第6話 RE:Mission-5 迷イ猫ヲ救助セヨ


 〜ピロン!〜




 【称号〖The Live〗を獲得しました】


 【これより、”ザ・ストリーマー”を支援物資として投下します】





 「……フゥ……」



 ――目の前に映る凄惨せいさんな現場……。

 

 そうは一つタメ息をした後……着ていたスポーツジャケットの内ポケットに、”フリフリントロックピス・ピストル”を仕舞うのであった。

 そして何故か、広場の形に沿うように円状に開かれた――青々とした、空の景色を見上げるのであった……!



 ……ハァァァ……人を殺した後ってのは……こんな感じなのかぁ……。

 何だろう……只々ただただむなしくて……虚しくて……虚し過ぎて……幻聴が聞こえて・・・・・・・くるだなんてなぁ……。

 

 ――そう、彼は心の中で自嘲じちょうする。


 ……ハハッ、またかよ……。

 けどまぁ……息が上がるなんて久し振りだし……。


 ――【……初めての喧嘩バトルをしたんだから当然だろう、その所為だろう……!】――と、彼は私の声を必死に”幻聴”だと断定し、”何事もなかった”が如く、木の幹にもたれ掛かかっている”彼女”の元へと向かおうとするのだが……。


 ……おい。


 ――はい?


 ……お前……幻聴・・なんだよな?


 ……いえ? 貴方の妄想・・ですけども?


 いや、馬鹿にしてんじゃあねェよッ!? お前ッ、誰なんだよ・・・・・ッ!?

 何処に居やがるんだ!? 何でオレの頭の中に話し掛ける・・・・・・・・・

 ……みたいな事してやがんだよッ!?


 ……そうは言われましても……私は、私が貴方の頭の中に向けて・・・・・・・、只々「実況」をしたいので……こうも勝手にやらせて頂いている訳で……。


 いやッ!? 大迷惑だよッ!? 野球どころか、スポーツ選手にすらなった事も無いオレを何で「実況」なんてするんだよッ!? 何でオレの頭の中で話し掛けてくる必要があるんだよッ!? テメェに何のメリットがあるって言うんだよッ!?


 ……それなりの理由はありますが……良いのですか?


 ……はっ? 何だよ? 理由でも聞いちゃあいけないのかよ?


 ……貴方が、本当の英雄Heroなら……唐突に現れた私の事よりも、放置していれば死に兼ねない、木の幹で気絶している彼女の救出に、一刻も早く向かうべきなのでは?


 ……あっ、ヤベッ……! 早く容体ようだいを確認しないと!

 ……後、おい! これ以上余計な事を、オレの頭に送り込んでくるんじゃあねェぞッ!? 良いなッ!?


 ……そう言われましても、しない限りには”貴方の物語”は進まなくなりますし・・・・・・・・・……<○者の皆さん>からの、期待ブッ○マーク評価総○評価が……!

 ……まぁ、ここは”彼の意見”を無視する事で良しとしましょう! そうしましょうッ!


 「おいッ! しっかりしろ! おいッ!」



 さて、そんな彼ですが……現在、木の幹にもたれ掛かる様に座り、意識を失っているであろう「獣人の女性(?)」に、片膝を着いて声を掛けている訳だが……。

 ……ピクリともせず、項垂うなだれたまま沈黙ちんもくたもつだけだった……。

 そこから彼は、軽く彼女(?)の肩を叩いたり、揺り起こそうともしたが……。

 ……それでも彼女は、”ピクリ”とも微動だに体を動かす事はなかった……。



 「……まいったな。首の脈はあった・・・・・・・から、さっきの蹴りとかで命に別状はないハズなんだが……。……何だろう? 脳震盪のうしんとうとかか……? あぁぁ……分かんねぇ……!」



 ――思わず右手で髪をむしる彼。

 どうやら、英雄Heroに必要な武力・・は鍛錬していても、医術等の知力・・は”まだまだ修行不足”であったようだ。


 うっせぇなぁッ!? ドラマとかで、”医者な主人公”とかもカッコイイと思うけどさぁ! ”暴漢”とか”モンスター”とかに襲われた際に、医術だけ・・・・どうやって戦えばいい・・・・・・・・・・んだよ・・・ッ!?


 戦わずに逃げ回ったり、隠れてばかりなんて……英雄Heroじゃあねェだろッ!?

 てゆ〜か!? さっき喋んなって言ったばかりだろォ!? おいッ!


 ……君はどんな前提・・・・・を持って、英雄を目指しているのかね……?

 大体……英雄と言っても、誰もが思うような戦ってばかりの英雄・・・・・・・・・だけじゃあなくて……!


 ……殴り合う事のない・・・・・・・・……「”戦わない英雄Hero”もいる」って、言いたいのか?


 ……ヤなこった! オレは、誰かが傷つく前・・・・・・・に助けられる英雄Heroに成りたいんだよッ! だから、勉強とか……医療とか……学んでいる暇があるなら、”筋トレ”とかの闘う事・・・に力を注いでたねッ!


 ……OK、分かった。これ以上は追求しない……。

 だが、このまま私とのお喋りをきょうじ続けてて良いのか?


 ……だったら喋んなよ……! クソッ……。


 ――ヤレヤレだぜ……と、私も呆れたいのは山々だが、ここは我慢して私の勤めを果たして行こう……。


 さて……この束の間、タメ息を吐きながら呆れ果てた彼は、気分を仕切り直そうと思ったのか……アゴに右手を当てながら、今まで気に留めていなかった彼女(?)の容姿を観察し始めた……。


 ……とは言っても、その全容は彼女(?)が身に纏っていた”黒いフード付きのローブ”にすっぽりと隠され――フード等を脱がさない限り、それ以上の容姿を拝見する事は不可能に近かったのだが……。



 「フゥ……。(おっ、落ち着け……傷とかを確認するためだ……。断じて、オレの”スケベ心”の元に触るんじゃあない……ッ!)……すっ、すみませぇぇぇん……」



 ――”獣女ケモノオンナ”……つまりは、”女性”という前情報からテンパっていたのか……。

 居酒屋の暖簾のれんをくぐるかのような、訳の分からないノリで彼女のフードをそっと取ると……?


 〜 ピョコン! 〜


 ……と言ったような”擬音”が聞こえてきそうな獣耳・・が、彼女(?)の頭頂部付近にあったのであるッ!


 ……えッ? 何々、【……大佐ぁ、”耳”だ……人の頭の上に”ケモミミ”があるんだ……!】――興奮するのは良いが、何故に”らりるれろの大佐◯イ・キャ◯ベル”に通信しようとしているのであろうか……?

 ……えっ? 【どうでも良いだろッ!?】――って? あっ、そう……。


 まぁ、そう抗議した彼は続けて今もなお、肌をはだけさせないためにか、胸元近くでローブを握り続ける右手から、ローブを掻き分けて覗くと……?



 「ッ!?」


 〜バッ!〜



 ――覗いた一瞬、彼はローブを手放し……全力で全身を背後の方向へと向けたのである。……はて? 一体どうしたのだ? まさかここで、実は「男」だった……


 じゃねぇぇぇよッ!? 彼女・・に失礼だろうがッ!


 おっ、”彼女”と断定すると言う事は、それはそれは”たわわ”とした立派な二つの果実・・・・・が、ローブの隙間から”デ〜ンッ!”とッ……!


 じゃねぇぇぇだろッ!? 何、サラッとセクハラ発言してんだよッ!?


 ……およおや流石、英雄を目指すというだけに非常に真摯しんしな態度であるな……ッ! だがしかし……あるにはあったんだろ? んっ?


 ……あ……あるには……あったよ……。

 キレイな形の……そこそこっぽい大きさの奴が……。


 ホウホウ……。


 ……けどなぁッ!? 覗いた時点・・・・・でオレがバカだったと思ったよッ!


 ……んっ? それはどういう事だ……?


 いやだって!? 服が・・……なかった・・・・んだぞ!?


 ……んっ? 下着は?


 ねぇよ・・・ッ!? だから、速攻で戻して振り向いたんだろうがッ!?


 ……なるほど、つまり君が助けたのは素っ裸・・・痴女ちじょ……。


 良しッ! 今すぐ顔を出しやがれッ!

 今言った事を、盛・大・にッ! 後悔する程、ブン殴ってやるッ!

 後、彼女に土下座しやがれッ! 今直ぐにだッ! クソがァッ!


 ……だと言う可能性も考えられなく・・・・・・・・・・はない・・・であろうと、私は言おうとしたのだが?


 ……


 ホラホラ、そんな阿修羅アシュラ像も真っ青になりそうな程、空をニラんでも何も起きないぞ? そんなことよりも、これからどうするのだ? 今後の「行動の目的」とか、「彼女の治療の目処」とかは……?


 ……ハァァ……そうだな……。


 「……再び、スミマセン……ッ!」



 ――そう呟いた彼は、極力彼女の股間辺り・・・・を直視しないように細心の注意を払いつつ、彼女の傷をていくのであった……。


 結果としては、改めて見た彼女の左頬は、痛々しそうに赤くれ上がっており……更には、彼女の右脇腹付近に少し大きめの”青痣あおあざ”が出来ていたのだ。「原因はコレか?」……と彼女が気絶している原因を、何処か求めている彼であった……。



 「……うわっ、ヤベェ……!

 ……確か”内出血”だっけか? 青なじみが出来る原因は……?」



 ――おぼろげにネットか何かでかじったらしい知識を引っ張り出しつつも、彼は内心、頭を抱えていた……。


 「あの人の英雄Heroになるッ!」……と息巻いて、彼女を助けたまでは良かったが――その後の事については結局のところ、全くのノープラン・・・・・・・・であったのだ……ッ!?


 「……そっ、そうだ!」



 ――しかし、何かを思いついたのか……慌てて【えぇと……”ミリタリーバックパック”ッ!】――と”ガンガンズ・クリクリエイト”を行った時のように、右手を前に突き出して彼は言うのであった……!

 すると……何故か、先程のように右手は光らず――代わりに、ボスの目の前に40L・・・程の容量・・・・が入りそうな<大型のバックパック>が、何処からともなく……空から支援投下サプライされてきたのであるッァ!


 当然、彼は新たな召喚パターンに腰を抜かして驚いてしまう。

 だがしかし、”そんな事言ってる場合か!”……と即座に復旧された腰と脚もフル稼働させ、バックパックの元へとい寄り、中身を乱雑に物色し始めるのであった……。



 〜 ゴソッ、ゴソゴソッ、ゴソゴソゴソゴソ……ガッ! ブゥゥンッ! 〜


 「クッソォッ! 何で、何も入っていない・・・・・・・・んだよッ!?」



 ――彼が期待していた物……それは、最初のスキル獲得時に表記されていた「ミリタリーバックパックの”中身”」であった……ッ!


 自身が初めて入手したスキルなのだ、それなら……ゲームなどで初めに渡される所謂いわゆる「初期装備」と言う物が入っていてもおかしくないハズだ……! その中に、彼女を治療するための”医薬品”も入っている筈……ッ!


 ……そう彼は期待して、バックパックを供給サプライしたのだ。


 だが、現実は違った……。


 彼が物色していたバックを、思わず乱暴に投げた・・・・・・のがいい証拠である。

 医薬品は勿論、ナイフなどの”武器”どころか……缶詰など”食糧”も含め……バックの中には、何も入っていなかったのだ……。


 あさられていた訳でもなく……まるで数ヶ月先の旅行を期待しすぎて、フライング気味に用意した旅行鞄りょこうカバンのように、真新しい程に綺麗な見た目と中身に――盛大な肩透かたすかしを喰らうしかなかったのである……。



 「クッソォ……! 現地調達サバイバルでもしろってのか!? ゲームじゃあねェんだぞ……ッ!?」



 ――先程までの”自身の心情「初期装備」云々”をたなに上げつつも、途方とほうに暮れた彼は何気なく周囲を見回した時――何かを思い付いたのだろう……! 先程自身が倒した「3人の野党」の方へと走り寄り、ソイツらの持ち物を物色し始めたのだ……!



 「……ヤラれたお前らには、もう必要のない物だろ? 頼むから……”回復ポーション”とか、使える物を持っててくれよ……ッ!」


 ――まるで「自身を正当化する」よう、つぶやきながら……彼は必死に隅々すみずみまで野党達の持ち物を調べる。


 「……クソッ! 金じゃねェんだよ! 今、必要なのは……!」


 ――一番初めに調べた「ザカリー」と言った男の死体からは……”こぼれしたナイフ”に、”数枚の銅貨”、そして……”僅かな銀貨”の入った「小さな皮袋」だけだった……ッ!



 「……クソッ! 割れちまってる……ッ!?」



 ――次に調べた焼け焦げた腐臭ふしゅうただよい始めた「フランダ」と言った死体からは……”錆び付いたナイフ”に、腰のベルト付近に散らばっていた”青い液体が付着したいびつなガラス片”だけだった……ッ!


 恐らく、コレが彼がお目当てにしていた「回復ポーション」だったのかもしれないが……死体が倒れた際に、割れてしまったのであろう……。



 「……アァァ、クソッ!

 テメェは、マトモな物すら持ってねェのかよ……ッ!?」


 ――最後に調べた、他の二人と違って血痕や焼け跡がほぼない「ヒャルバ」と言った死体……


 「うっ、ウゥゥゥ……ンン……オレは……?」


 〜 ブゥゥンッ! バキャアァッ! 〜


 「アビャシィィッ!?」


 〜 バタンッ! 〜


 「……起きる暇があるなら、手持ちにポーションの一つくらい持っとけよ、クソ野郎……!」



 ……とまぁ、意識を取り戻しかけた所に彼の”顔面パンチ”により、ギリギリ死体……にはならずも……再び眠らされ、罵倒ばとうを喰らうと言う……何とも言えない理不尽・・・・・・・・・・をプレゼントされはしたが、”唯一の生存者”となった「ヒャルバ」……。


 そして、予想外な事だったのか、はたまた薬が無かった事への苛立イラだちか……。

 比較的、3人の中で綺麗な服装・・・・・をしていた事から、今後の”変装”……もしくは”現地民への適応”を考え、コイツの唯一の身包みを引っぺがした後……周囲のツタか何かを使って木に吊るし、さらしてやろうか……ッ!? ……何て事が頭をぎる。


 ……だが、彼はそれを行う事はなかった……。


 先程から、他の二人と同様……いやそれ以上に、ヒャルバに近付いただけでも匂ってくる強烈な悪臭・・・・・……! 吐き気をもよおすようなっぱいニオいをベースに、この世の”悪臭”という悪臭を混ぜ合わせたかのような、二度と嗅ぎたくもないような臭い……ッ! それが、彼にタメ息及び……”彼女の元へと回れ右”をうながしていたのであった……!


 ……最も、それ以上に急を要するこの状況・・・・・・・・・で、”気に入らないセンスの服”を着る意味もなく……そもそも”今来ている服”以上に、【通気性とか、諸々の”機能性”が悪そうかつ、動きにくそうなファンタジーの服を……異世界に来たからって態々わざわざ、着たいとまでは思わねェわぁ……】――という、なんとまぁ、身もフタもなく……他のラノベ主人公が聞いたら、強烈な反感ロマンはないのか!?を喰らいそうな本音を、心の中でブチ撒けていたモノである……ッ!


 ……良いのか? 本当に?


 ……”ロマン”と”周囲に馴染なじむ事”を考えれば、着るべきだろうが……。

 そもそも、あんな”ダサい”上に”悪臭塗あくしゅうまみれ”、オマケにあさ製とかの”着心地サイアク”以前に、浮浪者ふろうしゃコース一直線な”薄汚いボロ着”であるアレ・・を着て、第二の人生を謳歌しろ・・・・・・・・・・とかって……良く耐えられるモンだよな? 他の主人公さんらは?


 ……良かったね。他の転生者・・・とか……転移者・・・が近くに居なくて……


 ……要らぬ心配、ど〜もありがとう……だから黙っとけよ、クソ野郎ッ!


 お〜怖い怖い……。……しかし、これは君の物語・・・・なのだ。

 君の思っている”本心”まで、出来る限りありありと……”○者の皆さん”に語って行かなければならないのが、私の使命……!



 「……い、痛い……ウゥゥゥゥ……痛い……よう……!」


 「ッ!?」


 〜 ザッザッザッザッザッ! ズザァァ〜ッ! 〜


 「おいっ! 大丈夫か!? オイッ!?」


 ――彼女の元へと駆け足で近寄り、滑り込むようにしゃがみ込みつつ、声を掛ける彼。


 「痛い……痛いぃぃ……痛い……よう……!」


 ……しかし、彼の声に応答する事なく――彼女は、青痣となった部分を強く押さえながらうずくまってしまう……!


 「あぁぁ……ッ! どうすりゃあ良いんだよッ!?

 ”回復魔法”なんてオレは使えないし! じゃあ、こんな周囲が自然豊かなら――ドラ○エの原点に戻って、”やくそう”を……って、考えてもッ! そもそもオレは山菜どころか、異世界の薬草の見分け・・・・・・・・・・なんて付くワケねェし・・・・・・・・・・……ッ!」



 ――余りの自身の無力さ故に、止まらぬ焦燥しょうそう……。

 その一方で、彼女の悲痛な声はジョジョに痛々しさを増していくばかり……。

 そんな姿を頭を抱えながら横目で見ていた彼であったが、一瞬目をらした際に……


 ……このまま見捨てても……。


 ……しかし、彼は盛大にかぶりを振る。



 「……何を考えてんだよオレ……。

 そりゃあ……装備どころか、食料もまともにないって分かったこの状況……!

 困ってそうだったから助けたモノの……この状況を考えるとそれ以上は……。

 あぁぁぁぁあぁぁぁぁ……ッ! 何を考えてるんだよッ!? オレェッ!?」



 ……自身の無力さと焦燥感が、臨界点りんかいてんを突破したのか……。

 彼女に背を背けながら、思わず雄叫おたけびを上げてしまう……。

 しかしながらも……イイのか? 英雄Heroを目指す者が、みにくいやしい「保身」になんて走ろうとするのを思うのは……?


 いい加減、黙れよッ!

 さっきから真面目にやってたと思えば、急におちょくるような発言をしやがってッ!? テメェは喋ってばかりで、オレらを助ける・・・・・・・とか言った”優しさ”とか”慈悲じひ”とかぁッ! そういった想いはねェのかよッ!? 


 ……なくはないですよ、助ける”体”がないだけで……。


 じゃあ、今すぐにでも作れよッ!

 オレの脳味噌のうミソに話しかけてんなら、”魂”とか”精神体”とかの「高度な魔法生命体」的なのが、お前の正体・・・・・だったりするんだろッ!?


 ……そうだったら、既に作っていますよ……。


 ……お前、マジで分かってんのかこの状況ッ!?

 食料もねェ! 医療品もねェ! ハッキリとした現在地も分からねェッ!

 「遭難そうなん」って言う……地・味・にッ! 絶望的な状況なんだぞッ!? 分かってんのかッ!?


 ……そうなん・・・・ですねェ……。


 ……ハァァァァァァ……アホらしくなって来た……。


 ……ようやく、ご理解出来ましたか?


 あぁぁ……テメェが、「実況」とか言う……喋るしか能のない、役立たずのクソ野郎・・・・・・・・・って事がなッ!


 えぇぇ……私は役立たずです。

 ……しかし、私が”クソ野郎”ということは訂正させて頂きつつも……。

 私とたわむれている間に、あの獣人の女性の”命の灯火ともしび”が……ジョジョに消えて行っていると言う事は、紛れもない事実・・・・・・・だと、お伝えはしておきますよ?


 ……。


 ……助けるだけ助けといて、後は無責任に放置・・・・・・するんですか?

 ……英雄Heroさん?


 ……。


 

 ――私の言った事に、何を思ったのか……彼は焦燥と自己嫌悪じこけんおが混ざったような……複雑な表情を浮かべながら、首だけを動かし背後の彼女を何気なく見た……。すると、いつの間にか目を覚ましていたのか……半目に目を開いていた彼女と、偶然にも視線がピッタリと合ったのだ。



 「……あり…が……と…う……」



 ……の羽音にせまるかどうかの、か細い声であった。

 腹の青痣によって、大分体力を磨耗まもうしているのであろう……彼にもやっと聞き取れた声だったのだ……。


 だが、彼女は再び目を閉じ……糸が切れたかのように、僅かに上げていた首でさえも地に平伏ひれふしてしまう……。


 〜ザッザッザッバシッ! ザッザッザッグイッ!〜


 「クソォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」



 ――しかしながらも、絞り出した彼女の一言は……それまで「損得勘定そんとくかんじょう」や「いっその事自己保身」という、思考の袋小路・・・・・・おちいっていた”弱気な彼”を即座にブッ飛ばした……ッ!


 そしてそして、聞いた瞬間に瞠目どうもくした彼は、先程投げ飛ばした”バックパック”を急いで回収すると、自身の前方にバックパックが来るよう両肩に掛け……開いた背中に、うずくまっていた彼女を背負うと気合一髪ッ! 雄叫びを上げながら、我武者ガムシャラらに走り……その広場を後にして行くのでした……。





 ……数十分後……。





 「邪魔だぁぁッ! 退けェェェェッ!」


 ~ キンッ! シュボッ! ズバンッッ!~


 「プギァァァァイィィィィッ!?」


 〜グンッ、ドゲシャアァァッ! ザッザッザッザッザッザッ……〜


 「ハッ、ハッ、ハッ……頑張れ……! 絶対、助けてやるからな……ッ!」


 「……」


 

 ――走行中の射撃……。

 これは、”現役の軍人”や”銃火器のプロ”が行なったとしても、中々綺麗に命中させる事は難しい物なのである。


 しかしながらも、これが”主人公補整”という物か……はたまた、必死故の”偶然の奇跡”という物なのか……!? 走行中の彼の反対側から迫っていた、小学校6年男児約1.5m程の大きさに迫る”三つ角の巨大猪”に対し、獣人の彼女を負ぶりつつ全速力で走りながらも、彼は勝利したのだ……!


 それも「フリピス」を、片手かつ走行中に不安定になる照準で、魔物らしき”三つ角の巨大猪”が彼以上の速度・・・・・・で、真正面から突撃・・・・・・・してくるという不利な条件とプレッシャーの中である……ッ!


 しかしながら、彼は勝ったのだ……! それも片手間と見間違われんばかりに、眉間付近に銃弾を受け、倒れした”化け物猪”に対し、彼は【道を塞ぐなッ! ボケがッ!】――と言わんばかりの”サッカーボールキック”で、死体のアゴを蹴り飛ばしながら、そのまま颯爽さっそうと走り去って行ったのである……ッ!

 ……本人は必死故、気付いてないかもしれないが……地味にカッコイイ物である。



 必死でも、一言一句いちごんいっくチャンと聞いてるけどなッ!?

 ……黙ってろって、言っただろうがッ! クソがッ!


 おっと失礼。

 ……しかし、何故に唐突に当てもなく・・・・・走り出したのだ?


 当てがないって……さっきの野党共の話・・・・・を聞いてなかったのかよッ!?


 ……はて? 何であっただろうか……?


 あぁぁぁもうッ!

 これ以上は、転びそうになるから話しかけんな! クソ野郎ッ!



 「……ごめん……ゴメンね……ゴメンね……!」


 「ッ?」



 ――私の発言に、しかめっ面をしていた彼だが……そんな表情も背中から唐突に聞こえた彼女の弱々しい”謝罪”の声に、急に戻ってしまう……。

 ……だが、それだけではない。



 〜グッ! ギュッギュウゥゥゥゥゥゥ……ッ! 〜


 「ッ!? ちょッ、ナッ!? くッ、苦しい……ッ!」



 ――なんと!

 彼女は唐突に謝り出しつつも……唐突に彼の首に回していた腕で、彼を絞め上げ始めた・・・・・・・のだッ!?


 片時も休まずに走り続けていた彼だったが、流石にこれにはたまらず足を止め……何とか彼女の腕を振り解こうと、両手を掛けて力を込めるが……!?



 「ッ!? まっ、マジかよ……! はっ、外れねェ……ッ!? うぅぅ……!」


 「……ゴメンね……ゴメンね……ゴメンね……!」



 ――だが、予想外に強い彼女の力の前に……一向に、首に絡みつく腕が外れる気配は全くない……! それどころか、ジョジョに彼女が腕に込める力は増していくばかり……!


 【……このまま……後ろに倒れて、叩きつければ……!】――走り続けた疲労により両脚が震え続け、彼が仰反るよう・・・・・に彼女の腕を振り解こうとする中で一瞬、彼は閃くが……何故か、それは即座に消え失せた。

 唐突だが……これは彼の奇妙かもしれない”癖”、あるいは”信念”かもしれないのだが……。


 【どんな事をされても、理由が分からない限りは絶対に手を出さない・・・・・・・・・】。


 この世界に訪れる以前、その”巨体”と”顔のとある特徴”により……何かと「誤解」される事が多かった彼は、「確認」する事を欠かさなかった……。

 自身の姿を見て怯える人がいれば、【に……睨んでないよ! ちょっと……き、気になっただけさ……】――だとか。

 アルバイトをしている際に、指示された事に不安を持てば、【すっ、すみません……宜しければ…もう一度、説明をお願いします……】――だとか。


 このように主に「くだらなそうな事」が大半だったが、それでも多くの”誤解によるトラブル”を積み重ね経験していけば……嫌でも、彼の”癖”……”信念”になってしまったのだろう……!


 だからこそ……【……イヤ、理由も……何も聞けてないのに……叩きつけるのは……ッ!】――と、自身の生死が問われて・・・・・・・・・・いる・・というのに、身に染み付き過ぎてしまった癖……いや、この場合は彼の「お人好しの良さ」も出てしまったのだろう……。



 「あっ、安心しろ……ハァハァ……大丈夫、大丈夫だ……ハァハァ……絶対に……! ハァハァ……トルガ村・・・・まで……ハァハァ……送り届けてやるからな……ッ! ハァハァハァハァ……ッ!」



 ――【どんな理由があれど……オレは……この人を・・・・……助けたい・・・・……ッ!】


 ……<英雄Hero>を目指す、実に彼らしい理由だ。


 しかし、現在進行形で首はドンドンと締まっていたためか……半ばヤケ糞気味に、彼は賭けと思っていた自身の計画村で助けを求めるを彼女に打ち明けつつ、「暴力叩きつけ」の代案となる「説得」で彼女をなだめようと声を掛けるのであった……ッ!


 首が絞まり、途切れに途切れになる言葉……うつろになる思考……おぼろげになって行く視界……彼の限界も間近かと思われた時……ッ!



 「……ゴメン…ね……」



 ――先程とは打って変わった、穏やかで悲しげな・・・・・・・・口調の「ゴメンね」を皮切りに……彼女の腕は、力なく”ダラン”と彼の首を解放したのであった……ッ!


 「……ゲホッ! ゴホッ! ゴホッゴホッ!

 ハアァァァッ! ……ハァハァハァハァ……だ…ダメかと思った……ッ!」



 ――解放された安堵あんどからか、片膝を立てつつ呼吸を何とか整えながら、彼は左手で自身の首を擦っていた……。彼の視点からは見えなかったが……その強さは、まるで大蛇・・に絞められたかのような――赤々とした痣・・・・・・が、彼の首に出来ていた事が容易に物語っていた……。


 「スキャン」はしていなかった彼だが、【……出来れば見たくないな……】――と内心、戦慄せんりつする程の力だったのだろう……!


 そして……粗方呼吸を整えた彼は、深呼吸もねたタメ息を一つした後、鋭い視線を背中の彼女に向ける……!



 「ハァハァハァハァ……ハァァァァ……。

 おい……何でオレの首をめようとたんだ?」


 「……」


 「おいッ! しらばっくれてないで答えろッ! 何でオレを殺そうとしたッ!?」


 「……痛い……痛いよぉ……」


 「……ハァァ……それが演技・・だったら、とんだ”悪女”だなぁ……お前……」



 ――【……これ以上の追求は止めとくか……助けられなくなるのは絶対、嫌だし……】――呆れきったタメ息を吐きながら、彼は気持ちを入れ替えるために彼女を背負い直すと、【よしッ!】――と小さく気合一髪! 再び、道なき森の中を駆けて行くのであった……ッ!



 「……」



 ――しかしながら、森の中を駆けて行く中……彼はどうしても”に落ちない事”を考えていた……。それは、彼女の「ごめんね」という声には、何となくだが……”殺意”という物が込められて無かった事だ。


 これは、彼が何十以上も目にしてき・・・・・・・・・・イジメの現場などで、イジメをする”クソ野郎供”が侮辱や罵倒などの”差別する声”に含まれた、「憎悪や軽蔑」と言った感情の込もった声を……嫌々ながらも覚えてしまっていたためだ。

 では、その声と彼女の声を比べてみると……?


 「憎悪や軽蔑」ではない……只々、「悲痛」……というのが彼の見解であった。


 しかも、これは彼の憶測おくそくだが……まるで、何者かに「無理矢理、強要されていた」かのような、迫真はくしんに満ちた声だったのだ……。


 だが……彼はそれ以上・・・・を、推理する事は出来ない。


 元から彼は”名探偵”でもある訳じゃあなく……それ以前に、名探偵であろうと「彼女の過去」を知らねば、それ以上に「彼女の過去に何があったのか」と言う事を推理する事は、到底不可能なのだから……。


 推理に必要な”判断材料”が極端に少ないが故に、彼は小さく頭を振った後……再び目的となる「トルガ村」を求め、道なき森の中を駆けて行くのであった……!






 ……数十分後……。






 〜ドサッ! バンッ!〜


 「クソッ! 何でどの家も、助けてくれねぇんだよッ!?」



 ――荒々しく座り込み、もたれ掛かった”とある家の壁”を右手の拳槌けんついで、叩き付けながら彼は悩んでいた……。両脚の疲れが限界を迎えた頃……彼はようやく村の入り口・・・・・らしき、”木製の大きなアーチ”を見つけたのだった……ッ!


 ここまでの脚の疲れは何処へやら……そこからの行動は早く、意気揚々いきようようと彼は村に入り、真っ先に入り口近くの家と駆け込み、助けを求めたのである。

 彼が軽いノックをした後、中から村人らしき男が出てくると彼は……。



 「すみません! 急に押し掛けるようで申し訳ないのですが……怪我人がいるんですッ! どうかこの人・・・のために、一晩だけでもこの家に泊めて……!」


 「……何だよ急に? ……ッ!?

 そ……その背中の獣女ケモノオンナに貸せる寝床なんて、こっ、この家にはないぞッ!」



 ……彼の会話の最中、一瞬彼の背中を見た途端――村人は一瞬、”バツが悪そうな表情”をした後……この一言切り出し、早々に扉を荒々しく閉めてしまったのである。……勿論、彼が再度ノックするも反応ナシという徹底ぶりで……。



 「あぁ……クソォォッ!

 ここを断られたら、他の何処にアテがあるって言うんだよ……ッ!?」



 ――すわる前に踊り場に寝かせた……今も体を丸め、うめくように苦悶くもんの声を上げる彼女を横目に、彼は両手で顔をゆっくりと拭っていた……。


 しかし、途方とほうれるのは無理もない……先程のような”冷たい対応”をされた家が、通算――”六件”。そして今、腰掛けている小さな”木製の踊り場”が入り口にある家が、この「トルガ村」で最後の住居・・・・・であったのだ……。



 「あぁ……マジでどうしたら……!」


 〜 ……ギィィィィィ…… 〜


 「……誰だい? ウチの入り口のドアを壊そうとしたヤツは?」



 ――【本格的に手の打ちようがねェ……!】と、半ば諦めの境地に達していた彼が、顔を俯けたその時……! 彼が傍にあった扉が、年季の込もった音と共に一人でに開き……”ヌッと”、中からシャガれた声の老婆らしき女性が顔をのぞかせていたのだ……!


 彼女の言葉を察するに、彼がくやまぎれに叩いたと思った”壁”は……ちょうどこの家の”玄関扉”だったのだろう。



 「あぁ、良かったッ! すみませんッ! 助けてください!

 そこで寝ている彼女が怪我をして、今にもヤバイ状態なんです!

 ですから……どうかお願いしますッ! 彼女に”薬”と……”寝る場所”を提供して下さいッ! お願いしますッ!」



 ――【……頼むッ! もうこれ以上、断らないでくれェェッ!】――そんな切実せつじつな思いの中、彼は僅かに開いた扉の隙間に両手を掛け……老婆が閉めないようにしながら必死に頼み込んでいた。


 しかし、扉の隙間から見える老婆は彼の言葉を聞いた途端……顔をしかめながら、彼が喋り終えるまで顔をうつむかせた後……。



 「……うるさいねぇ……! アタしゃ、歳食ってもそれなりに耳が良い自信があるってのに……。なんだい!? 扉を壊そうとした上に、そんな怒鳴り声みたくまくし立てちゃあ、訳がわからないワサよッ!」


 「(……えっ、わ……「ワサ」? 口癖か……なんかか?)

 あぁ、すみません……扉を強く叩いてしまった事は謝ります……。

 ……なんせ、今までこの村の家中に頼み込んでも……誰も助けてくれなかったモノで……。それで……つい……苛立イラだってしまって……」



 ……一瞬、”失礼な発言”を垣間かいま見た気がするが……まぁ、追求はしないでおこう。老婆に”捲し立ゆっくり分かりてるなやすい声で喋れ”と、言われてしまった彼は……申し訳なさからか、しどろもどろながらも彼女に要点を話した。


 しかし、老婆は彼の発言を聞いてもまゆ一つ表情を動かす事なく、彼の服装を爪先から頭の天辺テッペンまで見た後……彼の背後の方でいまだ呻く、獣人の彼女を一瞥いちべつしてから発言するのであった……。



 「……フンッ……そりゃあ、オマエさん……そんなのアタリマエ・・・・・だワサ。

 アンタみたいな”余所者ヨソもの”……基本的にどんな村でも、諸手を挙げて【ようこそッ!】――だなんて陽気かつ頭能天気・・・・・・・・に迎えてくれる所なんて……無いだワサ。

 ただでさえ、人を襲う”魔物”が居て……人を騙して奪い犯す、”盗賊”だって道を歩けば普通フツ〜に居る……それが「アタリマエ」の世の中だワサ。

 そうだってのに……オマエさんみたいな妙ちきりんな格好・・・・・・・・の奴が出たと見れば……いよいよ、魔物も人間を化かして襲う・・・・・・・・・ぐらいの知恵を付けたのかッ!?

 ……って、アタしゃ程じゃあなくても――誰だって、変に勘繰かんぐっちまうワサ……」


 「……えっ!?」



 ――【……そういえば、中世の王国とかの国内でさえ……村々や街が日本の”戦国時代の国”みたいに孤立したようになって、よそ者に厳しい間者対策などで感じになってたけ……?】――と、彼女の発言を受け、呆然ぼうぜんとする彼……具体的な例をありがとう。


 しかし……そう思えるのなら、先程の服はやはり回収しておくべき・・・・・・・・であったろうなぁ……。


 そもそも……<ボロボロの女性を背負った、見慣れない奇妙な服を着た男が、急に助けを求めに来た>……という絵面を見て、即座に”助けよう”と思う心優しき人がどれだけいるであろうか……?


 ……お気に入りなんだよッ! この服はッ!



 「……んで? なんだい? 急に黙りこくって……? 用がないなら、アタしゃもう寝させて貰うけどねェ……」


 「ちょちょちょちょッ!? ちょっと待って下さいよッ!

 まだ夕暮れ時ですよッ!? 陽が沈みきってないじゃあないですかッ!?」


 「……何言ってんだい? オマエさん? そんな時間・・・・・なのに、この村の連中を尋ねた事も断られた原因の一つ・・・・・・・・・だって、気づかなかったのかい? ……どっかのお貴族様のボンボン金持ちの息子だったのかい、オマエさんは?」



 ――呆れたような声で、「ヤレヤレ……」と首を左右に振りながら話す老婆。まぁ、彼女の言い分も分からなくない。


 簡潔かんけつに言えば……ネットやゲームなどのマトモな娯楽・・・・・・などがない中世ヨーロッパ的な世界で、陽が沈む夜中まで起きている”酔狂な奴”がいないのは当たり前だろう? ……そんな時間に、叩き起こされる・・・・・・・ように尋ねられれば? ……と言っているのだ。


 一方、彼はというと……急に煮え切らない態度で、小馬鹿にされた事に腹が立ったのか……少し怒気を含めた口調で言い返すのであった……。



 「……分かりましたよ……それも謝りますから……。

 それよりも、本当にお願いしますよッ! 今にでも彼女が危ないんですッ!

 だから……少ないですけど……報酬も払いますッ! ですから、彼女に”薬”と”寝る場所”を……」


 ――と、先程撃破した”野党共”からチャッカリ鹵獲ろかくしていた銅、銀貨を見せながら必死に頼み込む……ッ! だが……?


 「……後、その後ろの獣人・・・・・も、断られた理由の一つだワサね……」


 「えっ?」


 「知らないワサ? この国じゃあ……奴隷に登録されていない”亜人”を連れている事は、立派な犯罪・・・・・だワサよ? さっき、チラッとそこの獣人のじょうちゃんを見たけど……奴隷の証である「首輪」をしてなかったから、”もしや”と思ったんだけどねぇ……。

 ……そうすると何だい? オマエさん……どこ出身なんだい?

 教国? 帝国? それとも……アタしゃも知らない辺境かどこかかい?」


 「……いや……そうじゃあなくて……知らない間に……」


 ――【クソッ! また奴隷かよ……!? しかも、国が奴隷を……ッ!?】――内心、怒りが爆発しそうになるが何とかこらえ、穏やかに話を進める彼……。


 「知らない間に? ……ふ〜ん、言えない事情か何かでも? まさか……次には、”記憶喪失きおくそうしつ”なんていう気じゃあ……」


 「……お恥ずかしながら、そうなんですよ? お婆さん……?」



 ――面倒臭くなったのか……はたまた、無駄な問答をしている暇はないと判断したのか……。怒気を含ませた――多少イラついたような声で、彼女の質問に答える彼。


 一方で、老婆の方は面喰らったようにシワの寄った、眼輪筋がんりんきん付近の皮膚を目一杯伸ばしながら……目を瞠目どうもくさせていた。



 「……だから、何処出身か? ……と聞かれても……答えられないんですよ。

 生憎あいにく、出身地はおろか……オレの”家族”や”友人”さえも居たかどうか分からな・・・・・・・・・・んですからねぇ……?」



 ――覚えてないと言えば嘘になる。

 ……だが、彼はその家族や友人の”体格”や”顔立ち”、”性格”などは、全くと言って良い程――僅かどころか、朧げにでさえ覚えていなかった……。


 そんな半ば自嘲も込もった・・・・・・・・・皮肉たっぷりな理由を、彼は間髪入れずに後付けするのであった……。しかし、そんな失礼な態度に老婆は憤慨ふんがいするどころか……何故か急に、しんみりとした――もの悲しげな表情・・・・・・・・で俯いて聞いていたのであった……!?



 「……家族や……友人……もしかして……仲間・・もかい?」


 「えっ? ……はい……多分……」


 「……そうかい。……オマエさんも……私と同じ……「はぐれ者」になっちまったってぇ……訳だワサか……」



 ――一方で、頭の上に大量の疑問符?マークを浮かべる彼……。

 もう一方で、勝手に何処か過去に思いせるかのように――納得をする老婆……。


 余りにも突拍子な展開に彼は一瞬、怒りを忘れてしまっていたが……後ろからの呻き声に”ハッ”と気付くと、何としてでも彼女の家に上がらせてもらおうと、閉じ掛けていた扉に一層、力を込めようとしたところ……!?


 〜 ギィィィィィ……バタンッ! 〜


 「ッ!? 痛ッてェェェェェェッ!?」


 ――彼が両手に力を込めるよりも早く、両手を掛けていた扉が開いた・・・・・のだった……!


 「……な〜にやってるだワサ?」


 「……な〜にやってるだワサ? じゃねェよッ!? 何しやがんだよッ!? このクソババアッ!?」


 「おぉ〜お? 良いのかい、オマエさん……?

 せっかくオマエさんらを助けてやろうか・・・・・・・と思ったアタしゃに、そんな舐めた口を聞くなんてねェ……? おぉ〜お、ヤダヤダ……アタしゃの繊細せんさい乙女心オトメゴコロが傷付きそうだよ……シクシク……」



 ――【……どう見ても、お前は”ババア”だろうがッ!? 後、下手クソな”泣き真似”しやがって! テメェの方が舐めてんだろッ!?】――と、心の中で散々な”悪態”と”暴言”を撒き散らす彼。


 無論、老婆を見上げる際の口角も不自然にピクつく……! しかし、ここで彼が怒りに任せ……”拳”も”腰の銃”も老婆に向けないのは、老婆の”助けてくれる”という発言があったからだ……。


 それに、背後の彼女の声も……彼の理性に対する”安全装置セーフティロック”として、この「最後かもしれないチャンス」に、働き掛けていたのだ……ッ!



 「……あぁ……すまない。助けてくれるってのに……怒鳴ったり…しちまって……」


 ――服の汚れを払い、踊り場の床に強打した顎を擦りつつ……起き上がりながら、しどろもどろに言う彼。


 「……おや? お貴族様のボンボンにしちゃあ、性根しょうねくさりきってないなんて珍しいモンだワサねぇ……?」


 「おい、オレを試したのか?」


 「いいや? 初めにオマエさんが転んだ事以外はね……?」


 「……いけ好かねェなぁ……」


 「悪かったワサ……。けど……今みたいに小馬鹿にすると、大抵のバカ貴族・・・・は”発情したゴブリン”みたいに怒り狂うモンなんだワサよ? それが案外面白いモンで……」


 「……オレがホントの”バカ貴族”だったら、どうしたんだよ……?」



 ――”馬鹿貴族”と話したあたりから、まるでイタズラを始めようとする童女どうじょに戻ったかのように、楽しげに話し出す彼女を見て……彼は心配した。


 目に目えて、小説などでよくある「貴族とのトラブル」や「貴族に因縁がある」……と言った展開が、この老婆の過去・・・・・に何かしらあったと思ったからだ。

 それ故、彼は再び怒りを忘れて”先程の発言本物の貴族だったら?”を、言ったのだ……。



 「……アタしゃ老い先、短い身……。例えオマエさんが、本物のバカ貴族でアタしゃを八つ裂きにしようとも、心残りは……【畑が無事か?】――って事ぐらいの、どうしょうもない”ババア”だよ、アタしゃ……」


 「……」


 「……さっ、それよりもお入り。さっさとそこの獣人の嬢ちゃんも、早く入れてやるんだワサ。

 そこで死んで……アタしゃが3年掛けて作った、この家自慢の入り口を、汚されちゃあ困る・・・・・・・・からねェ……」



 ――【……このババア……】――と、老婆の何処か食えない態度に、呆れたコメントとタメ息を心の中で漏らす彼……。だが実際、彼女が助けてくれた事は「地獄に仏」でしかなかった……。


 だからこそ……渋々ながらも、背後の彼女を再び背負い――玄関内で出迎えてくれる老婆の元へ向かおうとするのだが……。



 「……そうそう、そう言えば名乗ってなかったねぇ……。

 アタしゃは、「ベルガ」。しがないババアだワサ……。兄ちゃんの名前は……?」


 「えっ? あっ、オレか……? オレは……ッ!?」


 〜 ズッキィィィン!!! 〜


 「あ゛……ッ? か……ッ!?」



 ――突如、彼の後頭部辺りに走る……っといクイでも叩き込まれたかのような、鋭い痛み……ッ!


 その余りの痛みに、彼は膝から崩れ落ちそうになってしまうが……根性を振り絞ったのか、一歩手前で踏み止まり、何とか背中の彼女を落とさずに済んだ。

 しかしそれでも尚、右手で抑える頭の痛みが消える事はなかった……!



 「だ……大丈夫かい、オマエさん!?」


 ――痛みの余り、大きく目を見開きながら、全身を震わす彼に心配するベルガ……。


 「……だ、大丈夫だ……。

 た……ただ……どうやら……名前も……忘れちまったみたいだ・・・・・・・・・・……」 


 ――彼は何となくだが気づいていた……! 自身が本名を言おう・・・・・・とすると、激痛が走る事に……! そのため、彼は咄嗟とっさに嘘を付いたのだ。


 「……今すぐ、ポーションでも持って来こようだワサか?」


 「いや! あるなら……すぐにでも……彼女に……!」


 「……そう。なら、早くお入り!」



 ――そう言うと、老女……もとい”ベルガ”は、その歳の見た目よりもしっかりとした足取りで、今まで見上げていた彼の背に手を添え、彼を家の中に入るよう促すのであった……。


 ……そして、これは余談だが……三人が家の中に入り、体を休ませた頃……。



 「何で……怪しいハズ・・・・・のオレらを助けてくれたんだ……?」



 ……と、彼がたずねた所……。



 「何でかって? そりゃあ……アタしゃも、獣人を助ける・・・・・・なんて酔狂をする――オマエさんみたいな物好き・・・だからワサ。

 そんな物好きだからこそ……老後の退屈しのぎに丁度良いと思って、助け舟をアタしゃ出しただけだワサ……」



 ……と、カラカラと笑いながら答えたそうな。





 <異傭なるTips> 応急処置


 物語内で、は「青痣あおあざ」……「内出血」の治療法を覚えていないと言ったが、その治療法は意外にも簡単な物である。


 青痣の治療法……それは、患部かんぶを”氷”で冷やす事である。


 ……だが、より詳しく説明するなら「PRICESプライシス処置」という物がある。

 これは、「捻挫ねんざ打撲だぼく挫傷ざしょう」に有効な応急処置方法なのだ。

 病院やクリニックに患者を運ぶまでの間やっておく、応急処置の「心得こころえ」のようモノで、名前の由来は「この応急処置を早くしておく事で、病院での治療費が安くなる・・・・・・・・」……だとか、ないだとか……。



 <”P”rotect保護ion>

 目的:安全確保。


 最も最初に行うことは、ケガ人の保護、受傷部位の保護に努め……ケガ人を迅速に安全な場所・・・・・に運ぶ事である。



 <”R”est保護

 目的:内出血や腫れ、痛みの抑制、損傷部位拡大の防止。


 安全な場所に移動させた後は、負傷部位を動かさずに楽な体勢で安静を保とう。

 「寝かせる」または、「座らせる」等して体を安静にさせる。

 このようにして、<できるだけ内出血・腫れを最小限に抑えることが早期治癒のポイント>となるのだ。


 休めせた後は、怪我人を余計に動かすような事は極力避け……体内の自然治癒システムを最大限に生かすためにも、患部を動かさないように、体重が掛からないように、安静を保つように。



 <”I”ce冷却

 目的:内出血やれ、痛みの抑制

    筋緊張緩和、患部代謝たいしゃ低下による炎症えんしょうの抑制。


 物語内では、すでに手遅れであったが……<ケガの直後から行うのがポイント>である。

 これは、患部や周辺を氷で冷やすことにより、血管を収縮させて”内出血”や”腫れ”を抑え、痛みを緩和かんわさせると同時に、患部の代謝を低下させることによって、炎症を抑制させるのが目的だからだ。


 基本的には冷却後、「患部の感覚がなくなる」まで冷やし……その後「患部の痛みが振り返してきたら」再び冷却をし始める……事の繰り返し・・・・が重要。

 これを”やる間隔かんかく”については、患部の「怪我の被害」によってまちまちなため……「怪我が大きい程、冷却時間時間は長めに」行った方が良いらしい。

 ただし、就寝前にやるのは(大袈裟かもしれないが……)”凍傷”の危険性があるため、なるべくひかえるべし。



 <“C”ompressi圧迫on>

 目的:内出血や腫れの抑制。


 ”包帯”や”テーピング”などを使用して患部を圧迫・・・・・する。

 冷却と同様、ケガの直後から行うの・・・・・・・・・・が理想的・・・・である。

 傷や出血がなくとも、”打撲”や”捻挫”をしたその患部の深部では、組織がダメージを受け深刻な出血・・・・・が起きているかもしれないからだ。


 <冷却は断続的に(休憩あり)、圧迫は継続的に行う>。


 また、圧迫する際、末梢まっしょう(心臓から遠い部位)から巻くと、うっ充血による壊血を死などの原因防止することができる。

 ただし、強く圧迫しすぎないように。

 患部周辺がシビれてきたり、青白くなったりしたら、適度な強さに巻き直して患部を圧迫しよう。



 <“E” levatio挙上n>

 目的:内出血や腫れの抑制。


 <患部を心臓より高い位置に保つ>事で、内出血や腫れを防ぐ。

 アニメや漫画などで、大怪我をしたキャラが”腕”や”足”を吊り上げられている・・・・・・・・・シーンがあるのは、恐らくこれに該当しているハズ……。

 (一応、必ず吊り上げなくとも、台座などに患部になる部位を置いて高くしておけば、十分代用にはなるハズ……)



 <“S” tabilization / Support(安定・固定)>

 目的:痛み・腫れ・炎症の抑制。


 患部を固定して安定に保つことで、<筋肉、腱、靭帯じんたいなどの自然治癒による修復が、とても効果的に行われる>。

 骨折、脱臼だっきゅうの場合でも、「安定・固定」は欠かせない要素である。

 ただし、必要以上にやると何かしらの後遺症・・・が残る可能性があるので、医師の診断があった場合は素直に従う事。



 そして注意事項になるが……応急処置をした後に必ずやってはいけない・・・・・・・・・・だが……それは、「入浴・飲酒・温湿布」である。

 これは、<いずれも血管拡張作用や血管透過性栄養や水分の流れ増大の作用>があるためだ。

 簡単に言えば……<温っためるのを我慢しないと、痛みが増したり、治る怪我も治りにくくなるぞ〜?>……と言うことである。くれぐれも注意されたし……。


 最後に、これは”異世界に行ったり”、”サバイバルをする羽目”になった際は勿論……現実の日常でも役立つ・・・・・・・・・・なので、覚えといて損はないだろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る