第41話 サンドウォールという魔法


 ジルと話をつけている間に時間が経過した為、ダンジョンに向かう冒険者などと時間が被り、人の波にのまれながらも苦労して魔導書屋さんに到着した。


 金すられてないよな?


 もみくちゃにされて進んだので、大事な金が取られていないか徐々に不安が募っていく。


 行き交う人の邪魔にならないように道の端に移動し、ズボンをポンポンと叩くと、チャリンと貨幣が擦り合う音がしたので、ホッとして強張った肩の力が解ける。


 そして横に位置した魔導書屋へ体を向け、店の中に入ると、とんがり帽子を被った模範的な魔女の格好をした店員が迎えてくれた。


「いらっしゃいませ〜!」


「どうも」


 杖を持っているのが、微妙に怖い!あと何で先っぽから赤いオーラが出てんの!?おっかないよ!


 やはり高級な物を取り扱っている店なので、万引き犯とかを威圧する為の物だろうか。


 でも、この店で万引き犯の話とか聞いた事が無いぞ、もしかして魔法か何かで……。


 俺が向ける視線に気が付いたのか、杖をくるりと回すと、帽子のツバを指で叩き、口を開く。


「これですか?これはですね、灯りの代わりですよ。そう、表向きわね」


 帽子で上手く隠れて口元しか見えなく、どんな感情なのか、口角が不気味に上がったのが見えたので、俺はペコッと頭を下げると、逃げる様にして大量の魔導書が積まれた本棚に向かう。


 表向き!?灯り代わりというのはフェイクで、本質はやっぱり盗みを働く奴を消炭にする為に……いや、俺には関係の無い話だ。金は持っているし窃盗をする横暴さも無い。


 大丈夫だ。適当に本を見てみようと思い、妨害魔法が置いてあるコーナーに足を運び、膨大にある本の中から1冊取り出した。




 数十分経過したのだが、未だにめぼしい物が見つからない。


『アイシクルロード・地表を凍らせ、対象の動きを制御する』と、心躍る説明文に期待をし、消費魔力量を見てみるが、150という数値に呆気なく期待は散った。


 どれを見ても、俺の魔力68の数値を越える物や、越えずとも連発する事の出来ない物ばかりだ。


 少ない魔力に合わせて連発出来て、尚且つ役に立つ物。そして、俺の十八番である隠密を際立たせる事が出来る魔法。その条件下で探し出す必要があるのだが、妨害魔法は残り1つ。


 ここに来て条件に見合う物がヒットする筈が無いと思い、回復魔法があるコーナーに意識を向けながら、最後の1冊を開く。


『サンドウォール・付近の砂で視界を遮断する壁、魔法を防御する防壁を作り上げる*周囲に砂がある場合のみ発動可』


 そして消費魔力は極めて15という破格の数字だった。


「これダァッ!!」


 歓喜の余り、思わず声を上げてしまい、赤い杖の先端を向けられたので、口を両手で防ぐ。


 最後の最後で引き当てた。あと少しで、体から緑の光を放つ回復術師になる所だったぜ!


 この魔法とスモークを合わせれば、完全なる影になる事が出来る。


 俺は本を片手に持って会計に向かい、ポケットから銀貨を1枚取り出して店員に渡すと『お釣りは要らない』と言って扉を開けたのだが、鋭い言葉を背中に浴びて、振り返る。


「お待ち下さい」


「やっぱりお釣りは取っておいた方がいいですよね」


「足りないんですよ」


 声が低い。明らかに接客の態度ではない。


「だって銀貨を……」


 指を差すが、テーブルに置かれていたのは、銅貨であったので、弁解する為に顔を上げると、杖の先端が俺の額を狙っていた。


 もしかして、あの時にすられてたのかしら?って、そんな事考えている場合じゃないな。


「い、いや!ちょまッ!待て待て!」


 後退りするが、背後には壁があり、絶体絶命の状況だった。


 赤い光が徐々に増し、死が間近に迫って来ているのが分かる。


 死の一撃が放たれようとした瞬間だった。扉が開く音と共に、飄々とした声が聞こえた。


「やっほ〜空いてるかい?」


「あっ、いらっしゃいませ〜」


 その声が室内に響いた瞬間、赤い光が小さくなり、杖が床に向かって下がった。


 殺伐とした空気が溶け、扉の方に視線を向けてみると、そこにいたのは騎士団長のエルダーだった。


「またかい?今月は何人めだったかな?」


 エルダーが頭をポリポリと搔くと、追い詰められていたのが俺だと分かった瞬間、驚きの表情を浮かべた。


「蒼河君、なにをやらかしちゃったんだい?」


 店員の事をチラリと見ながら、俺の耳元で呟く。


「いや、それはちょっと……」


 説明するのも面倒くさいので、適当に流す。


「詳しくは聞かないけど、今後は気をつけるんだよ?あの赤いのを食らったらどうなるか知っているかい?」


「い、いえ」


 あんな禍々しいの食らったら、体が一瞬で液状になってしまいそうだ。


「体の内側から破裂するんだ。それも無残に、残虐に、冷酷にね」


 な、何だよそれ!そんなのって、そ、掃除が大変じゃないか!


 俺が俯いて震えているのを見てか、明るい声で事実を伝えてくる。


「冗談だよ。本当はね、この店の事が視認出来なくなるんだよ。出禁と言った方、聞こえがいいかもね」


「良かった。殺されるかと思って肝を冷やしましたよ。それでは!」


 と、俺がしれっと店から出ようとすると、背後に悪寒を感じたので、振り返ると。


「ありがとうございましたァァァ!またお越し下さいィィィィ!!」


 コンビニで言われたら確実にクレームが入りレベルで憎悪がこもった言葉だったが、この本は今の俺に必要な物なんだ!今度菓子折りでも持って来るから許して!


 ゼスティとフィーエルを連れて謝りに来れば、人前なので、流石に酷い目には合わないだろう。


 俺は本を片手に持ち、何の感情で流れたのか分からない涙を手で拭うと、店を飛び出る。


 襲撃は明日であり、幹部は結界が唯一解除された街の入り口から攻めて来る筈なので、そこに早朝から待機している必要がある。


 俺は心の中で適当に組み立てた計画を反芻し、便利屋エバァンへの帰路を辿ったのであった。

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