしい。

  だが時には、「頭を使わないと進めない」……所謂いわゆる、「謎解き」が必要なダンジョンも存在するらしい。また、魔物を倒して行くタイプは「討伐タイプ」などと呼ばれるらしい。


4、迷宮は放置していると、中から魔物が溢れて入り口にたむろしてゆくらしい。

  一定まで達すると、村や街を襲う……所謂、「魔物のモンスター・氾濫スタンピート」になるらしい。

  尚、ベルガは話さなかったが「謎解きタイプ」でも、例外ではないらしい。


5、迷宮は、最奥に到達して「何らかの条件」を達成すると崩壊を始めるらしい。

  それは、奥に待ち受ける「魔物の群れ」を討伐したり……「宝箱の中身」を取った後がおもらしい。


6、今までの説明での迷宮は、ウォーダリアでは「下級ノーマル・迷宮ダンジョン」と呼ばれているらしい。

  各「下級迷宮」には冒険者による調査の後、独自の名前が個々に付けられるのだが……それに該当がいとうしない「頑丈な金属製の大扉」が付いた「上級アバンシア・迷宮ダンジョン」と呼ばれる、より危険な迷宮があるらしい。


7、「名は体を表す」ということわざのように、「迷宮の名前」は「迷宮の内容」を表す事が多いらしい。

  だが……ベルガの作り話らしいが、「深淵の巣窟」……と言ったように、パッとでは分からない名前の迷宮もごく稀にあったりするらしい……。


8、迷宮内では、食料の調達が難しいらしい……。

  何故なら、「お宝」の要領で宝箱から出現する以外、食べられない魔物がほとんどらしい……。

  また、食べられる魔物でも肉に加工しようとすると、それ以前にまるで迷宮に食べられているかのように、地面や壁に溶けていなくなってしまうらしい……。


9、迷宮では、ピンチの時に迷宮内から脱出できる「転移のアイテム」があるらしい……。

  しかしながら、とっても希少で見つかる事はほぼないらしい……。




 ……だそうだぜ? ボッヨヨ〜〜〜ン!

 (by,噂話が大好きな奇妙な石)

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