第39話 それが起こってしまう前に。

俺達はひと目のつかない裏路上まで走り、追手を無事に振り切り切った。


 満身創痍の俺に対し、分身丸の方は余裕そうな感じだったのだが、俺がこんなボロボロになった理由の半分以上は、お前が俺の事を引き摺り回したからだよ?


 ずっと首根っこを掴まれて連れ回されていたので、首も痛いし、フィーエルに掴まれて伸びた袖と同じように、首の部分がヨレヨレになってしまい落胆するのと同時に、何かが襲って来た。


「う、ヤバイ吐きそう……」


 危機的状況から脱して安心したためか、安堵より顕著に現れた不快感を前に、俺の意思と関係無く、その場にへたり込んでしまった。


 全力でトラックを1周した時に感じる様な、激しく圧倒的な不快感が俺の体の中で這いずりまわり、頭が真っ白になる。


「大丈夫大丈夫!」


 バシッと、明るい声を放ちながら、ワザとらしく俺の背中を叩く分身丸だが、今回はガチなので、叩かれるとゾンビのように胃液を吐き出してしまうかもしれない。


 何故食べ物が出てこないのか、その理由は簡単だ。俺は最近料理の修行を兼ねて、ゼスティとは別に分けて食事を作っているのだが、それが毎回失敗に終わるので、ここ最近は四六時中腹が鳴り続けており、吐いても被害ほぼゼロに等しい。


 別に除け者にされているとか、ゼスティに料理を作って貰えない訳では無い。


「ウッ、ウエッ!」


 自分の作った食事を思い出してしまい、吐き気を誘引してしまうレベルに酷いんだ、俺の料理は。


 そして、深く息を吐き出して、ゴクッと空気を飲み込むと、逆流しないようにし、数多の星が輝く空を仰ぐ。


 いつの間にか、真横には分身丸がちょこんと腰を下ろしていた。


 さっきより落ち着いた俺を見て、話しを切り出してくる。 


「僕あんな楽しい体験初めてだったよ」


「楽しかったか?」


 俺が上を向いている為、分身丸の表情が確認出来ずに会話が進んでいく。


「うん、僕ね小さい頃から、ずっと戦いに駆り出されていてさ、まともに街とか回ったりとか、人と話をする事が無かったんだよ。だから一瞬の出来事が尚更楽しく感じれてさ、色々とありがとね」


 どんな表情を浮かべているのだろうか、声の抑揚の無さから、悲しげな顔を浮かべている事が予想出来るが、分身丸のそんな表情思い浮かばないし、第1そんな悲しい会話でも無いだろうが、これ以上踏み込むと、過去の回想シーンが入りそうな程の哀愁を漂わせていたので、明るい方向に引っ張る為、ポジティブな事を言う。


「そうだ、楽しいぞパールザニアは」


「僕、今まで行った街の中で1番好きかも」


 テレビ番組で『今まで食べた物で1番美味しい』とかその類の厚みのない常套句の様な感想を述べたので、適当な言葉で返答する。


「ああ、そりゃ俺がいるからなー」


 俺は起伏のない、淡々とした口調で憎まれ口を叩くが反応が予想外だった。


「うん、勿論それもあるけど、街の人達が温かいんだよ」


『それはあり得無い』とか最悪の場合『君が居なければもっといい街になっていたよ』などと言われると思っていたが、まさかの俺に向かっての肯定的な発言を前にし、言葉が詰まる。


「金髪の女の子が道を詳しく教えてくれたし、白髪の女の子と食事の席が隣になった時は、ろくでもない男の愚痴を散々言われたけど、面識の無い僕に優しくしてくれる人が沢山いてさ、出来る事ならずっとここに居たいなと思えたんだ……」


 最後の方は小さくなって良く聞こえなかったが、話に出て来た2人の少女の方には興味がある。いい子そうだし今度紹介してもらおうかな、しかしうちの2人も見習って欲しい物だ。


 そして他愛の無い話をしている間に不快感が収まり、立ち上がるが、分身丸は一向に動こうとしないので、声をかける。


「おい、行くぞ」


 そう言うと、素直立ち上がり、店に向かい歩みを進める俺の背後をついてくるが、直ぐに2つあった足音が1つだけになったので、疑問に思い振り返ると、分身丸はその場に立ち尽くしていた。


 俺が声を掛けようとするより先に、大きく息を吸い込んだ音がして俺の耳に言葉が届く。


「あの、1つ言っておきたい事があったんだけどさ、いいかな?」 


 まさかチャックが空いてるとか、鼻毛が出ているとかなのかと思ったが、今履いている物にチャックは付いていないし、夜中に鼻毛について指摘される事も無いだろう。


 俺は1通り意味の無い推測した後に軽く首肯をすると、弾丸の様な言葉が飛んできた。


「君はこの街を出た方がいい」


 その言葉の真意はいまいちわからなかったが、ふざけた様子で言っている様な感じがしなく、分身丸の顔に影が落ちていた。


「えっと、風の噂なんだけどさ、明後日の早朝に真横軍幹部が襲撃してくる様な話を聞いたんだ。ほ、本当かどうかは分からないけど、一応避難はしておいた方がいいと……思う」


 これは冗談でも何でも無いんだろうな、なんせ幹部クラスの人間が言っているんだ、間違いがある筈が無い。


 だが、何故俺だけなんだ?単純に仲が良くなったからとか、そんな理由だけでか?


「ぼ、僕は時間だからさ、ちゃんと逃げるんだよ!でないと大変な事になっちゃうからね」


 腕時計を見る動作を時計の付いていない方の手で確認すると、足早に俺の横を通って去っていってしまったので、その背中を追いかけて通りを探して見るが、その姿は消えてしまった様に何処にも無かった。


 取り敢えず、通りの人の少ない道を通って帰路を進むが、先程の言葉がどうしても引っかかる。


 恐らく幹部が襲撃してくるのは確定事項としてだ、どうする?言われた通りに逃げるか?それともこの事を誰かに相談して幹部を撃退するか。


 後者に至っては、俺の実力では絶対不可能であり、リスクも前者の方が圧倒的に低い。


 この街の人達に幹部が来るぞ!と言っても、温かいというか、皆が能天気なので、誰もその事に取り合ってくれないだろう。


 と、八方塞がりの状態でふと気が付いた事があった。ジルに直接この事を伝えればいいんじゃないか。


 ジルは俺に対して信頼を置いてくれているし、真横軍に対しては飛び抜けた感情を持っている筈なので、引き受けない理由が何処にも無い。


 そんな安易で他人任せな結論を出すと、時間も時間なので、店に帰る足の速度を上げて帰ったのであった。

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