第10話 困惑は尽きなくて

「剣、ありがとな」


「いや、どうってことは……」


 差し出された剣を、ビクターは己の腰へ戻す。

 そしてマテリアは身を翻し、戦い終えて汗をぬぐうガストへ声をかけた。


「いつもはもっと小技を使うのに、今日は大振りだったな。面倒だったのか? アスタロらしくないな」


 初対面であるはずのガストへ、からかいの声をかけるマテリアは楽しげであった。


 はたから見る分には微笑ましいが、言われた本人は面白くないだろう。

 憮然とした顔で、ガストは彼女へ足早に寄っていく。


「当然だ。人違いだからな」


「え? 何言ってるんだ、アスタロ」


 マテリアが不思議そうに目をまたたかせ、「何の冗談だ?」と苦笑する。

 誤解がとけずに苛立っているのか、ガストはぶっきらぼうに答えた。


「俺はアスタロじゃない、ガストという」


「へ? あれ? そういえば、なんか顔が老けてる……それにちょっと髪も短い。アスタロ、何か悪い物でも食べたのか?」


 このままでは誤解がとけそうにない。ロンドは小走りに二人へ駆け寄る。


「ガスト様、怒らないでください。彼女はまだ生き返ったことを理解していないんです」


 二人の間に割って入ると、ロンドはマテリアと向かい合う。

 真っ直ぐこちらを見てくる瞳から、悪人が持つよどみは一切見当たらない。

 どこまでも澄み渡った眼差しだ。


(……彼女を信じよう)


 緊張の色を見せつつも、ロンドは努めて穏やかな表情と声を作る。


「えっと、マテリア様。とても信じられない話だとは思うのですが……貴女は生き返ったのです」


 マテリアは小首をかしげる。


「生き返った?」


「話せば長くなるのですが――」


「長く……なるのか?」


「え、ええ」


 すぅぅ、とマテリアの瞼が下がり、半目になった。


「じゃあ明日教えてくれ。何だか……まだ、眠い……」


 マテリアの上体がぐらりと大きく揺れる。

 少しは踏ん張ったが力及ばず、そのまま背中から倒れていく。


「おっと、危ないな。ったく、どうするんだ彼女?」


 すかさずビクターが彼女の肩を受け止めつつも、どうしたものかと困った色を浮かべる。


 剣を鞘に収めてから、ガストは腕を組んでうなった。


「昔は知らないが、今、別に悪いことをしたわけではないからな。賊の討伐を手伝ってくれた功績もある……ロンド様、いかがいたしますか? それから、隣の者は一体?」


 急に意見を求められ、ロンドは落ちつきなく二人を見交わした。


「す、すみません……いろいろありすぎて、何からお話すれば……」


 お構いなしに眠る、マテリアの安らかな顔をのぞきながら、三人はしばし沈黙した。

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