第10話 RE:Mission-9  一般常識ヲ共有セヨ


 ……ハラガヘッタ……。



 ――その一匹は朦朧もうろうとしていた。

 今まで歩き慣れた”獣道”ではなく……草がなく、踏みならされていた”人間が通る道”だと言う事に気付いても、困惑こんわくする余裕が無い程に……!

 そんな中、今にも倒れてしまいそうな震える四本脚を、ヨロヨロと頼りない足取りながらも必死に動かしていた……。



 クイモノ……クイモノハ……?



 ――普段から冴え渡る自身の”狡猾こうかつさ”や”警戒心”を発揮する余裕すらもない……。只々、この腹から全身に行き渡るようなこの激痛を……!

 今にも消え入りそうなこの意識を……! いやすための食料を探す事しか考えられなかった……!


 それもその筈、彼女・・自身は一生知るよしもないが……確実に言える事としては彼女の生命力HPは、数値で言えば一割を下回っていた・・・・・・・・・

 ”100”で例えれば、その内の”10以下”……瀕死ひんしの重症である。



 クイモノ……クイモノハナイノカ……クイモ……ッ!?


 〜 ……プゥ〜ン 〜

 


 ――朦朧としていた意識が、真っ白になり掛けていたその時……!

 突如、彼女の鋭敏えいびんな鼻に”トアル匂い”が飛び込んできたのであった……!

 それは、彼女が数時間前・・・・に受けた”傷”と共に……”失った群れ”の皆と良く食べた、”あの香り”であった……!



 〜 ザッ……ザッ……ザッ……ザザッ……ザザッ……

 ザザッ、ザザッ、ザザッ、ザザッ……! 〜



 ――「……クイモノ……クイモノ……! クイモノ! クイモノ! クイモノォォォッ!」

 そう彼女の頭が埋め尽くされたかのように、今までヨロヨロとしか動かなかった四本脚が、ジョジョにジョジョに……最後の力を絞り出すかのように、動き出していたのだ。

 そうして彼女が、急ぐ脚で辿り着いた”木の根本付近”に転がっていた獲物を……!



 〜 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ! 〜



 ――「ゥンまああーいっ!」

 ……と彼女は叫びたかったかもしれないが、それ以上に彼女の腹が! 肉体が! 目の前の獲物しょくりょうを「食せよ!」と欲していていたッ!

 死後一週間程と思われる、その腐敗ふはい具合から立ち上る”腐敗臭”には、鼻を曲げたくなる程であったが……それ以上に食欲をそそる”血生臭さ”と豊潤ほうじゅんな”肉の香り”にたまらず彼女は口を動かし続けた……ッ!



 〜 バクッ! グググ……バキンッ! バリッ! ガキッ!

 ボリッ! ゴキッ! ゴリゴリゴリゴリッ!……ゴクンッ! 〜



 ――そして、流石は「屍肉喰しにくぐい」などと呼ばれるだけにある……!

 地球最強の”顎の力”を持つ「イリエワニ」には遠く及ばないモノの……それでも、虎や熊、ライオンを軽く凌ぐ”顎の力”を持つ「ハイエナ」のように、死骸しがいとなり果てていた「コーカサス・ボア」の”胸骨きょうこつ”をいともたやすく噛み砕いたのだ……ッ!


 続けて彼女は再び獲物に噛みつき、肉と共に皮を噛みちぎり……一心不乱に食し続けた……!



 〜 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ! 〜



 ――口はまだ動いていたモノの……腹が満たされてきたのか、にごったような目つきだった彼女の目にかがやきが戻り、ようやく彼女はまともな思考を取り戻す事が出来たようだ。

 しかし……同時に恐ろしい事を思い出してしまう。

 自身を蹴り飛ばしたニンゲン……いや、アレはバケモノ・・・・……!


 蹴り飛ばされる寸前に、僅かに嗅げたあの匂い・・・・・・・・・・は……この森で一番強い”アイツ”なんて屁でもないと思ってしまう程に、恐ろしい物・・・・・だった……!



 〜 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ! 〜



 ……しかし、今はどうでも良い。

 何故か、この獲物に”土”や”木の枝”が掛かって食べにくかった事のように、どうでも良い……ッ!

 今は只、食べ続けよう……! この傷を癒そう……! 時間は掛かるが、そうして傷が治ればまた群れを作ろう……。なぁに……私の実力なら簡単さ。


 あの群れだってそうさ……。

 忌々しいニンゲン共に、何度も群れをバラバラにヤラレても……私が森の東に居た”ハラペコ供”をブチのめしたり、西の森でロクに獲物を取れずブラブラしていた”マヌケ供”のケツに噛み付いたりして、何度もまとめ上げて来たモノじゃあないか……!


 そうしてまた群れができたら……絶対にあのニンゲンに復讐し・・・・・・・・・・てやる・・・……ッ!

 あのバケモノがいない時……! 私の群れ……私だけのオス・・・・・・を殺したツケを……ッ!

 その血で、その肉で、その骨まで……! 残さず食い散らかしてやる……ッ!



 〜 バクッ! グググ……バキャンッ! バリッ! ガキッ!

 ボリッ! ゴキッ! ゴリゴリゴリゴリッ!……ゴクンッ! 〜



 ――先程以上の勢いで、噛み砕いた骨が砕け散る……。

 ……蛇は”脱皮”をしたり、多少の負傷をしても生き延びる”生命力の強さ”など……その生態から、様々な宗教などの象徴になったり、「執念深しゅうねんぶかい」というイメージがついてしまったモノなのだが……。


 彼女……いや、「ウルカノ」の執念と復讐ふくしゅう心は、本物かつ相当な物なのだろう……!

 蛇とは種族が違うとは言え、彼女の目は別の意味・・・・で再び濁り出していた……!



 〜 バクッ! グググ……バキンッ! バリッ! ガキッ!

 ボリッ! ゴキッ! ゴリゴリゴリゴリッ!……ゴクンッ! 〜



 ――しかし、まだまだ傷が癒えるには足りない……そうも思ったのか、ウルカノは続けて一心不乱に食べ続けていた……。

 ……因みに余談なのだが、彼女が気にしになかった「コーカサス・ボア」に掛けられた”土”や”木の枝”……実はある動物の習性・・・・・・・から見れば、ちゃんと意味のある物なのだ……。



 〜 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ! 〜



 ――蛇と同様に、執念深い動物を挙げるとするなら……以外かもしれないが、それは”熊”だ。

 日本で言えば、北海道などに生息する「ヒグマ」なんかが言えるだろう。

 彼らの執念深さの例を挙げるなら……山にハイキングに出かけた学生の持ち物食料を一度自分の物にし、それを奪われたら・・・・・どこまでも追跡する・・・・・・・・・……。

 「野生のジャイアニズムお前の物はオレの物」を発揮して、死者を出してしまったり……。



 〜 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ!

 ……ノシッ、ノシッ、ノシッ……〜



 ――または、一度に食べきれなかった鹿などの獲物を……地面に埋めた後、その上にこんもりとした土の山を作る”土饅頭どまんじゅう”で、「これはオレの物だ!」……と主張したり……。

 ……”土”や”木の枝”を掛けて、コソコソと隠したり・・・・・・・・・する個性を持った個体もいるとか……。



 〜 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ!

 ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ!……〜


 ――なっ、なんだ……ッ!?

 

 〜 ブオォォォンッ! バッキャアッ! ゴキンッ、ドサッ! 〜



 ――もしそれを見つけてしまったら? 無論、最善の方法は”手出し無用”である。

 そうでなければ、上記の「ウルカノ」のように……背後から知らず知らず迫っていた、”何者”かによって、その上段からの一撃で首の骨をポッキリと折・・・・・・・・・・られる・・・……呆気あっけの無い末路まつろ辿たどる事になるかもしれないのだから……!



 〜 ……グンモオォォ、グンモオォォ、グンモオォォ……。

 バクッ! グググ……ブチッ!

 クチャックチャックチャックチャッ……ゴクンッ!〜



 ――この息切れをした後に、「ウルカノ」を食べている”何者”の正体?

 ……それは、今は語らずとも近い内に知る事になるだろう……。






 「ホイだワサ、コレ」


 〜 ポンッ 〜


 「……なぁ、ベルガ婆さん?」


 「何だワサ?」


 「いきなり呼び止められて、この”金貨”を渡されて……オレにどうしろってんだ?」



 ――一方その頃のボス一行。

 日が頂点に差し掛かった頃に、ボスはベルガ家の外にある薪割り場で背伸びをしていた。

 一週間前とは違い、オルセットが薪を置いてくれたり、割った薪を指定の場所に積み上げてくれたりしたおかげで、いつもは昼過ぎに終わるこの作業が早く終わったためだ。

 ”一人じゃあない”……彼は昨日の”ウルエナ戦”での一件を通して、彼女に意識し始めてい・・・・・・・・・・


 それは”好意”でもあったが……それ以上に、今後の身の振り方・・・・・・・・や、お互いの関係・・・・・・についてだ。

 彼はベルガに助けられた事もあり、互いに憎まれ口や軽口を叩き合いつつも「助けられた恩」を返すため、彼はベルガの仕事を手伝っていた。

 勿論、オルセットも助けられた事・・・・・・は”記憶喪失”はしていても理解していたため、彼の仕事に関して理解したのちは、上記のように自主的に彼を手伝っていた。


 「……このまま、婆さんとこの居候いそうろうでいるのもなぁ……」

 ニー……もとい、”自宅警備員”でいる事を、地球にいた時から誇りに思わなかった・・・・・・・・・彼は、そんな現状を鬱々うつうつと思っていた。

 そんな彼は、オルセットが現状をどう思っているか聞きたくもあったが……今も”元気ハツラツ”に仕事を手伝ってくれた彼女に対し、ニー……もとい、”自宅警備員”でいる事の善し悪しこのままで良いか?を聞こうにも……。


 モノを知らぬ彼女に説明する”面倒臭さ”と、それ以上に意味を理解された時の”気恥ずかしさ”を恐れ、一向に踏み出せずにいた……。


 だが、だからと言って「だったら冒険者になってやろう!」……的に、飛び出す気もなかった。

 この異世界でボンヤリと……やってみたいと思っていた「放浪の旅」に、オルセットを連れて行く”度胸”も……”器量”も……”ウルエナ戦”によって揺らいでしまっていた。


 してや、先程言った「ベルガへの恩」をアダで返すかのように、仕事をほっぽり出してまで「放浪の旅」に出る、人でなしな事・・・・・・は……彼の”自尊心プライド”が許さなかった。


 「薄々気付き始めてたけど……オレは英雄Heroになる資格はあるのかぁ……?」

 ……彼の”心の大黒柱だいこくばしら”の一本も、揺らぎ始めてしまう程の”みじめさ”を感じ始めていたのだ……。


 ――そんな思いの中、二人が汗を拭いながらベルガ家の玄関を開けると……仁王立ニオウだちに腕組みをしていた彼女がいた訳だ。そして、彼らが問答を起こす前に間髪入れずに入れた”やり取り”が、上記の会話になる訳だ。



 「満足に狩りや採取が出来ないんじゃあ、お前さん達に任せる仕事と言ったら……薪割り以外に”お使い”ぐらいしか無いワサからねェ……」


 「……だからって、金貨一枚? これで十分に買えるのかぁ……?」


 ――金貨一枚、”一万円”程だと思っているボスは、お使い先が”激安スーパー”でもない限りは、満足な買い物・・・・・・ができないんじゃあないかと危惧きぐしていた……。


 「おや? じゃあ返してもらっても良いワサね?

 ……嬢ちゃんの”服”を見ても、何も思わない・・・・・・ワサならねェ……?」


 「……服……? ……あっ……!」



 ――「そういえば、会ったばかりは布一枚だったり……今は婆さんのお下がりを着ていたんだっけ……ッ!?」……地球では中々味わえ無い経験の連続・・・・・に、すっかり”地球での常識”という感覚がニブり始めていたようだ。


 そんなオルセットの服装だが……会ったばかりの時には何故か、黒一色の大きな布を魔法使いが着るローブのように頭までスッポリと……これまた何故か、下着等を着込んでない・・・・・・・・・・状態でかぶっていたのだが……。

 現在の彼女は、ベルガのお古らしきふくらはぎの中間辺りまで丈のある……薄汚れた深緑色のチェニックワンピースを着用し、靴はサイズが合わなかったのか……前話のように”素足”のままだった。


 ……別に、彼女が素足でいる事にこだわりを持っている訳じゃあないが……それは彼女が”獣人”なためか、”両足”と”両足”の指の裏”に猫のような肉球・・・・・・・があるのだ。

 ……無論、”両手の平”、”両手の平の指”にも……! プニプニとした、柔らかいモノが……! 断言はできないが、彼女の脚の速さの秘訣ひけつ及び……靴が合わなかったは、この肉球があったせいなのかもしれないのだろう……!


 ……話は戻るが、しかしながらベルガは何を考えていたのか……何故か渡した服には、左脚に沿うように太腿ふともも近くまで大胆だいたんスリット切れ目が入っていたのだ……!?

 そのため、オルセットが激しく動いたりする度に、それはそれは程よい筋肉の付いた……健康的な脚線美きゃくせんびがチラつくため、大変けしからん……もとい、やや”あしフェチ”の気があるボスは、非常にドギマギせずには……。


 うっせェェェェェェッ!? ダマりやがれェェェェェェェェェェェェッ!


 おっと、失礼。どうやら口が滑ってしまったようだ……。

 因みに、チャイナドレスに”スリット”が入っているのは……元となった服満洲人の民族衣装で、騎乗きじょうする際に”裾”が邪魔にならないための工夫だったらしいぞ?

 ……現代に至っては、スカートでも動きやすい利点意外……”ただの飾り”になってしまったが……。


 どうでもいいだろ!? クソッタレェェッ!



 「……どうしたワサ? 急にそんなしかめっ面して……?

 返事しないなら……こりゃあ、元々アタしゃのヘソクリだし、返してもらうって事で……」


 「ちょちょちょちょちょちょちょまッ、待てよッ!? 婆さんッ!?

 懸念けねんはしたけど、オレは”NO”と言ってないだろッ!?」


 ――咄嗟とっさに、金貨を握る手にジョジョに迫るベルガの右手を、払い除けるボス。

 そして、”服”の事を話題に出した彼女の話から、金貨の価値を「1万円以上・・」に”上方修正”しようとも心の中で思っていた……!


 「……ボスゥ、”ヘソクリ”……って、なぁに?」


 「えっ? ”こっそり貯めたお金”って事だよ」


 「……どれぐらいなの?」


 「……ッ! 婆さん、済まないが……彼女にこの国でのお金の価値を教えてくれないか? ついでに、周辺にどういう国とかがある一般常識とかも……!」



 ――唐突な彼女の世間せけん知らずに、頭を抱えそうになるボスだったが……不意にひらめく!

 未だベルガとの”信頼関係が微妙”な中、彼女からこの世界の一般常識・・・・・・・・・を聞き、変に怪しまれないか躊躇とまどっていたのだ……。

 しかしながら、ここでオルセットの「世間知らず」、「記憶喪失」な事を建前にすれば……自分自身が怪しまれずに一般常識・・・・・・・・・・が聞ける・・・・と思い付いていたのだ……ッ!



 「……どうしてワサ?」


 「ホラ、以前に彼女は”記憶喪失”してるって言ったろ?

 ……実は、オレも記憶があやふやな部分・・・・・・・・・・があって……今覚えているこの”金貨の価値”でさえも、合ってるかどうか怪しいモンだから……」


 ――勿論、理由を聞かれる予想もついていたので、「自分も記憶が曖昧気味」とカミングアウトし、予防線は張っておく。


 「……フゥ、随分と厄介な客を招き入れちまったんだワサねェ……。

 まぁ、良いワサ。……で? ”金の価値”とかの一般常識が知りたいんだワサね?」


 「あぁ、頼……」


 「……金貨一枚」


 「……」


 「……冗談ワサ。

 大事な食料を買うための金を、出かける前に取り上げるなんてバカらしいワサからねェ……」


 「……おバアちゃん、なんかイジワル……」


 「心外しんがいワサねェ……お嬢ちゃん?

 王都の一部の冒険者達の間じゃあ、情報だってお金が掛か・・・・・・・・・・って事も今みたい事で教えようとしただけワサよぉ……アタしゃ?」


 「「……」」


 「何ワサァ……? 二人して、アタしゃに不満そうな顔して……?

 大丈夫ワサ。お前さん達に教える”一般常識”の情報料・・・は、しがないオババの世間話せけんばなしの話をしっかりと聞く……って事で、チャラにするワサ」



 ――「サラッと金貨十枚を借金させてきたアンタが言うと、冗談に聞こえねェんだよ……ッ!?」

 ……と、ボスは心の中で愚痴をこぼしつつも、要所要所で”クエスチョンマーク”を上げ、彼に質問するオルセットと共にベルガの一般常識講座を、受講し始めるのであった……!


 それから判明した事としては、まずこの世界の名前は「ウォーダリア」だと言う事。

 大昔から、様々な戦争や紛争が絶えない世界であり……魔王軍に人類がおびやかされていた事。

 しかも、人類が一致団結せず……突然”勇者”なる人物が現れるまでは、魔王軍以前に人類間の戦争で全人類が絶滅ぜつめつしかねなかった事……。


 一致団結した人類と、勇者によって魔王軍が壊滅した後……”南の王国”、”西の教国”、”東の帝国”の三国に世界を分割ぶんかつし統治され始めた事。

 そして、壊滅かいめつした魔王軍の一味が潜伏せんぷくしているかもしれない……とまことしやかに語られ、三国が一切手をつけられていない不毛ふもうの大地である、”北の大地”がある事……。


 そして、勇者に大きく貢献こうけんした部族が大きく土地を欲していた際に……「手柄は平等に」と、注意され分割されたのにも関わらず、未だ各国の上層部は虎視淡々こしたんたんこの世界を統一する・・・・・・・・・ため、目に見える事では王国と帝国の小競り合いが何度もあったり……。

 逆に王国と教国で”休戦条約”が結ばれたのは、教国が何かを企んでいるんじゃあないかと、うわさされたり……。


 「……ヤベェ、地味に”紛争”や”冷戦的な状態”が続く、ヤッバイ世界に来てちまってたのかよッ!?」

 ……と、金の知識前に端折はしょり気味ながらも、要点をしっかりと押さえながら語られるこの世界の歴史を前に、地味に震撼しんかんしていた……!

 所々に”クエスチョンマーク”を上げるオルセットは別に不思議ではないが、目に見える驚異確かな情報の前には……しっかりと”死の恐怖”を覚えるボス君は、実に不思議な物である……。


 ……えっ、しょぱなから世界の歴史を彼らが聞かされた理由?

 「……途中途中に、国の事とかを聞かれるのは面倒だワサから、最初から話しただけワサよ?」……と、ベルガ談である。


 さてさて、ボスは真面目に聞き続ける反面……余りの長さにオルセットは、途中辺りからこっくり……こっくりと、船をぎ始めたぐらいに、ようやく金銭の価値を教えてもらえたようだ。



 粒銅貨:1円

 半銅貨:5円

 大銅貨:10円

 粒銀貨:100円

 半銀貨:1000円

 大銀貨:5000円

 粒金貨:10000円

 半金貨:50000円

 大金貨:100000円

 魔金アダマンタイト貨:1000000円



 涙のような形に鋳造ちゅうぞうされた「粒貨りゅうか」、夜空の半月を思わせる「半貨はんか」、そして元の地球でも見知ったような「大貨だいか」……。

 希少金属銅<銀<金<魔金序列じょれつは勿論、形の大きさ順粒<半<大に、貨幣の価値が上がって行く事はすんなりと理解できたボスだったが、それを彼女が話す”市場での物価”と”地球での物価”を照らし合わせて、上記のような「大体の価値」をひねり出すのに随分ずいぶんと苦労した物だ。


 メモして覚えたいあまり、ベルガに(貴重な)紙がないかたずねつつも突っぱねられ、仕方なく上記の価値を見出すために何度も聞いたり……。

 その横で、ジト目に「ボスゥ……まだなのぉ……?」と、あきれた視線を送るオルセットが居たと言えば、どれだけ彼が熱心に知りたかったが分かるであろう……。


 因みに余談だが……彼女から渡された硬貨は、上記で言うと「大金貨」であった。

 「……えっ、じゃ、じゃあ……10万円ッ!?」……借金にされていた金貨も「大金貨」であった事実も聞き、思わず彼も口に出す程ビックリな、正真正銘のヘソクリ・・・・・・・・・であったのだ……。



 「……10マンエン? ボスゥ、それってなぁにィ?」


 「ほう……マンエン? その言い草じゃあ、金の価値か単位だワサか?」


 「まっ、まぁな……。

 後……先に言っとくけどオルセット……?」


 「なぁにィ?」


 「この金貨……いや、大金貨の価値は、オレ達が狩っていた「コーカサス・ボア」10頭分とうぶんぐらいだからな?」


 「フゥェェッ!? お肉、10頭分ッ!?」


 「因みに安いからな? それでも……?

 王都で養豚ようとん……いや、飼われているボアなんかは、この”大金貨一枚”で取引されているらしいからな?」



 ――「寝てないで聞いといてくれよ」……と、心の中でほとほとタメ息をついてしまうボス……。それでも、彼女の関心を引くような例えお肉を出しつつ、的確な説明をするのはお見事である。


 しかしながら、今みたいに驚いたり、笑ったりなど……無邪気な子供・・・・・・のように一喜一憂いっきいちゆうに変化する彼女を見ていると、どうも苦言くげんしたくなる気持ちが薄れてしまう……。

 「これが俗に言う、”守りたいこの笑顔”……って感じなのかなぁ」……などと心の中で哀愁あいしゅうただよわせながらも、今度は彼女にれ始めている自分にタメ息してしまう彼なのであった……。



 「……あれ?

 でも、じゃあ……そんなたくさんのお金、何で”ベルバア”がくれたの?」


 「誰が”ベル婆”だワサ!?」


 「……おい、オルセット……!?」


 「……えっ、ダメ? そう呼んじゃあ……? カワ……」


 「可愛いとかいう前に失礼だろ!? ホラ、あやまっとけ!」



 ――と、彼女に無理やりお辞儀をさせつつも一緒に謝っていたボス……。

 だが、その胸中きょうちゅうでは「確かに呼びやすいけど……”ベル坊”と混同して笑っちまうだろ!?」……と、”週刊少年ジ○ンプ”で連載れんさいされていた、とある「魔王の子供を育てるヤンべる○バブキー漫画」の登場人物と”似ていん”なぁ……的に、地味に失礼に思っていたのだ。

 ……一言、言わせてほしい。お前も言えないだろ……!


 ……うるせェ!?

 少なくとも友人じゃあない相手に、気安く”アダ名”を付けて呼ぶなんて……オルセットみたいな真似は出来ねェよッ!?



 「……フ〜ン、まぁイイワサ。

 それよりも理由? 馬鹿おっしゃい、お前さん。

 さっきの話聞いてなかったワサか?」


 「?」


 「お前さんの服だよ。その大金貨で揃える食料なんて、高が知れるワサ。

 けど、そんなサイズの合わない、ダボついたオババの服なんかよりも……キチンとした服をアタしゃよりも若いなら、着なきゃいけないワサだろう?」


 「……そうなのぉ? ボスゥ……?」


 「……お前さん……」


 ――思わず、右手で両目をおおい、呆れてしまうベルガ……。

 一方ボスは急に話を振られた事に、少々動揺してしまうが……ベルガに同情しながらも彼女に答える。


 「……正直に言えば、オレはオルセットの種族の服への価値観とかは知らねェよ。

 だけど……少なくとも、ベルガ婆さんみたいな人間が暮らす場所・・・・・・・・で生活したりするなら、”それなりの服”はちゃんと着といた方が良いぞ? その……オルセットの……可愛さとか……美人さが……勿体もったいねェし……」



 ――意識した余り、横目にチラチラと彼女を見ながら話すボス。

 だが、二人の”常識の格差”はまだまだ離れているのだろう……。

 彼の視線に気づくも、「……何だろ? ボクの顔や脚に、汚れでも付いてるのかなぁ……?」と、小首を傾げるオルセットなのであった……。

 そんな中、木枠だけの窓に視線を向けたベルガが、正午を過ぎた事をさとると……この微妙な雰囲気を変えるためにも、閉じていた口を開くのであった……。



 「……とにかくワサ、昨日はろくに食料を取って来れなかったんだワサだろ? お前さん達? だからワサ、そのお金で一週間分ぐらいの食料を買って来るんだワサ。

 そのついでに、余ったお金で嬢ちゃんの服は勿論……先週ぐらいからコソコソ出していた”ジュウ”なんて、訳の分からない武器よりも、もっとマシな”武器”や”防具”を買って来るワサ」


 「……え!? なんで知ってんだよッ!?

 て言うか……行商人なんかが、良い武器なんて売ってんのか?」


 ――恐らく”フィクション創作の行商人”に、いい思い出がないのか……いぶかしげ聞くボス。


 「お前さんの寝ているベッドの下に、見たことない”変な袋”があったワサからねェ……。

 こっそり中身を見て何か分からなかったワサけど……。

 お前さんがバレてないと思いつつも、その上着の内ポケットにひっそりと入れていたのを見たり……嬢ちゃんが”ジュウ”とか言ってたから、もしや・・・とは思っていたワサからねェ……。

 ホント、あの棒っぽいの武器なんだワサか? 

 恐らく”鉄製”だし、まさか貴族の所から奪ってき・・・・・・・・・・た物・・じゃあないワサよね?」



 ――「……ハァ、オルセット……。昨日、オレに怒鳴っていた時か……? 後、何処が”しがないオババ”だよ……!? 色々”抜け目”がねェなぁ、この婆さんッ!?」……今の”観察眼”や”聞き耳”は勿論、”ポーション”に”大金貨”、寝床を貸しているからか夜には何処かに消える・・・・・・・・・・などなど……。

 薄々、「この婆さんは”タダモン”じゃあねェなぁッ!?」……と思っていたボスは、顔には出さぬものの胸中でツッコまずにはいられなかった……!

 

 だがそれと同時に”情報”の重要性を知らず、またもこの話を聞いていて小首を傾げている彼女に、思わず右手で目頭めがしらを抑えてしまうボス……。しかしながら、仕方ない……とも彼は思っていた。

 誰しも、あのような状況では情報の秘匿ひとくは難しいであろうし、そのような知識も知らない彼女に無理強むりじいさせるのは不可能に近く、彼自身もその事に気を回せる余裕もなかった……。


 それよりも今は、検証のために出したはいいが収納場所・・・・に困っていた際……疑心暗鬼ながらも出した大容量の「ミリタリーバックパック」にしまっていた”大量のフリフリントロックピス・ピストル”の存在を知られた事に、彼は頭を抱えていた。

 借金をしている現状、彼女が「フリピス」を物珍しさに売り飛ばす可能性を考えたくもなかったが……。


 「盗んでねェよ。袋も含めてそれはオレのモンだ。だが、危険な飛び道具だから……売り飛ばすとか考えないで、触るのも絶対やめてくれよ」……と出来る限り、当たりさわりないように答えるのであった。



 「フ〜ン、飛び道具ワサねェ……。

 まぁ、想像もつかないワサけど、分かったワサ。

 ところで、”行商人”の事だワサけど……日はバラバラだワサが週に一度、村の中央にある大木・・・・・・・・・の所に来るんだワサ。

 そこじゃあ、行商人にしちゃあ珍しく……荷車一杯に”食料”や”衣服”、たまに”武器”や”薬”なんかを売りに来るんだワサ」


 「ヘェ〜、随分と品揃しなぞろ豊富ほうふそうだなぁ……」


 「そうワサねェ……。

 まるで何処からか盗んで来て・・・・・・・・・・いる・・みたいに……」


 ――何やら、いぶかしげに語るベルガ。


 「?」


 「気にしないで欲しいワサ。

 ただ、一介の行商人にしては……王都の城下町並みの品・・・・・・・・・・揃え・・なんじゃあないかって、毎回買いに行く度に思ってたワサからねェ……」


 ――「……盗品商とうひんしょうとか、胡散臭ウサンクサい行商人じゃあないよなぁ……?」

 フリピスが”借金のカタ”に流れるかもしれない心配故に、危惧きぐしてしまうボスなのであった……。


 「そうそう……後、買い物を済ませてアタしゃんに食料等を置いたら、”冒険者ギルド”に行っときな」


 「おっ、冒険者ギルドがあんのかッ!?」


 ――ようやく”ファンタジーのド定番”が来たか! ……と、心躍らせるボス。


 「……ボスゥ、”ボウケンシャギルド”って?」


 「あぁ、大体は魔物を倒してお金を稼ぐ退治屋みたいなモノさ。

 魔物を倒す依頼……まぁ、お願いがない時は”薬草の採取”とか……後は”街の掃除”や”ドブさらい”に”犬の捜索”……などなどの、雑事をやったりをするもんなんだよ。なぁ! ベルガ婆さんッ!?」


 ――久々のテンションの上がりように、思わずウキウキにベルガに問いかけるボス。勿論、彼女はそのテンションについて行けず、苦々しい表情を浮かべながら……?


 「……何で、歴史や一般常識をド忘れしているお前さんが、冒険者ギルドに関してはほぼハッキリと知ってんのかは、詮索せんさくしないでおいてあげるワサけど……。

 まぁ、まずこの村じゃあ”掃除”や”ドブさらい”どころか、”犬の捜索”すら聞いた事も無いワサね。

 ほぼ、田畑や家畜を荒らす”魔物退治”か、”素材採取”しか無いワサよ……。

 勧めるアタしゃが言うのもなんだけど……昨日失敗したお前さんが、場所が変わっても上手くやれるかどうか……」


 「よしッ! 雑事はナッシングッ!

 それなら”レベル上げ”と”借金返済”も兼ねて、チャッチャカ魔物を倒しまくって行けば……!」


 ――ウルエナ戦の苦労は何処へやら、話をさえぎられて呆れ顔なベルガを尻目に、浮かれるボスであったが……?


 「……やめてよ、ボスゥ……」


 ――両腕でガッツポーズを決めるボスの右腕を引っ張り、彼の意見を否定するオルセットが……!?


 「なっ、何でだよ……オルセット?」


 「……ボスゥ、忘れたの?

 昨日、ボクがいなかったら……ボスはどうなっていたの?」



 ――「あっ」と声を漏らし、ジョジョに項垂うなだれてしまうボス。

 勿論、彼自身も記憶喪失な身だからと言って彼女に助けられた事・・・・・・・・・を忘れるような恩知らずかつ、都合の良いような頭をしている訳じゃあない。

 そして、好意を抱いてくれているオルセットに対し、彼もこれ以上”醜態しゅうたい”をさらしたくない事は、彼女にビンタされて以来……身に染みる思いで決めていた。



 「……おや?

 その感じじゃあ、冒険者ギルドでお金を稼ぐ事に嬢ちゃんは反対そうだワサけど……。

 お嬢ちゃん? それじゃあ、お前さんを助けるために仕方なく使ったポーション代……踏み倒しちまうって事で良いのかね?」


 「……ベルバ……おバアちゃん、何を”フミタオス”の?」


 ――再び、右手で両目を覆い、呆れてしまうベルガ……。

 一瞬、ボスが彼女にあわれみの視線を向けるが……すぐにオルセットに向き直す。


 「オルセット、踏み倒すってのは”貸したお金を返さない”って事だよ。

 ……ほら、オルセットだって誰かに物を貸したまま、相手から”返さないよ〜だ!”……って感じに言われたら、嫌じゃあないか?」


 ――ボスにさとされ「あぁ〜!」とほけたように口を開いて納得する。

 しかしながら、その納得は長く続かず……彼女が声が無くなった頃には俯き、急に不満そうな表情に変わっていたのだ。


 「でも、じゃあ……どうすればいいの?

 もう……ボスが死んじゃうような目には……あって欲しくないよ……!」


 「……何に襲われてたかまでは知らんが、お嬢ちゃん?

 そこの能天気と一緒に居たいなら、アタしゃに恩知らずな事をしていちゃあ……この先も思いやられるよ?」



 ――「能天気って……」反論したそうなボスであったが、オルセットを再び心配させた前科が直前にあったため言えなかった。しかし「思いやられる?」……と再び小首を傾げる彼女に補足を入れる中、”冒険者ギルド”という単語を聞いた後から思っていた事を彼女に提案してみた。



 「じゃあさ、オルセット?

 そんなにオレが死んで欲しくないって思うなら……手伝ってくれないか?」


 「……え?」


 「オルセットの種族がどんな生活を送ってたかは、知らないけど……。

 の道、これから先にオレ達で旅して行くなら、お肉食料を買ったり、武器を買ったり……生きていくため・・・・・・・にも、この金貨みたいな”お金”が必要になってくるんだ。

 それに、人間達が生きていく上じゃあ、この”お金”のやり取りはとても大事な事で……買ったり、貸してもらったりしたら、必ず返さなきゃいけないんだよ……。

 だからこそ……例え、死ぬような目になるかもしれない事でしか、”お金”を稼げなくても……やらなきゃいけねェんだよ、オルセット……?」


 ――右手に握っていた金貨をオルセットに見せながら、ボスは語る。

 「メンドウだねェ……」と、漏らしつつも渋々納得しているような彼女。


 「おんやぁ? ここから出て行くつもりだったのかい?

 別にずっと居てもいいよ? アタしゃが楽できるしねェ……。ヒャッヒャッヒャッ……!」


 「……婆さん、茶々入れないでくれよ……。

 とにかく! いいか、オルセット? 無自覚かもしれないが、オルセットは強いんだ。だから……そんなにオレの事を心配してくれるなら、一緒に冒険者になって……」


 「ちょい待ち、お前さん?」


 ――後ろに居たオルセットを説得するかのように、彼女の両肩に両手を置きながら話していた際、何故かベルガからの制止が入る。勿論、「何だよ!? 婆さんッ!? また茶々入れる気か!?」……とボスは思わず憤慨ふんがいしてしまうが、彼女の表情は真剣そのものであった……。


 「さっきは冗談かと思って茶々を入れちまったワサが……本気かい?

 冒険者になる事は……?」


 「……何がだよ? 婆さんの借金、踏み倒しまってもいいのか?」


 「……お前さんは別に良いんだよ。問題は、そこの嬢ちゃんの方ワサ」


 ――ボスとベルガがお互いに、オルセットの方に顔を向けたのに対し、彼女は「……ボク?」と、ボスに”お前は強い”と言われた事も含め、オルセットは困惑を隠せないでいた。


 「そういえば、嬢ちゃんはあの時は聞いてなかったワサよねェ……。

 いいかい? この国じゃあ……奴隷に登録されていない”亜人”を連れている事は、立派な犯罪・・・・・だワサ。つまり、奴隷の証である「首輪」をしてない嬢ちゃんは……」


 〜 ドンッ! 〜


 「クッソ! そう言う事かよッ!?」


 ――オルセットの返答よりも早く、玄関の木枠に水平に”右鉄槌打てっついうち”を叩き込むボス。押し殺すような怒号どごうと共に、他人が見たら血の気が引きそうな程にその表情は、怒りにゆがんでいた……!


 「……壊れないだろうけど、やめて欲しいワサ」


 「……悪りィとは思ってる。けど……抑えてられるかよ……ッ!」


 「ちょ、ちょっとボスゥ……!? どう言う事ォッ!?

 ぼっ、ボクが一緒に”ボウケンシャギルド”に行ったら、何が悪いのさッ!?」


 ――二人だけが分かる会話に戸惑いを隠せないオルセット。


 「……ハッキリ言っとくよ嬢ちゃん。

 そこの馬鹿が、お前さんを冒険者ギルドに連れて行くものなら……良くて”罰金”、最悪”豚箱行き”だワサ……」


 「……”バッキン”? ”ブタバコ”?」


 ――絶好調なオルセットの世間知らず。思わず二人は心の中でズッコケそうになる……! だが、ボスのメンタルも中々な物だ。沈んだ空気の中、彼女に補足を入れると……?


 「えっ!? じゃあ……もっと……ボクは行かない方が……」


 「いいや、行くぞ」


 ――尾を引くようなオルセットの口振りに、ボスは重く低くも……決意の込もった一言を漏らす。


 「……耳クソが詰まっていたワサか?

 いいかいお前さん? 親切に言ってやるワサけど……嬢ちゃんと一緒に”冒険者ギルド”に行っても、ロクな事には……!」


 「行くっったら、行くんだよッ!」


 ――あきれたような物言いのベルガに対し、ボスは一喝いっかつして黙らせる。

 猫の毛が逆立ったかのような驚きを見せるオルセットをそばに、彼は一呼吸を置いて言葉をつむいだのだった……。


 「忠告は感謝するが……悪いな婆さん。

 オレが住んでいた国じゃあ”百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかず”……って、”ことわざ”があるんだよ」


 「コトワザ?」


 「人から何度も聞くより、実際に自分の目で見るほうが確実に理解できる……って、格言かくげんみたいなモンだよ」


 「……アホ貴族共の耳に、叫んでやりたい言葉だワサねェ……」


 ――「あぁ……この王国、圧政とかなんかでくさってんのかなぁ」……と、彼女が目をらしながらボヤいた言葉に、思わずボスもなんとも言えない息を漏らすのであった……。


 「で? 意味は分かったワサけど……それがどうしたんだワサ?」


 ――再びボスに視線を戻し、ジト目に彼を見つめながら尋ねるベルガ。


 「言った通りだよ。

 オレは婆さんからその”冒険者ギルドの情報”を聞いただけ・・・・・だ。まだ……直接見てはいない・・・・・・・・


 「……だから、”信じたくない”ワサと?」


 「まぁ、そうだが……それ以上にオレは”奴隷”って言葉が嫌いなんだよ」


 「……嫌い? お前さん……それって、冗談で言ってるワサよねェ……ッ!?」


 「……二度も”冗談”に思われるなんて、流石に傷つくぜェ……? 婆さん?」


 「ッ!? おバアちゃんッ! ボスを傷つけないでよッ!」



 ――「コラコラ、オルセット……今のは流石に冗談だから、真面目に怒んないでくれよ」……と、唐突ながらも自分を思ってくれるオルセットに、嬉しく思ってしまうボス。

 しかしながら、このままでは話がややこしくなるため、彼は自身の前に両腕を横一杯に広げておどり出た後、ベルガに怒鳴る彼女を自身の背後に戻すよう……彼女の両肩を引っ張りつつ、たしなめるのであった……。


 そんな対応に膨れっ面を彼に見せつつも、渋々彼の後ろに戻ったのを彼は確認すると……再びベルガに視線を向け直し、話を続けるのであった……。



 「横槍が入ってすまない……だが、オレが”奴隷”が嫌いって事は本当マジな話だ」


 「……まだ、耳クソが詰まっているワサか?

 お前さん、”奴隷”はこの国の法律……イヤッ、それ以上に世界中で認められてい・・・・・・・・・・事なんだワサよッ!? いくら記憶喪失してるからって……そんな”正気じゃあない事”を、アタしゃ以外に聞かれでもしたら……!」


 「……だったら、そんな法律……クソ喰らえだッ!」


 「ッ!?」


 「盗み・・人殺し・・・なんかの”クソな事”をした、”犯罪奴隷”ならまだしも……!

 見た目が違う……話す言葉が違う……持っている能力が違う……。

 そんな”些細な事”で、さげすまれる……ッ! ”人種差別”って奴が、オレは一番いっちばんッ! 嫌いなんだよッ!」


 「……」



 ――ベルガは文字通り、開いた口がふさがらなかった……。

 ボスが語った、彼には「アタリマエ」な考えでも……中世に近いこの世界では、「アタリマエ」どころか”狂気の沙汰さた”と思われんばかりの革新的過ぎる考え・・・・・・・・を、目の当たりにしていたのだから……。


 そんな熱が入る二人のやりとりの最中、またまた”クエスチョンマーク”を浮かべていたオルセットは、ボスからの補足を受け……嬉しく思うも、もしも自身があの野党・・・・・・・・・・に捕まっていたら・・・・・・・・……?

 ……と言う事も考えてしまい、この世界に対し”モヤモヤとした気持ち”を同時に抱きつつも、彼の背中を見続けるのであった……。



 「だからこそ……分かっていたとしても、僅かにでも”可能性”があるなら……!」


 「……可能性?」


 「オレだけ・・が冒険者になれるなんて……そんな、”平等じゃあねェ事”は嫌なんだよ……!」



 ――数秒後、ベルガは思わず”タメ息”をついてしまう……。

 無理もないだろう……。彼女にとっては、予想外の”お願い”はあったが……買い物を頼む前の軽い”雑談”のつもりであった筈が、いつの間にかボスの演説・・・・・を聞く羽目になっていたのだから……。

 そんな彼女の吐いたタメ息だが……その意味は、そんな彼の考えに対する”呆れ”だけではなかった。


 大層な事ではないが……「何を言っても聞きそうにないね」……という”諦め”。

 「そんな考え……アタしゃの若い頃に叶っていたら……ねェ……?」……という”希望に近い呆れ”が僅かに含まれていた物であったのだ。

 つまり、この後に彼女が彼に対して言った言葉は……?



 「……忠告はしといたからね? お前さん達?」


 ――「”冒険者ギルド”で何を言われても、アタしゃへの文句は受付ないよ?」……と続け、釘を指しつつも彼らを快く送り出すのであった……!






 「……ちょい待ちッ! お前さん達ッ!」


 「ッ!? なっ、なんだよッ!? 婆さんッ!?」


 「もうォォッ!?

 出かけて直ぐに、大声出してビックリさせないでよッ!? おバアちゃんッ!」



 ――彼らへの”忠告”の後、家の中から2つの”背負しょ”を持ってきたベルガは、コレらを二人に押し付け……大まかながらも”買う食料の種類と量”について説明し後、彼らを送り出したのだが……。

 上記のように、彼らが玄関から”10歩”も出ない内に呼び止めていたのであった……!

 そして、何故か「コッチに来るワサ」……と手招きし、マイペースにボス達を家の裏手へ誘導すると……?



 「コイツも、行くついでに持って行って欲しいワサ」


 「……え?」


 「……おい、婆さん。

 ……まさかとは思うが、コレ全部じゃあない・・・・・・・・・よな?」



 ――オルセットが目を丸くし、ボスが冷や汗を流しながら指差したその先にあったのは……”薪”であった。それも、ただポツンと”一本”だけが置いてある訳じゃあない……。

 二人は見上げていた・・・・・・のだ。ベルガの身長を易々やすやすと乗り越え、その次に高いオルセット……更にはボスをも悠々ゆうゆうと超えて、家の裏手の壁に寄り添うようにそびえ立つ……! 薪のチョモランマ・・・・・・・・に……ッ!



 「勿論ワサ。全部じゃあ無いワサよ?

 一週間、アタしゃらで切り続けたこの薪を全部売っちまったら……今日からの飯は、全部”生”で食べる事になるワサよ? それでも、お前さん達が持っていきたいってんなら……」


 「イヤイヤイヤイヤイヤイヤッ!? 持って行かねェよッ! こんな山ァッ!?

 ていうか、売れんのかッ!? 薪ってッ!?」


 「中々いい値段で売れるワサよ? アタしゃんの収入源の主力ワサ。

 ……て言うか、大体の家じゃあ”暖炉の火”を絶やさないためにも、”生活必需品ひつじゅひん”になってるワサから、薪を買う事は”当たり前”だワサのに……?」


 「えぇ……あぁぁ……そ、そうだったなッ!」


 「フ〜ン、まぁ良いワサ……。

 因みに、お前さんに貸した”ポーションの代金”の足し程にはならないワサけど……。

 それでも、大体そこぐらいの”1束”があれば……まぁ、”半銀貨1〜3枚”にはなるワサかね?」



 ――「……1ダース12本、1000〜3000円……!? もうかってんのかなぁ……?」……彼女に指し示された場所の薪の本数を瞬時に数え、打算してしまうボス。

 しかし、直感的とは言え次の瞬間には「時給的にも割に合わないだろうなぁ……」と、失礼な事を思いつつも”全部”を持って行かず済む事に、安堵あんどの息を漏らすのであった……。



 「ハァァァ……。そりゃあ良かった……。

 でも、何処から取ればいいんだ? この山の天辺テッペンの一部……グラついて危ないし、何処から取って行けば……?」


 「半分ワサ」


 「……ハッ!?」


 「また耳クソが詰まったワサか? 持っていくのは半分ワサ」


 「イヤイヤイヤイヤイヤイヤッ!? 正気かよ婆さん!? 半分でもまだ”山”ぐらいにあるぞッ!?

 ”ヒマラヤ”から”東京タワー”……じゃあなくて! ”ヒマラヤ”から”富士山”……ぐらいにしか削れてねェからッ!?」



 ――流石に”8848m”から”タワー333m”は大袈裟過ぎであろう。

 それでも……まぁ、”世界チャンピオン8848m”から”日本チャンピオン3776m”は、中々的をているだろう。……勿論、その山々やタワーの高さには及ばないが……。

 しかしながら、それでも残念なのは……ベルガがその山々やタワーを知らなかった事である。

 「何だワサ? ”ヒラヤマ”だの”トキオタワー”だの、”フジサマ”だの知らんワサが、とっとと運ぶワサよ!」……と一蹴されてしまうのであった……!



 「ホラ! お嬢ちゃんも、いつまでもこの薪山の高さに驚いちゃいないで、そこの能天気と一緒に薪を売ってくるワサよッ! ……ホラホラ! そこの能天気に”良い武器”を買わせたいなら、一本でも多く持って行くワサッ!」


 ――勿論、薪の山を見てから一言も発さずに、そのまま放心していたオルセットを揺り動かし……ようやく再起動した彼女に、容赦無く薪の山を運ばせる事も抜かりが無かったベルガなのである……!






 <異傭なるTips> ベルガの寝床ねどこ


 ボス達は、ベルガ家の元々あった木製ベッドと、ベルガが急拵きゅうごしえで作ったワラ製のベッドで寝泊りをしている。

 だが、そこにはベルガ用の”3つ目のベッド”はないのだ。


 では、彼女は何処で寝泊りをしているのか……?

 意外や意外……なんと、オルセットを助けた”ポーション”を出したように、ベルガ家にあるらしき地下室・・・で寝泊りしているらしいのだ……!

 ボスは、彼女が地下室に入る”音”は居候中に聞いた事があったのだが、全くもってその”入り口”を見つけられなかった……。彼女が狩りに向かった最中に、こっそり仕事をサボって虱潰シラミしに探しても……だ。


 「今は見つけられんねェけど……多分、”隠蔽いんぺい”とかなんかの魔法・・・・・・なんだろうなぁ……」……と、「クリッカー着火魔法」の存在から見当けんとうをつけ、何とか自身の好奇心に諦めを付けさせていたのだった……。

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