第26話 奇怪な忘却と、暴力的な許嫁

 俺とゼスティと相変わらず肉をモグモグしているフィーエルで、依頼をくれた男の話をジッと聞く。


「僕は"ローレス家"の後継なのですが、許嫁の女性が僕に対して偉く暴力的で、今朝も物干し竿に吊るされ、魔導具で強化された正拳突きを腹部に食らってきました」


 と、服をめくりその生々しいであろう傷を見せようとしてくるので、その手を止める様に言う。


「やめろ、俺はグロいのが苦手なんだ」


 そして横にいるゼスティに向かい、ローレス家について耳打ちする。


「ローレス家って有名でそんなに凄いのか?」


「蒼河はこの街に来たばかりだから知らないと思うがな、ローレス家はこの街1番の貴族なんだぞ」


「マジか!?なんでそんな凄い奴がこんな店に来るんだ?」


「偽貨幣製造工場で労働していた人が蒼河の噂を広めたり、決闘でパルメが逃げ出す程の実力者って話が広まっているからだろうな」


 うわっ…俺の実力、高すぎ…?


「続きを頼む」


 ゼスティが再びローレスに向かい切り出す。


「僕は元々その女性とは幼き頃に面識があり、その時はおしとやかだったのですが、婚約が近づくと共に気性が荒くなっていきまして……」


「嫌われているとかが1番妥当だと思いますよ」


 フィーエルが無駄な御託も無しに、結論だけ述べる。


「やはりそうでしょうか、でも僕には彼女が変わってしまったのではなく、誰かに変えられてしまったと思うんです。だってある日を境に乗っ取られたように変貌してしまったんですから」


 言い切った男の瞳には熱い何かが宿っていた。


「何か思い当たる所でもあるのか?」


「いえ、今述べた考えは妄想で、本当に根底から彼女が変わってしまった事も否定出来ませんが、僕は何か裏みたいな物があると思うんです。なのでここへ依頼しに伺いました」


「それじゃあ名前をここに書いてくれ」


 ゼスティは羊皮紙と羽ペンを取り出し、それを手渡すと、男は流れる様な速度で紙に自分の名前を記入し、直ぐに道具と紙を返却する。


「"ロックリー・ローレス"ってあの有名貴族の!?」


 ゼスティが、つい先程自分で言っていた事について驚愕している。


「いやそれ話の始めも言ってただろ、お前もしかして真面目に聞いてるフリをして上の空だったりすんのかよ?」


「ゼスティさんは見た目に反してバカだったりしますー?」


「それはフィーエルには言われたくないないぞ」


「ああ、それだけは無い」


 ダブルアタックでフィーエルをしっかりと撃墜する。


 これが知恵の天使って聞いた時は、商業登記に語弊があるのかと疑問があったが、世の中にはお盛んな校長先生もいるもんで、その人の役職だけで人格や内面を判断するのは早計な事だと俺は思う事にしていたが、フィーエルはあまりにもそれが乖離しているので、この枠には入らないスペシャル層だ、残念枠じゃなくてスペシャルって言っている所に、俺の優しさが感じられる仕様にもなっている。


「では言ってみて下さい、この人はなんて言っていたでしょうか?聞いていたなら分かりますよね?」


「え?別に聞いてないとかじゃないぞ、あれだろ?下着を盗んだら男物で、それの有効な使い方を教えてくれって話しだろ!?」


 ボケが普通につまらないのがゼスティらしさ全開であったが、客が目の前にいる状況でそんな事はしないと思うので、もしや本気で言っている可能性も浮上してくる。


「全然ちがいますよ!蒼河さんを餌にして魚釣りをしよって話です」


 とんでもなく話しが飛躍しているし、俺がミミズと同等の扱いになっているので修正しておこうと思ったが、俺が口を開こうとしたより先に、ロックリーが腕時計を見てソワソワしながら言った。


「あの、後日伺いますので、今日はそろそろ失礼します」


 焦り気味で椅子から立ち上がると、扉に向かっていくが、その背中に向けゼスティが言葉をかける。


「待ってくれ、その許嫁がどんな様子なのか見せてくれないか?」


 確かに解決策を出すには、まずどんな感じになってしまっているのかは見ておきたい所だな。


「僕の友人という体なら家に入れると思いますが……」


「もしかして服装とかを仕立てないと入る事が出来ないとかか?」


 確かにな、こんな庶民的な服装な奴が貴族の家に入ろうとしような物なら、入り口にいる護衛の手によって切り捨てられるだろう。


「別にそんな事は無いのですが、彼女が暴行をしてくる可能性が……」


 ロックリーが取っ組み合いをしていた俺達を見ていた時と同じ表情を浮かべながら俯く。


「そんな事か、それなら問題無い、そうだろ2人共?」


 ゼスティが同意を求めてくるので、それに了承する。


「ああ、俺は別に大丈夫だ」


「私も大丈夫ですよ?」


 フィーエルが変な事を言わないか危惧していたが、至って真面目に答えていたので、逆におかしく感じてしまう。


「ほ、本当ですか、それではご同行お願いしても宜しいでしょうか?」


 そう言うと、足早に4人揃って外へ繰り出し、ゼスティが店の扉の看板をひっくり返して閉店と表記を変えて出発する。


「そんでローレス家ってどこにあるんだ?」


「この先にある噴水を真っ直ぐ進み、その内見えてくるダンジョン付近にあります」


『ダンジョンか、あそこにはいい思い出が無いな』


 と、誰にも聞こえていないであろう声量で言ったつもりだったが。


「特級の魔物に追いかけまわされてたんだってな」


 そうだ、俺はあの後決闘へ向けて1人でダンジョンへ行くようになり、順調に力を蓄えていっていたのだが、いつもの様に回避や防御に励んでいると、見たことの無い禍々しいクモの様な魔物がいた。


 そいつは特級魔物と言われる存在で、別の階層の魔物が何かの手違いで沸いたときにそんな名をつけるらしい。


 だが、青かった俺はそんな事も知らずにそいつに喧嘩を売った。いつもの調子でいたんだが、飛んでくる攻撃も追いかけてくる速度も桁違いで、必死に逃げたがそこがまさかの行き止まりで、俺が死を覚悟した瞬間に誰かが助けてくれた。


 剣が肉を切り裂く音に、魔物の断末魔。目を瞑っていたから分からなかったが、そこには絶対誰かがいた。そして聞き取れはしなかったが、何かを言っていたが、たぶん気を付けろとかそんな感じの事だろう。


 目を開けるとその魔物の遺留物のクモの糸があるだけで、俺を助けてくれた人物は居なかったが、悪臭を感じて振り返ると、俺が背を向けていた壁がクモの吐いた液で溶かされており、悪趣味な煙を上げていた。


 そうした一連の出来事から、俺はダンジョンへは行かずに、決闘が行われる日まで店番をしていたのだ。


 別に便利屋を営業する上で、圧倒的な強さも必要になる事はないので、金輪際俺がダンジョンに行く事はないだろう。そう思いたい……。

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