第42話 三位一体

俺は閑散とした影落ちた午後の店で、魔導書に目を通していた。


『〜砂とは即ち細胞である。1つ1つが脈を打って生きているのだ。森羅万象の理なより、万物流転の〜』


 とあるページに記された文章を頭の中で響かせるが、サッパリ分からん。正直言ってキツい。


 以前読んだスモークの魔導書は、比較的本が薄くて内容が初心者向けだったので、薄暗い牢でも問題なく読破出来たのだが、今回は正反対だ。


 まず、森羅万象とか言われても俺の世代だとチョコしか思い付かないし、随所に理解不明な文章が散りばめられているので、まるで他人の黒歴史ノートを覗いている背徳感がある。


 中二病を発病した俺でも理解不明だ。流石にこんな拗らせた文が後数百ページ続くと思うと辟易する。


 一体どんな中二病重篤患者が執筆しているのかが気になったので、巻末にある作者名と顔写真を見てみると、そこにはイメージとは違う、黒髪で清楚な雰囲気を醸し出す女性が朗らかな笑顔を浮かべて写っていた。


 と、キレイな女性のノートを覗き見している様だ。などと気持ちの悪い感想を思い浮かべ、黙って先程の続きにページに戻ろうとすると、思いの外一瞬で辿りつけた。


 あ、あれ!?この本はもう終盤じゃね!?


 残り5ページであり、これで長かった戦いに終止符を打つことが出来る。


 俺は一気に読破した。ギルドに行って情報更新とか、試しに使ってみたりとかは、後でいいか。


 内容は最後まであれだったけど、良い経験になった。


 座った状態で腕を伸ばしてストレッチをし、動きの1つで視線が背後に向くと、真後ろに逆さまのフィーエルが映った。


 音も無く真後ろに人がいたとなると、普段の調子なら驚き戸惑い、椅子から転げ落ちた果てに、情けなく気絶すると思うのだが、そんな気力が無くなる程に憔悴していた。


「ん、何で魔導書なんか読んでいるんです?」


 珍しく寝癖は無く、コイツも男の前では身嗜みを整えるという事を覚えたのかと、感動に打ちひしがれると思ったが、俺はこんな事で涙を落とす程優しい男では無い。


「更なるステップアップの為だ。てかお昼寝タイムは終わりか?随分と早いお目覚めだな。って、分かった!悪夢でも見たんだろ?それが怖くて俺と一緒に居たいって事か?」


 フィーエルは昼ご飯を食べると直ぐにベッドに入り、夕方に目覚めるのが日課になっているのだが、今の時間帯は昼時でも夕方でも無い微妙な時間なので、何か適当な理由がある事を推測して話すと。


「その発言が悪夢なんですけど!!」


 静かだった空間にうるさいツッコミが入ったので、俺の耳がフラッシュバンを食らったようにキーンとなった。


「人の耳元で大声を出すなよ!」


「正当防衛ですよ」


 防衛を必要とされる事したっけ?と、考え込むのが、開口一番に言った事を思い出し、ここは敗北を認めざるおえない。


「そうそう、ゼスティさんは何処に居るんですか?話があるんですけど」


 今のフィーエルの言葉で思い出したが、俺も明日の朝は席を開ける事を報告しておかないといけないな。


「俺もあるな1つだけ」


「何の用事です?」


「教えん!教えて欲しければお前が先に言うんだな」


「口外禁止ですよ?いいですか?あのですね―――」


「2人共帰ったぞ!」


 フィーエルの言葉が耳に入ろうとした瞬間に、当人が帰還した。


「あっ、ゼスティさん!ちょっと頼みがあるんですけどいいですか?」


 フィーエルは吸い込まれるようにして、入り口に飛んで行った。


「奇遇だな、こっちも頼み事があったんだ」


「これまた偶然ですね!それじゃあ私から行きますよ!」


 森閑とした空間に、フィーエルの呼吸だけ聞こえる。


 そして、陸上競技の如く、一気に言い切った。


「私に助っ人として着いてきて下さい!」


「あのぉ〜、水を差すようで悪いんだけどさ、助っ人ってなんのだ?」


 俺はまさかと思い、核心を突かない程度の質問を投げかけると。


「明日、超絶強い奴が街を襲って来るらしくて……たしか真横軍の幹部でしたっけ?」


 一体何処で手に入れたんだその情報は!?たしかこの街で俺とジルしか知らない極秘の事項だった筈……いや、知っている訳が無い。ありえない。頭で文を構成するより先に、口が動いていた。


「「何で知ってんの!?」いるんだ!?」


 まさかのその言葉はゼスティと重なったので、視線が交差した。


「も、もしかして、蒼河も知っていた口か?」


「そう言うお前もかよ?」


「え?2人共知ってたんですか!?」


「お前ら、それって緑髪の奴に教えて貰ったか?」


 分身丸の特徴を挙げ、それが当てはまっていたらビンゴだ。


「そうだな、大人っぽい風貌をしていて綺麗な人だったぞ」


「はい、すごく妖艶な何かが溢れていました」


 ここで推測、いや、確定の情報が出てきた。


 分身丸が言っていた暖かい奴って、コイツらの事だったんだな。よくよく考えれば、特徴も一致する。


 それで親交が深まった人へ事前に襲撃が来る事を伝えておいて、逃げる事を促すか……。


「あ、それで1ついいか?」


「どうしました?いつにも増して顔を歪ませて」


「お、おい、フィーエル。そう言う事は思っていても口に出さない方がいいぞ」


「どっちか俺を頼れよォォォォォ!」


 俺は誰にも頼られていないという事実に嘆きの声を上げる。


「いや、だって、決め手に欠けると言うか……」


「ゼスティさん。事実ですけど、現実という物程残酷ない物はありませんよ?だから、ここは『貴方の力を借りるまでも無いと思った』とかで済ませた方が無難かと」 


 俺が言うのも難だが、悠長に話している時間が無い。


 あと少し時間が経つと、ギルドが冒険者達が入り乱れて混雑してしまうので、今のうちに出発した方が良いのかもしれない。


「おい!聞け!」


「ん?どうした?」


「俺はこれからギルドに向かうが、着いて来る奴はいるか?」


「いや、私は店番があるし……」


「こっちは惰眠を貪るので無理です」


 俺は2人の事をチラチラと振り向きながら進み、扉に手を掛けると、最後に言った。


「本当に行くぞ?いいの?」


「何で着いていく必要があるんですか?」


 フィーエルに見事論破された俺は、誰にも頼られ無い事や、相手にされない悲壮感を胸に飛び出したが、どちらかと言えば新魔法のワクワクの方が強かったので、3歩進んだ時には、新たなる期待を抱きながらギルドへ向かったのであった。

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